【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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難易度:鬼

 繁殖の侵攻があった翌日、俺たちは朝から道場に連れて来られていた。

 俺たち四人の目の前には、師匠、爺さん、スズラン、スミレのこちらも四人。師匠を除く三人は魄導を会得した者たちであり、呼び出された理由は明白だった。

 

『…………』

 

 無言の緊張が続く中、師匠がポンと両手を打った。

 

「それじゃ、今日からあなた達にはここにいる三人に師事して貰うわ。ちなみに、指導方針はそれぞれに委ねてるから」

 

「委ねてるってことは、個別指導か?」

 

「大体そうなるわね。たまに交換してもいいけど」

 

 師匠がそう言うと、小紫の髪をシュシュで束ねたスミレが不満を漏らした。

 

「ええー? カルラ本気? 滅茶苦茶めんどくさいしアタシ降りたいんだけどー!」

 

 スミレは頬をふくらませて子供のようにぶーたれる。

 

「大体、魄導って教わって会得できるようなもんじゃないじゃん? それができたら今頃アタシら最強なんですけど?」

 

「俺もその意見にゃ賛成だな」

 

 スミレの文句にスズランも同意を示す。

 

「アンタの客人だし無碍に扱う気はねえが、鍛錬でどうにかなる問題じゃあねえだろ」

 

 ある意味当然の反応だった。

 俺たちは師匠に招かれたとはいえ余所者。繁殖の竜との戦いについていけるような実力はなく、さらにはこの要求は、これから彼らの私的な時間を俺たちのために潰せといっているようなものだ。

 

 スズランとスミレ、両名の反応が悪いのは当たり前である。あと、スミレがさっきからやたらと俺だけを睨んでいるのは何故だ。

 

「あら? 二人ともそんなこと言って良いのかしら?」

 

 が、その反応は想定済みだとばかりに師匠はニヤリと笑った。

 

「スズラン。あんたの前にいるラルフは“同類”よ?」

 

「……ほう」

 

 瞬間、スズランの目の色が変わった。

 

「そこのラルフはね、ハーレム作るために強くなりに来たのよ」

 

「……おいおいマジかよ、漢じゃねえか!!」

 

 にわかに喜色に顔を染めたスズランがあぐらを崩して立ち上がり、馴れ馴れしくラルフと肩を組んだ。

 

「お前、どんな女が好みだ?」

 

 スズランの問いに、ラルフは間髪入れずに答える。

 

「健康的、さわやか、スレンダーでクール。でも二人きりの時は甘えん坊。アンタは?」

 

「誰にでも優しい穏やかな笑顔が似合う女の子。でも俺だけには辛辣であってほしい」

 

 ——ガシッと音を立てて二人の男が固い握手を交わした。

 

「「今日から俺たち親友だ!!」」

 

『うっそだー!』

 

 一体今のどこに友情を感じる隙間があったのだろうか、俺は生涯をかけても理解できる気がしなかった。いや、ラルフの好みに関しては理解できたが……。

 

 音速の意気投合に、狙って仕掛けたはずの師匠すら軽く引いていたし、スミレに至っては完全に汚物を見る目で二人を見下していた。

 

「……さて、男二人はほっといて」

 

 マッチングを成功させた師匠は続いてスミレにニヤリと挑発的な笑みを向ける。

 

「スミレ。このイノリは昨日、巫女様と一緒に夜更かししたわよ」

 

「はあ!?」

 

 あまりにも看過できない情報に、スミレは声を荒げてイノリを睨んだ。

 

「ちょっと! それ本当なの!?」

 

「う、うん……キキョウさんから誘われて。ね? ストラちゃん」

 

「そうですね。大変有意義な時間でした」

 

 よほど話が盛り上がったのか、少しだけ目の下に隈を作ったストラが頷いた。

 そんな二人の様子に、スミレは何処かから取り出したハンカチを噛んで悔しさを露わにした。

 

「キ〜ッ! 羨ましい! 羨ましすぎてキレそう!! アタシですらまだ一緒にご飯食べたこともないのに!! あと名前呼び! ずるい!! アタシも呼びたい!!!」

 

『わあ……』

 

 子供のように癇癪を爆発させるスミレにトドメを刺すように、カルラはそっと彼女の耳元に口を寄せた。

 

「イノリの修行手伝ったら、流れでご飯とか食べられたりするかもしれないわよ?」

 

「やりまぁす! アタシ、鬼教官やりまぁす!! ほら立ちなさいイノリ! このスミレちゃんがアンタに魄導の何たるかを叩き込んであげる!!」

 

「えっちょっ!?」

 

 驚き困惑するイノリを横抱きに、スミレは意気揚々と道場を出た。

 

「あの、鬼教官までは望んでないと言うか私の拒否権というかねえ待ってスミレさん! 話! 私の話を聞いて!! 助けてエトくんお願い! ねえ! 見てないで助けてってば!!」

 

 俺とストラは静かに合掌し、イノリの「うなぁ〜〜!」という情けない悲鳴を聞き届けた。

 

 残された俺たちに、爺さん……リンドウが年期を感じさせる瞳を向ける。

 

「では、儂はストラ嬢を見るとするかのう。それでも良いか?」

 

 爺さんの確認にストラは首を縦に振った。

 

「はい。よろしくお願いします、リンドウさん」

 

「そう畏まらんでもよい。気軽にお爺ちゃんでも爺やでも呼んでくれ」

 

「それでは、お爺さんと」

 

 朝食の時点で既にある程度打ち解けていた二人は、ラルフ・スズラン組とイノリ・スミレ組のちょうど中間くらいの程よい距離感で道場を去った。

 

 そして、残された俺は師匠を見る。

 

「それじゃ、俺は師匠と?」

 

「いいえ。あなたはキキョウと」

 

「キキョウと……?」

 

 この場にいない少女の姿を探す俺に、師匠は少しだけ無愛想に言う。

 

「屋敷のほうで準備してると思うから、さっさと行きなさい」

 

「……わかった」

 

 突き放すような物言いに引っかかりを覚えたが、それはそれとして。鍛錬に付き合ってくれるというのだから待たせるわけにはいかないと俺は足早に道場を後にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一人道場に残るカルラは、ゆっくりと壁に手を這わせる。

 右手が真壁から露出した柱に触れ、つう——と縦になぞり、雑に掘られた幾つもの横線の凹凸を指の腹に感じた。

 

 それは、幼いカルラともう一人の身長を記録したもの。もう四百年も昔のこと。変わらず記録を残すために、魔石やエーテル結晶体を始めとした異界資源を繰り返しちょろまかした。

 

 本来、探索成果の全ては特殊な契約を用いない限りその異界を所有する世界へギルドを通して上納するのが義務である。

 その当たり前の規約に逆らって、そうまでして残したい記録。色褪せさせたくない思い出。

 

 カルラは柱に背を向け腰を落とし、ずるずると這うように姿勢を崩した。

 

「……ねえ、あなたに似てる子がいるのよ。真っ直ぐで、眩しい子が」

 

 静かな道場に、カルラの声息づかいだけが響く。

 

「ねえ、モミジ。私はちゃんと、あの子の師匠をできているかしら?」

 

 刻まれた156cmの横線に触れても、答えは返って来なかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 屋敷に戻ると、紅白装束に身を包んだキキョウが玄関で待っていた。

 

「お帰りなさいませ、えと様」

 

「ただいま。朝と服変わってるけど、それが巫女としての正装なのか?」

 

「はい。どうでしょう?」

 

 両手を広げて純白をアピールするキキョウ。心なしか声が弾んでいた。

 

「シンプルで良いと思うぞ。似合ってる」

 

「ありがとうございます。では、奥へどうぞ」

 

 上機嫌なキキョウに連れられ、先日、下着一枚で背中やらを触られた部屋へ移動する。

 特段装飾に変化はなく、強いて言えば障子などが全て開け放たれ、庭から清涼感のある風が屋敷の中に吹き込んでいた。

 

「魄導の修行をするって聞いたんだけど、何をするんだ?」

 

「先日と変わりありません。えと様には、ご自身の御魂の輪郭を“完全に”把握していただきます」

 

「やっぱり、まだ足りないのか」

 

 キキョウは明瞭に頷いた。

 

「俺以外の三人は? こう言うのはちょっと性格悪いが、輪郭の認識って点なら俺が一番進んでるし、他の三人にもキキョウの助けが必要なんじゃ……」

 

 俺の疑問に、キキョウは少しばかり困った顔をした。

 

「そうでございますね。えと様の仰ることは正しく、しかし間違っておられます」

 

「と、言うと?」

 

「えと様は、四人のうち最もご自身の御魂を熟知しておいでです。ですが同時に、最も全貌からは遠いのです」

 

 オーロラの瞳が輝き、俺の魂を観測する。

 

「少々口汚くなってしまいますが、えと様の御魂は他者のそれと比べて“不純物”が多いのでございます」

 

「不純物っていうと……《英雄叙事(オラトリオ)》か?」

 

「そうでございますね。より正確に言うなら、()()()()()()()()でしょうか」

 

 ——魂の残滓。

 キキョウのその言葉に、俺は大いに心当たりがあった。

 

「えと様の御魂の内側では、無数の帯が複雑に絡み合っております。同時に、その帯の何本かは、既にえと様と繋がっているのです」

 

「……《英雄叙事(オラトリオ)》は、歴代継承者の魂の残滓を保有してる」

 

「やはりそうなのですね。かるらちゃんからおおよその話を聞いていましたが……えと様は、肉体を変質させることができるとか」

 

 どんどんと、キキョウの言葉の意味が俺の中で明瞭になっていく。同時に、魄導を得るための道のりが途方もなく困難であることも。

 

「ああ。昔は、使いすぎたら向こうに引っ張られてた」

 

「御魂同士の綱引きにございますね。恐らく、えと様が未だ輪郭を正確に捉えきれておられない原因はそこにある——拙はそう考えております」

 

 

 キキョウの言葉を纏めよう。

 

 要するに、俺の魂は既にシャロンを始めとした《英雄叙事(オラトリオ)》の歴代継承者と混ざっているのだろう。

 仮にその合一が変身可能な相手に絞られるとしてもだ。無銘の物語の再現——“概念昇格”。あの無数の名もなき魂の嘆きたちの事例を考えるに、既に相当数の魂と接触したであろうことは想像に難くない。

 

 そして、帯との接続。《英雄叙事(オラトリオ)》と俺の間に繋がる導線(パス)は外からでも観測可能なほど太くなっていると。

 

「……ごめん。少し話してきても良いか?」

 

 胸を指さして問うと、キキョウは「ご随意に」と頷いた。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「まず聞きたいんだけどさ、魄導って何のことか知ってた?」

 

「全く知らない」

「アタイも初耳だねえ」

「竜を……!」

 

「うん。わかったから、落ち着け無銘」

 

「…………ふん」

 

 この地に来てから、繁殖の竜が身近に存在するためかやたらと「竜を殺せ!」と叫んでくるようになった無銘はひとまず隔離。空間を隔てておく。

 

「エト、ここ暫くで精神世界の扱い上手くなったよね」

 

「お前らに嫌と言うほどしばき倒されたからなあ」

 

 一人隔離された無銘に哀れみの視線を送ったシャロンは、魄導について「初めて聞く技術だよ」と答えた。

 

「シャロンについては大方予想できてたけど……意外だな。エルレンシアも知らなかったのか」

 

 彼女の物語は、一言で言うなら別の道を歩んだストラだ。少女が外の魔力を使う術を覚えたのに対して、エルレンシアは狂気的な執着で魔法と闘気を発現させた。

 その有様は、魄導への到達と言っても良いと。そもそも、師匠との面識がある時点で知っていてもおかしくはないと思ってたんだが。

 

 色々疑問を巡らせる俺に、エルレンシアは「知ってたら教えたさ」と簡潔に答えた。

 

「アタイたちとしても、教えられなかったことについては悔しく思ってるのさ。何せ今回に関しては、『自分で気づかなくちゃいけない』事例じゃないんだからね」

 

 『魔剣世界』で対話の気づきを得た時とは違う。知識を教える、与える。その点に関しては制限がないのだからとエルレンシアは額を揉んだ。

 その横で、シャロンは珍しく申し訳なさそうな表情をする。

 

「あと多分だけどね。エトの魄導会得難易度、私たちのせいで爆上がりだと思う」

 

「……やっぱり?」

 

 今回の招集(睡眠)の主題の雲行きが早速怪しくなったことに、俺は露骨に表情を歪めた。

 やや視線を合わせずにそっぽを向くシャロン(変身第一号)は非常に言いづらそうに続きを切り出した。

 

「私たちとエトの魂は、もう切っても切れないほど深く結びついてる。あの巫女ちゃんの話が事実なら、既に混ざりかけている君が魄導を会得するのは至難の業だよ」

 

「だよなぁ……」

 

 聞けば聞くほど茨の道だ。どうしようもなく困難な道のりであることは確定的だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……それでも弱音を吐かないあたり、本当に覚悟決まってるよね」

 

「ま、だからこそアタイたちも、無銘も……その他、顔見せがまだな大勢も認めているわけなんだけど」

 

 エトが去ったあと、シャロンとエルレンシアは同じ(ページ)の上でごく短い猶予の中で雑談に興じていた。

 

「それにしても数奇というか、縁ってあるんだなあというか……」

 

 シャロンは舞い散る無数の(ページ)、そのうち一枚に視線を移した。

 

「エト、()()()()()には気づいてるかな?」

 

 エルレンシアは、自身が接続した時の一幕を思い出し不敵に笑った。

 

「まだだろうねえ。気づいた時の反応が今から楽しみだ」

 

 

 そんな二人の会話はつゆ知らず。意識を浮上させたエトは、無防備な身体がキキョウの手によって半裸に剥かれていたことに割とガチな悲鳴を上げたりしていた。

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