メダロットHERMIT   作:CODE:K

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12-2 年下のボク2

 

 キクナの初恋相手はメダロットだった。

 

「お邪魔します」

 

 時期はたしか九年前か十年前か、少なくとも小一前後の幼少期だったはず。

 

 通杭家と田村崎家は家族同士で親交があったので、よく両親に連れられては五人全員で相手のお屋敷にお邪魔していた。

 なお五人とは、キクナ、姉のノリカ、職場ではブルー博士を名乗る母親アオナ、父親、そしてショウイチさんを指す。

 

「やあ、いらっしゃい。待ってたよ」

 

 テレビ番組で出てくる芸能人の豪邸みたいな家の玄関を上がると、まず出迎えてくれたのはマイカゼさんだった。

 後ろには彼女のご両親もいて、互いの親同士が挨拶を交わす中、

 

「長くなりそうだし、私の部屋に行こうか」

「ええ、そうしましょう」

 

 マイカゼさんの提案に姉のノリカが頷く。その隣にはアリストクルエルのポリドリが立っている。

 マイカゼさんが言った。

 

「今日は大丈夫なのかい?」

「ご心配なく。何かあってもポリドリがいますから」

 

 というのも、姉は先天的な免疫疾患を抱えていて、このころの彼女はベッドの上で過ごす日々が大半だった。

 ポリドリは元々そんな彼女の世話を補助するため与えられたメダロットで、いま彼はいつノリカが倒れても抱きかかえられるよう待機しているのだ。

 

「フフッ、それに今日はアナタもいますものね。ショウイチさん」

「そ、それは」

 

 顔を赤くするショウイチさん。キクナはここぞと、

 

「もちろん、男の子なのですから問題ないですよね?」

「わ、分かってる」

 

 顔をそらしながらも肯定するショウイチさん。この時すでに彼が姉に一目惚れしてるのに気づいてたキクナは、それはもう弄るのを楽しんでいた。

 ここでマイカゼさんが、

 

「そういう君も男じゃないか」

「今日の僕は中性ですよ」

 

 キクナはいった。

 実際、今日は蛇柄のズボンに、同じく蛇模様でありながら女物でも通用するシャツを着て、見た目だけでは性別が分からないようなコーデにしている。

 

 当時のキクナはまだ男とか女とかよく分かってなかった。

 女の服を着れば女の子になれると思ってたし男の服を着れば男になると思っていた。でも他人はどの服を着てもキクナを男扱いするしオカマと言って罵る。

 

 キクナ自身も子供心ながら性自認は男ではあったし、外のルールから見ても男というのは理解していた。

 でも男女の境界線を自分に当てはめると、どうしても違和感を感じてしまう。

 

 だからだろう。あのころは抗う術も何もなかったから、男扱いも女扱いもやめてくれって気分の時には中性的な服を着ていたのだ。

 

「じゃあ、今日は何して遊ぼうか」

 

 部屋に入ると、まずマイカゼさんは言った。

 

 まだ十歳にも満たない娘の子供部屋。しかし、彼女の部屋はキクナの家のリビングにキッチンを足しても敵わないほど広かった。

 ベッドも、この場の四人が同時に眠れそうなほどの大きさで、デスクライトの置かれたサイドテーブルごとカーテンで周囲が仕切られている。

 

「やろうと思えば、ベッドの上だけで丸一日過ごせそうですね」

 

 姉が言った。さすがに今回は冗談だろうけど、本当に人並サイズのベッドに横になったまま一日過ごす事もある人間が言うと、ちょっとシャレにならない。

 これにはマイカゼさんも、

 

「そうだね」

 

 と返事するも苦笑いしかできない様子。

 ショウイチさんは本棚から分厚い本を一冊手に取ると、

 

「お前、こんな難しい本を読んでるのか?」

「まさか」

 

 マイカゼさんは否定し、

 

「もう少し面白い本なら読んだ事はあるけど、さすがにこの本は父がインテリアとして置いてくれてるだけだよ」

「だろうな。お前にそれだけの知識があるとは思えない」

「なんだとー」

 

 ぷんすかと怒るマイカゼさん。

 ショウイチさんもこのころは今より人を信じなくて口が悪くて、マイカゼさんにも、いや誰にもまだ気を許してない面があった気がする。

 

 キクナはショウイチさんに近寄って、

 

「何の本だったのですか?」

「法律の本だ」

 

 ショウイチさんは言った。

 

「お前も読めない難しい本だ」

「ショウイチさんは読めるのですか?」

「さあな」

 

 と言ってショウイチさんは本を棚に戻す。

 

「お嬢様」

 

 ここで部屋の外から扉を叩く音が聞こえた。マイカゼさんが、

 

「入っていいよ」

「失礼します」

 

 静かに扉を開け、中に入ってきたのは一機のメダロットだった。

 メイド型のようで、パーツの一部と思われるモップとお盆を運んできたティートローリーの下の段に置いている。

 

「お茶とお菓子をお持ちしました」

 

 と言ってメダロットは室内の丸テーブルに人数分のケーキとティーカップを置いて、その場で紅茶を注いでくれた。

 キクナは言った。

 

「マイカゼさん、今までお家にこのメダロットっていましたか?」

「いたよ。一応だけどね」

 

 と、マイカゼさんは言う。

 

「元々はTMZ社の管轄で、母を仮のマスターとしてボディガードをしてたんだよ。ちょっと前までね」

「ちょっと前まで?」

 

 ここで、メダロットはキクナの前に立ってカーテシーに近いお辞儀を見せた。

 

「初めまして。この度マイカゼお嬢様の担当になりましたミネルバと申します」

「ミネルバ、さん?」

「はい。機体はTMZ-MID-00メダメイドになっております」

 

 で、マイカゼさんが、

 

「という事だから、これからしばらくはミネルバが出入りする事になるよ」

 

 と言ったが、キクナの耳にはあまり届いてなかった。

 

 当時はまだ幼かったからメダメイドと背丈の差もあまりなく、少し自分より小さい程度。とはいえキクナには自分よりずっとずっと年上の女性に見えて。

 そんな彼女が見せる、無機質だけど品がある仕草の一つ一つが美しく映り、キクナは目を奪われていたのだ。

 

 マイカゼさんが心配そうに、

 

「キクナ?」

「え?」

「どうしたんだい? もしかしてミネルバが出入りするの嫌だったかな?」

「い、いえ。そんな事は」

 

 キクナが大慌てで否定して、

 

「よろしくお願いします、です」

 

 そのままぺこりと頭を下げると、

 

「はい。これからよろしくお願いします」

 

 ミネルバさんが僅かに微笑んだ。他のメダロットよりも機械的だったけど、それでも確かな彼女の笑顔を見て、キクナは胸がざわめくのを感じた。

 で、そんな様子を目の当たりにした姉は、

 

「フフッ、これは面白い事になってしまいましたね」

 

 いまのキクナにとっては嫌な顔を見せていた。気がした。

 

 

 それからだっただろうか。

 キクナは親が田村崎邸に足を運ぶときは、たとえ親は遊びに行く目的ではなくても、自分から頼み込んで同行するようになった。

 

 名目上は友達であるマイカゼさんの家に遊びにいくため。けど実際はミネルバさんに会いに行くのが目的である。

 

 ショウイチさんは強制しなければ同行しなかったし、姉は体調が万全な日のほうが少ないので、大抵はマイカゼさんと二人きり。

 そんな中、お茶出しや身の回りの世話をするため部屋に入ってくるミネルバさんを、キクナは横目でこっそり眺めていたのだ。

 

「どうされましたか?」

 

 ある日、こうして彼女を見つめていたら、本人に気づかれてしまった。

 キクナは動揺しながら、

 

「えっと、お家にメイドさんがいるのが珍しくて」

「そうでしたか」

 

 当然、ミネルバさんはマイカゼさんのメイド兼ボディガードなのでキクナは眼中にない。だからこそ、口を交わせたこのタイミングを逃してはいけないと思い、

 

「そういえば、ミネルバさんはケッコンしてるのですか?」

 

 キクナは踏み込んでみた。

 彼女にとっては変な質問だったのだろう。ミネルバさんはやさしく微笑んで、

 

「ご結婚は人間の特権です。なのでメダロットに結婚という機能はございません」

「なら、好きな人は?」

「恋愛も生物の特権ですから。マスターが異性の方でしたら似た感情を抱くケースもあるそうですけど」

「ミネルバさんは男の子なのですか? 女の子ですか?」

 

 驚くミネルバさん。後になって思うと、子供特有の頓珍漢な質問に困っていたのかもしれない。

 

「私のティンペットは女性型です。ですから現在の私は女という事になります」

 

 と言って、ミネルバさんはメダロットと性別について優しく教えてくれた。

 メダルにも性格として男女のような要素はあるが、あくまで機体の性別を決めるのはティンペットであると。

 

 キクナは自分のメダロッチに向かって、

 

「でしたら、ユディトも女の子ですね」

『おや? 私のような聡明な淑女をずっと男だと思っていたのですか?』

「うーん、信用できない人?」

『それは手厳しい』

 

 と会話してるとマイカゼさんが話に入ってきて、

 

「そういえばキクナのメダロットとはまだ会った事がなかったね。どんな子なんだい?」

 

 と言ってきたので、キクナはユディトを転送する。

 現れたのは蛇遣い座型。複数の蛇が巻き付いた形の杖を持った、オフィニクスという化け物みたいなメダロットだった。

 

 どうみても小さい子供が好むデザインではなかったせいか、ミネルバさんが少しだけ驚いて、

 

「キクナ様は、どうしてオフィニクスを選ばれたのですか?」

「僕の星座だからです」

 

 キクナは言った。

 

「本当はいて座ですけど、十三星座だと蛇遣い座らしくて。それが僕には特別に感じたんです」

「ではユディトという命名は?」

「初めて会ったとき裏切りそうでしたから。だからユダにちなんで」

 

 ユディトとはユダの女性形に当たる言葉である。

 自分のメダロットがどの性別なのかは曖昧だったけど、個体として女型である事は理解していたのだ。

 

 キクナ自身が世界のルールという上では男であるように。

 

「とても賢い方なのですね、キクナ様は」

 

 ミネルバさんが言った。それが何だかすごく嬉しくて、キクナはもっと賢くなりたいと思うようになった。

 だって、賢くなれば自分の中にある男女の違和感もきっと分かるし、病弱な姉の助け方だって、ショウイチさんと仲良くなる方法だってきっと分かるはずなのだ。

 

 あの法律の本を理解するくらい賢くなれば、きっと。

 

(法律って何?)

 

 ふとキクナの中で疑問が浮かんだ。

 

「ミネルバさん、もうひとつ聞いてもいいですか?」

「はい。何でしょう」

「法律って何ですか?」

 

 ミネルバさんが再び驚く。後になって考えたら、あんな小さな子供が「法律」って言葉を知って、質問してくるなんてびっくりしたに違いない。

 

「法律とは、簡単に言えば国のルールです」

 

 ミネルバさんは、相手が子供だと侮らず丁寧に教えてくれた。

 で、説明を理解する度、キクナはパズルのピースが揃うように、

 

(これだ)

 

 と思ったのだ。ルールを知る事が、自分を知る事で、自分をオカマと言う人たちに抗う術で、姉を助ける力になって、ショウイチさんと仲良くなる方法で。

 

 キクナではなくマイカゼさんのメイドであるミネルバさん。

 他人のメダロットという大きな壁があるミネルバさん。

 

 それでも、色々な事を知っていて、優しくて憧れのミネルバさんともっと仲良くなる方法なのだって。

 

「マイカゼさん、ミネルバさん」

 

 キクナはすぐ部屋の本棚に向かって走った。

 で、かつてショウイチさんが手に取った「法律の本」を両手で抱えて、

 

「この本、貸してください」

 





今回登場しました「ミネルバ」は身内から提供頂いたキャラクターです
使わせていただき、ありがとうございました
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