【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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宙ぶらりんな約束

「カルラちゃん、なんで突然鍛錬するようになったの?」

 

 月日が流れ、カルラとモミジは18歳になった。

 日々の鍛錬は二人にとっての日課であり、自然、勝負の場は模擬戦に移った。

 なお、背比べは二年ほど前、カルラが頭半個分明らかに勝つようになってから更新されていない。

 

 毎日十本、これを8年間毎日。

 通算成績はカルラの29230勝0敗0分である。

 

「なんでだったかしら……正直よく覚えてないのよね」

 

 たった一本、カルラとモミジ、二人が生まれた日に植えられた苗木の育つ丘の上で、二人は揃って寝そべり空を見上げていた。

 

 今日も今日とて一本も取れなかったモミジは、八年前、カルラが唐突に真面目に鍛錬に参加するようになった日のことを思い出す。

 

「私結構びっくりしたんだよ〜? あれだけ嫌々言ってたのに、急に真面目に、文句一つ言わなくなってさ〜」

 

 モミジは冗談めかして笑う。

 

「おかげで私、追いつけなくなっちゃったじゃん?」

 

「まあ、私は天才だからね!」

 

「むっか〜! 事実なのが余計ムカつく〜!」

 

 18歳になったカルラは、既に豊穣の地で一二を争う実力者である。

 魄導を扱えるカルラの祖父リンドウと、その友人ツバキは例外として。当代巫女アオイの実兄カズラ——今年で138歳を迎える歴戦の戦士に勝るとも劣らない実力を、彼女は既に身につけている。だが、

 

「——はっ、ぬりぃな。戦場に出られねえんじゃなんの意味もねえ」

 

 そこに、荒々しい足音が響く。

 背後からの声は無遠慮で、そして的確な指摘だった。

 

「バイパー。あんた、また来たわけ……?」

 

「クカカッ! 蟲の一匹殺せねえ泣き虫が言うじゃねえか」

 

 巨人と鬼人のハーフを自称する赤肌の鬼バイパーは、漆黒の強膜の中に浮かぶ金の光彩をギラリと輝かせた。

 

「うっさいわね。今回はなにしに来たのよ」

 

「テメェの育ち具合を見に来たのさ。——はっ、とんだ期待はずれだったがな」

 

 失望したようにカルラを見下し、バイパーはあっさりと(きびす)を返す。

 

「仲良しこよしの雑魚に勝ち越して満足してる野郎なんざ、面白くもなんともねえよ」

 

「……っ! あんたねえ!」

 

 バイパーの物言いに苛立ちを覚えたカルラが拳を握り勢いよく起き上がった。が、その手をモミジが止める。

 

「カルラちゃん、ダメだよ」

 

「モミジ! なんで止めるのよ!?」

 

「バイパーの言ってること、あまり間違ってないからかな〜?」

 

 のほほんとモミジが笑った。

 

「私、カルラちゃんと違って弱っちいから」

 

「…………」

 

 その二人の様子を背中で感じ取ったバイパーは、舌打ちを一つ。

 

「つまんねえ野郎だ……ジジイと酒飲んでさっさと行くか」

 

 埋まらない退屈に、鬼人は不満を吐き捨てて丘を下った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「モミジは全然弱くなんてないわよ!」

 

 バイパーが去った後、カルラは憤慨した様子で捲し立てていた。

 

「闘気の練りも安定してるし、魔法も数使えるし! そりゃ、私に比べたら弱いけどさ!? 雑魚なんて言い過ぎよ!」

 

「ところどころフォローになってないよ〜」

 

 対するモミジは、あくまで冷静に。

 怒りながらもバイパーの発言を気にして表情に影を落とすカルラに語りかける。

 

「カルラちゃんまだ気にしてるの〜? 初陣、動けなかったこと」

 

「んぐっ……」

 

 返答に窮する。

 3年前、15歳のカルラは繁殖の竜との戦いに臨んだ。が、結果は惨憺たるもの。皆の足を引っ張ってしまった……それだけであれば、話はここまで拗れることはなかっただろう。

 

「そりゃ、そうよ。だって……私、一歩も動けなかったのよ?」

 

 幼竜の群れを前に、カルラは恐怖から一歩も動けなかった。敵の見た目や能力に窮したのではない。少女は、真剣を振るうことこそを怖れた。

 

「笑えるわよね。敵だってわかってても、未だに命を奪うのが怖いんだもの」

 

 バイパーに「泣き虫女」と言われるのも無理はないと、カルラは寝転がりながら自嘲した。

 

「結局それから三年、戦場に出てない。みんなの好意に甘えて、こうしてだらだら過ごしてる」

 

 カルラは自らの停滞を悔いていた。皆の優しさに甘え続けることを良しとしていない。そも、その優しさに応えたいがために、木刀を握り鍛錬に精を出すようになったのだから。

 

「……カルラちゃんは、戦いたいの?」

 

「どうなのかしらね。自分でも、よくわかってないのよ」

 

 カルラは、戦うこと自体は怖がっていない。模擬戦、手合わせであればあの化け物(バイパー)とだって戦える確信を少女は持っている。

 

 できていないのは、命を奪う覚悟。

 

「大事なところでヘタレなのかしらね、私」

 

「カルラちゃんはヘタレっていうより……あ、聞いてないや」

 

 体を起こし、膝を抱えて座る。

 明らかに“いじけ”モードに入った親友に、モミジは一つの提案をした。

 

「う〜ん。それならカルラちゃん、度胸試ししない?」

 

「……ごめんモミジ、会話の一貫性がわからないんだけど。急にどうしたのよ?」

 

「だから、度胸試しだよ〜」

 

 さも名案を思いつきましたと言わんばかりに胸を張り、モミジはぴっと三本指を立てた。

 

「バイパーはリンドウおじちゃんとお酒を飲みたい。カルラちゃんはヘタレな自分を治したい。そしたらもう、酒蔵入って、二人が飲むはずのお酒くすねて、私たちが飲んじゃえば良いんだよ〜!」

 

 ドヤ顔でふふ〜んと鼻を鳴らすモミジのとんでも発言に、カルラは唖然としてぽかんと口を開けた。

 

「どったのカルラちゃん。そんなアホ面晒して」

 

「アホはモミジのほうでしょ……私たち未成年よ?」

 

「へ〜きへ〜き。私たち長生きする種族なんだから〜」

 

「答えになってないのよ……」

 

 普段はのほほんと人畜無害そうな顔をしておきながら、時たまとんでもないことを提案する親友の()()()()の誘いに、カルラは困ったように笑う。

 

「どうせモミジが飲みたいだけでしょ?」

 

「そりゃそうだよ〜。大人たちあんなに美味しそうに飲むし、バイパーだってお酒ある時は上機嫌じゃん」

 

「む……」

 

 確かに、と思ってしまった時点でカルラの負けだった。

 モミジほどではないが、カルラも年並みに“酒”に興味がある。

 そも、豊穣の地には法律なんてものは存在しない。だから「大人になってから」「成人してから」という断り文句は二人の少女にとってはそこそこ納得いかないものであった。

 

「……モミジ」

 

「ん〜?」

 

「決行は今夜でいいわね?」

 

 やる気になったカルラに、モミジはにんまりと笑みを浮かべた。

 

「もっちろん!」

 

 二人の少女は上機嫌にハイタッチを交わし、深夜のための侵入経路の模索を始めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして、深夜。

 

 

「ねえモミジ。()()、どこから引っ張り出したの?」

 

「うちの押し入れ」

 

「なんで押し入れにこんなのあったのよ……」

 

 何事もまずは形から。カルラとモミジは、揃って真っ暗な衣服に全身を包んでいた。

 

「これで闇に紛れるのは万全だよ〜」

 

 皆や動物を起こさないように小声で呟いたモミジは、準備万端だ、と親指を立てた。

 

「それじゃ、カルラちゃん案内よろしくね〜(小声)」

 

「任せなさい!(小声)」

 

 

 カルラの自宅は、豊穣の地の中でもそれなりに広い敷地を有する。巫女の家系が住まう屋敷ほどの広さは当然ないが、庭や酒蔵、燻製室等、リンドウの趣味によって拡充された施設を勘定に入れれば第二位の敷地面積だろう。

 

 そんな家は、それなりに高い石造りの塀によって囲まれている。当然正面玄関と裏口が存在するのだが、この二つの入り口は最近建て付けが悪く、開閉時にそこそこ大きな軋みを発する。

 隠密行動において“音”は天敵だ。

 

 だからカルラは今日の昼、第三の抜け道を事前に用意していた。

 

「——よし」

 

 カルラが塀から少し離れた地面に触れるとその土が音もなく崩れ、少女一人、ちょうど通れるだけの酒蔵直通の地下通路が生まれた。

 

「カルラちゃん、自分の家に侵入するってどんな気持ち?」

 

「めちゃくちゃ複雑以外にあると思う?」

 

 今日、カルラは祖父のリンドウに「モミジの家で寝る」とだけ伝えてある。最近は週に3〜4回ほど外泊しているため、特に怪しまれることはなかった。

 

「ねえ、よく考えたら私が中から手引きすれば良かったんじゃないの?」

 

「ダメだよ〜カルラちゃん。それじゃ度胸試しにならないじゃん」

 

 しれっと防音結界を静謐展開しながら酒蔵に辿り着く。防音結界を悟られないように拡張しながら、ゆっくり、扉を開ける。

 

「……意外とあっさり入れたね〜」

 

「本に出てくる異界迷宮と違ってただの酒蔵よ? こんなものじゃない?」

 

「それもそっかー。え〜っと、どれ盗るの?」

 

 ツンと鼻につく慣れない麹や木の香りに顔を顰めながら、二人は酒樽に刻まれた日付を確認していく。

 

「これでいいんじゃない? 最近手つけられたっぽいし」

 

「ほんとだ〜。それじゃこれにしよっか」

 

 酒樽の中身は案外少なく、一升瓶に移し替えただけで底をついてしまった。

 

「こんだけか〜。まあ、多すぎても持ち運べないし、これくらいでいっか。カルラちゃん大丈夫? これ匂いキツいけど」

 

「?」

 

「カルラちゃん子供舌だし、吐かない?」

 

「あんた、私のことなんだと思ってんのよ」

 

 ナチュラルに煽ってきたモミジに対して額に青筋を立てたカルラは、「いいから行くわよ」と撤退を催促した。

 

「証拠消して、後は……!」

 

 二人は顔を見合わせ、いたずら心満載の笑みを浮かべて頷いた。

 

「「いつもの丘へ!」」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして、正座していた。

 

 二人が毎日を過ごす丘の上。カルラとモミジは、それはもうブチギレているリンドウの前で借りてきた猫のように縮こまった。

 

「まっったく! この馬鹿娘! 酒は成人の儀が終わってからと口酸っぱく言ってきたであろうに! モミジも!!」

 

「「…………」」

 

「儂の目を潜り抜けて盗みを働こうなんぞ300年早いわい!」

 

 潜入は、それはもう思いっきりバレていた。

 酒蔵への侵入どころか、カルラが秘密の抜け道を起動した時点で露見していた。

 

「皆に迷惑はかけられんから泳がせたが、まさか酒蔵に手を出すとはのう。……お主たち、明日から1週間は基礎鍛錬三倍じゃ!!」

 

 その死刑宣告にも等しい通達に、二人は揃って表情に絶望を張り付けた。

 

「「そんなあー!」」

 

「皆の前で見せしめにせんだけマシと思えい!」

 

「クカカカカカカカッ! 俺の暴言への仕返しにジジイの酒を盗むたぁ……カカカッ! 泣き虫女にしちゃあ気張ったじゃねえか!!」

 

 ブチギレるリンドウとすっかりしゅんとしてしまった二人に、傍観していたバイパーはそれはもう盛大に爆笑していた。

 

「クカカッ! ただの雑魚だと思ってたが案外ぶっ飛んでやがんなあ! モミジっつったか!? テメェみたいな馬鹿は嫌いじゃねえ!!」

 

 一体どこに気にいる要素があったのか、それなりに付き合いの長いリンドウであってもわからないツボに刺さったらしく。バイパーは本当に珍しく、上機嫌に大爆笑していた。

 

「報復に盗みたぁ悪くねえ……カカッ! ああ、悪くねえとも。いい酒のつまみだ!」

 

 2時間に渡る説教ですっかり夜が更け、鬼人族たちは朝を告げる鳥の鳴き声の代わりに響くバイパーの盛大な笑い声によって目覚める。

 

 二人の()()()によるいたずらがあった日には大体似たような目覚めであり、同族たちは生暖かい目で丘を見上げ、そのまま朝日に目を細めた。

 

「ほれ朝じゃ! 二人とも立てい! 鍛錬を始める!」

 

「えっ、嘘!? 今から!!?」

 

「リンドウおじちゃんの鬼畜〜!」

 

 そこから1週間。筋肉痛から苦悶に喘ぐ少女二人の姿が豊穣の地で散見されるようになった。

 

 

「……ね〜、カルラちゃん」

 

「……なーにー?」

 

 鬼の三倍どころではない(体感五倍)の基礎鍛錬に()を上げて道場の床に転がったカルラに、同じく這いつくばるモミジが提案する。

 

「成人したらさー、あの丘で一緒にお酒飲もうねー」

 

「良いわよー」

 

 そも、約束以前にそうするつもりだった。

 

「でもカルラちゃん子供舌だからさ〜、辛いの、苦いのダメだから種類限られちゃうね〜」

 

「そんなことないわよ! 私だって大人になれば……た、多分、飲めるし。苦く、て、も……たぶん」

 

 未だに野菜炒めが苦手な少女の発言には説得力がなく、本人も途中で自信を失って尻すぼみになっていた。

 

「甘い方がいいって素直に言えばいいのに〜」

 

 モミジは、「二人で一緒に選ぼうね〜」と笑う。

 

「じゃ、じゃあ……甘いやつ、がいい」

 

「にはは〜、カルラちゃんはかわいいね〜」

 

「うっさいわねー!」

 

 鬱陶しげに手を振りながらも、カルラはモミジと同じようにニヤけていた。

 

「それじゃ今度相談してみよう? 良いお酒ないかなーって」

 

「ん、約束よ!」

 

 とりあえず、この地獄の五倍鍛錬を生き延びることができたら——二人は思考をシンクロさせつつ、言ったら心が折れそうだから何も言わなかった。

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