その夜、藤稔ティナはひとりで外出していた。
理由は特にない。あえて言うなら、ピアノ教室の帰り、暇なので親に寄り道して帰ると伝えて暇つぶしにカラオケに足を運んだ。
で、気づいたら一九時になっていた。それだけである。
(あ、結構連絡ついてる)
ティナはメダロッチからメッセージを確認したところ、親や春日ホウジから心配のメッセージが沢山届いてる事に気づいた。
しかし、返事が面倒なのでティナは無視する事にする。どちらにしても、今から家に帰るのだから大した違いはないだろう。既読履歴さえつければ十分だ。
ティナは最寄りのバス停に向かって足を進める。その時だった。
背後から足音が近づいてきたと思ったら、ティナは振り向く間もなく後ろに立つ誰かから、ハンカチを口元に押し当てられたのだ。
「むぐっ」
ハンカチには薬品がしみついてるようだった。呼吸をすると、甘く、しかし鼻を突くような匂いが全身に広がっていく。
(だ、誰か、助け)
ティナの心から発したヘルプは誰にも届かず、瞬く間に視界がぐらりと揺れ、膝が崩れ、闇が意識を奪っていく。
彼女はその一晩だけ行方不明になり、次の日には外傷もなく家に帰宅したのだった。
「ねえスタッグ、横乳」
「嫌です」
今日も
現在スタッグはカメオスタッグの姿をしている。
くどいように言うけど、この機体は、正面から見ると外骨格の突起で目立たないけど、横から見ると胸元の肌部分がまったく隠れてないデザインをしている。
そんなドスケベな格好をしているスタッグを横から眺めない選択肢があるだろうか。
いや、ない。
「ほらスタッグ、ちょっとだけ。ちょっとだけだから横向いて」
「絶対に嫌です」
「横向けば見えるのよ、スタッグのおっぱ」
「だから嫌なんです」
というやり取りを、現在アズキたちは指令室でやっている。
入院中、キクナからの伝言で、
「ブルー博士とミケさんから話があるそうなので、早めに研究施設に向かってください」
と報告を受けていたからであった。
なお現時刻は一〇時ごろ。
本来なら博士と通信が繋がるまでロビーで待機しているのが普通だったが、今回はミケさんも指令室にいるため、部屋で直接待機する事になったのだ。
で、テーブルの横に立っていたそのミケさんは、こんなアズキたちを見て呆れた顔で、
「あなたたち、普段からそんな馬鹿な事やってるの?」
「馬鹿な事してるのはアズキだけです。私は至極真面目に拒否してますから」
「私だって、本気の本気でスタッグの最高な姿を見たいだけという話だから」
「もう勝手にやってくれ」
ミケさんは煙草に火をつけた。
ここでモニター画面が起動して、
『アズキさん、スタッグさん、こんにちはです』
画面越しにブルー博士が挨拶してきた。
「あ、えっと、おはようございます」
突然通信が繋がって話しかけられたので、アズキは慌てながら返事。
『まだ傷は痛みますか?』
「いえ、もう平気です」
アズキはブルー博士に返事した。
実際、スラフシステムが起動したのだろう。
本来なら絶対に痕が残る傷なのに、アズキが目を覚ましてから二日もしない内に傷跡ひとつ残さず完全修復してしまい、医者からも驚かれてしまった。
で、翌日に退院したアズキは、一度家に帰って荷物を纏めてからすぐ研究施設に向かったのだ。
「それで、おふたりから話があると聞きましたけど」
アズキが言うと、
『はい』
ブルー博士はうなずいた。
『実はおふたりに渡したいものがありまして。ミケさん』
「メダロット転送」
ブルー博士の言葉を受けて、ミケさんはメダロッチを操作。
アズキたちの前に一体のメダロットが姿を現した。
見た目は丈の長いスカートにセーラー服を着たツインテールの女子学生。
まるで、
「スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ」
って、どこか昔読んだ小説の冒頭が似合う姿をしていた。色は服を模した装甲からツインテールまで黒を基調としている。
しかし、その上で特徴的なのは、背中に巨大な双角を持ち、両腕にはスラスターを兼ねたバインダーを搭載。
黒いセーラー服やスカートも重装甲と推進機で覆ってるようにも映り、アズキはまるでヴァリスノワールのような印象を受けた。
「これって」
スタッグが呟くと、ミケさんが、
「ルミナスノワール。あなたの新しい機体よ」
「私の?」
「一応、セーラースタッグの後継機らしいわ」
現在ルミナスノワールと呼ばれた機体にメダルは入ってないらしい。
スタッグは新たな自分の機体と言われたものを色んな角度から覗き込んで、
「セーラースタッグの後継機、というよりもミケさんの機体みたいですね」
「それは私も思った」
アズキもうなずく。
ミケさんは、
「実際、ヴァリスのデータも使われた機体だしね」
「どういう事?」
アズキが言うと、ここでブルー博士が、
『元々ヴァリスノワールは、TMZ製ブラックシリーズのプロトタイプだったのです』
ブルー博士が言うには、ヴァリスノワールは本来メダテックのブラックスタッグやブラックビートルのTMZ版を作ろうとした結果、生まれたものだったらしい。
アズキからすれば、この時点でそれがどうしてヴァリスノワールになったのかという話だけど、
『TMZは変態技術者の巣窟ですから』
作る事で話が決まったのはいいけど、いざ着手すると研究員が出す提案はどれも汎用性もバランスも無視した安定を欠いた物ばかりだったそうだ。
メダテックのブラックシリーズが持つ高火力に対抗するためなのが理由だったけど、とにかく製品になる物は生まれず、計画そのものが難航していたとか。
そこに現れたのがミケさんだった。
彼女が必要としていたのは、暴走メダロットを狩るためのメダロット。
つまり高い装甲と推進力、さらにはメダルごと敵機を破壊するための火力が必要になる。多少無茶な設計になろうとも。
結果、TMZ研究員たちのリミッターが外れた。
ミケさんはテストメダロッターとしてプロトタイプノワールを与えられ、何度か調整を繰り返したらしい。
結果、TMZ製ブラックシリーズという当初の計画からは程遠い、というか研究員たちの暴走によって現在のヴァリスノワールが誕生したのである。
なお今のコンセプトは、装甲を盛って、重量オーバーを推進機で強引に補い、何なら逆に重さを利用し体当たりで直接攻撃する事も視野に入れた機体らしい。
『そして、ミケさんとスタッグさんの戦闘データを元に、新たに作られたノワールが、このルミナスノワールになります』
と、ブルー博士は言う。
どうやらTMZ版のブラックシリーズは、すでにノワールシリーズと決まってる様子。
『まず、セーラースタッグがソニックスタッグをベースにしてるように、このルミナスノワールはルミナススタッグをベースにしています』
確かルミナススタッグはソニックスタッグの後継機メダロットだったはず。
言われてみれば、背中の巨大な双角を胸に移せば、外見はセーラー服を着たルミナススタッグと言われても納得できなくはない。
『次に、スタッグさんがどんな大物の首も狩るため、ヴァリスノワールを参考に巨大な武器を収納しつつ、その重量を補うスラスターを兼ねたバインダーを搭載』
「待って」
もうこの時点で何かがおかしい。
なのに、
『全身もヴァリスノワール同様に装甲と推進機で覆い、さらに背中の巨大な双角もブースターにして、セーラースタッグ以上の耐久力と移動力を確保しました』
これではもう、セーラースタッグの後継機ではなくヴァリスノワールの二号機ではないだろうか。
セーラースタッグどころかルミナススタッグの要素はどこに行ったのか。一応後者は大型メダロットという共通点はあるけど。
というか、
「あのー、セーラースタッグはソニックスタッグのスペックでユスグさんの動きを再現する機体だったはず」
アズキが言うと、スタッグも続けて、
「そんなに装甲と推進機を積んだら、その動きは再現できなくなると思ったのですけど、今回はオミットしたのでしょうか?」
『いいえ』
ブルー博士は首を振って、
『ルミナススタッグでは武器周りの重量が高くて再現が難しかったので、逆に装甲と推進機のバランスで強引に調整してユスグさんの動きを可能にしました』
「それで可能になったのですか?」
アズキとスタッグの疑いの視線がブルー博士に突き刺さる。
『何より、元々ソード、ハンマー、ステルス、アクロバティクスだったルミナススタッグの武器性能も、スタッグさんに合わせて全部一新させていただきました』
ブルー博士は言って、
「このメダロットはもうあなたたちのものよ。メダロッチに入れて確認してみなさい」
と、ミケさんも言うので、アズキはルミナスノワールをメダロッチに入れて、パーツの情報を見てみる。
「これは」
スタッグが早速反応した。
アズキもうなずいて、
「確かにこれはスタッグ用だね。データだけを見れば」
しかし外見上は、ルミナススタッグとヴァリスノワールを混ぜつつスカート丈の長いセーラー服を着た女性型に仕立て上げた、悪い意味でTMZらしいゲテモノ。
一応受け取りはしたけど、本当にこれがスタッグの後継機になるのか、アズキの中で大きな不安が残った。
サブタイトルはTVアニメ「私を喰べたい、ひとでなし」のOP「贄-nie-」より。