【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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狂気の沙汰

 そうして始まった魄導会得鍛錬。

 ラルフはスズランと、イノリはスミレと、ストラは爺さんと、俺はキキョウと。それぞれ一対一で指導を受けることになったのだが。

 

「イノリと出会ったのはアルダートって小世界だな。そこで紅蓮……吸血鬼の先輩冒険者の助けもあってパーティー組むことになったんだ」

 

 訓練が始まって二日。

 俺は下着一枚の半裸で、キキョウに背部をまさぐられながら彼女の質問に答え続けるという摩訶不思議な修行? を行っていた。

 

 訓練開始当日、キキョウはこう言った。

 

『えと様が魄導を会得なさるには、二つの道がございます。一つは、《英雄叙事(おらとりお)》の()()()()。一分の隙なく、完全に手中に収める道にございます』

 

 その提案に、俺ははっきりと『無理だ』と断言した。弱音云々の問題ではなく、そも、その道に限界を感じたから。今のまま冒険者として道を歩んでも進展がない、そう判断して師匠の提案に乗ったのだから。

 そんな俺の反応は織り込み済みだとキキョウは頷く。

 

『はい。ですので、えと様が目指すのは後者……《英雄叙事(おらとりお)》と自らの境界を完全に区別する道にございます』

 

 

 結局、答えは一つ。他人より何十倍、何百倍も困難な『混ざってしまった魂の完全な線引き』である。

 

 断言しよう。

 

 地獄であると。

 

 

「最初の相手はガーゴイル……有翼の、石像の魔物だった」

 

 竜に関係しない話であれば、それら全ては既に世界に定義づけられているもの。つまり、ここでも遠慮なく話しても良い……というやや強引そうで筋の通ったキキョウのゴリ押しによりこうして旅路を語る。

 

 昨日はこの地の外での師匠の様子など。そして今日は、イノリとの出会いからそれに連なる旅路を。

 

「アホみたいに硬くて、俺たちの攻撃は全く通らなかった」

 

「石の魔物……石像が動くとは、摩訶不思議でございますね」

 

「その辺含めて、異界は“なんでもあり”だからなあ」

 

 こうして朗らかに話している裏で、俺の身体は激痛に悲鳴を上げていた。

 

 ……恐ろしいことに。

 俺は今、キキョウに魂を()()まさぐられている。

 以前ラルフが魂の輪郭を知覚するために無理やり魔力で体を満たした時に状況は近い。“観魂眼”を開いたキキョウが魔力を通して俺の魂に触れ、俺と、俺以外の魂との境界に線を引く、究極の力業。

 

 観魂眼を代々継承し続け、その力を増幅させ続けてきた巫女の家系だからこそできるのだという()()

 

 曰く、並大抵の強度では通常触れただけで死につながりかねないのだとか。

 

「ですので、えと様の御魂の強靭性は本物でございます。その点は自信を持ってください」

 

「触れられてるとこっちの考え筒抜けなの、難しいな」

 

「全てが読めるわけではございません。表層に漏れているものを掬える程度、ごくわずかです」

 

 それでも十分だと思うが……ああ、これも読まれているのか。

 思考が筒抜けというのはどうにもやりづらい。別にやましいことを考えているわけではないのだが、普段口に出していないことまで事細かに相手に伝わる、というのは思った以上に気恥ずかしいものがあ〜〜〜〜〜、この辺もバレているらしく、キキョウの手の震えから、彼女が笑っていることが伝わってきた。

 

「手の震えがあるから、俺もアンタが笑ってることくらいならわかったぞ」

 

「ふふ。ばれてしまいましたね」

 

 痛みに耐えるための雑談、というのは存外悪くない。振り返りなんてしっかりしたものではないが、思い出語りというのはそれなりに楽しいもの——

 

「ぁだだだだだだだだだだだっ!!?」

 

「あっ……申し訳ありません。少し掴みすぎてしまいました」

 

 前言撤回。これめちゃくちゃキツい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 エトラヴァルトが悲鳴を上げている頃、イノリもまたちょうど、スミレによって地獄を見ていた。

 

「99〜、100〜! はい3セット目終わり。1分休憩ね〜」

 

「う、腕が……棒になる……!」

 

 腕立て伏せを終えたイノリは両手の支えを失い、そのままどさりと地面に倒れ伏した。

 なお、100回5セットの3セット目。あと2セット残っている事実にイノリの心はボロボロだった。

 

 

 鍛錬初日のことである。スミレはイノリの肉体を事細かに見聞し、一言『弱い!』と断言した。

 

『戦闘は体が資本なのわかってる? ヒョロッヒョロじゃん! ダメダメ! 魄導(はくどう)云々の前にその身体1から鍛え直すよ!』

 

 それはある意味で真っ当な、指導者として正しい順序を踏んだ組み立てだった。

 だが、ここに二つほど特異な要素が混ざる。

 

 一つ目、イノリが持つ時間魔法。

 二つ目、スミレが持つキキョウへの病的なまでの憧れ、執着。

 

 この二つが肉体改造という一つの目標に混ざってじまったことで生まれた狂気的鍛錬。

 

 “限界まで肉体を虐め抜いて”、“お次は魔法を鍛えるついでに肉体の時間を進めて強制的に治癒を早め”、“それを繰り返す”。

 

 時間魔法の特大のデメリット及び魔眼が脳に与える影響による制約……それら全てをギリギリまで考慮から()()()、鍛錬と呼ぶにはあまりにも被訓練者の生命を度外視したカリキュラム。

 

 腕立て伏せの前に体幹トレーニング及びフルマラソンを既にこなしている虫の息なイノリを、スミレは容赦なくつま先でつつき「休むなー」と催促する。

 

「唸ってないでさっさと時間魔法で治せー」

 

「お、鬼……!」

 

「鬼よ」

 

「うぐぁああああああ……」

 

 魔眼を起動して自らの肉体の代謝のみを加速させる。早鐘を打つ心臓、暴力的に巡る血液、悪化の一途をたどる空腹にイノリは盛大に腹を鳴らした。

 

「お腹空いた……」

 

「軽口叩けるならまだ全然いけるね。さ、1分経ったぞー。いーち、にー、ほら休まない!」

 

「エ゙ドぐん゙だずげでぇ……」

 

 奇しくも、時を同じくしてエトラヴァルトも悲鳴を上げていたことをイノリは知らない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ねえイノリ。アンタのその左眼、なんて名前の魔眼なの?」

 

「わはんはい」

 

「おにぎり食べ終わってから答えろ。何言ってるかわかんないし」

 

 スミレに半眼を向けられながらおにぎり三つを胃に流し込んだイノリが左眼に触れる。

 

「わかんない。この眼、似たようなやつを見たことなくて」

 

「待って、今おにぎり食べるのに時間魔法使わなかった?」

 

「? 使ってないよ?」

 

「あ、そう……そうなんだ」

 

 それじゃあこいつ素の状態で30秒で三つ平らげたのか? という疑問を、スミレは辛うじて口から出さずに済んだ。

 

「魔眼に名前がないこと、他の世界じゃよくあることなの?」

 

「どうだろ……基本は名づけられてると思う。私の眼、ちょっと特殊みたいで」

 

「特殊ねえ……まあ、確かに破格よね」

 

 魔力消費を肩代わりするだけでなく、視界内の対象に無制限に時間魔法を作用させるなど、箱入り……外の世界に疎いスミレであっても「色々おかしい」ことくらい容易に理解できた。

 

 スミレは光のないイノリの左眼を覗き込む。反応のない瞳孔に、確信を持って問いかけた。

 

「その目、見えてないわよね?」

 

「うん。魔眼を使う時はうすぼんやりと輪郭は見えるけどね」

 

「ふうん……」

 

 なんとなく。

 

 それは、何気ない疑問だった。

 

「ねえイノリ。その魔眼、本当にアンタの目なの?」

 

「……どういうこと?」

 

 発言の真意を掴めず眉を顰めるイノリに、スミレは屋敷の方を顎で示した。

 

「巫女様の目が見えないのは知ってる?」

 

「うん。魔力で大まかな輪郭しかわからないって……」

 

「あれ、元から見えなかったわけじゃないの。母親から眼を受け継ぐまでは、巫女様も普通に見えてたの」

 

「それって……」

 

 自ら盲目になる選択をしたのか、そんな思考が顔に出ていたイノリに、スミレは否を突きつける。

 

「違う。盲目になる以外の選択肢がなかったの。竜に対抗し続けるためには、魄明(はくめい)を途絶えさせちゃいけないから」

 

 魔眼の発生条件は、いずれの世界でも未だ正解が発見されていない。同じ血統の中に同様の魔眼が開眼するケースがいくつか存在することから遺伝子に由来するものという推測が最も有力であり、派生し、魔眼は遺伝子構造に何かしらの“バグ”が発生することで生まれるもの……というのが通説となっている。

 

 凍結された魔眼研究の中に、意図的に胎児の遺伝子構造を狂わせることで魔眼ないし、それに類似する特異能力を発現させる実験が存在したほど、魔眼の()()()()は各世界が躍起になって取り組む事案である。

 

 

 ……イノリはおろか、スミレも、キキョウ本人も預かり知らぬことではあるが。

 現在、この星の上で“観魂眼”を有する存命の人類は、キキョウとシーナの二名のみである。

 

 巫女の家系が代々魔眼の継承を行えているのは奇跡に相違なく、ゆえに、その奇跡によってキキョウの視界は永遠に奪われた。

 

「……ごめん、話逸れた」

 

 ほんの二十年前の出来事。自分より少し年下の少女がなんの躊躇いもなく光を捧げた光景がスミレの脳裏によぎる。

 口の中に広がる鉄臭い匂いを想起して、思わず目を伏せた。

 

「……そもそも魔眼ってさ、自然に出るものって話でしょ。発現者は呼吸するように扱えるもの。でもイノリ、アンタは違う」

 

 スミレは鋭い瞳でイノリの左眼を注視する。

 

「脳へのダメージ、視力の喪失。巫女様と同じ、自分のものじゃない眼を受け入れた時に起きる反応だよ」

 

 敢えて付け加えるなら、キキョウには脳へのダメージというデメリットは存在しない。が、著しい体力の消耗がある。

 無制限、無尽蔵、自由自在に眼を開いていたシーナのように好き放題はできないという明確な制約が存在している点で、イノリとキキョウ、両者の魔眼には同様の欠陥があると言えるだろう。

 

「……スミレさんは、私の眼が他の誰かのものだって言いたいの?」

 

 困惑するイノリに、スミレははっきり頷いた。

 

「そう言ってる。心当たりは?」

 

「全然ないんだけどなあ……」

 

 困った顔をしながら、イノリは自分の左目の遍歴を振り返る。

 

「私、気づいたらこの眼が使えるようになってて……眼も元々見えてたんだよ? なんだけど、本格的に使うようになってから見えなくなっちゃって」

 

 思い出されるのは、『魔剣世界』で吸血鬼の紅蓮と戦った時のこと。

 紅蓮はイノリの覚悟を見届けるために本気で彼女を殺すつもりで、だからイノリは眼を(ひら)いた。そうして彼女は魔眼と引き換えにこれまで見えていた世界を半分失うこととなった。

 

「だから、他人の目ってことはないと思う。それに、キキョウさんはお母さん……血の繋がった人から継承したんでしょ?」

 

「だね」

 

「やっぱり、違うと思う。私は血の繋がった家族がいないから」

 

「……ごめん、嫌なこと言わせた」

 

 謝るスミレに、イノリは「気にしないで」と首を横に振った。

 

「ただ、キキョウさんみたいに継承したわけじゃないってだけ。目が見えないのは、単純に私がコントロール失敗しただけだから」

だけ。目が見えないのは、単純に私がコントロール失敗しただけだから」

 

 家族がいないという事実を言わせたことを気にしてか露骨に口数が減ったスミレに対して、今度はイノリが質問する。

 

「魄導を会得したらさ、魔眼の扱いも上手くなると思う?」

 

「どうなんだろ……巫女様は魄導使えないけど魔眼の扱い上手だし……うん? 待って、今何分経った?」

 

「…………げっ」

 

 はたと時計を見たスミレに、イノリがびくりと肩を震わせた。

 

「ああっ!? もう10分以上経ってる! 中断中断! さっさと鍛錬再開するよ!!」

 

「ゔああああ! あと5分! せめてあと5分だけ休ませてスミレさん!!」

 

 何気ない話題転換で休憩時間の延長を図る目論みが無惨にも砕け散ったイノリがスミレの足に縋りついた。

 

「だーめ! はい、スクワットいくよ〜!」

 

「スミレさんの鬼ぃ!」

 

「鬼よ」

 

「うなぁあああああああ……!」

 

 豊穣の地の端で、一人の少女の情けない悲鳴が響き渡った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一方その頃、スズランと鍛錬をするラルフは。

 

「ぬるい! そんな優しい炎じゃ俺は火傷一つしないぜ、ラルフ!」

 

「はあ、はあ……っ! うっそだろお前……!?」

 

 至近距離はおろか、腕を掴んだ状態で発現した青炎を涼しい顔して無傷で受け切ったスズランに、ラルフは肩で息をしながらそれはもう思い切り驚いていた。

 

付与(エンチャント)……中々いい魔法だが、熱が自分の中に籠っちまうのが難点だな。それが火力に待ったをかけてやがる」

 

「いや、これでも鉄溶かせるくらいの温度はあるはずなんだが……?」

 

「なっはっは! そんなもんで俺は傷つかねえよ!」

 

 出鱈目である。

 「溶鉱炉に浸かっても溶けない(自己申告)」スズランの馬鹿げた耐久力に、ラルフは自身の内側に蓄積される熱も合わさって大量の汗をかく。

 

「でもまあ伸びしろはあるじゃねえか! あのちんまい少女の力借りればもっと火力伸ばせんだろ? そこ目指そうぜ、な!?」

 

 そして、灼熱地獄の訓練が始まる。

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