「ねえスタッグ、例の日だけどピスケスの姿でいてくれないかな?」
『嫌です』
今日も
突然だけどアズキは、次の日曜にお出かけする事になった。
誘ってくれた子は藤稔ティナさん。アズキの教え子のひとりで、先日万引きをした子である。
しかも行先は再び博物館。
実は彼女、幼少期から習い事でピアノを弾いてるらしく、通ってる教室が館内のホールを一室レンタルし、今週の日曜に演奏会を開くのだとか。
で、ティナさんも演奏する側で参加するそうで、
「良かったら、先生も見に来ませんか?」
とチケットを渡してくれたのである。
だから気品ある場所に行くのなら、せっかくだしスタッグも普段よりフォーマルな衣装で向かったほうがいいと思ったのだ。
その点において、メダチェンジ後のピスケスはアズキが一目でお姫様と思った姿なのでピッタリだと思ったのだけど、
『どうして普段の姿では駄目なのですか?』
スタッグは言うのだ。
『確かにアズキはおめかしする必要があると思いますけど、私は普段の姿がそこまで場違いだとは思いませんけど』
「それは」
『連れ歩きたいだけですよね? メダチェンジした姿のピスケスと』
「はい」
アズキは素直に肯定した。
だって、仕方ないでしょ? ずっと見れなかったお姫様を拝む事ができて、現在マイブーム到来中なのだから。
PSC型ピスケスのモチーフはうお座である。
その神話は女神アフロディーテが魚に変身して怪物から逃げたという話であり、メダチェンジ後の姿はまさに神話に登場した女神が元と思われる。
アフロディーテといえば、ギリシャ神話において愛と美の女神であり、アズキがピスケスに惹かれたのは必然だったのではないだろうか。
『まあ、メダチェンジ後は二脚になるので移動する分には問題ないのですけど』
スタッグは言った。
『私たちはエージェントでもありますから、万一事件が起こってロボトルする事になったら、まず魚の姿に戻らなくてはならないので不便です』
「あー」
ピスケスの脚部は、セーラースタッグとは逆にメダチェンジ前が潜水で、メダチェンジ後が二脚になっている。
ずっとメダチェンジしたままなら問題ないのだけど、魚の姿ではスタッグのメダルと相性が悪い。
スタッグの言う通り、ピスケスでは何か起きたときに対処が難しくなる可能性があるのだ。失念していた。
「残念」
アズキは頷いて、
「ならピスケスは自室での観賞用に留めて」
「嫌です」
「演奏会はいつものスタッグで顔を出すしかないという話みたいね」
途中スタッグの言った「嫌です」はスルーしつつ、今回はピスケスを使うのを諦める事にした。
演奏会、当日。
アズキは過去に暴走事件のあった博物館に再び赴き、前回は足を運ばなかったイベントホールに向かう。
博物館にはイベントホールがいくつか用意されてるが、今回教室がレンタルしたのは一番小規模のホールらしい。
入口には受付の女性が待機しており、普通の客は入場が有料らしいけど、アズキはティナさんから受け取ったチケットを見せると、
「確認しました。どうぞお入りください」
と、パンフレットを受け取り、無料で入る事ができた。
中は平らな床のホールになっており、奥にピアノの置かれたステージが設置されてる程度のシンプルな造り。
一応、演奏する人たちの楽屋や控室は存在すると思われるが、今はまだ先生らしき人も演奏者もみんなホール内で談笑しており、
「先生」
辺りを見渡してたところ、アズキはティナさんに声をかけられた。
「来てくれたのですね」
「まあ、うん」
「ありがとうございます。誘われて断れない先生だとは思いましたけど、それでも来てくれて嬉しいです」
「うっ」
アズキの性格がばっちり見抜かれてる。
今日のティナさんはドレス姿だった。ただし今回も肩から脇まで露出したノースリーブで、色も紫。
おそらくこの色とデザインが好きなのだろう。髪型も学校で見るストレートとは違い、今回もツインテールにしている。
「今日は春日くんは一緒じゃないの?」
「いますよ。演奏会には出ませんけど、ほら、あちらに」
と、ティナさんが指さした先には、居心地悪そうに椅子に座る春日くんの姿。
彼も今日はお洒落をしてきたようで、タキシードを着ている。
しかしオールバックの茶髪に眼鏡はそのままで、正直いって普段よりインテリヤクザ感が増して映った。
「そういえば、ティナさんって小さい頃からピアノを習ってるんだよね?」
「はい」
「もしかして将来の夢はプロのピアニストだったりするの?」
「いいえ」
ティナさんは言った。
「その夢は、始めて一、二年ほどで諦めました」
「え、諦めた?」
「はい。私では才能も情熱も時間も足りないと思いましたから」
判断が早い。
「でも心残りはないの? 事実、今日までずっとやってる習い事なのに。それこそ、目指そうと思えば今からだって」
「どうしようもない事ですよ。本当にプロになる人は私がいくら努力しても届かないくらい才能がある人たちばかりですから」
「だからって」
「それに、私には人生をピアノ漬けにする執念もありませんし」
正直、耳が痛い。
だってアズキはパティシエを目指してはいるけど、現状夢に人生を捧げるような努力はしていないのだから。
「でもピアノは好きです。それに違いはありませんから、私は教養、かくし芸、趣味。そう割り切って続けてるだけです」
と、ここで。
「あれ、先生?」
アズキは別の子にも声をかけられた。
「え?」
と声の先に顔を向けると、男物のスーツを着た赤城くんが立っていて、
「先生も来てくれたんだ。ティナが誘ったのか?」
「はい」
頷くティナさん。アズキは言った。
「もしかして、赤城くんも今日演奏するの?」
「まあな。オレはサックスやドラムのほうが本当は好きなんだけど、まあ家がアレだしな。教養として通ってるんだよ」
と言いながら赤城くんは適当な椅子に座って、
「というか、先生とティナっていつの間に仲良くなったんだ? 少なくともGW前の先生ってモッチーズ以外とはプライベートの交流なかっただろ?」
「まあ、色々あって」
さすがに万引き現場を見たとは言えず、アズキは誤魔化す。
「でも、まあいっか」
赤城くんは笑って、
「あの紅下先生がオレたち以外と仲良くなったって事はかなりの進歩だしな」
と、言ってくれた。
「リーダーはあっちにいるけど、もう会ったか? 演奏はしないけど」
赤城くんが指さした先にはたしかに綺麗なドレス姿の神宮寺さんがいた。ただし、タコスと一緒である。
「クワトロさんは?」
「クーは今日は来てない。オレたちふたりだけだ」
「そっか」
アズキはうなずいて、
「じゃあ、ちょっと神宮寺さんに会ってくる」
と、アズキは彼女の方角に向かった。タコスと一緒という事は、ロボロボ団としても何か動きがあるかもしれない。
ふたりは会場の隅でこそこそと話していたので、
「来てたんだ、ふたりとも」
アズキも小声で話しかけてみる。
神宮寺さんは振り返って、
「あ、先生」
って、いつも通り抱き着いてきた。
「わっ」
アズキが受け止めると、
「先生も来てたんですか?」
「うん。ティナさんに誘われて」
「え、ティナに?」
しがみついたまま驚く神宮寺さん。
アズキは彼女の頭を撫でながらタコスに向かって、
「タコス、今日もロボロボ団で?」
「半分な」
タコスは言った。相変わらずの無精髭にサングラス姿。
今日はフォーマルなジャケットに身を包んでるが全身が浅黒いのもあって水着姿のときよりヤクザか何かのような怖さを感じる。
「半分って?」
アズキが言うと、
「シラタマが友人の演奏会でこの博物館に行くことになったから護衛だ。もう知ってると思うが、この博物館は何かきな臭い」
「館内でユスグさんの生体反応もあったんだっけ?」
「しかも展示物がメダロット暴走装置だったりしたんだ。俺はこの博物館が先日シラタマの家を襲った組織の一部だと睨んでいる」
「確かにね。表向きは博物館だから、どこまで黒いのかは分からないけど」
アズキは頷く。例えばこの施設の職員も元から真っ黒なのか、一部の上層部だけが関わってるのか。
まあ、博物館が組織側というのもまだ憶測の域でしかないのだけど。
「というわけで、一応ロボロボ団として今日この場を見張る必要があると思って、ここに来たわけだ」
「なるほど」
アズキはうなずく。
「でもロボロボ団も悪の組織だという事を忘れないで。下手に黒タイツになると、もし敵が何かやらかす時いいデコイに使われるよ」
「そこを今、シラタマと相談してたところだ」
「ねえ」
ここで、タコスがシラタマと呼んでいる神宮寺さんが言った。
「この前の高校襲撃の時、先生のお友達も協力者として事件解決に関わってましたよね?」
「うん」
「今日、有事に備えて私たちをTMZの協力者にしてくれませんか? ロボロボ団としてではなく、民間人の神宮寺シルコとタコスとして」
タコスって本名だったんだ。
それはそれとして、
「うん。言いたい事は分かるし私も同意だけど、今日はTMZとしては何の指示も出てないから、上に民間協力者付きで自主警備できないか確認とらないと」
「お願いします」
「俺からも頼む。この方法ならロボロボ団でなくても活動がしやすい」
タコスも言ったので、
「分かった」
アズキは言って、
「スタッグ、こういう話だからブルー博士と連絡取れる?」
「私が直接交渉してみます」
今回はすでに転送済だったスタッグが言う。
以前はブルー博士も敵だった可能性があったおかげで下手に連絡を取る事もできなかったけど、今は一応味方と分かったおかげですごく気が楽だ。
数分後、スタッグは博士から許可を取ってくれた。
それも有事には現場の裁量で協力者を追加してもいいという待遇で。
サブタイトルはゲーム「ドラゴンクエストII 悪霊の神々」およびアニメ「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」のED「この道わが旅」より