「あ、うっ」
スタッグの一撃は、かすり傷ながらアズキの腹部を裂き、激痛を与える。
服に血が滲み、アズキは膝をついた。
さらに斬りつけようとするスタッグ。しかし今度の攻撃はメダメイドが間に入って左腕の盆を盾にして庇ってくれる。
キクナが駆け寄って、
「アズキさん、大丈夫ですか?」
しかしアズキは返事する余裕なく目の前のメダロットに視線を向けた。
「スタッグ?」
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
信じられない。信じたくない。スタッグが暴走メダロットになってしまったなんて。
突然の事で、現実を受け入れたくなくて、思考が停止しそうになる。
「スタッグさんには、いつでも暴走させられるように予め仕込みを入れさせていただきました」
クワトロさんがいった。
アズキは傷口を手で押さえ、心身の痛みを堪え、なんとか声を絞り出して、
「仕込み?」
「メダロットのパーツにウィルスやバグ攻撃という物がありますよね? それをメダロットの暴走プログラムにする技術を私の組織は所有してまして」
クワトロさんはふふっと笑って、
「直接攻撃しても効果があるのですけど、プログラムを入れたパーツを装備、とくに頭部パーツを着用すると、それだけで強い感染力があるんです」
「どういう事?」
「先生に渡しましたよね? 頭部パーツがバグのメダロットを」
「え、そんなの」
言いかけてアズキは気づいた。
「もしかして、ファンシーエール?」
「はい。スタッグさんがあれに換装した時点で、すでに彼女は暴走プログラムに感染済。後は私の好きなタイミングでプログラムを起動すれば」
先ほどクワトロさんは、スタッグに赤外線を飛ばしていた。
まさかアレが起動プログラムだったのだろうか。
(あれ?)
ここでアズキは思った。
「つまり、スタッグが暴走した原因って、私が欲望のままスタッグの着せ替えを愉しんだせい?」
アズキはついクワトロさんを見る。
で、彼女が微笑んだのを見て、笑顔で肯定したのを見て、
「あっ、あっ、ああああああっ」
アズキは体を震わせた。
自分が原因なのだ。このような事態になってしまったのは。
そんな、そんな。
そんなそんなそんな。
錯乱しそうになるアズキ。その後ろでキクナが、
「確かアズキさんにファンシーエールを貸してくれたのは、出会って間もない頃でしたよね? そんな頃から仕込んでたのですか?」
と確認する。
クワトロさんはうなずいて、
「はい。今までの教師と同じように神宮寺さんに危害を加える方だったらすぐに対処できるように」
「もしかして、アズキさんより前に来た臨時の担任がどんどんやめていったのも」
「私が裏で手を回した結果です」
クワトロさんは言い切った。
「でも今回は、紅下先生は他の教師とは違って神宮寺さんを傷つけようとはしませんでした。だからこれを使う機会は無いと思ってたのですけど」
今日、ついに使う機会が来てしまった。
ふたりが会話してる間にも、スタッグはアズキに向かって右腕のソードで斬撃を繰り返し、メダメイドが常にアズキを庇い続ける。
その後ろからバグシールドがビームを放ち、それも全てメダメイドが受け止めてるのが見えた。
ユディトも杖から電流を流してスタッグに攻撃するも、スタッグは全てを回避していく。やはり、ただ暴走してるだけでなく能力自体が上がっている。
普段のスタッグなら、さすがにユディトからの攻撃を余裕で避け続けるなんてできないはずだから。
「スタッグ、やめて!」
叫ぶアズキ。しかし当然、この言葉はスタッグには届かない。というより完全に聞こえていないように映った。
代わりにソードを執拗にアズキに突きつけてくる。
「クワトロさん!」
アズキは声を強めていった。
「クワトロさん、組織って何? あなたは誰の指示で動いてるの?」
アズキの言葉にクワトロさんは、
「いまはクワトロではありません」
と、クワトロさんは言った。
「クワトロ・チーゼスは日常を過ごすための偽名。私の本名はレイア・フォルマージといいます」
「フォルマージ!?」
アズキは驚いた。
「フィーアさんと同じ苗字」
「あら、義母さんをご存知なのですか?」
「義母さん? あっ」
ここでアズキは思い出した。
フィーアさんには確か、外国で拾った孤児の少女兵がいて、仕事の都合で引き取れないから日本に連れて帰って施設に預けたって。
記憶が正しければ、名前はレイア。で、いま彼女も自分をレイアと名乗った。これはきっと偶然ではない。
確かフィーアさんは、日本に送り届けたものの、今度はこっちで敵勢力の傭兵として再会したとか言ってたけど、
「まさか、まだ傭兵をやってるの? フィーアさんと敵勢力の」
「色々と私の話を聞かされてるようですね。正解です。雇われ先は違いますけど」
「どうして、そんな」
「この先、大人になった後、他に食べる方法を知らないからですね」
孤児院では、いつまでも施設の世話にはなれない。いつかは施設を出て自分の力だけで生きていかなくてはいけない。
フィーアさんは当時生き延びるために狙撃や軍事技術を教えたと言っていた。ここに、クワトロさん自身の幼少期。少女兵としての経験。
それらの環境が、いまも裏世界で生きていくしかできないレイア・フォルマージという人間を作ってしまったのだ。
ここでキクナが、
「もしかして、神宮寺邸の襲撃事件でユニィを逃がしたのもあなたですか?」
「はい。実はユニィとは同じ組織に所属しておりまして」
「でしたら、あの時のロボトルではどうして僕たちの側についたのですか?」
「そうしないと、私とユニィが繋がってると神宮寺さんにばれてしまうじゃないですか。一応、すぐ戦力外になるよう立ち回りはしましたけど」
クワトロさんは言った。
「私はあくまで神宮寺さんの一番であり続けたいのに、敵側だとばれてしまったら、もう一番にはなれません」
「ですけど、それでは組織との契約違反になるのでは?」
キクナは追及するも、
「ご心配なく。神宮寺さんを最優先、組織はその次でいいという契約をしてますから。だから今日まで紅下先生に危害を加えなかったじゃないですか」
クワトロさんはにっこり笑って、
「せっかく理解ある先生が来てくれたのに、その先生もいなくなったら神宮寺さんが悲しんでしまいます」
そういえばクワトロさんは先ほど組織からアズキを拉致するよう指示が出ていると言っていた。
なのに今まで実行に移した形跡はない。
すでに彼女はいつでもスタッグを暴走させられる状況にいたのだから「今日まで危害を加えなかった」は本当なのだろう。
「通杭先生も今日この場所に来てくれたのは本当に好都合でした。ここで紅下先生まで行方不明になったら、確実に通杭先生も動きますよね?」
「もちろんですよ」
「そうなると、私が犯人だと辿り着いてしまう確率が高かったんです」
で、クワトロさんは言うのだ。
「通杭先生には何の指定も出されてませんから、遠慮なく殺処分できますものね」
バグシールドから再びビームが発射された。ただし今度の狙いはキクナ。
もちろん、この攻撃もメダメイドは庇って盆で受け止める。
しかし、
「あっ」
とメダメイドが呟く。
キクナを護るために一度アズキの前を離れてしまい、同時にメダメイド自身もガードを使いすぎてパーツが限界を迎え、左腕が冷却状態に入ってしまったのだ。
クワトロさんが言った。
「スタッグさん、いまのうちに紅下先生に攻撃を」
「アズキ様!」
メダメイドが叫ぶけどもう遅い。
盾を失い、無防備になったアズキに向かってスタッグが襲い掛かる。
「スタッグ!」
アズキは叫んだ。
「目を覚まして、スタッグ! お願い、お願いだから!」
声は届かない。それでも叫ばずにはいられない。
(そういえば)
かつてアズキは、ストレスの爆発がメダロットの暴走に関わってると疑った事がある。
だとしたら、
「スタッグ! コモンメダルなんて関係ない! 私のパートナーはスタッグしかいないんだから。暴走したままでいい、いいから。まずは私の声を聞いて!」
しかしスタッグの耳には届かず、彼女はアズキに向かってくる。
その時だった。
「ヴァリス!」
上空からスタッグに銃弾が撒かれ、彼女が避けてる間に、アズキの前に一体の黒いメダロットが降り立ったのは。
全身を黒い重装甲と推進機で覆った外見。
両腕にはスラスターを兼ねた肩バインダーが搭載され、手首を覆うように装着された両腕の銃。
(このメダロットは)
アズキが思った直後、かつて親を殺したメダロットからアズキを助け、博物館では三つ巴の戦いをした黒羽織の女性。
木之本ミケが現れたのだった。