さすがに小学生の門限は早いため、カフェを出たところで今回のデートは解散になった。
「じゃーねー、先生」
手を大きく振りながら帰り道に向かって走る神宮寺さんを見送ってから、
「そういえばスタッグ」
アズキはメダロッチに向かって声をかけた。
「レアメダルの話をしたとき、どうしたの? なんだか様子が変だったけど」
本当はカフェの中でも話すタイミングはあったのだけど、神宮寺さんが気を遣って話題を変えてくれたので、あえて触れないままにしていたのだ。
『いえ、何でもありません』
明らかに沈んだ声。何もないわけがないのはアズキでも分かった。
なのでアズキは、この場にスタッグを転送して、
「え?」
突然、外に出されて困惑するスタッグの頭を撫でる。
「スタッグがコモンメダルだって事なら別に気にしてないよ。レアでもコモンでも違いはないってキクナも言ってたし」
「それでも」
スタッグは言った。
「私が量産品なのは間違いありません。どこかには私の元になったオリジナルがいて、コモンだからこそ私に似た自我を持ったメダルも存在してるはずです」
「もしかして、私の告白をずっと受け入れなかったのって」
アズキが確認すると、
「私はコモンメダルです。もしいつかアズキが私を失って、新しいメダルを手に入れたとしても、やろうと思えば第二の私に育てる事だって可能のはず」
「それは無いですよ」
ここでキクナが否定した。
「僕のメダルも二枚ともコモンメダルですよ。ですけどユディトなんて恐ろしいほどキャラが濃いじゃないですか?」
「それは」
「僕が新たに同じメダルを買ったとして、またユディトみたいなキャラになると思いますか?」
「い、いえ」
スタッグは否定する。
実際、つい先ほど同じレアメダルから培養されたコモンメダルに同じ教育を施しても同じ性格になるとは限らないと聞かされたばかりなのだから。
キクナはくすりと笑って、
「ユディトはテイマーメダルですけど、もしユディトがまた生まれるようなら今ごろテイマーメダルは性格が終わってると有名なメダルになってるはずです」
「それは、そうかもしれませんけど」
けど納得しない。そんなスタッグにキクナはいった。
「スタッグさん。コモンメダルはクローンでも双子でもないですし、初期化しても他のメダルと同一の自我に戻るわけでもないですよ」
「そう、ですよね」
うなずくスタッグ。それでも表情が晴れる事はない。
「まあ頭で理解しても、心で納得できるものでもないよね。こういうのって」
アズキは言った。自分だって、親を失って、孤児院に入ったり、スタッグと出会うまでメダロットを持たなかったり。人生の中で思い当たる節は色々とあるのだ。
「神宮寺さんに告白した時にも言ったけど、私はスタッグが好きだし、告白だってしたけど、スタッグからの返事がない今の関係でもいいって思ってるから」
「アズキ」
「でも、私にとってスタッグの変わりはいない。これだけは頭の中でだけでいいから理解してて」
「分かりました」
スタッグはうなずいた。でも、
「それでも、まず私はメダロットです。いい機会ですから私は諦めて神宮寺さんの告白を受け入れてみたらどうでしょうか?」
「何言ってるのスタッグ」
「相手はアズキの好きな女子小学生で、しかも好みのタイプですよね? それに実家が資産家でレアメダルだって持ってます。損はないと思いますけど」
「だからレアメダルは関係ないってば」
アズキは言うけど、
「私はコモンメダルの量産された人工知能です」
スタッグの即答に、アズキはこの問題の根の深さを感じた気がした。
まさか、スタッグが普段からずっとこんな悩みを持ってたなんて全然知らなかった。
いや、本来の悩みはもっとシンプルだったのかもしれない。
だけど神宮寺さんが告白した事でスタッグの中で物事を深刻に考える機会が増え、そこにレアメダルの話題を出されて致命傷になった可能性だってある。
「アズキ、私は」
スタッグは何か言いかけたけど、
「いえ、何でもありません」
と、口を閉じる。その先の言葉を聞き出すのは難しそうだ。
アズキは、
「量産された人工知能なのは関係ないよ。恋とか一目惚れってそんな理屈で解決できるものじゃないから」
とだけ言ってから、
「そういえばキクナ? この後用事があるって言ってたけど何だったの?」
と話題を切り替えた。
万策が尽きたのだ。これ以上は時間をかけてゆっくり解決するしかない。今これ以上スタッグを説得するのは不可能と判断したから。
「用事? ああ」
キクナは思い出したように、
「何もないですよ。アズキさんでは彼女を振りほどけないと思ったから助け船に入っただけです。仕事は家でもやってるみたいですからね」
「あ、そうだったんだ」
「まさか、それでカフェに付き合わされるとは思いませんでしたけど」
「それはえっと、ごめん」
アズキは謝った。
つまり、これで今日はアズキの予定が全て無くなった事になる。
今から学校に戻って仕事をしてもいいけど、仕事に必要は荷物は大体持ち込んであるので、今日はキクナの言う通り家でやってもいいだろう。
「ありがとうキクナ。じゃあ、帰ろうかスタッグ」
アズキが言ったところで、
「あ、アズキ」
スタッグが言った。
「たった今、クワトロさんから連絡が入りました。用事があるので指定した場所に来てください、だそうです」
クワトロさんが指定した場所は、なぜか人通りが少なく薄暗い路地裏だった。
廃棄されたゴミや機械が辺りに転がり、不良が群れ集ってそうな雰囲気。アズキは少し違和感を覚えたけど、つい無警戒のまま現地に足を運んで、
「クワトロさん? 来たけど」
「あっ」
到着した時、クワトロさんは妙に浮かない顔をしていた。けど、アズキに気づくとすぐいつも通りの気弱そうな姿を見せて、
「紅下先生、わざわざこんなところまでありがとうございます。通杭先生も」
なお、この場にはキクナも一緒に来ている。
先ほど連絡が来た時、いまキクナと一緒にいるんだけどって伝えたら、一緒で構いませんと連絡が返ってきたのだ。
とはいえ、
「それはいいけど、本当に良かったの? キクナも一緒で」
「はい。それはそれで都合が良いですから」
「都合が良い?」
もしかしたらアズキに限定せず先生に相談とかしたかったのかもしれない。
「それで、そろそろ何の用事か聞いても?」
アズキが言うと、
「はい」
クワトロさんがうなずく。
直後だった。どこからか敵意にも似た視線がこちらに向けられたのを。
で、クワトロさんは言うのだ。
いつもの、形だけおろおろした態度で、
「ごめんなさい紅下先生、消えていただけますか?」
直後、物陰からアズキに直接ビームが発射されたのだ。
「アズキ!」
転送済のスタッグが咄嗟にアズキを押し倒した事で、なんとかアズキは被弾を逃れる。
同時に、
「ユディト、メダメイド」
キクナも二体のメダロットを転送。
「アズキ様、大丈夫ですか?」
メダメイドが言った。アズキはうんと頷いて、
「なんとか」
と立ち上がる。
「どうやら三原則を解除されたメダロットがいるようですね。出てきてください」
ユディトが言うと、ビームが発射された方角から一体のメダロットが姿を現す。
それはバグスティンクだった。いや、少し形状が違う。
背中に装甲板を持たず、代わりに全体から装甲車のような印象を受ける。
キクナは言った。
「バグシールド。バグスティンクの後継機メダロットですね」
となると、中身のメダルは普段彼女が使ってるバグスティンクと同じ可能性が高い。
にしても状況が、まるで分からない。
どうしてクワトロさんのメダロットから三原則が解除されてるのか、どうしてアズキが直接狙われたのか。
「クワトロさん。これ、どういうこと?」
アズキが言うと、
「ごめんなさい。諸事情で紅下先生を排除する事にしまして」
「だから、どうしてそんな事を」
「先生が、神宮寺さんの恋心を奪ったからですよ」
クワトロさんは言った。
「友情でも恋愛でも何でも構わない。ただ、私は神宮寺さんの一番であり続けたいだけなんです。でも、それを先生が奪ったから」
「ま、待って待って。今だって恋か友情を選ぶなら、クワトロさんとの友情を選ぶ可能性だって」
「この数日間、私を無視して先生に引っ付いてる神宮寺さんがですか?」
クワトロさんの濁った眼差しがアズキに向けられる。
「だから、排除する事に決めました」
そういえば以前、赤城くんも言っていた。
「クーがリーダーに向ける友情が重いのはマジだ。先生も気をつけろよ」
って。
「ユスグさんも同じです。神宮寺さんったら、私という親友がいるのに、彼女に対して一番の親友だよなんて言うものですから」
「まさかユスグさんが行方不明になったのも」
「はい。私です」
クワトロさんは言い切った。
「心配しないでください。命は奪ってません。元々彼女は組織から拉致の指令が下ってましたから、生け捕りにしました」
嘘だ。いや、悪夢だ。
事件の真犯人がクワトロさんだったなんて。あのクワトロさんが敵だったなんて。
「おかげで私は神宮寺さんの一番の親友という座を奪い返し、メイド待遇で屋敷に保護までさせて貰って」
「そこまで計算の内だったという話なの?」
「はい。次は私かも、怖いと言ったらすぐに動いてくれて。おかげで今は同じ屋根の下で朝から晩まで神宮寺さんと一緒、とても幸せです。いえ、幸せでした」
「クワトロさんにとっては、その幸せを奪ったのも私という話なのね」
アズキが言うと、クワトロさんは小さくうなずく。
「安心してください。先生にも組織から拉致の指令が下ってますから命は奪いません。幸運にも半殺しまでの許可は取れましたけど」
再びバグシールドからビームが発射される。
が、直後メダメイドがアズキの前に立って左腕の盆でガードする。しかもダメージを受けた様子はない。彼女は光学武器無効の能力を持ってるのだ。
キクナがいった。
「前に僕に勝ったからといって、いくら機体を後継機に変えたとしても三対一で勝てるつもりですか?」
「そこはご心配なく。他に手を打ってありますから」
クワトロさんがふふっとニヒルに笑った。普段の彼女なら見せない顔である。
スタッグはメダメイドと共にアズキの前に立って、
「とりあえず、数は圧倒的に私たちのほうが上です。まずはバグシールドを無力化しましょう」
と、ソードを構えてバグシールドに駆けようとする。
この瞬間だった。
クワトロさんはメダロッチをスタッグに構え、赤外線を飛ばした。
「あっ」
赤外線を浴びたスタッグは突如苦しみだし、膝をついて、
「何これ、頭が痛い。記憶が混濁する」
「スタッグ?」
アズキが近づこうとすると、
「アズキ! 直ちに逃げてください。私からも、早く!」
言いながら悶えるスタッグ。
しかし程なくして、スタッグは膝をついたまま落ち着きを見せる。
「スタッグ?」
アズキはもう一度呼びかける。直後だった。
スタッグは後ろに振り返り、アズキをソードで斬りつけてきたのだ。
その目は、かつてのオーロラクイーンと同じ、狂気を感じさせる緑色をしていた。
バグシールドのメダロット解説は後々行います