「う、うわあ」
アズキが委縮する中、目的地に到着した。
先に車を降りて先頭を歩くマイカゼさんの後ろを、アズキは猫背で委縮しながらついて行く。
試験終了の打ち上げとして、マイカゼさん、キクナ、ノリカ、帯刀くんの五人でランチを一緒する事になったアズキ。
しかし、マイカゼさんがレストランと言って連れてきた場所は、まさかのホテルだったからである。
厳密にはホテル内の飲食店なのだろうけど、そんなの結構な値段する場所に決まってるはず。
(まあ、そりゃあそうだよね)
相手は田村崎のご令嬢。いくら学生が友達と外食しに行くノリで誘ったからといって、財布に優しい大衆食堂やファミレスに行くはずなんてなかったのだ。
だからって、学生が学校帰りのランチでホテルに行くのも想像できるはずがないけど。
キクナがいった。
「どうしたのですか?」
「いや、レストランが私の想像を軽く壁ふたつ分は越えてきて」
「お値段は心配ないですよ。マイカゼさんの奢りだそうですから」
「それはそれで気が重い」
値段を気にして安く無難なものを食べるよりは、自腹でいいから未体験の料理を食べてみたいと思うのがアズキなのだ。
「というかキクナは平気なの? こんな場所に連れてこられて」
「僕たちは、幼い頃から家同士で付き合いがありましたから」
キクナは言った。
アズキが他ふたりに視線を向けると、ノリカも帯刀くんもキクナに肯定する形で頷く。
この場で身分不相応だと緊張してるのはアズキだけらしい。
マイカゼさんはホテルに入り、そのまま奥に足を進める。
アズキが周りの目を気にしてビビりながらついて行くと、程なくして中華料理のレストランに到着。
「予約していた田村崎です」
マイカゼさんが言うと、スタッフは「お待ちしておりました」とアズキたちを奥の席に案内する。
席は個室では無かったが壁際で軽く仕切りが設けられており、さらにみんなでテーブルに座った時、メダロッチ越しにスタッグが言った。
『アズキ、この席ですけど。中の会話が外に漏れないよう特殊な装置が設けられてるようです』
「まあ、このメンバーだから、どうしても仕事の話が出てくるだろうからね。今回の事件にしたって」
マイカゼさんが言うと、なぜかノリカから、
「それは助かりますね」
って言葉が出た。
もしかしたら、なにか情報共有する予定の話があるのかもしれない。なんて考えながらアズキはメニュー表を手に取って、
「あれ?」
と首をかしげる。
紙にはコースメニューしか載っておらず、ランチとか単品メニューの値段が記載されてなかったのだ。
「失礼します」
ここで入口とは別のスタッフがアズキたちの前に現れた。
「それでは、今日のコースを説明させていただきます」
どうやら今回、マイカゼさんはランチビュッフェという型式で店に予約していたらしい。
スタッフはまず五人に本日専用のメニュー表を配り、前菜、点心、メイン、デザート、ドリンクの位置を丁寧に説明してくれた。
で、これらが今から九〇分食べ放題との事。
「それではごゆっくりどうぞ」
説明を終えたスタッフが席を離れたところで、マイカゼさんが言う。
「という事だから、みんな好きなものを取ってってくれていいよ。もちろん野菜汁は無いから安心してくれたまえ」
「野菜汁?」
帯刀くんの反応にマイカゼさんが、
「この前、悲しい事件があったんだよ。気にしないでくれると嬉しいな」
という事なので、アズキたちは一旦席を離れ、それぞれ好きなものを自分の皿にのせてからテーブルに戻る。
ノリカはアズキの皿を見て、
「おや、結構たくさん取りましたね」
「うん。まあ気になっちゃって」
「食べきれますか?」
「それは大丈夫、たぶん」
さすがホテル内の、町中華よりずっと高級な店のビュッフェメニュー。
見たことが無い料理、味が気になる一品、そもそもデザート。
元々将来の夢がパティシエで、美味しい料理を見ると舌で味を盗もうとしてしまうアズキの癖が悪い形で出てしまったのだ。
「まあ、もし駄目だったらショウイチ君がいるよ。男の子だからね」
と、マイカゼさんが言うと帯刀くんは恥ずかしそうに一度顔を背けてから、
「皿の上が凄い事になってるのはお前だって同じだろう」
と、マイカゼさんの皿を見て言った。
「何で皿にう○い棒を二個も乗せてるんだ」
「しかもマシュマロとポテチのチョコフォンデュまで。それ、どこにあったの?」
アズキが言うと、
「どれもキッズコーナーだよ。家のせいで駄菓子とは中々縁が無くてね。まさかこんな場所にあるとは思わなかったよ」
と、当のマイカゼさんはとても満足そうにしている。
ノリカが言った。
「お嬢様暮らしもいい事ばかりではい。という事なのでしょうねぇ」
「それはともかくとして」
マイカゼさんはオレンジジュースを掲げて、
「定期試験、五日間お疲れ様」
で、みんなでお疲れ様でした、いただきますと言い合ってから、アズキたちは食事を開始するのであった。
「そういえばノリカ?」
食べ始めて少し間を置いてから、アズキは言った。
「さっき外に会話が漏れないと知って助かるって言ってたけど、なにか話したい事あるんじゃないの?」
「ええ、まあ」
ノリカはなぜか愁いを帯びた顔で、
「あるにはありますね。厳密には触れたくないけど話さないといけない事、ですけど」
「僕が言いますですよ」
キクナが言った。
「これはTMZとしてアズキさんに伝えなくてはいけない、僕の仕事ですから」
「何があったの?」
アズキが反応。
同時にマイカゼさんが、
「ここで言うんだね」
と言いながら表情が消え、キクナは険しい顔を見せ始める。
キクナは言った。
「僕たちの母、ブルー博士こと通杭アオナが消息不明である事が確定しました」
直後、帯刀くんも険しい顔に変わる。
「過去TMZの研究施設が襲撃された話は伝わってますよね? あの日以来、田村崎家も僕たちの母と連絡が取れてないそうです」
「その話、どこから」
アズキが質問すると、マイカゼさんが、
「私だよ。バーベキューの帰り、キクナは私たちの車で帰ったよね? その時に話したんだよ」
「同時にいまブルー博士を名乗る人物の正体も一部判明しました。田村崎グループが用意した影武者です」
キクナが言うには、TMZエージェントの責任者が生死不明であるとバレる事は、まだ正体も分からない襲撃犯にとって好都合にしかならない。
そのうえセレクトその他と連携する都合上、TMZが襲撃された事もトップ不在である状況も隠す必要がある。
「ですから、母を演じる事が可能な誰かを用意して、ずっと僕たちを騙し続けていた。ですよね、マイカゼさん」
「そうなるね。まさかキクナ君たちも欺き続けてたとは思わなかったけど」
「それで、誰なのですか? いま僕たちの母を演じている方は」
「いくら私でも、そこまでは聞かされてないよ」
マイカゼさんは言った。けど、
「と、このようにマイカゼさんは正体を知ってる様子ですけど、僕たちには話してくれません」
キクナは、完全に彼女が嘘をついてると断言。
なのでアズキは、
「えっと、本当にマイカゼさんも知らない可能性だってあるんじゃ」
「顔を見れば分かりますですよ。僕とマイカゼさんは幼馴染みたいなものですから」
キクナは言った。
で、この話を締めるように、
「ですから、これで襲撃側や悪意を持った存在が母を演じてる可能性は消えました。とはいえ」
キクナは一回、言うのを躊躇ったように一拍置いて、
「影武者の正体を教えてくれない以上、僕は引き続きグループに不信を抱いたままのスタンスで行こうと思っています」
「今後TMZとはどう関わる気だい?」
「TMZエージェントは今後も続けます。むしろ影武者の正体を暴くため組織に残り続ける、が近いかもですね」
「それで、私とはこれからも距離を置く気かい?」
マイカゼさんが言うと、
「そのつもりです。今回みたいに共通の問題が起きたり協力する必要がある時は接触しますけど」
はっきりとキクナは返した。
けど、ここですぐキクナはばつの悪い顔になって、
「ごめんなさいですよ。せっかくの打ち上げなのに早速辛い話をして喧嘩腰みたいな姿も見せてしまって」
ここでノリカが耳打ち。
「大丈夫ですよ。絶縁したわけではありませんから」
どうやら、ふたりの関係に亀裂が入ったのではないかと心配してたのがばれたらしい。
むしろ本当に友情が消えていたら、キクナという人間は逆に利用価値という目的のため笑顔を繕ってマイカゼさんとの縁を維持するだろうとの事。
だからこれは、キクナにとって名目上の落とし所であり、この程度では絶縁されないだろうという彼女に対する甘えから出た言葉だとか。
なお、不信や怒りはそれぞれあるけど、ノリカも帯刀くんもマイカゼさんとの付き合い自体は続けたいというのが共通認識らしい。
アズキは帯刀くんに、
「帯刀くんも知ってたの、この事」
「ああ。その日の夜、家族会議で聞かされた」
帯刀くんは言った。
ノリカが、
「伝えようか迷いましたけど、ショウイチさんには伝えない方が失礼だと思いましてね」
「その時、アズキもアオナさんの不審を知っていてキクナに協力してる側だと聞いたが、お前には試験が終わるまで話さない事にしていたんだ」
帯刀くんの言葉にスタッグが、
『アズキの勉強に差し支えるからですか?』
「ああ。俺たちも知った日は勉強に手がつかなかったからな。余計な情報は与えない方が賢明だと思った」
実際、ゴールデンウィークに入ってからはほぼ勉強で頭をいっぱいにしてたから、帯刀くんたちの判断は正解だったと思う。
アズキの身内に関わる問題ではないけど、一度親を失った経験者として、三人の心配をして勉強が疎かになる可能性は十分にあったから。
キクナは言った。
「一応、TMZの内部に敵がいないと分かったという意味では朗報という側面もありますから、その点においてはアズキさんもスタッグさんも安心してください」
「それは確かにそうだけど」
ブルー博士。つまりキクナやノリカの母親の安否が悪い方向に進んだのに、三人の前で安心なんて態度とれるわけがない。
『話題を変えましょう』
ここで、キクナのメダロッチからメダメイドが喋り出した。
『そういえば私、昔からずっと気になってる事があるのですけど、この際いいですか?』
「何ですか?」
キクナが返事すると、
『アルバ、ポリドリ、何よりユディト。私たちの家のメダロットってみんな愛称をつけてもらってるじゃないですか』
「そういえばそうですね」
『なのに、どうして私だけメダメイドのままなのでしょうか?』
「あー、うーん」
先ほどとはまた違った、ばつの悪い顔をキクナは見せ始める。
しかしメダメイドは止まらずに、
『マスター、教えてください! オフィニクスにはユディトなんて名前があるのに、どうして私には何もないのですか?』
「うーん、正直人前で話したくない内容なのですけど」
『それって楽しいランチを始まってすぐ台無しにした以上に言えない内容なのですか?』
「ううっ」
たぶん、ずっと不満を溜め続けてたのだろう。
今日のメダメイドはここぞとばかりにキクナを追い詰める。
やがてキクナは、
「後悔しないですか?」
『どうして後悔を覚悟しなければいけないのか分かりませんけど、さっきの空気で食事を続けるくらいなら全っ然平気です』
「分かりました」
と言って折れた。
「一旦、席外したほうがいい?」
アズキは一応言ってみた。
人前で話したくない内容らしいし。席に搭載された機能のおかげで、アズキが一旦この場を離れればこちらには一切会話が耳に届かなくなるわけだし。
しかしノリカが不敵な笑みを浮かべて、
「いいえ、ここはあえて聞いておきましょう」
「お姉ちゃん、絶対色々察した上で言ってますよね?」
「さあ? ワタシはただ今の空気を変えるには当たり障りない笑い話より別の爆弾を落とした方がいいと思っただけですよ」
「やっぱり色々察してるじゃないですか」
キクナはげんなりしてから、
「僕の幼少期も関わってきますから、少し長い話になりますけどいいですね?」
とみんなに確認をとってから、キクナは語り始めた。
サブタイトルはアニメ「メダロット魂」のED「年下のボク」より