初めて目を覚ました時、スタッグはTMZ研究施設の一室にいた。
いや、一室というのは語弊があるかもしれない。
辺りを見渡すと、視界からは壊れたメダロットやパーツの残骸が転がってるのが映り、まるで押し入れ、倉庫、または廃棄所という印象を受ける。
なおこの時点では場所に関する情報を一切知らず「目を開けたら知らないところにいた」状態だったので、
「ここは?」
スタッグが呟くと、
「気が付きましたか」
と、声をかけられ、スタッグは初めて自分の正面に人、いやメダロットが立っていた事に気づいた。
対面にいるのは一体のTMZ製メダメイド。後ろにはホカリスエットが数体ほど並んでいる。
「ここがどこかは分かりますか?」
メダメイドが言った。スタッグは首を横に振り、
「いえ、分かりません」
「でしたら名前は」
「登録前ですから、まだありません」
ここでスタッグは思い至り、
「私は初期化されたのですか?」
例えば中古パソコンなどを他人に譲渡する際、前の持ち主の痕跡が残らないよう記憶媒体から一度データを初期化するはず。
メダルだって言ってみれば一種の記憶媒体なので、中古品が売買される際には同じ事を行う場合もあるとスタッグは知っていた。
けどメダメイドは、
「いいえ。貴女のメダルは新品よ」
といってから、後ろのホカリスエットに、
「セーラースタッグの通常起動を確認しました。各担当に報告をお願いします」
「了解しました」
指示を受けて、半分ほどのホカリが部屋を離れていく。
メダメイドは再びスタッグと向き合い、
「改めて、ここはTMZが管轄している研究施設です。貴女はいま、最新メダロットの起動実験を行うためにここにいるの」
「それにしては整備されてない場所にいる気がしますけど」
「仮に起動に失敗して暴走されても対処できるようにするためよ」
だからホカリスエットも一緒だったのかとスタッグは納得した。
同時に、もし本当に起動失敗していたら後ろのメダロットから総攻撃を受けていたのかと思うと、起動したての自我でも悪寒を覚える。
もしかしたら、辺りに転がってる残骸もその末路だったのかもしれない。
メダメイドは言った。
「初めまして。私はTMZでエージェントをしているミネルバと申します」
「ミネルバさん?」
「はい。しばらくの間、貴女の担当も兼任すると思いますので、一時的なマスターの代わりと思ってください」
メダメイド改めてミネルバさんが言ったので、
「では、ミネルバさんを仮のマスターとして早速ですけど」
スタッグは言った。
「私の名前を教えてください。それと、私はここで何をすればいいのですか?」
直後、ミネルバさんは少し驚いてから、
「貴女は利口な子ね」
と、スタッグの頭を優しく撫でる。
「現状はデフォルトのままセーラースタッグと呼ぶ事にします」
「分かりました」
「それと、貴女はしばらくの間、この施設内でセーラースタッグ、貴女が装着している機体のテストメダロットをしてもらう事になるわ」
「テストメダロットですか?」
ミネルバさんは「ええ」と微笑んで、
「でも今すぐではないわ。段取りがつき次第また再起動するから、いまはもう少しだけ休んでて」
と言って、他のホカリスエットから渡されたメダロッチを使って、ミネルバさんは機体からスタッグのメダルだけを回収する。
で、メダロッチを操作した結果、スタッグの意識が途切れるのだけど、
「初起動にしては自我も判断力もはっきりしているわ。これもやはり、あの子のデータが影響してるのかしら」
意識が薄れる中、ミネルバさんがこういった独り言を呟いていたのを、スタッグは「気がする」程度に覚えていた。
次に目が覚めた時には、すでにスタッグは施設内の人々からテストメダロットとして扱われていた。
内容はパーツの動作テストから基本スペックの測定。丸一日ほど施設内を自由に散策して日常を過ごすテストから、TMZエージェントとの模擬戦もあった。
ただ、セーラースタッグとして活動した事によるメダルへの影響も色々と調べられ、正直メダロットのパーツよりメダル自身が実験体なのではと疑う日々も。
それでも、ミネルバさんはスタッグのマスター代わりとして、テスト中は厳しく、でもプライベートでは優しい姉のように接してくれた。
次第にスタッグは、ミネルバさんを本当のマスターのように信頼を寄せ、また懐くようになっていったのは言うまでもない。
そんなある日、
「今日は貴女に報告がふたつあるわ」
スタッグを呼び出し、ミネルバさんはこう言いだした。
「何でしょうか?」
「まず、近々貴女のテストメダロットとしての任務は終了し、今後は引き続きセーラースタッグとしてTMZエージェントに就いてもらう事が決まったわ」
「本当ですか?」
スタッグは喜んだ。
これでやっと、メダルまで実験体として扱われてる生活を終えて、正式にミネルバさんの部下になれると思ったからだ。
しかし、
「次に、私は今日を以て貴女とはお別れになります」
「え?」
「異動が決まったのよ。次の任務先は研究施設とは別の場所になるから貴女と会う事はできなくなるわ」
「そんな」
スタッグは両腕でしがみつく。けどミネルバさんは寂しそうに、だけど微笑むような声で、
「貴女のテストメダロットとして最後の任務は、私抜きで日々を過ごす事よ」
「できません! そんなこと」
「甘えないで。所詮私たちはメダロット同士で、私には貴女を任せるように指示したマスターがいて、貴女の本当のマスターではないのよ」
「そんな」
ここで、ここにきてマスターの代わりでしかない事実を突きつけられるのは、スタッグにとって裏切られたような、身を裂かれる思いだった。
さらにミネルバさんは、普段とは違う他人行儀な口調で、
「最後のテストの成功を願っています。今回の失敗は、私の任務の失敗にも繋がります。よろしいですね」
「うぅぅっ」
「貴女のマスターに向けた想いは、私ではなく、この先出会うと思われる本当のマスターに向けてください。きっと、その方は幸せに思ってくれると思います」
「わ゛っ」
メダロットだから涙なんて出ないのに。
スタッグは子供が泣きじゃくるのを必死に抑えたような声で、
「分かりました」
と言った。
程なくして、テストメダロットとしての任務は無事終了し、スタッグは研究施設の奥にある一室に通された。
「失礼します」
スタッグが部屋を開けると、中は空間すべてが機械装置と化した、いかにも未来的な研究室といった薄暗い外観。
「ここは」
スタッグが呟くと、
『ここはTMZエージェントの指令室です』
奥から声がした。
見ると、正面には誰も座ってないテーブル。さらに奥の壁はモニターと一体化しており、ひとりの幼い女性が画面越しにスタッグと向き合っていたのだ。
『初めまして。私はTMZ社の研究員で、近辺エリア内のTMZエージェントの指揮権を一任しているブルーといいます』
「ブルー、ですか?」
『はい。ブルー博士と呼んでください』
これが、スタッグにとってブルー博士との初体面だった。
第一印象は、不審。
本当にこんな子供がTMZエージェントのトップなのだろうか。見た目も当然、声も舌足らずというのか幼い印象を覚える。
しかしスタッグが疑念を覚えた矢先、ブルー博士は、
『どうしましたか?』
これまた幼く可愛らしくにぱっと笑う。
スタッグはゾッとした。
相手がこちらの考えを見透かした上で笑顔を向けてきたと気づいたからだ。
この人は本物だ。格が違う。スタッグがそう認識するには十分で、
「いえ、何でもありません」
スタッグが言うと、ブルー博士はくすりと微笑み、
『やっぱり、利口な子ですね』
「やっぱり?」
『いえ、こちらの話です』
ブルー博士は言った。
『セーラースタッグさん、あなたを今日より正式なTMZエージェントに任命します』
こうしてスタッグはTMZエージェントになった。
しかし、エージェントとしての日々は、それまで抱いていたイメージとは全く別物だったのだ。
まずスタッグには特定のマスターが与えられなかった。
人間側のエージェントには、専属の人もいれば研究員と兼任してる人もいるけど、基本的にプライベートで所有するメダロットを仕事に持ち込まない人が多い。
一方、メダロット側もマスターがいないTMZが管理するメダルという場合が大半で、仕事の度に人間側と一時的なマスター登録を行ってバディを組む。
で、仕事が終わったら当然マスターとパートナーの関係も解消されて、また仕事が入れば別々のマスターとメダロットが組んで任務を行う。
ここでのメダロットは、まるで巨大ロボットアニメの量産機みたいな存在だったのだ。
スタッグはまだセーラースタッグという専用ボディがあるから恵まれてるほうで、大半のメダルは自分の機体さえ持ってない。
だからスタッグも、色々な人と組んで任務を行った。
実をいうとキクナさんのメダロットだった事も一度だけある。
キクナさんはプライベートのメダロットをそのまま仕事に持ち込むタイプのエージェントではあった。
けど、当時のキクナさんはTMZ加入直後だったので、職場で先輩が新人と組んで仕事するように、スタッグも先輩としてキクナさんの面倒を見た事があるのだ。
今では実質、立場が逆転してるけど。
次第にスタッグは本来あるべき本当のマスターという存在に憧れを抱き、同時にメダロットとしての当たり前を得られない生活に鬱屈するようになっていった。
そんなころだっただろうか。
『セーラースタッグさん、突然ですけど重要な任務をお願いしてもいいですか?』
ブルー博士からこんな事を言われたのは。
たしか去年のクリスマス近くだった気がする。
「何でしょうか?」
『実は今度新しくTMZエージェントに加入する子がいるのですけど、少し特殊な事情がありまして』
「特殊な事情とは?」
『その子、メダロットに恐怖を持ってるらしいのです』
は? スタッグは思った。
どうしてメダロットを怖がってる人がTMZに入ろうとするのか。おまけに言うと、どうしてTMZはそんな人間をエージェントに入れようとしたのかと。
『そんな子にエージェントのバディ制は不可能ですよね?』
「無理だと思います」
『ですから、セーラースタッグさんさえ良ければ専属のパートナーになって、その子の面倒を見ていただけませんか? というお願いなのです』
「それって」
スタッグは思わず食いついて、
「私に専属のマスターが就くという事ですか?」
『形としては』
ブルー博士は頷く。
『多分、あの子は今後のTMZに必要不可欠な存在になります。ですけど、今のままではメダロットを持つ事さえ難しい状況にあります』
「いいのですか? 私がそんな任務を引き受けてしまっても」
『むしろ、マスターがいない単独でも任務をこなせるセーラースタッグさんだからお願いしたいのです』
なんて言ってもらえた時点で、すでにスタッグの中に断るという選択肢はなかった。
「分かりました! その任務、私にやらせてください」
この一言が、後にアズキというレズでロリコンでチキンでヘタレな新人TMZエージェントと出会うきっかけとなるのであった。