【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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遅れてすみません……


灼熱の行く末

 グルートの戦闘は、魔法による付与(エンチャント)と闘気の強化による正面突破の力業である。

 力業というのは、そこに技術がないと言うわけではない。同格程度の者たちの中でも、グルートの火力が一際秀でていることを意味する、強い賞賛である。

 

 両手に武器を持ち、魔法と腕力の二正面から敵を破壊する。

 それは奇しくも、ラルフと全く同じ戦闘スタイルだった。

 

 

 激突する蛮族の騒嵐と灼熱の青炎。

 〈勇者〉の斬撃にこそ劣るものの、二つの火力は凄まじく舞台はその原型を保てずに瓦解した。

 

 優勢はグルート。

 灰の嵐が青炎を飲み込むように渦巻き、刈り取り、剥き出しになったラルフの肉体へ容赦のない戦斧の乱打を叩き込む。

 

 が、その全てをラルフは左手に持つ直剣でいなし、逆に加速に利用し、真っ向から嵐と切り結ぶ。

 

「……! これも捌ききるか!」

 

「師匠の剣に比べたら鈍だっ! 今度はこっちが行くぞ!」

 

「言ってくれる! 来い!!」

 

 さしものグルートの魔法でも、自己の防御をかなぐり捨て武器に集約させた灼熱を散らすことは敵わず、大戦斧と直剣の攻撃への対処を余儀なくされていた。

 

 攻めて攻めて攻めづける。

 心に従うまま、前のめりの猛攻を選択したラルフの判断は正しい。

 

 グルートの攻撃は、如何に成長したラルフとて防御に回れば逃げ出すことは不可能。精魂尽き果てるまで野蛮と理知を掛け合わせた猛撃を受け続け、その先に待つのは必然の敗北だ。

 

「コォオオオオオッ!」

 

「ラァアアアーー!」

 

 舞台を叩き割る嵐と焼き尽くす灼熱。

 魔法により指向性を得た二つの力は自然界の法則を悉く無視する。

 よって勝負の行く末を決めるのは力の相性ではなく、互いが培ってきた技量と勝利への飽くなき執着心である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 乱される。

 嵐と炎。二つの力が激突する舞台の空間の認識にズレが生じる。

 それほどまでに二人の力が拡散し、世界を満たしていた。

 

 湧き上がる闘技場全体の熱狂は、天井知らず。

 沸き立つ世界の中心にいるのは、グルートとラルフ。

 

「今日は一段と静かね、エト」

 

「いつも静かみたいな言い方だな」

 

 師匠の声に、俺は舞台から目を逸らさずに返事をする。

 そんな俺の態度を気にする気配はなく、師匠はそのまま話を続けた。

 

「あなたは他の同年代や冒険者よりずっと落ち着いてるわよ。馬鹿をやってるようでも、常に思考を巡らせてる。ただ、今日はその思考がいつもより少ないわね」

 

 頭の中をのぞいているようないい草に苦笑する。

 

「ラルフが羨ましいのね」

 

 俺は、首を横に振った。

 

「いや、嫉ましい」

 

「……自分からはっきり言うのね」

 

 あえて曖昧な表現をしていた師匠は、俺が自分から直接的な単語を用いたことに少し驚いていた。

 

「〈勇者〉と戦って、思った。闘気があれば、魔力があればって。あそこまで無様な、戦い未満の姿を晒さないで済んだんじゃないかって」

 

「……そう」

 

 優しい声音で、師匠は問う。

 

「それでもあなたは……〈異界侵蝕〉を目指すのね」

 

 俺の答えは、決まっている。

 

「——当たり前だ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ラルフの大戦斧の横薙ぎを、グルートが右の唐竹割りで撃ち落とし、無防備な胴体へ左の戦斧を叩き込む。

 しかし、撃ち落とされたことを利用し、ラルフは大戦斧を軸に跳躍、紙一重で戦斧を避け、逆にカウンターの回し蹴りを叩き込んだ。

 

「チイィッ!」

 

 脳が揺れ、グルートがたたらを踏む。

 その僅かな隙をラルフは見逃さず、大戦斧を手放し直剣による連舞を敢行する。

 

「シッ!」

 

 剣戟が加速する。

 一合打ち合った次の瞬間には斬撃が首元に迫る。

 グルートの表情に明確な焦りが浮かび、喉が苦しげに呻き声を漏らした。

 

「ぬうっ……!」

 

 瞬きを許さないザイン直伝の加速剣戟が、今日初めてラルフの有利をもぎ取った。

 

 闘技場が爆発と聞き違えるほどの絶叫に包まれる。

 

 番狂せを演じ続けてきた銀三級冒険者が、ここに至り金級冒険者を苦しめる展開に、観客たちは大番狂せを予感せざるを得なかった。

 

 期待が折り重なる。

 

 ラルフの名を呼ぶ声援が届く。

 この瞬間、熱狂の中心は間違いなくラルフだった。

 

 しかし。

 

「俺は……金級だっ!!」

 

 八年という月日をかけて金級に至ったグルートの積み重ねが流れを引き戻す。

 

 ラルフの斬撃を剛力が無理やり弾き飛ばす。

 そのあまりの反動に歩法が乱れ、呼吸が途切れたラルフの肉体が僅かばかり鈍った。

 

「認めよう、お前の才覚を……お前の強さを! だが、負けてはやらん!」

 

 後退、大戦斧を拾い上げたラルフが苦しげに息を吐く。

 

「クッソ、馬鹿力め……!」

 

 剣を通して腕に伝わってきた重さは、エトラヴァルトの剣戟に匹敵する。

 グルートは不利な体制から、腕力と体幹だけで魔剣の一撃に等しい重さを生み出したのだ。

 その出鱈目さはラルフが毒づいたように正しく馬鹿力。剣術以外の全てに於いて、ラルフはグルートに劣っている。

 

 一つ目の勝機を拾い損ねたことにより再び形勢が逆転する。

 防戦一方になったラルフが歯を食いしばり、隙間から細い息を吐く。

 

「っづ……ぐ!?」

 

 より一層勢いを増した嵐が、自己防御を捨てたラルフの肌の表面を幾重にも切り裂き鮮血の飛沫が飛ぶ。

 

 青炎は未だ衰えず、しかし暴威を増す嵐がラルフの火が弱まったと錯覚させるほどに吹き荒れる。

 

 ——大きい。

 

 ラルフの目には、実際の体格以上にグルートの姿が大きく写っていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 『湖畔世界』フォーラルでの出来事は、グルートの冒険者キャリア最大の汚点である。

 

 穿孔度(スケール)4を5と誤認し、敵の奸計に嵌り地上と分断された。挙句、妨害を受けたことにすら気づけないまま無駄に時を浪費し被害を拡大させた。

 

 人生最大の屈辱と言っても過言でないその戦いの前線に、目の前の灼熱に猛るラルフもまたいたことを知った。

 

 

 ——驕りがあった。銀一級まで駆け上がり、金級に手をかけていた。自らの強さを信じて疑わなかった。

 その結果が、あの有様である。新星(ルーキー)に尻拭いをさせるなど、屈辱以外の何ものでもなかった。

 

 そして、今日も。

 自分が見ていなかった足下に、一歩間違えばこちらが燃やされる、そんな焔が迫っていた。

 

 かつて、自分がまだ駆け出しだった頃。

 抜き去っていった多くの先達たちのことを今更ながらに想う。

 

 彼らは自分のことをどう思っていたのだろうか、と。

 羨んだだろうか、妬んだだろうか、応援しただろうか、はたまた、なにも思わなかったか?

 

 答えはきっと千差万別なのだろう。

 

 だからこそ、グルート自身は思う。

 

「俺は……!」

 

 嵐が拡大する。

 グルートの激情に呼応し、魔法と闘気がラルフを飲み込まんばかりに膨れ上がった。

 

「負けるつもりは毛頭ないっ!!」

 

 戦斧の振り下ろしに甚だしい撃砕音が響き、舞台の一画が吹き飛んだ。

 舞い上がる土煙を遥か上空へ吹き飛ばし、明瞭な視界を重戦車の如き突進で突き進む。

 

 移り変わる声援にラルフの表情が一層厳しくなる。

 

 闘気と魔力の総量はグルートが一枚上手。

 技術は、剣術においてのみラルフが上回る。

 

 今、勝利への執着心は。

 グルートに天秤が傾きかけていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 大きい。

 志しが、想いが、強さが……全てがグルートを大きく見せていた。

 

 それゆえに、ラルフの思考は目の前の大男ではなく、仲間が目の当たりにした理不尽な存在へと移ろう。

 

 ——なあ、エト。お前はやっぱりすげえよ。

 

 本人は悔しがっているだろう。

 アレは、本心を内に秘める手合いだ。悔しさも、惨めさも、羨ましさも、妬ましさも。彼は全てを内に溜め、それでも不屈を叫ぶ人間だ。

 

 冗談みたいな精神力だと、ラルフは常日頃からエトを心から尊敬している。

 

 〈勇者〉を……〈異界侵蝕〉という災害と正面から対峙して。それでも戦うことを選んだ仲間を誇りに思う。

 

 ……それに比べて、自分は。

 

 トーナメントで、その仲間より勝ち進んだことにわずかな満足を覚えていた。

 

 珍しく威勢の良い言葉を吐いたのだって、名前を覚えてくれたことが嬉しかったから。

 

 どこかで、ここで負けても悔いはないと……そう思っていた。

 

 ……けど。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 戦斧に対して剣が垂直に叩きつけられる。

 圧縮された青炎は嵐の壁を突き破り、グルートの連打を押し戻した。

 

「先に行くぞ……エト。俺は!」

 

 大戦斧を振りかぶる。

 

「お前が足踏みしてても、止まる気はねえぞっ!!」

 

 ラルフの原点は、ハーレムを作りたいという俗の極みのようなものである。自分でも時々「これどうなの?」と思わなくもないその願いは、しかしどうしようもなく叶えたい願い。

 

 同時に、負けたくないと思う。

 女性関係だけではなく、冒険者の実力でも。

 

「男としては惨敗だけどさぁ……! 冒険者としては負けねえぞ!!」

 

 くだらないこと上等、大いに結構。

 0勝2敗にはさせないと。1勝1敗、引き分けには持ち込んでやると。

 モテたい、それがラルフという人間の原点なのだから。

 

 欲望を隠さず自らの心に火をつけたラルフに、グルートは一瞬呆気にとられ困惑するもすぐさま獰猛な笑みを浮かべた。

 

「面白い……来い!!」

 

「『燃え盛れ』ッ!」

 

 ラルフは剣を鞘に、両手で大戦斧を構える。

 青炎の一切が集約し、身の丈を大きく超える刃が顕現した。

 

 グルートは確信する。これがラルフの全力最後の一撃だと。

 

「『食い千切れ』!」

 

 ゆえに、真正面からねじ伏せる。

 両手に持つ戦斧に集約した嵐が渦巻いた。

 

 踏み込みは、開戦の時と同じく同時。

 

 舞台中央で、嵐と灼熱が激突した。

 

「「〜〜〜〜〜〜ッ!!」」

 

 瞬間、凄絶な爆発が巻き起こり両者の鼓膜を突き破った。

 音が消えた世界で、互いが睨むのは眼前の敵、ただ一つ。

 衝突の余波によって生まれる土煙は瞬く間に吹き飛ばされ、焼き尽くされ。

 嵐と灼熱の壮絶な激突は観客の目を焼き焦がすほどに鮮烈に輝いた。

 

 技量は関係ない。

 そこにあるのは意地と意地のぶつかり合いである。そして、執念は互角。

 ゆえに、その()()()()()()は儚くも必然と言えただろう。

 

 ——『湖畔世界』の大氾濫(スタンピード)、『魔剣世界』での戦争介入、『花冠世界』でのカンヘル戦……そして日々の鍛錬。

 

 激戦を繰り広げてきたラルフの相棒たる大戦斧が、その急激な成長と戦いの負荷に耐えきれずに砕け散った。

 

 両者の目が同時に見開かれる。

 

 グルートが戦斧を振るうのと、ラルフが拳を握るのは同時だった。

 

「ヌゥウンッ!」

 

「まだぁ……っ!!」

 

 振りかぶられた拳が戦斧の側面を殴りつける……が、その腕は嵐にズタズタに引き裂かれ、振るわれた戦斧の一撃がラルフの全身を強烈に揺さぶった。

 

 青炎が消え、ラルフの身体が大きくぐらついた。

 

 しかし、油断なくグルートが二本目の戦斧を振るう。

 脅威と認めるゆえに、最後まで全力で叩き潰す。そのための一撃。

 

 ——そこに油断はなかった。慢心も驕りもなかった。

 

 だが、目の前の冒険者にもまた、信念があった。

 共に戦場を駆けた大戦斧は砕け散った。しかし、師から賜った剣は未だ、彼の手の中にある。

 

「『灼焔咆哮』ッ!!」

 

「なっ!?」

 

 左手。

 逆手に持った剣が鞘を内側から粉砕しながら青炎を滾らせた。

 

「乱れ咲け、『灼華』!」

 

 ずっと、前のめりに攻撃し続けていた。

 一歩間違えば押し切られると、全力でぶつからねば力負けするという強迫観念がグルートの中にあった。

 

 嵐の守りは、二本の戦斧に集約されている。

 肉体を守る魔法は、ない。

 

 至近距離、灼熱が花を咲かせた。

 

「燃えろぉおおおおおおおおおおおおーーー!!!」

 

「ぬぅ……!?」

 

 肉体を守る闘気がガリガリと音を立てて削れる。

 防御をかなぐり捨てた、正真正銘最後の一撃。

 

 グルートは、対処を諦めた。

 ゆえに、二本の戦斧が嵐を纏う。

 

「はぁああああああっ!!」

 

 相打ち覚悟の特攻。

 

 戦斧をラルフの闘気が受け止め、血を吐きながら一歩前に進む。

 

 互いの刃が肉に食い込み、両者、凄絶に笑う。

 

 全ての魔力を動員し、雄叫び。

 

「「ォオオオオォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!!!!」」

 

 全身全霊の一撃が振り下ろされ——灼熱と暴風が臨界を迎え散華した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 煙が晴れる。

 フィラレンテが目を凝らした先。

 

 膝をつくグルートと、二本の足で大地に立つラルフがいた。

 

 両者、魔法は解け、闘気も霧散し。

 

『三回戦、第一試合勝者……』

 

 グルートが、静かに拳を突き上げる。

 

 銀三級冒険者、ラルフは。

 ……立ったまま、意識を失っていた。

 

『——グルート選手!!』

 

 

 

 ラルフ、三回戦敗退。

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