【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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おとしまえ

 異界の形は千差万別であり、同じ異界は一つとしてない。

 しかし、人々は「無秩序」を嫌うがゆえに、無秩序の権化である異界を大まかに幾つかの『型』で分類した。

 

・自然型

・建造物型

・世界反転型

・空間湾曲型

・分類不可

 

 この五種類が、異界の主な形である。

 赤土の砦は「自然型」に分類され、紅蓮がお使い感覚で潜ったらしい火の神(ヘパイストス)の鍛冶場は「空間湾曲型」だ。

 

 そして、俺たちが今から挑む穿孔度(スケール)4・『鏡の凍神殿』は、中でも珍しい“世界反転型”である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 異界に踏み込んだ瞬間、足場を失った俺たちは浮遊感に全身を包まれ、一瞬の後、反転した世界に放り出された。

 

「……すげえな、ここ」

 

 素直に感嘆が漏れた。

 

 鏡の凍神殿。

 『湖畔世界フォーラル』と()()()に展開される異界。

 フォーラルという世界の裏側にピタリと張り付くような形で存在している、鏡写しの異空間。

 

 そして、反転しているのは景色だけではない。

 

 俺たちは今、()()()()()()()から、遥か天井の湖面まで広がる「氷の迷宮」を見上げている。

 

 波、気泡、或いは生物の通った跡。

 様々な軌跡が通り道となり、天井の先、現世で異界の入り口があった島に立つ神殿へ俺たちを誘う。

 

 ほう、と息を吐き出せば白い息が見えるほどの寒さ。

 常夏の楽園である地上とは、やはり()()している。

 極寒の異界——それが鏡の凍神殿である。

 

「暫く耐寒装備はレンタルになりそうだな」

 

 俺は、普段の防具の上から羽織る“霜除けのポンチョ”を撫で付けた。

 氷の精霊が祝福した、装備者を寒さや氷系統の魔法から守ってくれる一品。

 1日レンタルで3000ガロ持ってかれるのは正直かなり痛手だが、これ無くしてこの異界の探索は不可能だ。

 

「サイズとか見た目とか、すごいたくさん選ばせてくれたよね」

 

「そんだけ、ちゃんと探索して欲しいってことだろうな。観光地としての安全確保はこの世界の至上命題だろうし。そろそろ行くか」

 

 互いに武器を持ち、迷宮の中に踏み出す。

 

「これ、下手したら赤土の砦より迷うだろ」

 

「一面氷だから目印もわかりづらいね」

 

 目的の神殿は遥か高く。

 恐らく、赤土の砦のような強行軍は不可能だ。

 こうなると必然的に異界内でのキャンプが必須であり、この異界でそれをするには当然専用の道具が必要となる。

 

 探索で金を稼ぐために金が必要……全くもって世知辛い話だ。

 

「魔物は積極的に狩っていかないとな」

 

「言ってる側から来たよ!」

 

 強烈な破砕音が連続して響き、真横の氷の壁が砕かれる。

 

 宙を泳ぐ体躯は下半身が魚の尾、上半身は異様に発達した人の身体。全身を鱗に覆われた“危険度3”の怪物、マーマンは、飛び散る氷の破片と共に鉤爪を振り上げ俺たちを強襲した。

 

 俺はエストックを抜き放ち、一歩交代し援護の準備に入ったイノリに指示を飛ばす。

 

「音で他の魔物が寄ってくる! イノリは周囲の警戒を!」

 

「わかった!」

 

 対峙する。

 振り下ろされたマーマンの鉤爪を紙一重で躱し、エストックが円弧を描きマーマンの鱗を削り飛ばした。

 

「流石に一撃じゃ無理か……でも!」

 

『ヴァアアアア!』

 

 奇怪な雄叫びと共に振り回される鉤爪を避ける。その欠伸が出る遅さと大したことない防御性能を笑った。

 

「あのガーゴイルの方が怖えし硬かったぞ!」

 

 鱗は再生せず、その内側にある筋肉層は防御の要足り得ない。

 再びエストックが円弧を描き、攻撃に偏重し防御が疎かになったマーマンの首を切り飛ばした。

 

「イノリ、増援は!?」

 

「右から3、左から1! 危険度2のスカルフィッシュ!」

 

「右を砲撃で仕留めろ! 魔石を破壊しても良い!」

 

 鏡の凍神殿の怖さは、途切れない接敵。

 何度でも再生する氷の壁は俺たちに冒険者にとっては障害物であり、魔物たちにとっては「子宮」であり「盾」である。

 

 反転により、彼らはこの迷宮内においてのみ水中と同等の機動戦が可能となり、また壁は意味をなさない。

 破砕音は次々と魔物を呼び、氷の破片は時として新たな魔物を生み出す養分となる。

 

 イノリの炎の槍がスカルフィッシュのスカスカの身体を貫通し魔石を砕く。

 

「処理完了!」

 

「移動するぞ!」

 

 魔石を砕かれた魔物は全て、例外なく即死する。俺たちの稼ぎは減ってしまうが、戦闘を長期化させるくらいなら多少の減収には目を瞑る。

 若干の名残惜しさを感じつつマーマンとスカルフィッシュ一体の魔石を収納し移動を開始する。

 

 耳を澄ましたイノリから鋭い警鐘が飛んだ。

 

「背後からマーマン二体! 付近に魔物は居ないよ!」

 

 探知魔法。

 イノリが新たに習得した魔法であり、今の彼女なら半径50M以内の動体の探知が可能だ。

 これにより、俺たちは不意打ちへの対策が可能となり、また連戦に対する戦闘の構築がしやすくなった。

 

「それぞれ一体処理する!」

 

「競争だね!」

 

 一歩、先んじてイノリがバックステップを入れ、背を向けたまま自らマーマンに肉薄する。

 

『ヴァハァ!』

 

 無防備を晒したイノリをマーマンは嗤い、容赦なく鉤爪を振り下ろす。

 しかし、空を切る。

 探知魔法により死角を持たないイノリは攻撃に合わせてしゃがみ込み、紅蓮から貰った一対の短刀を抜刀。

 

「せいっ!」

 

 刃はそれぞれマーマンの腹と喉を一撃で切り裂き、あっさりと危険度3を氷の床に沈めた。

 

「うわっ! 切れ味良すぎ!?」

 

 予想以上の武器の性能にイノリが驚く横で、俺はマーマンの噛みつきを避け身を捻り一回転。

 回転に合わせてマーマンの首に剣を二撃叩き込み、一撃で鱗を、二撃目で露わになった肉を切り落とした。

 

「これで終わりか?」

 

 血糊を払って納刀した俺の確認に、イノリは魔石を拾いながら頷いた。

 

「うん。周囲に新しい魔物の気配は……まって!? 1時の方向から近づいてくる! これ、速っ——」

 

 イノリの警告に俺が抜刀したのと、それが氷の壁を突き破ったのはほぼ同時だった。

 50mというイノリの探知範囲内を一息で突っ切ってきた魔物の姿に、俺は無意識に驚愕と呟きを漏らした。

 

「ケルピー……危険度4!!」

 

 半馬半魚の水棲の魔物。

 逞しい馬の上半身に流麗な魚の下半身。

 全身を覆う鱗は堅く、鋭く。

 頭部に戴く角は、他の冒険者を始末したのか赤く血塗れていた。

 

「なんでこんな低層に!?」

 

 俺の驚き混じりの疑問に、ケルピーは攻撃で応える。

 

『フオォオオォオオオオォオオオン!!』

 

 美しく、しかし本能的恐怖を刺激する嗎。直後、ケルピーの背後に四つの魔法陣が出現し、水の槍が打ち出された。——狙いはイノリ。

 

「避けろっ!!」

 

 俺の檄にその場から弾かれるように飛び退いたイノリの足下に二発着弾し弾け、時間差で撃ち出された二発が彼女の頭と心臓に狙いを定めた。

 

「——『クロックアップ』!!」

 

 着弾の瞬間、イノリの周囲に魔力の歯車が出現する。

 世界を置き去りに、歯車とイノリが同時に加速した。

 

「エトくん! どうする!?」

 

 引くか、戦うかの確認。

 

「周囲の敵は!?」

 

「さっきの叫びでスカルフィッシュが集まってきてる! 他にも来るかもしれない!」

 

「ケルピーの耐久性を調べる! 刃が通るなら全部斬る!!」

 

「わかった、やろう!!」

 

 再びの嗎。

 俺は出現する水の槍とイノリの間に立ち、射線を断ちエストックを構えた。

 

 ——切り札を、1()0()%()使う。

 

「『語れ』!!」

 

 俺の号令に、俺の内側で(ページ)が開いた。

 淡く、白銀の闘気が剣を這う。

 

『フォオオオオオン!』

 

 叫び、射出される水槍。

 対する俺は、短く息を吐いた。

 

『フッ——!』

 

 白銀の軌跡を宙に描き、ただの剣が魔法の槍を捉える。

 四射された魔法を剣の二閃が宙空で撃墜した。

 

 直後、拡散する水をカーテンにケルピーが一角を突き出し突進を敢行した。

 鋭く血濡れた角を、俺のエストックが側面から迎撃する。

 

「オオ——!」

 

 未だ途切れぬ白銀の闘気がケルピーとの鍔迫り合いを演じさせる。

 

「イノリッ!」

 

「——『クロックアップ』!!」

 

 再び歯車が出現し、イノリが埒外の加速を見せる。

 ケルピーのお株を奪う高速機動で俺と拮抗する半馬半魚の背後に回り込み、漆黒と透明の二刀がケルピーの首の根本へ叩き込まれた。

 

 予想通り……いや、予想以上の切れ味を見せたイノリの短刀がケルピーの首と胴を泣き別れにした。

 

「いやつんよ!?」

 

「これ、私みたいな駆け出しが持って良いものじゃないよね!?」

 

 イノリの言う通り、今の俺たちは完全に「武器頼り」になっている。

 本来の実力では確実に苦戦は必至であるケルピーを、たった一撃で倒せてしまう。明らかなオーバースペックだ。だが……

 

「貰ったもんだ! 遠慮なく使って金稼ぐぞ!」

 

「それもそうだね! よし、魔石回収!」

 

「一旦退くぞ! なんか嫌な予感がする!」

 

 本来低層にはいないはずのケルピーの出現に、俺は胸騒ぎを覚えていた。

 階層移動(イレギュラー)の可能性は大いにあるが、何かがおかしいと本能が告げる。

 

「なんか知らんがケルピーが角落としたから今日は収支プラスだ!」

 

「わかった! 退こう!」

 

 俺たちの目的は「成り上がり」であり、手当たり次第に強いやつと戦うことが全てではない。正しい準備をするために、命を天秤にかける必要はない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「結局、あの後ずっと追いかけ続けられたわけだが……」

 

 撤退を決めてから1時間後。

 俺たちは穿孔度(スケール)4の容赦ない洗礼を受け、心身ともに疲弊しきった状態で異界から出た。

 虚空ポケットの中を虚な目で眺めながら、イノリは「しんどかったあ」と呟いた。

 

「マーマンの()()にスカルフィッシュの()()、あと六鳴クラゲと海氷の防人、おまけにもう1匹ケルピー……これが穿孔度(スケール)4かあ」

 

 穿孔度(スケール)3とは物量、敵の質、接敵回数など比較することすら烏滸がましい。

 入場するために銀五級の資格(1名まで銅一級以上の同伴可)が必要なだけはある。

 

「エトくん、結局“嫌な予感”ってなんだったの? いや、退くこと自体は私も賛成だったんだけど」

 

 イノリに聞かれて、俺は「うーん」と自分の過去の発言に首を捻った。

 

「今言われるとわかんねえんだよな……あの時はほら、ちょっと使()()()()し」

 

「あの『語れ』ってやつ? アレ、魔法じゃないよね?」

 

「まあそうだな。一応アレが俺の切り札の一部なんだけど……悪い。実のところ、俺自身よくわかってないんだ」

 

 この身に宿る叙事詩について、俺は多くを知らない。「こんなものだよ」とはフェレス卿から伺っているのだが、あの人の発言なので9割信じていない。

 ってなわけで、俺は俺の切り札を、100%使えば俺の尊厳が消し飛ぶこと以外何も知らないのだ。

 

「そんなもの使って大丈夫なの?」

 

 イノリの胡乱気な視線に、俺は自信を持って頷いた。

 

「それは大丈夫だ。断言できる」

 

「その心は?」

 

「俺の親友の太鼓判付きだから」

 

「それならまあ……大丈夫、かなぁ……?」

 

 釈然としない表情を浮かべながら、イノリは慣れた手つきでひょいひょいと戦利品を普通の袋に移し替えた。

 換金の際、虚空ポケットから出すわけにはいかないからそのための処置だ。

 

 そしてギルドの扉を潜った俺たちを、再び刺々しい視線が出迎えた。

 しかし、1回目と違うのは、その視線がすぐさま“安堵”や“興奮”に変わったことだった。

 

「よっしゃー帰ってきた!」

「だから言ったろ! こいつらは無事だって!」

「チクショー! 下手にカッコつけるんじゃなかったぁ!」

「『アイツらにこの世界はまだ早い……(キリッ)』だったか」

「ククク……傑作だったな」

 

 途端に騒がしくなったギルド内に、俺とイノリは困惑から思わず立ち止まった。

 

「何事?」

「さあ?」

 

 そんな俺たちに、騒ぎ立てる群衆の中からラルフが近寄ってきた。

 

「異界がなんかおかしいってことで、暇してた奴らが潜ったアンタら二人が帰ってくるか賭けてたんだよ。ちなみに俺は戻ってくるに賭けてたぜ!」

 

「人の生き死にで賭けするとか碌でもねえな冒険者!!」

 

「私たちに無断なの酷すぎない?」

 

 ギルドはすぐさま、なんの躊躇いもなく金銭、或いは酒や飯の巻き上げが発生する簡易地獄になった。

 割と日常茶飯事なのか、ギルド職員たちは皆どこ吹く風だ。

 

「……ああ、そういえば忘れてた」

 

 俺は、ふと思い出したように金を受け取るラルフと肩を組んだ。

 

「ん? どうした? あ、飯か? それとも女か? 今財布潤ってるから俺が奢ってやるよ!」

 

 あいも変わらず欲に従順なラルフ。それでこそ、罪悪感が生まれないというものだ。

 

「いや、どっちも要らねえよ。俺はただ、船から一目散に逃げたお前を一発ぶん殴りたいだけなんだ」

 

「————ヒュッ」

 

「お前のおかげであわやパーティー解散の危機だったからなあ……イノリ」

 

 俺が指を弾くと、近くの冒険者からメリケンサックを借りた殺意増し増しのイノリがラルフの前に立った。

 

「なあエト。待て、待つんだエト。俺たちは互いに夢を共有した仲だろう!? 同じ女の趣味を共有した友のはずだ! 待ってくれ……いやマジで待って! イノリちゃんの殺意ガチだから! ねえ待ってマジで死ぬ俺確実に死ぬ死ぬ死ぬ——」

 

「これは俺の奢りだ。遠慮なく食ってくれ」

 

「ぎぃやああああぁああああああああぁあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ラルフの情けない悲鳴で、今日の夕食はとても美味しくなりそうだった。

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