【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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白紫の双翼

 〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムの朝は早……くはない。

 今朝の起床時刻は10時半。べらぼうに寝坊である。

 

「やっと起きましたか、〈魔王〉」

 

 魔王城にて目覚める。先代〈魔王〉は精力的に机仕事に携わっていたが、今代〈魔王〉ジルエスターはその対極である。ほぼ寝室兼私室と化した執務室で目覚めたジルエスターに、彼の下で働く執事が毎度のことながら呆れてため息をついた。

 

「んおう、ガートナーか。おはようさん」

 

「おはようございます。雑務を丸投げするのは構いませんが、せめて生活リズムは整えてください。子供たちに笑われてしまいますよ」

 

「ハッハッ、そいつを言われちゃ言い返せんな!」

 

「その体たらくで言い返す気があったんですか……〈魔王〉、折り入ってお耳に入れたいことが」

 

 雪のように白い鬣をほぐしながら呑気に笑っていたジルエスターだったが、ガートナーの真剣な眼差しに彼もまた表情を引き締めた。

 

「何があった」

 

「まだ、何も。『構造世界』をご存じかと」

 

「“羅針”の横に引っ付いてるとこか」

 

「はい」

 

 『構造世界』バンデス。第一大陸に存在する、『羅針世界』ラクランに隣接する大世界である。その特徴は、他の大世界を凌駕する発展を見せる機械産業。

 こと軍事関連の開発は目を見張るものがあり、七強世界に名を連ねてこそいないが、羅針を挟んで近辺に位置する極星は長らくこの世界を注視してきた。

 

「バンデスは二月後、軍事パレードを開くと」

 

「……何がある?」

 

「先日、ゾーラと密取引をしたとの情報が」

 

 その報告に、〈魔王〉の顔がにわかに険しくなった。

 

 七強世界がひとつ、〈皇帝〉が統べる『始原世界』ゾーラ。穿孔度不明(オーバースケール)・深層大異界を有する、資源面において他世界に対して圧倒的な有利を持つこの世界との取引内容など、火を見るよりも明らかだった。

 

「まずは()()でも差し向けて小手調べしようってか?」

 

「ええ。ですが、雑兵とは言い難いかと。()()()()()が持ち込まれた可能性がございます」

 

「そりゃ本当か!?」

 

 豪奢な椅子から腰を浮かせ、〈魔王〉が驚きを露わにした。

 

「……証拠は。無限の欠片が持ち込まれたっつう確信はあるのか?」

 

 ガートナーは悔しげに首を横に振る。が、手持ちの資料に目を落とした彼は「証拠とは言えませんが」と前置きする。

 

「構わねえ、言ってみろ」

 

「……人身売買が行われた形跡があります」

 

 瞬間、〈魔王〉が座る椅子の肘掛けが鈍い音を立てて握り潰された。

 開いた手の中からバラバラと欠片を落としながら、〈魔王〉ジルエスターはその顔に怒りを滲ませた。

 

「欠片を()()()のか」

 

「恐らくは」

 

「チッ……、胸糞悪ぃ!」

 

 どかっと椅子に腰を下ろしたジルエスターは目を閉じ、幾ばくか深く思考する。そして、ガートナーに諸々の指示を出した。

 

「羅針に国防増強を伝えろ。極星からはイングリットを出せ。あと、【救世の徒】についても調べろ」

 

「彼らは来ると?」

 

「もし本当に欠片がゾーラから出たってんなら、この機を逃す奴らじゃねえ。欠片の有無に関わらず、徒は必ず人員を割いてくる。こっちに火の粉が飛んでくることもあり得る。最悪、『最高幹部』との()()を覚悟しとけ」

 

「畏まりました。すぐに手配します」

 

 ガートナーは一礼し、足早に部屋を去った。

 部屋に1人残るジルエスターは深く腰掛け、壁一面を覆う窓ガラスから雪の降り積もる己が街を見下ろした。

 

「時代が動くかよ……」

 

 その瞳には、憂い。

 

「吹雪より激しい騒乱か。面倒なことになってきたな」

 

 不貞腐れるように、〈魔王〉はそのまま二度寝した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——えと様、おはよう御座います」

 

「……ぅん? キキョウ?」

 

「はい。朝餉の用意ができましたので、お呼び立ていたしました」

 

 こうして誰かに起こされるのは学園時代以来だな、なんて思考をよぎらせながら身を起こす。

 開け放たれた障子の向こうから差す柔らかな陽光が足下の布団を照らし、小鳥の囀りが聞こえた。

 ラルフにも同様に声をかけたキキョウは一礼し、居間の方へと戻っていった。

 

「……なあ、エト」

 

「なんだ?」

 

「結婚って良いなぁ……」

 

「そのアホ面、池に突っ込んでこい」

 

 自らの幸せな未来に想いを馳せるラルフに水を浴びせかけ覚醒を促し、キキョウが用意してくれた服に着替え居間に向かう。

 

「あれ、今日爺さんいないのか?」

 

 米びつを抱えたキキョウが頷いた。

 

「今日は朝から道場の方に。かるらちゃんを引きずって『その腐った根性を叩き直してくれる!』と張り切っておられましたよ」

 

「師匠を引きずるって……やべえなあの爺さん」

 

 師匠は〈紅花吹雪〉の異名を持つ金二級冒険者だ。そんな彼女に「叩き直す」発言ができるとは、爺さん、全くもってめちゃくちゃである。

 

()()がありましたから。今日の午後に()()()()()()おつもりかと」

 

「予兆……?」

 

 首を傾げる俺たちにキキョウは静かに答えた。

 

「繁殖の予兆にございます」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 繁殖の竜。

 それは、たった一頭の竜を指した呼称()()()()

 

 繁殖の概念を有する竜の()()

 

 それらを総称して、彼らは「繁殖の竜」と呼ぶ。

 

 

 予兆は、「積雪量の減少」。

 星の命の循環を喰らい、交わり、増える。万物を苗床とし、群体としての総称のみを持ち、固有の名を持たぬ彼らは地平の一切を併呑する暗い瀑布と化す。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 居住地から少し外れた、たった一本の樹木が力強く繁る小高い丘の上で、俺たちはその景色を見た。

 白を埋め尽くす暗い雪崩に、思わず畏怖が零れた。

 

「アレが……頻繁に?」

 

 共に足を運んだキキョウは、大して驚くことなく淡々と頷いた。そこにこちらを脅すような意図はなく、目の前の景色が真に日常であることを告げていた。

 

 横に並ぶラルフは、()()だから不要という爺さんの言葉を無視して持ってきた剣の鞘を握りしめた。

 

「こんなの……大氾濫(スタンピード)となんも変わらねえじゃんか」

 

「そうで御座いますね」

 

 キキョウは、否定しなかった。

 

「以前、名付けの定義が曖昧な昔。そう仰られた方がいたそうです」

 

 何を言いたいのか、分かった気がした。

 

「繁殖が、その名付けで力を得たのか。大氾濫(スタンピード)と相違ない力を」

 

「その通りでございます」

 

 それ以上キキョウは何も語らず。つまり、これ以上不用意に話してはならないと俺たちに釘を刺していた。

 

 暗い濁流に相対するのは、たった百人足らずの鬼人族の戦士たち。最前列に師匠の姿も見えるが、竜の群れを前に

 そのあまりにも心許ない戦力に、イノリは不安そうな声を漏らす。

 

「たったアレだけの人たちで、大丈夫なの?」

 

 口には出さなかったが、その不安はストラも同様。2人の顔色はすこぶる悪かった。

 が、キキョウはそんな2人とは対極的に気負いなく、オーロラの瞳で戦場を見渡していた。

 

「大丈夫でございます。皆、歴戦の戦士でございますゆえ。……エト様。何故(なにゆえ)、拙たち巫女が光を捨ててまで魄明(はくめい)を継承するか、お分かりですか?」

 

 突拍子もない質問に、俺は瞬きを繰り返す。

 

「なんでって……」

 

 そこで、以前の師匠の言葉を思い出した。

 

『『観魂眼』ひとつあるだけで、全兵士の能力を数段引き上げる——そんなことも可能なのよ』

『ぶっちゃけね、あの子1人が世界間のパワーバランスを変えることだってできるのよ』

 

「……ここの人たち全員、輪郭を知覚してるのか」

 

 キキョウは、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「かるらちゃんを筆頭に、皆、冒険者様の尺度であれば銀級上位……いえ、最低でも、金級下位と呼ばれる括りに到達しております」

 

 雪崩と鬼の群れが、会敵した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 繁殖の竜は、一般に語られる竜とは規格が異なる。

 と言うのも、それらは一様に危険度12に達するほどの能力を有していないのである。

 命を喰らう蝗の群れ。皆一様に()()なのだ。

 

 しかし、幼体と言えどいずれ竜に至る存在。赤子の身でありながら、その危険度は()()()()8に設定される。

 

 その姿は、まさに“幼虫”と呼ぶに相応しい。

 流動する外皮。鋭く尖った、ムカデを思わせる無数の節足。小さく、飛翔するにはあまりにも不足な羽。濁った青い複眼と発達した強靭な顎。それでいて体高は平均して3Mに到達するのだから、見た目ははっきり言って最悪である。

 

 この日の氾濫は、数にして1043体。

 防衛人数97人に対して、戦力差は10倍以上である。

 

 小規模とはいえ大氾濫(スタンピード)。それでも、鬼人族たちの目に怖れはない。なぜなら、これは彼らにとって日常のように超えてきたちょっとした障害に過ぎないのだから。

 

 戦闘に立つカルラが唐紅の闘気を吹き曝し、一対の小太刀を抜き放った。

 

「あんたら、準備はいいわね!?」

 

 威勢のいい声に鬼人族たちが笑う。

 

「家出娘が何言ってやがる!」

「そっちこそ腰抜かすんじゃねえぞ!」

「討伐数が一番少ねえやつは次の侵攻まで御菜一品献上だオラァ!」

 

 それぞれの檄に背中を押され、カルラは握りしめた小太刀を水平に振り抜いた。

 

「『渡り鳥は春を唄う』!」

 

 翼を模った闘気の嵐が吹き荒れ先頭の幼竜を細断し、

 

「全員、進めぇ〜〜〜〜〜〜!」

 

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 雄々しい号令によって開戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「凄え……」

 

 眼前に広がる()()に感嘆する。

 押し寄せる幼竜の波をものともせず、鬼人族の戦士たちはその圧倒的な武力で(ことごと)くを返り討ちにしていた。

 

 一人一人が金級下位という言葉に偽りはなく、皆が皆、練り上げられた闘気と洗練された魔法によって幼竜の群れを蹴散らしていく。

 

 その中でも輝く武が三人。

 俺の師匠ことカルラと、昨日の下ネタ男のスズラン、そしてあともう1人、小紫の髪を靡かせる少女。

 

 師匠の超速の斬撃は幾度となくこの身で体感したため最早慣れたもの。

 俺たちの目を惹いたのは、師匠以外の二人だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 鉛色の髪を一つに縛ったスズランは、肩に斬馬刀を背負い躊躇いなく最前線へ左翼を駆け抜ける。

 誰も彼を止めることはなく、中央で屹然と侵攻を退けるカルラも一瞬視線を左に向けるだけ向け、すぐに正面の幼竜を捕捉した。

 

 隣、突貫するスズランが口角を吊り上げる。

 加速、肉薄。眼前の幼竜()へと斬馬刀を振り上げた。

 

「せぇーのぉっ!!」

 

 威勢のいい掛け声と共に刀が振り下ろされ、()()()()()()

 

 斬撃の持つ埒外の質量に空間が耐えきれず嵶み、斬馬刀はそのままカーテンを引くように空間を牽引し、幼竜たちを悉くへし折り破裂させた。

 その斬撃が()()する。

 

「だぁ〜はっは! 今日の俺絶好調〜!」

 

 奥の手でもなんでもなく、スズランは空間すら歪める斬撃を平然と通常攻撃として無数に繰り出す。

 その身が纏うのは、白き魂の輝き。

 

 リンドウとの立ち合い、〈勇者〉アハトとの決闘で経験のあるエトは、その正体に気づく。

 

「魄導……!」

 

 同時に、感情に休憩の間を与えないとばかりに右翼で激しい打撃音が響き渡った。

 

 

「ああ〜鬱陶しいなぁ!」

 

 紫紺の輝きが弾け、幼竜が群がる中心から一人の少女が不機嫌を隠すことなく飛び出した。

 

「余所者の男がやってくるし、その男が巫女様と一つ屋根の下で暮らしてるって話だし! ずるい! アタシだって一緒に寝たことないのに!! ……邪魔ァ!!」

 

 つらつらと文句を垂れながら、その一挙一動が幼竜を粉砕する一撃必殺の武器となる。

 

 拳が竜の頭を真正面から殴り潰し、肘が腹部の装甲を抉り、膝が顎を砕き、つま先が幼竜をくの字にへし折る。

 

「人が話してる途中でしょうが! 空気読めやぁ!!」

 

 武器はおろか、籠手や脛当てすら「感度が鈍る気がするから要らない」と脱ぎ捨て、己が身一つに紫紺の魂の輝きを纏い竜を撃滅してゆく。

 

「あ〜あ! アタシもあの余所者みたいに巫女様に頭撫で撫でしてもらいた〜い!!」

 

 エトが聞けば「んなことされてねえよ!」と風評被害を訴えること確実な妄想を垂れ流す少女の名はスミレ。左翼の中核を担うスズランと並び、魄導を操る猛者である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お爺様、すずらん様、すみれ様……この三名が、現在我ら鬼人族の中で魄導を会得した方々でございます」

 

 キキョウの説明に、俺は意外だと口を開いた。

 

「中央を担ってるのは師匠なのに、魄導を使えないのか?」

 

「はい。かるらちゃんは魄導を会得しておりません」

 

「そうだったのか……」

 

 なんとなく、ここに来て魄導の存在を知ってから感じていた違和感の正体に納得がいった。

 魂について深い知見を有し、魄導も知っている師匠がなぜ、ここに来るまでその存在を語らなかったのか。それは、師匠が魄導を使えないから。

 

 あれで律儀で丁寧な面がある師匠は、自分ができないことを俺に教えることを躊躇ったのだろう。

 

「会得すれば師匠に匹敵するくらい強くなれる魄導がすごいのか、魄導なしにその辺と遜色なく強い師匠がヤバいのか……」

 

「後者、でございましょうね」

 

 俺の何気ない呟きを拾ったキキョウは、収束しつつある侵攻の最前線に立つ師匠を視界に収めて微笑んだ。

 

「かるらちゃんは、いわゆる“天才”でございますゆえ」

 

「天才、ねえ……」

 

 その言葉の意味と矛盾に引っかかりを覚える俺の眼下で、戦いは鬼人族側の勝利に終わった。

 怪我人、死者なし。完勝だった。

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