「って酷い」
アズキは、スタッグが語った内容の締めに突っ込みを入れた。
けど、スタッグは当たり前のように、
『ですけど実際、レズでロリコンでチキンでヘタレでコミュ障じゃないですか』
「さらに追加された。しかもそれで終わりという話なの? もうちょっと続いたりしないの?」
『と言われても、後はアズキと対面するだけですから』
「たしか訓練で模擬戦してなかったっけ?」
アズキは言うけど、スタッグは、
『そこは、アズキ視点で語ってもらうためにカットしました。そうでなくても、私にとっては語るまでも無い普段の訓練でしたから』
と言った。
「うーん、なんだか新鮮でした」
ここでキクナが感想を言う。
スタッグがメダロッチ越しにきょとんと、
『何かありましたか?』
「いえ、ミネルバさんのエピソードがですよ。僕のときは最後まで敬語で、姉弟みたいに接してはくれませんでしたから」
「キクナの場合、どうしても客人対応になってしまうから、なのでしょうね」
頷くノリカ。続けてマイカゼさんが、
「あれでもキクナ君と接するときのミネルバは珍しいほど人間味のある応対をしてたんだけどね」
と言って、
「けど、スタッグ君もミネルバに懐いていたのには驚きだったよ。ミネルバは事務的な一面が多かったはずだから」
なんて話してる中、帯刀くんはひとり難しい顔をして俯いていた。
「どうしたのですか? ショウイチさん」
ノリカが言うと、帯刀くんはポーズを崩さないまま、
「いや、いまの昔話で少し引っかかりを感じただけだ。気にしないでくれ」
『では最後にアズキですね』
スタッグが言った。
『アズキの語りの中に、帯刀さんの疑問を解くヒントが隠れてるかもしれないですし、私も私と出会うまでのアズキの話はほとんど知りませんので』
と言って、期待に満ちた声で、
『ラストですから、感動的な話を期待してます』
「いや、そんなに期待されても」
『
「だから言葉通りの意味しかないってば。それで、えっと」
アズキは言ってから、
「たしかTMZと関わるようになった原因も話すんだっけ。どこから話せばいいやら」
アズキは腕を組んで一度考え、ゆっくりと語り始めた。
始まりは、去年の冬。
ちょうど今から半年ほど前だった気がする。
「紅下アズキちゃんだよね」
下校中の電車内で、アズキは突然声をかけられた。
記憶が正しければ相手はブロンドの髪にサングラスをかけた女性だったはず。
流暢な日本語を話していたけど、肌の色が若干白く顔立ちも込みで純粋な日本人ではない事がすぐに分かった。年齢は多分二〇代の前半から半ば辺り。
「あ、警戒しなくても大丈夫だよ。銃だって持ってないし、ほら手ぶら手ぶら」
「いや、余計無理です」
いきなり銃持ってないから大丈夫とか言うような人を前に、初対面でどう安心すればいいのか。
しかも、このころのアズキはすでにレズに目覚めている。
当然、目の前の女性も見た目は魅力的に映り、アズキは色々な意味でどう接すればいいか分からない。
「私はTMZエージェント。君の義母さんの仲間だよ」
「名前は?」
「フィーア・フォルマージ。信用できないなら今すぐ義母さんに確認してもらってもいいよー」
たしかに。アズキには義母がふたりいて、そのうち片方がTMZエージェントなのは事実である。
「えっと、用件は何ですか?」
相手が本当にTMZかの確認は後でするとして、とりあえずアズキは相手の目的を確認する事にした。
フィーアさんは言った。
「言っちゃえばスカウト。私たちのボスがね、キミをTMZエージェントに迎え入れたいって」
「え?」
アズキは驚いた。
義母から聞いてるけど、言ってしまえばTMZエージェントは特撮とかで出てくる特殊部隊みたいなものだったはず。
そんな組織がアズキを誘うなんて考えられる要素が何一つ無いのだ。
もしかしたらポーカーフェイスと勘違いされたのだろうか。
初対面の人にはクールと言われる事はあるけど、表情を自発的に出すのが下手だけ。実際のアズキはただの臆病な女なのだ。
それに義母がそちら側なのだから、スカウトするならアズキがエージェントに向いてないのは伝わってるはず。
「どう? アズキちゃん好みの小学生みたいに小さな子もいるよ?」
「な、なんでそれを」
「もちろん調査済に決まってるよー。アズキちゃんがレズでしかもロリコンだって」
フィーアさんが人懐っこく絡みながら言ってくる。
アズキはびくびくしながら、
「もしかして義母さんが喋ったの、ですか?」
「んーん? 違うよ?」
「じゃあ、義母さんから情報を仕入れたとかじゃなくって、エージェント自身が直接動いて調べた、とかですか?」
「ヤー! じゃ通じないか、イエース!」
アズキは悪寒を覚えた。
これでも、アズキは自分がレズでロリコンだと周囲にバレないよう気を使ってるつもりである。
なら、どうやって情報を仕入れたのだろうか。まさかパソコンやタブレットから見てる動画の視聴履歴とか何かそういう。
「簡単だったよ。だってアズキちゃんの視線とか思春期の男子そのものだったもん。それで小さな女の子をチラチラ見てたら」
「きょ、今日はこれで失礼します」
ちょうど目的の駅に到着したので、アズキは逃げるように席を立つ。
でもって、
「じゃあ、また明日ねー」
なんて見送るフィーアさんを背に、アズキは急いで電車を降りるのだった。
帰宅後、アズキは早速今日起きた事を夕食中に伝えた。
その日はエージェントの義母も帰宅していたので、フィーアさんの名前を出したところ、本当に彼女はTMZエージェントだったと判明した。
むしろ義母と同じ支部に所属している同僚で、看護師の資格を持った衛生兵らしい。
しかも衛生兵なのに狙撃が義母より上手で、かつて
同時にTMZエージェントというのは本来自分とは住む世界が違う場所なのだと再認識させられたけど。
だからこそだろう。
その上で、今回のスカウトに関して義母ふたりは口を揃えて言うのだった。
「絶対、断るように」
って。
「アズキちゃん、やっほー」
フィーアさんは、翌日も下校中のアズキに接触してきた。
「こ、こんにちは」
言いながらアズキはビクッと身構え、震える。
一見フレンドリーで、接しやすそうな女性。
だけど本性は狙撃が上手な、元殺し屋で傭兵で、しかも今から自分はそんな彼女のスカウトを断らなければいけない。
もしかしたら口封じに遭うかも。なんて考え、怖くなってしまったのだ。
フィーアさんは笑って、
「大丈夫だよー。別にスカウトを断っても銃なんて出さないから」
「え?」
「顔に出てたよ。なんか断ったら口封じされるかもなんてビクビクしてたでしょ」
「は、はい」
アズキは頷いた。
表情を狙って出す事が出来ないだけで、本来アズキは顔に出るほうなのだ。経歴が凄いフィーアさんが相手だとアズキは隠し事が一切できないと痛感する。
アズキは正直に言った。
「義母さんたちが、スカウトに応じたら駄目だって」
「まあ、大事な娘だから当たり前の反応だよねー」
「血は繋がってませんけど」
「それでも娘は娘だよ」
フィーアさんは言った。
「私にも引き取りたかった子がひとりいたからね。レイアっていう子なんだけど、私の仕事上世界中を飛び回るから預かるわけにはいかなくって」
「どんな子、なのですか?」
「任務中の外国で出会った孤児の少女兵だよ」
「こ、孤児ですか」
アズキが反応する中、
「だから生き延びるために狙撃や軍事技術を教えてから平和な日本に送り届けたんだけど、今度は日本で敵勢力の傭兵として再会したり散々だったなー」
と、言いながらもフィーアさんは母親のような顔で、
「だから交戦の後、今度こそ平和な施設を探して避難させた。たぶん、いま彼女にエージェントのスカウトが来てたら、私は絶対に反対すると思うね」
故にアズキの義母たちの気持ちは分かる。フィーアさんはそう言ってるようだった。
「とはいえ、今回の私は任務だから時間の許す限りアズキちゃんをスカウトし続けるけどね」
「うっ」
つまり、しばらくの間は下校の度にフィーアさんと接触する事になりそうだ。
アズキは、ちゃんと切り抜けられるだろうかと不安を覚えた。
で、不安は見事的中した。
数日間アズキは誘われ続けて、ついに「話を聞くだけなら」と首を縦に振ってしまったのだ。
原因は、フィーアさんがとても親し気に接してくれた事に対する罪悪感。何よりアズキの臆病な性格が、彼女の熱烈なアプローチに耐え切れなかったのだ。
「いやあ、ほんっとーに助かったよ。ありがとー」
とても嬉しそうにフィーアさんは言った。
現在、アズキは普段の下校とは別の駅で電車を降り、フィーアさんが運転する車の助手席に座ってTMZ研究施設に向かっている。
もちろん親には何も伝えていない。
「実を言うと、今日がラストチャンスだったんだよねー。アズキちゃんと接触できるの」
「え?」
「キミの義母さんも次の日曜日にまた日本を離れるでしょ? 私も同じ任務でヤーパンを発つ予定だったから」
「ですけど、日曜まではまだ。あっ」
言いかけてアズキは気づいた。
今日は金曜日である。明日は土曜日につきアズキは学校に行かないので、基本電車で接触してくるフィーアさんとは明日明後日と会えないのだ。
(しまった)
と、アズキは後悔した。
あと一日だけ我慢すれば、彼女の熱烈なスカウトから逃げきれたはずだったのだ。
「そういえば、今更ですけどフィーアさんってドイツの方なのですか?」
「うん? そうだけど、どうして?」
「いえ、フィーアってドイツ語で四って意味ですし、ヤーパンもドイツ語で日本って意味だから」
「正解。アズキちゃんは賢いねー」
と、フィーアさんは褒めるけど、
「でも苗字のフォルマージはドイツ語じゃないですよね? もしかして既婚者ですか?」
「ブッブー。それは外れー」
フィーアさんは言った。
「フォルマージ夫妻は、昔いまとは別の仕事で世界中を飛び回ってた時に出会った医療従事者でね。私の人生を変えてくれた恩師みたいな人なんだ」
「恩師ですか?」
「あ、そういえばもう義母さんから教えられて知ってるんでしょ? 私が元殺し屋で傭兵だった事」
「はい」
アズキはうなずいた。
フィーアさんは笑って、
「なら言っちゃうけど、今まで人の命を奪うしかできなかった手だけど、これからは人の命を救うために使いたいって思うきっかけを作ってくれた恩人なんだよ」
そういえば。
義母さんからは狙撃とか元殺し屋とか傭兵とか教えてもらったけど、現在は看護師の資格を持った衛生兵でもあるのだった。
「だから、私がフォルマージ姓を名乗るのは、殺しの技術しか知らず救えなかった誰かの人生を背負うためかな」
「あっ」
アズキは気づいてしまった。
その救えなかった誰かの中に、まさにフィーアさんの言うフォルマージ夫妻も含まれてるんだって事に。
しかし、フィーアさんはアズキに長々としんみりする時間を与えてはくれなかった。
「アズキちゃん、研究施設到着したよー」
絶妙なタイミングでフィーアさんは言い、アズキを現実に引き戻してくれたから。
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軽微な修正を行いました。ご指摘ありがとうございます