【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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恐怖と恐怖

 リンドウは閃光瞬く戦場を一人、斬馬刀を肩に駆ける。背後、追走する成竜に一瞥向けた鬼人が刀を握り直した。

 

「チェアアアアアッ!」

 

 気迫一閃。

 風を切り裂き幼竜と蛹の知覚を置き去りに、唸りを上げた斬馬刀が()()を散らし、真っ向から突進を敢行した成竜の顎と激突した。

 空間そのものを屈折させる歪みによってのみ観測可能な、研ぎ澄まされた透明な魄導。その凄絶な破壊力を斬馬刀は余すことなく成竜へ伝え、全身の鱗殻を内部から撃砕する。

 

『ギギィッ……!』

 

「これでも折れぬか!」

 

 全身からどす黒い血を撒き散らしてなお、成竜は止まらない。頭を抑えられながらも両腕の爪を研ぎ、斬馬刀を持つリンドウの両腕へと振りかぶった。

 

「甘いわっ!」

 

 対するリンドウは躊躇いなく武器を手放し一撃を回避。魄導を右足に集中させ、成竜の顎に食い込んだ刃へ全力の蹴りを叩き込んだ。

 

『〜〜〜〜〜〜!!?』

 

 刃はリンドウの目論見通り硬い鱗殻を貫通し、成竜を真正面から真っ二つに叩き割った。

 

「これは、中々しんどいのう……!」

 

 残る成竜は七体。繁殖の本陣とも言える幼竜と蛹の混成軍の到着までにツバキとそれぞれ四体ずつ、合わせて第一陣の過半数を削ったリンドウだったが、その表情は険しい。

 

「前線を押されるわけにはいかぬ。ここは、無理をしてでも成竜を狩るしかないのう!」

 

 四体ずつの討伐は、幼竜と蛹の妨害がない状態かつ、後方からの魔法支援があってこそ。

 ここからは、数を容易にすりつぶせる、一体一体も決して弱くない、こちらを刈り取る牙を持つ大群を相手取る必要がある。

 

 成竜は、たとえ魄導を会得しているリンドウであっても楽に勝てる相手ではない。

 将来的に危険度10——群体を含めれば危険度12に認定される魔物を前に一瞬の油断は命取りに、そして防衛全体の瓦解を引き起こしかねない。

 

 全方位への警戒をしつつ、一瞬の選択ミスすら許されない。その事実だけでもリンドウの心はひどく疲弊する。が、そんなことはどうでも良かった。

 

「孫娘を守るためじゃ。こんくらいなんでもないわい!」

 

 迫る繁殖の大群を前に、リンドウは威勢よく高らかに宣誓する。

 

「恵みは喰らわせんぞ、繁殖。儂の屍すら越えられると思うな!!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 左翼、ギチギチと顎門を鳴らす幼竜の突進をモミジは後退しながら刀を寝かし受け流す。

 

「やあぁあああああっ!」

 

 突進を透かされた幼竜の側面に躍り出たモミジはそのまま大上段に刀を構え、裂帛の気合いと共に振り下ろした。

 

 刃は幼竜の首を根本から滑らかに断ち切り、絶命させる。

 

「これで……10体目!」

 

 モミジは肩で息をしながら一歩、最前線から退く。

 

 視界を埋める繁殖の大群に、否応なく表情が歪む。

 

「モミジ! まだ行けるか!」

 

 隣に並んだ同胞の声に、モミジは両頬を思い切り叩いて頷く。

 

「もちろん!」

 

「その意気やよし! けどあんま無理すんじゃねえぞ! 倒れられる方がキツイからな!」

 

 今回、戦線に参加するものたちの中で最も経験が浅く、最も弱い少女。しかし、約十年間ずっと格上(カルラ)と手合わせを続けてきたモミジは、自分より強い者との戦いに慣れていた。

 

「大丈夫! 自分の弱さはわかってるから!」

 

「それがわかってたらお前は弱くねえよ!」

 

 気勢の衰えない少女に鼓舞されるように、同胞は大鎚を担ぎ最前線へと己の身を蹴り飛ばすように突っ込んだ。

 

「……よし、私も!」

 

 呼吸を整えたモミジは、同胞の背を追うように最前線へと舞い戻る。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 魄明(はくめい)があろうと……否、魄明(はくめい)があるからこそ。どうしようもなく戦いに向いていない者は一定数浮き彫りになる。

 

 戦いについて来られない者たちは後方支援に回る。

 そしてミツバもその内の一人。彼女は、治癒魔法にのみ秀でていたことから衛生班に配置されている。

 

 繁殖の全盛期。怪我人はひっきりなしに回ってくる。死の三歩手前くらいからなら生存に引っ張り上げることができる魔法を搾り出し、最後尾から戦線を支えるのが彼女の戦いだ。

 

「右翼の怪我人の傷が深い? 違う、多いんだ」

 

 それは、誰よりも多く怪我人を治療し、前線の人数を把握し続けてきた彼女だからこそいち早く気づけたこと。

 傷の多寡が、左翼・中央に比べて明らかに酷かった。

 

「ひとりひとりが重傷……後退が遅れてる。なのに、怪我人の数自体は大差ない」

 

 一人や二人であれば、引き際を誤ったのだろうと解釈できる。だが、右翼からの怪我人ほぼ全員が、それ以外の戦場と比較できる現状。それは、水面下でじわじわと戦線を蝕む毒だった。

 

「右翼が狙われてる……中央と左翼にバレないように、圧をかけられてる! 早く伝えないと! 誰か、手が空いてる人は——!?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 数と個、戦争においてどちらが優れているかという疑問点は、遥か昔に“通常の比較”においては数に軍配が上がることが証明されている。

 いかに個の力が優れていようと、その力を発揮し続けることは理論上不可能である。優れた個人であっても、戦場ではやがて数の暴力に飲み込まれる。

 それらを覆すには、理論を超越した理不尽——それこそ、〈異界侵蝕〉に匹敵する力が必要となる。

 

 そして、豊穣の地は個に優れていても、現状、突き抜けた個は存在しなかった。

 

 

 右翼が決壊する。

 

「こいつら何処から……!?」

「踏ん張れ! 隊列を崩すなー!!」

「ダメだ! 端から成竜に削られる! 負傷者が多すぎる!!」

 

 少しずつ、少しずつ。

 幼竜と蛹の波状攻撃によって右翼の防御力は蝕まれるように削り取られていた。

 

 成竜を左翼と中央に集中させ、二本柱であるリンドウとツバキを釘付けに。

 

 しかして右翼は攻めすぎない。怪我の度合いを深くさせ、復帰を遅らせる。それだけで、数に劣る豊穣は、気がついた頃には防衛は手薄になっている。

 あとは、一転攻勢。戦力を集中させ、右翼を破壊する。

 

 繁殖は策を弄した。

 

 全ての個体が感覚を共有する繁殖の竜は、収集した膨大な戦闘記録から最適解を導き出したのだ。

 

 優秀な個を、数で削る。

 言葉にすれば容易く、しかし細心の注意を払う必要がある緻密な作戦。

 

 それが、これ以上なく嵌った。

 

 右翼の異変を、中央で奮闘するリンドウはいち早く察知した。

 

「しもうた!」

 

 自分が成竜に釘付けにされていたことを悟ったリンドウは、しかし身動きができなかった。

 

「まったく嫌らしい戦い方をするのう……!」

 

 正面、三体の成竜が吼える。

 リンドウを孤立させ中央に釘付けにするのが、成竜たちの役目だった。

 

 

 リンドウとツバキの封殺。それは実質的には()()()というのが繁殖の竜の判断だった。

 たとえ成竜であっても、最終的には敗北する。それがこの半月の戦いでの結論。

 ゆえに、いずれかの戦線を決壊させるまで封じ込めればいい——その目論見は、見事に成功していた。

 

 削り取られていく右翼の防衛。

 

「食い止めろ! なんとしででも!」

「倒れるな! 倒れれば、そこでおしまいだ!」

 

 一人、また一人と凶爪に切り裂かれる。同胞を食われてなるものかと、カズラのような別れを断固として拒否する。

 しかし鬼人族の必死の抵抗も虚しく、前線は崩壊への道を突き進んでいた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 カルラは耳を塞いでいた。

 

 砲撃音が聞こえる。

 剣の閃く音が、槌が殻を砕く音が。

 

 同胞の気迫が聞こえる。

 悲鳴のような雄叫びも。

 

「……何してんのよ、私は」

 

 この期に及んで、まだ、怖い。

 膝を抱え蹲り、きつく目を閉じ、世界と関わりを断とうとする。

 

「みんなが戦ってるのに、私は……!」

 

 祖父が、親友が戦っている。

 近所のお姉さんだったミツバも、同胞たちが戦っている。

 だというのに、自分は一歩だってその場から動けなかった。

 

「私は……私なんかが。なんで」

 

 遥か遠方から、金の瞳がカルラを射抜く。

 見定めるようなその視線に気づかないまま、カルラは膝を抱えたまま項垂れる。

 

「ああ……お腹空いたなあ」

 

 穀潰しのくせに、体はどうしても生きたがる。

 心のと体の矛盾を自嘲する。

 

「モミジの……」

 

 カルラはおもむろに、親友が持ってきてくれた握り飯の入った包みを開く。

 

「……何これ。爆弾?」

 

 一個が拳骨の二倍くらいに膨れ上がった、外側から海苔によって圧し固められた、とても握り飯とは言い難い何かに、カルラは思わず気の抜けた声を出した。

 

 両手から伝わるのは一個でお腹いっぱいになるだろ、と確信させる重量。

 一体どうしたらこんな質量爆弾が生まれるのか、カルラには皆目検討がつかなかった。

 

「あの子、料理しないものね……」

 

 自分も同じようにからっきしであることを棚に上げ、カルラは推定握り飯にかぶりついた。

 

「んぐっ…………ぷっ」

 

 握り飯にしては異様な硬さを誇るそれを顎をフル活用して噛み砕き、飲み込み、中に大量に詰められていた梅干しの種を吐き出した。そして、

 

「なに、これ……まっっっっず!?」

 

 あまりの不味さに盛大に顔を顰めた。

 

「ユズさん家の梅干し使ってこんなに不味くなることある!? というか……嘘でしょ? これ、塩じゃなくって——」

 

 無意識に独り言が出てくるほどの不味さに驚愕する。

 

「流石に私の方が上手く作れるわよ……特訓ね、帰ってきた、ら……」

 

 そこまで口をついて出た言葉に、カルラは思わずおし黙る。

 

「帰って、くるわよね……?」

 

 鳴り止まぬ火砲、広がる戦禍に目を向けるのを恐れ、カルラは真下の一口齧っただけの握り飯に視線を落とす。

 

「帰って、きてよ……」

 

 もう一口、握り飯に齧り付く。飲み込んで、もう一口。

 噛んで、飲んで、噛んで、飲んで。

 

「こんな不味いやつが、最後なんて嫌よ……」

 

 怖い。

 命を奪うのは、この手の刀で切り裂くのは、怖い。

 

 ……でも、と。

 

 ふと、カルラの中に一つの情動が湧き上がった。

 

 でも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……嫌」

 

 涙を流さない慟哭は聞きたくない。

 あんな別れを、したくはない。

 

 大切な同胞たち。優しい同胞たち。

 厳しくも優しい祖父を、無二の親友を失いたくない。

 

「嫌よ、そんなの……っ!」

 

 カルラは貪るように握り飯に喰らいつく。

 頭がおかしくなりそうなほど不味い握り飯。この三つに何合米使ったんだと問い詰めたくなるような爆弾を嘔吐(えず)きながら胃の中に流し込んだ。

 

「ああ、まっずい! 終わったらモミジに文句言ってやるわ!!」

 

 震えは止まっていた。

 命を奪う恐怖など、友を奪われる苦しみに比べればどうとでもなると、カルラは過去の自分を引っ叩いた。

 

「できる。やれる! 私は天才なんだから!!」

 

 自らを鼓舞し、少女は丘から駆け出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 瞬間、閃光が瞬いた。

 

 右翼最前線に幾重にも唐紅の光のが迸り、僅かな間に十五の幼竜が断頭から絶命した。

 その光は、豊穣の地に生きる者なら誰もが知る闘気。

 

 最前線に、黒髪の鬼人が舞い降りた。

 

「みんな下がって! ここは私が受け持つわ!」

 

 吶喊してきた蛹の一段を真正面から()()()()()()少女に、全員が驚愕に目を見開いた。

 

『カルラ!!?』

 

 予想外の乱入に、ほんの一瞬繁殖の竜の足が止まる。が、直後に再起動。闖入者のカルラをものともせず、右翼前線の破壊に雪崩のような軍勢が駆ける。

 

「カルラ……おまえ、戦えるのか!?」

「無理すんな! 俺たちなら大丈夫だから……!」

 

「平気よ! 私はやれるわ!」

 

 カルラは足元の大鎚を蹴り上げ左手で掴み取り、そこに唐紅の闘気を集中させる。

 

「5年間サボり続けてたんだもの! 今日一日くらいなんとでもなるわ!!」

 

 戦場の圧倒的な“圧力”に笑いそうになる膝を気合いだけで抑え、軍勢に対して大鎚が振り抜かれる。

 

「ぶっ飛びなさい——!!」

 

 全力全開のフルスイング。

 美しさや技術の欠片もないパワーゴリ押しの一撃は空間を殴りつけ、繁殖の竜と衝突——一瞬の静寂の後、唐紅の雷光が炸裂し右翼の幼竜及び蛹をまとめて吹っ飛ばした。

 

『……うっそだろ』

 

 その、圧倒的な。

 鬼王の継承者と呼ばれるに相応しい一撃に、全員が唖然として目を剥いた。

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