【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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手放さない

 船を降りたイノリは一人、陽光を反射し煌めく湖の畔を歩いていた。

 

「ふーんだ。エトくんのばーか」

 

 視線を落とすと、膨らみとしてはやや心許ない自分の胸が目に入る。寄せたり押し上げたりしても変化は雀の涙程度。

胸を張って「大きい」とは到底言えなかった。

 

 イノリは、誰に語りかけるわけでもなく、独り言のように言い訳を垂れ流す。

 

「恋愛感情とか、そんなのじゃないんだけどさー」

 

 ただ、そう。

 なんとなくむかついたのだ。

 

「下心あっても困るんだけどさー、なんかさー?」

 

 そういう相手を選んだ。

 だが、それはそれとして、「全く興味ないです」と言われると、それはそれとしてモヤっとするのもまた事実だった。

 

 イノリ自身「わがまま」だと理解している。

 

「それもこれもエルマさんのせいだ……」

 

 湖畔世界の情報を聞いた時のことだ。エルマは、イノリに余計な情報を吹き込んだ。

 

 ——『あの世界、小世界だけど観光で賑わってるんだよ』

 ——『湖畔が綺麗だから、カップルや夫婦の旅行によく使われるんだって!』

 ——『良い雰囲気だったじゃん! 誘ってみなよ〜!』

 

 全くもってそういう気はなかったし、そういう関係になるつもりは毛頭ない。

 だが、妙に頭の中を占有して離れないのだ。

 

「エルマさんめ……!」

 

 一度意識してしまうと、中々思考が離れてくれない。生まれてこのかた、色恋とは疎かったイノリにとっては「そういう話」自体刺激が強かった。

 

「景色は本当に綺麗だけどさ……」

 

 水辺には子連れの家族や仲睦まじい男女、或いは気心知れた女友達のグループ、そこにナンパを仕掛ける男たちなど、皆一様に開放感のある湖を存分に楽しんでいた。

 

「そんなんじゃないのになあ……」

 

 これじゃまるで意識しているみたいじゃないか、とイノリは自分の過去の行動に文句をつけた。

 

 だが、ふと。

 やけに腑に落ちた。

 

「……そっか。エトくんにとって、私は換えが効く他人なんだ」

 

 間もなく、背後から追ってくる気配。

 現状唯一のパーティーメンバーの気配を感じ取り、イノリ表情をむすっとしたものに固定した。

 

 

「……ノリ! イノリ! おま、どこ行くんだよ! 乗り継ぎの船こっちじゃないって!」

 

「つーん」

 

「いや『つーん』じゃなくて! 下世話な話してたのは悪かった! 不用意だった、すまん!」

 

 エトの謝罪に一切耳を貸さず、イノリは足を止めずに湖畔を歩く。

 武装の一切を虚空ポケットに仕舞い込んでいる今、二人の姿は側から見れば若い男女の痴話喧嘩であり、周囲からは微笑ましい視線を送られているのだが、二人がそれに気づくことはない。

 

「ちょ、頼むから止まってくれ!」

 

 イノリが止まるのを待つエトは、イノリの2、3歩後ろを歩き、一定の距離を保つ。

 その“無理やり止めに来ない距離感”がまたイラッときて、イノリは心の中で「絶対止まってやるもんか」と誓う。

 

「やだ、絶対止まらない」

 

「それはめちゃくちゃ困るんだが!?」

 

「いーじゃん別に。私がいなくなっても、胸の大きい別の冒険者探せば」

 

「はあ!?」

 

 イノリの身勝手な提案に、エトは露骨に困惑した。

 

「なんでそうなんだよ! ってかマジで、今後は気をつけるから機嫌直してくれ! なんか埋め合わせとかもするから!」

 

 一体何の埋め合わせなのか、吐き出してしまった朝食類の埋め合わせか? なんてくだらない思考を脳の傍に寄せ、エトはなんとかイノリの機嫌を直そうと苦心する。

 が、今のイノリには全てが逆効果だった。

 

「あーもー! なんでついてくるの!」

 

 いよいよ理不尽に堪忍袋の尾がキレたイノリは思わず足を止めて振り返った。相変わらず2、3歩の間合いを保つエトはイノリの暴虐を受け頭を掻いた。

 

「そりゃ追っかけるだろ、唯一のパーティーメンバーなんだから」

 

「……ないじゃん」

 

「ん?」

 

 イノリは、喉に突っかかっていた言葉を躊躇なく吐き出した。

 

「唯一じゃないじゃん! エトくん、後から仲間が来るって言ったじゃん!」

 

 ずっと、無意識下で引っかかっていたこと。

 わざと考えないようにしていたこと。

 

「エトくんにとって、私はただの繋ぎじゃん!」

 

 不安の根源を、イノリは曝け出した。

 

「他にも換えが効く人材じゃん!」

 

 イノリは、自分の中にあった恐怖を正しく形にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ある小世界の端。

 イノリは、遭難していた彼女を拾ってくれた老夫婦と共に暮らしていた。

 

 五年間。

 それが、イノリが二人と暮らしていた時間で、その間、少女は兄の迎えを待ち続けた。

 しかし、五年の歳月の中で兄がイノリを見つけることはなく、老夫婦が他界し、少女は兄と姉を探す決意を固めた。

 

「兄ぃなら必ず探しにきてくれる」

 

 そう信じている。

 だが同時に、兄は超人でもなんでもなく、ただのちょっと強い人なのだとも、なんとなくわかってきた。

 だから、自分から探しに行く。

 名を上げて、「私はここにいる」と伝えるために。

 

 だが、言うほど簡単ではなかった。

 

 世界に縁がないイノリが成り上がる方法はひどく限られていた。

 商才、文才、画才はなく、勉強もそこまで得意ではない。

 ない頭て必死に考えた結果、唯一、時間魔法という“一芸”が光りそうな『冒険者』の道をイノリは選んだ。

 

 すぐに悟る。「これは、一人では無理だ」と。

 

 時間魔法が強力かつ有効なのは、一度目の探索でわかった。だが同時に、自分にはそれ以外ないとわかった。やがて訪れる自分の限界を補うための“仲間”が必要だと、イノリは理解した。

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「私とエトくんの目的は違うじゃん。どこかで絶対、道が岐れるじゃん」

 

 不満を言いたいわけじゃない。こんな、駄々を捏ねたいわけじゃない。

 エトにはなんの落ち度もない。ただ、自分が勝手に不安になって、勝手に拗ねているだけだ。

 

 理解していても、イノリは自分を止められなかった。

 

「私じゃなくても、いいじゃん……」

 

 絞り出すような呟きを受け、エトは、真っ直ぐにイノリを見た。否、ずっと、見続けていた。

 

「——俺がお前とパーティー組んだのは、お前が“イノリ”だったからだ」

 

「……どういうこと?」

 

「胸の有無なんて関係ないってことだよ」

 

 呆れ、或いは仄かな怒りを滲ませ、エトは大きくため息をついた。

 

「言っただろ、お前の命はもう、俺の命と等価だって。つか、どっかで解散する気なら財布共有化なんてしないできっちり分割するっての」

 

 虚空ポケットから財布を取り出し、エトは「すっからかんだぞ」と金欠をアピールした。

 

「俺がお前と組んだのは、お前が躊躇いなく地獄に踏み込めるからだ。俺が一瞬躊躇するような場所に進む覚悟があるからだ」

 

 ガーゴイル討伐を決めたあの時、エトは狂気的なまでに()()()()イノリの目を見て、自らの覚悟を上書きした。

 

「あの時点で、俺は、この道の終わりまでお前を手放さないって決めた」

 

「んい!?」

 

「——他の誰でもない、イノリだったから、俺はお前と組んだんだよ。わかったか?」

 

「……ん。わ、わかった」

 

 エトの熱弁を聞き、イノリは非常に居心地が悪くなり目を逸らした。

 熱が冷めてきたせいか。自分の横暴と醜態の過去に容赦なく襲われるイノリは、エトの顔をまともに見ることができなくなっていた。

 

「まだわかってないみたいだな……」

 

 しかし、その様子がエトには「わかっていない」と映ってしまった。

 

「おい、一度しか言わないからよく聞け。俺はお前の尻と脚が結構好きだ」

 

「え……は!? え!?」

 

 ゆえに、エトは構わずセクハラ発言をぶち込んだ。

 突然の発言に、イノリは顔を茹で蛸のように真っ赤に染め上げ、反射的に自分の臀部を両手で隠した。

 羞恥に悶えるイノリに、エトは構わず続ける。

 

「そこらのデカい胸よりお前の下半身の方がよっぽど魅力的だと思ってる」

 

「にゃ!?」

 

「だから安心しろ。俺がぽっと出の胸が大きいだけの女に靡くことはねえよ。お前の精神性も、目標も、身体も、全部ひっくるめて、俺はお前が結構好きだ」

 

 一通り言い尽くして、エトはもう一度ため息をつく。

 

「だから、俺にはお前しかいないんだよ」

 

 さっさと乗り換えの船に乗りたいどころか一本逃したのは確実だなあ、とエトの心はやや荒んでおり、色々言葉足らずになった結果とんでもない発言になったことに男は気づかない。

 

 そして、その発言を受けたイノリは、断続的に襲ってくる過去の自分の醜態とエトの熱のある発言に挟まれすっかり限界を迎えていた。

 

「うう……わ、わかった」

 

「よし。ならさっさと船行こう。あと、埋め合わせ云々は本気だから、なんか考えといてくれ」

 

 虚空ポケットに財布を放り込んで、エトは「ほら行くぞ!」とイノリを急かした。

 

 が、イノリの脚は動かず、視線はある一点を凝視する。

 

「……埋め合わせ」

 

「うん?」

 

 来た道を戻ろうしたエトが足を止め振り返ると、イノリは湖に浮かぶ、一組の男女が乗ったボートを指差した。

 

「ああいうの、してみたい」

 

「……わかった。異界探索が一区切りついたらやろう」

 

「……うん!」

 

 元気よく頷いて、イノリは大股でエトの隣に並んだ。

 

「というか、迷惑かけた挙句埋め合わせしてもらうって、これ私が物凄く我儘みたいじゃん」

 

「何を今更。そもそも胸の有無で勝手に不安になって勝手にキレて勝手にどっか行った時点でだいぶ傍若無人だろ」

 

「あー! 人が気にしてることを! と言うかエトくん、デリカシーがないよ!? 胸とか尻とか!」

 

「やっと元の調子に戻ったな。つか、気にすることか? むしろ探索じゃデカい方が邪魔だろ」

 

「そーいうところだよ! エトくんのばーか!」

 

「あ、おい待て! 走るな! お前アナウンス聞いてないからどれに乗るかわかんねえだろ!!」

 

 走るイノリの後をエトが再び追いかける。

 その構図は側から見れば仲睦まじい恋人のようであり、この事実に後から気づいたイノリが悶絶するのはまた別の話である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 神水の鏡中央。

 

 湖畔世界フォーラルの中央に座す、「神水の鏡」というなんとも不遜で尊大な湖の中央。

 異界の出現と同時に発生したこれまた巨大な島は、冒険者やフォーラルの防衛軍が宿泊するための施設と腹を満たす屋台などで結構盛り上がっていた。

 

「イノリが船に弱くなければ、船上ホテルなるものが体験できたんだがな」

 

「あれ、安くても一泊1万ガロ超えてたよ?」

 

「畜生め……」

 

 イノリの耐性の有無に関わらず俺たちには手の届かない場所であることを知り、俺はそっと涙を流した。

 

「しかしまあ盛り上がってんな、さすが穿孔度(スケール)4。規模がちげえや」

 

「銀級が割合としては最も多いらしいからねー」

 

「そうなのか……っと、着いたな。ここがフォーラルのギルドか」

 

 湿気による腐食対策か、石造りの建物が多い中、冒険者ギルドは所構わず木造だった。

 

「設備維持費の浪費だろうに……」

 

「こういうの、なんか雰囲気あって私は好きだなー。自分じゃ建てないけど」

 

 貧乏性を発揮しながらギルドの扉を潜るなり、中から無数の視線が俺たちを射抜いた。

 刺々しい歓迎に、イノリが若干頬を引き攣らせた。

 

「……なんか注目されてるね」

 

「あれだ。俺たち結構注目の的らしい。期待の新星なんだってさ。()()()

 

「なんで、今、そこ強調したの?」

 

「階級じゃ負けてるから、せめて注目度では勝とうかと……あの、イノリさん。脇腹つねるのやめてください」

 

 じゃれあいながら、入場許可を貰うためにカウンターに近寄り、イノリが受付の女性に登録証を提示する。

 

「異界への入場許可をください」

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

 互いに一言ずつ、事務的な口調でやり取りを済ます。

 奥に引っ込んだ女性はまもなく許可書類と、一通の手紙を持ってきた。

 

「こちらが申請書です。ご記入お願いします。あと……エトラヴァルト様でよろしいですね? こちら、リステルからのお手紙となっております」

 

「俺に……?」

 

 横でイノリが黙々と書類を記入するのを見ながら——コイツ字、綺麗だな——俺はなんとなく嫌な予感を覚えつつ封を破った。

 

 

『ごめーんエトっち! 1秒でも早くキミに会いたくてみんなで脱走計画練ってたらばれちった! 懲罰期間がアホみたいに伸びたからしばらく合流できませーん! ってなわけで、後半年くらい、一人で異界探索ガンバ!

 

     貴方の悪友、レミリオ・バーチェスより

 

追伸〜ルベリオ公爵家に家名借りたってマジ!? やるねー!                 』

 

 

 ぐしゃりと手紙を握りつぶし、俺は人目を憚らず激怒した。

 

「ふっっっっざけんな!! あのクソボケ共がぁああああああアアァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 俺の魂の咆哮に周囲の奴らがビクッと肩を震わせ、書類を書き終えたイノリが何事かと俺の手からくしゃくしゃ手紙を抜き取った。

 

「あのボケ共……マジで何してくれてんだぁぁぁぁぁぁ——」

 

「しばらくは二人旅だね、エトくん!」

 

 妙に嬉しそうなイノリに引きずられ、俺は冒険者ギルドを後にした。

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