「アズキさん!」
「先生ーっ!」
キクナと赤城くんの叫びが、アズキの耳に響いた。
赤城くんは続けて、
「どういう事だよ。スタッグのやつ、暴走してるじゃないか。おいっ! 本当なにが起きてるんだよ、教えてくれよ」
「しくじったわ」
ミケさんが苦い顔をして言う。
「ステルス状態ならヴァルゴやメダメイドのガードをすり抜けて攻撃できる。セーラースタッグがソニックスタッグベースだった事を忘れてたわ」
そう、スタッグはこの場にいなかったわけではない。
最初からステルス状態になって姿を隠し、クワトロさんの指示でアズキたちを闇討ちするために待機していたのだ。
クワトロさんは言った。
「紅下先生、気づくのが少しだけ遅かったですね。もう少し早ければ避けれたかもしれないのに」
「ううん。想定通りだけど」
アズキの言葉に、クワトロさんは、
「え?」
「クワトロさんなら、スタッグはこう使うのが一番有効だと気づいてると思った。加えて、任務も私情も兼ねてまずはキクナではなく私を狙うだろうって事も」
で、アズキは言うのだ。
「だから私はあえて後ろを振り返るだけにした。これで私はスタッグを」
喋りながらアズキは腕を伸ばして、
「こうやって抱きしめる事ができる」
と、スタッグの体を抱き寄せた。
ここでアズキは気づく。スタッグの首にはペンダントがひとつかけられていた事に。
あれは博物館の日、スタッグにプレゼントした物だ。
「スタッグ、このペンダント。まだ使ってくれてたんだ。暴走しても、まだ」
このペンダントはトップの飾りを真ん中で割って二本でワンセットにした物。
アズキは自分がかけていたもう片方のペンダントを出し、スタッグのペンダントと連結させ、トップの飾りを角がハート型のクワガタメダルを模した形にする。
「思い出して。このペンダントを買った時、スタッグ凄く喜んでくれたよね? 大事にするって言ってくれて、今日まで本当に大事に使ってくれてた」
スタッグからの返事はない。
やはり、声は届いてないようだった。
と、思ったら。
「あ」
スタッグから返事があった。
「あ……ずき。あず、き」
確かに、間違いなくスタッグはアズキの名を呼んだのだ。
正気を取り戻した様子はない。それでも、
(効いてる)
いま、水薬を飲んだアズキの血液は、暴走を解除するワクチンと同じ性質を持っている。
スタッグはそんなアズキにソードを突き刺した結果、傷口から溢れた血がスタッグの右腕を伝って流れ、彼女の足元にもアズキの血がぽたりと零れ落ちていく。
アズキは傷口から自らの血を手で掬い取ると、スタッグの体に塗りつけた。
「まさか」
キクナが言った。
「アズキさん、最初からこのつもりだったのですか? 初めから刺される前提でスタッグを暴走から解除しようと」
「うん」
と、アズキは頷きながら、自分の意識が朦朧としていくのを感じた。
痛みも段々と感じなくなり、体がふらつき、全身から熱が奪われていくのを感じる。
(しまった)
人間として生命力の限界というのを、アズキは考慮し忘れていたのだ。
スラフシステムがあるから大丈夫。それにクワトロさんはアズキの命は奪えない。だから首と心臓は狙わないだろうって。
そんな浅はかな考えだけで、アズキは今回の事態を予測していたのだ。だからスタッグを治す前に自分が倒れる事を想定してない。
(駄目、いま意識を手放したら)
いま自分が倒れたら、誰がこの血液をスタッグに塗るというのだ。
その前にスタッグがアズキから離れて、次のターゲットに攻撃を仕掛けるに決まっている。
「スタッグ、直ちに先生から離れてください」
さらにクワトロさんの指示。そうだった。クワトロさんが指示してスタッグがアズキから離れる事も想定してなかった。
「スタッ、グ」
離れないで。アズキは言おうとしたが、最早それを口にする力も残ってないようだ。
しかし、スタッグは動かなかった。
まるでクワトロさんの声も届いてないみたいに。
だったら、最後に。
(スタッグ。ごめん、ね)
アズキは心の中で謝りながら、スタッグの顔に自らの顔を近づける。
メダロットには口が存在しない。しかし、人間だったらあるだろう位置に、アズキは唇を接触させ、舌を伸ばした。
ベロチューである。
もちろん、目的の半分は唾液によるワクチン効果。けど、もう半分は、自分の作戦が失敗するなら、せめてスタッグとキスしたいという欲望であった。
アズキはスタッグの顔をぺろぺろと舐めながら、ついに意識を手放した。
気づくとアズキは、広大なお花畑の上に立っていた。
(あれ? ここは)
アズキは辺りを見渡す。しかし、さっきまで一緒だったキクナやスタッグの姿はどこにも見つからない。
空は雲ひとつない晴天で、陽光を受けて、色とりどりの花々が揺れている。大きく息を吸うと、花々のやさしい香りが胸いっぱいに広がっていくのを感じた。
「おや、珍しいですね」
ここでアズキは誰かに話しかけられた。
「普通ここに人間がやってくる事はないはずなのですけど」
それは光の粒子で構成された人型のような何かだった。声は女性。
「あの、ここは」
アズキが言うと、人型の光は、
「ここは現世とあの世の境界に位置する場所です。ただしメダロットのですけど」
「メダロットの?」
言われてみると、目の前の光はちょうどメダロットくらいの背丈をしている。
って、いま何て?
「それって、もしかして私って死んだの?」
「もしくは生死の境目にいるかでしょうね」
「じゃあ戻らないと。早く戻ってスタッグを助けないと」
アズキはすぐ後ろを振り返る。
しかし、後ろもまた一面お花畑が続いて、この世界の出口らしき場所は見当たらない。
「お待ちください」
人型の光は言った。
「帰り方は分かりますか? 方法がなければ自力で現世には戻れませんよ?」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「それは私にも。帰り方は機体それぞれ違うようでしたし、私はすでにあの世側の存在ですから」
困った。この人の言う事が正しければ、アズキはまだ現世に帰る事ができないらしい。
もしくは、もう二度と帰れないのかも。
「もし、どこにも行く当てが無いのでしたら、とりあえず私たちの家に来ませんか? 少しくらいなら、おもてなしもできますので」
「えっと、行ったら二度と戻れないとかは?」
「ありませんからご心配なく」
「じゃあ、お世話になります」
といった流れで、アズキは人型の光の案内で移動する事になった。
お花畑を歩いてみて分かったのだけど、この世界には色んな形をした人型の光が存在する。
輪郭こそ人間に近いが、足が車両や多脚だったりしており、中には飛行する個体もいて、まさにメダロットそのものだという事が分かったのだ。
「あれ?」
さらにアズキは、歩いてるうちにお花畑の先に川が流れてるのに気づいた。
橋もあり、人型の光たちは列をつくってひとり、またひとりと渡っていく。
「あの川って」
「三途の川ですよ」
人型の光は言った。三途の川といえば、人間世界にとっても現世とあの世の境界で、死者が渡る場所だったはず。
「メダロットは初期化するとき、あの橋を渡ってその魂と記憶を浄化して次の人生を歩みます。人間でいう輪廻転生ですね」
どうやら、人間世界にとっての三途の川とは少し違うらしい。
「あなたは渡らないの?」
アズキが言うと、人型の光は、
「私は、まだお迎えが来てませんから」
「お迎え?」
「私はメダルを破壊された側ですから、まだ橋を渡れないんです。普通なら私たちのケースでも、すぐ橋を渡る許可が出されるはずなのですけど」
「破壊されたメダル?」
って事は! アズキは周囲を見て、
「もしかして、このお花畑にいて橋を渡る様子のないメダロットたちってみんな」
「みんなではありません。初期化を終えたメダロットも残留思念として余生を楽しんでる方々が沢山います」
「そっか」
よかった。もし全員破壊されたメダルだとしたら、それだけ大勢のメダルが成仏できずにいるという事なのだから。
「さて、つきました」
人型の光は言った。
「ここが私たちの家です」
それは一軒のログハウスだった。
扉もメダロット用ではなく人間も出入りできる高さで、実際の現世にあってもおかしくない外観である。
「どうぞ」
「あ、お邪魔します」
人型の光が扉を開けてくれたので、アズキは玄関に進む。
内装も、違いは靴を脱ぐ場所がない程度で、完全に日本のログハウスそのものだった。
床も壁も天井も全て木材で出来ており、陽の光が差し込むと、まるで金色に輝いて映る。中央には石造りの暖炉が設置され、薪の香りが微かに漂った。
テーブル席には、翼を持った人型の光と、何となくガラの悪そうな人型の光が座っていて、
「おう、なんだこいつは」
ガラの悪そうな人型の光が言うと、アズキを案内してくれた人型の光は、
「お客様ですよ。クロー、キュリオ」
と言ってアズキにふたりを紹介する。
翼を持った光がクローで、ガラの悪そうな光がキュリオと言うらしい。
「この世界に人間が迷いこんでしまっていたので、とりあえず家に案内したんです」
「そういう事でしたか。突然人間が現れて驚きましたよ、ギャン」
クローは言った。どうやらアズキを案内してくれた人型の光はギャンという名前らしい。
ギャンは、
「本来この世界には現れないはずの人間を放置するわけにはいきませんからね。それに、来たのが彼女というのも何かの縁でしょう」
「どういう事ですか?」
「クロー。あなたなら分かるはずですよ」
と言われ、クローはアズキの顔を覗いて、
「まさか」
と、驚いた。
「本当に彼女なのでしたら、まさに縁というものですね」
さらにキュリオも笑って、
「クックック、俺も分かったぜ。そうか、あの日のガキか」
「えっえっえっ?」
アズキは三人を見ながら困惑する。
どうやら、この三人はアズキを知ってるらしい。けど、こちらには心当たりが全く浮かばない。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
ギャンはアズキに微笑みかけて、
「むしろ思い出さないほうが、あなたには都合が良いのかもしれません」
とは一体、どういう事なのだろうか?
「それよりもお茶にしませんか? ここではメダロットも人間世界では叶わなかった食事というものができるんです」
と言ってギャンがテーブルを軽く叩くと、光の粒子が舞い上がり、中からティーポットとカップ、それにケーキが現れた。
ケーキはショートケーキのようだったが使われてるのは苺ではなく桃。それも花びらを敷き詰めたように果肉が上に並んでいる。
そのまま、ギャンはカップに紅茶を注いで、
「確かあなたは珍しい食べ物がお好きでしたよね? この紅茶とケーキには現世では採れない特殊な桃を使っています」
「なんで私の趣味まで。というか、この世界の食べ物って私が食べても大丈夫なの?」
黄泉戸喫と言って、人間世界では死者の国の物を食べると現世に戻れなくなるという言い伝えがあるのだ。
けど、
「橋を渡った先の食材ならともかく、この場所はまだあの世ではありませんから、食べても現世に戻れなくなるという事は無いはずですよ」
と、ギャンが言ったので、アズキは信じる事にした。
「だったら。いただきます」
アズキは手を合わせ、ケーキにフォークを入れて口に運んだ。
ふんわりと軽いスポンジに、滑らかなクリーム、甘く瑞々しい果肉が口の中で広がり、桃の香りが鼻腔を満たす。
「美味しい」
アズキはもう一口ケーキを食べてから、紅茶を一口。
渋みは控えめで、桃の香りが前に出ている。まるで世界中を桃で満たした世界にダイブするような、非現実的なほど爽やかで柔らかな味わいが全身に広がった。
「よかったです」
ギャンは嬉しそうに、
「おかわりもありますし、他にも色々ありますから。リクエストがあれば遠慮なく言ってください」
本当に、彼女は嬉しそうに言うのだった。