気づくと、アズキはクワトロさんと戦っていた路地裏に戻ってきていた。
スタッグのソードはすでに腹から引き抜かれており、スタッグはその際の血飛沫をしっかり浴びた形になっている。
理屈的には、この時の血によるワクチン効果でスタッグは正気に戻ったのかもしれない。
「アズ、キ」
絶望するようにつぶやくスタッグ。
彼女の目は、すでに正常なものに戻っていた。しかし反応からして、まだ正気に戻って間もないのだろう。
アズキはスタッグを抱きしめ直して、
「スタッグ。良かった、正気に戻ったんだ」
「良くありません!」
スタッグは言った。
「私からも逃げてと言ったじゃないですか。ソードに血がついてる。私がアズキを刺したのですよね?」
「うん。でも、それも計算の内だから」
アズキは伝えた。
最初、スタッグが暴走した時の戦いはちゃんと撤退に成功した事。
その後、TMZが暴走を解除するワクチンを開発して、アズキの体液をワクチン化させた事。
だからこそ、今度はこちらからクワトロさんを呼び出して、もう一度スタッグと対峙。
半ば自分から刺されにいって、自らの血でスタッグの暴走を解除しようとしたって。
「馬鹿です」
スタッグは涙を流すように言った。
「馬鹿ですよ、アズキは。メダロットのために、死ぬ覚悟をしてまで助けようとしなくてもいいじゃないですか」
「それだけ、スタッグの事が大事という話だから」
アズキは返事する。
腹を刺された傷は、もうさほど痛くなかった。
スラフシステムが起動したからだろうか、それとも未だアズキは死にかけてるのだろうか。
ただ、スタッグに塗りつけたり、浴びせたりしたアズキの血は、スタッグの装甲の上ですでに固まりかけてる。
アズキが一度気を失ってから目を覚ますまで、現世でも多少の時間が流れていたのは予想できた。
「ねえ、スタッグ。さっき見た夢、覚えてる? お花畑の夢」
「やっぱり、あれも現実だったのですね」
スタッグは言った。
「覚えています」
「じゃあ、暴走中だったとはいえ、マスターを刺した罰としてちゃんと教えてくれるよね? スタッグの気持ち」
「嫌です」
しかしスタッグは拒否する。
「アズキを刺した罰としては言いたくありません。ちゃんとお花畑の世界でした約束として言わせてください」
同時に、アズキのメダロッチから通知が鳴った。
確認すると、スタッグのクワガタメダルがマグソクワガタに変わったと表示されていた。
性能の変化は、得意脚部から多脚が失われ、かわりに潜水への適正を得た事が分かる。
アズキは通知内容をスタッグに伝えて、
「これで、ただのクワガタメダルじゃなくなったね」
「そうですね」
スタッグは、互いのペンダントが連結して、角がハート型のクワガタメダルになったトップの飾りをぎゅっと握った。
そういえばこのペンダント、飾りに遺跡で発掘された鉱物が使われてると商品説明に記載されてたけど、もしかしたら嘘ではなく本当だったのかもしれない。
何となくだけど、飾りに使われた鉱物もアズキとスタッグの奇跡に一役買ってるような気がしたからだ。
「それでスタッグ。返事は」
「まだです。まずはこの場をどうにかしましょう」
スタッグは言いながら、アズキをお姫様抱っこしながら横に跳ぶ。
直後、アズキたちのいた位置に一本の光線が発射される。
レオの頭部パーツの武器、ハイパービームだった。
「アズキ、すみません。急だったものですから。傷は痛みますか?」
「大丈夫」
と、アズキがいったところ、横からミケさんが、
「一応、気絶中に麻酔は打っておいたわ。効いてる間はたぶん無事のはずよ」
「ありがとうございます、ミケさん」
アズキはお礼を言った。スタッグはアズキを地面に立たせながら、
「あなたは、あの時の」
「心配しないで。いまは味方よ」
と言って、
「ヴァリス」
彼女の指示を受けて、ヴァリスはレオやキャンサーに銃弾をぶつけていく。
そうだった。
いまは暴走メダロット相手と戦闘の真っ最中だったのだ。
しかし、今回は前と違ってこちらの陣営が有利なのは明らかだとアズキは思った。
相手の人間に向けた攻撃はヴァルゴ部隊とメダメイドがガードし、ファンシーベール部隊とヴァリスがレオやキャンサーに攻撃を仕掛けている。
よく見ると、地面にはレオやキャンサーに搭載されてたのであろうメダルが何個か破壊された状態で転がっていたが、事態が事態なので仕方ない。
おまけに赤城くんを救出した事で、ブルーティスも転送されてアズキ陣営で一緒に戦ってるのが見えた。
アズキは、
「赤城くん、大丈夫なの?」
「それはオレのセリフだ」
赤城くんは言った。
「事情はまだよく分かってないけど、いまはクーのやつが悪者なんだろ? この場はオレたちに任せて、先生はすぐに病院に行ってくれ」
彼女の言葉を聞いて、アズキはちらっとキクナを見る。
で、キクナも小さく頷いたのを見て、
「分かった。スタッグ、逃げるよ」
「分かりました」
頷くスタッグ。アズキは後ろを振り返り、背中をみんなに任せながらこの場から走り去ろうとしたが、
「そうはさせませんよ」
ここでクワトロさんが動いた。
彼女はワイヤーを投げると、高所にフックを引っ掛けて宙を舞い、一気にアズキたちが逃げようとした先に回り込んできたのだ。
「なんだ、あの動き」
赤城くんが驚く。
そういえばクワトロさんは幼少期から戦場で育ってきたプロの傭兵なのだ。
普通なら映画やドラマで俳優が安全を確保した上で行うようなアクションも、彼女は簡単にやってのける事が可能なのだろう。
「ここまで先生を追い詰めたのに、スタッグさんを正気に戻された上、ただで帰してしまえば、さすがに組織の信用に差し支えます」
「って言われても」
さすがに麻酔を打ってもらい、スラフシステムがあるとはいえ、いまアズキは間違いなく重傷である。
早く病院で手当てを受けないとやばいのは間違いない。
「ロボトルをしましょう。一対一で、お互いのメダロットに使う全てのパーツを賭けて」
クワトロさんは言いながら、今日ここにきて初めてバグシールドを転送してきた。
「そういう事ですか」
スタッグは言った。
「ここで私を倒してパーツを奪ってしまえばアズキを護れる人は誰もいなくなる。とはいえ、いま戦況は私たちのほうが有利です」
「その通りですね」
「それでも、私さえいなければ重傷のアズキなら数秒さえあれば生け捕りにできる。そういう訳ですね」
「はい。そのつもりです」
うなずくクワトロさん。
スタッグは右腕のソードを構えて、
「やるしかなさそうですね、アズキ」
「つまり、いまのクワトロさんから無条件で逃げられそうにはないという話?」
「はい。すみません」
頷くスタッグ。
ここで、
「ダー。合意と見て
近くのマンホールの蓋が開いて、下からウォッカが姿を見せた。
久々の登場である。
「ではこれより、スタッグ対クワトロのリベンジマッチを始めるよ」
そういえば、クワトロさんと一対一で戦うのはこれが二回目だったのだ。
ただし、前回はクワトロさんもバグスティンクを使っていたし、スタッグのメダルも進化前。お互いに状況は少し違う。
「紅下先生、覚悟してくださいね」
クワトロさんが言った。
同時に、風で彼女の髪がなびき、感情を押し殺したような、憂いの入った瞳がアズキの心に突き刺さる。
クワトロさんも本当は敵対するのが辛いのだ。
そう見えてしまうのは、アズキがまだ彼女を大事な教え子を思ってしまうが故の甘さだろうか。
「スタッグ、勝つよ」
「もちろんです」
アズキとスタッグは、互いの顔を見て頷き合うと、
「うらーっ、ロボトルファイト!」
レフェリーのウォッカからロボトル開始の宣言が出された。
メダル解説
以下の設定は小説内オリジナルとなってます
[名称]
マグソクワガタ
[スタイル]
スピード
[スキル]
◆格闘
◆補助
◆治療
[脚部適性]
◆二脚
◆飛行
◆潜水
[マスター]
紅下アズキ
[メダル設定]
派生進化したスタッグのメダル。
脚部特性が多脚を失うかわりに潜水を得ているのが特徴。
モチーフは同名のクワガタの一種。体長1cm以下ととても小さく、他のクワガタに比べて水辺環境への適応性が高いとされている。