【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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生命の坩堝

 エトラヴァルトの不在は、言ってしまえばなんら戦場に不利益を招くことはなく。

 戦場に、戦えないものを省みる余裕は一瞬たりともありはしない。

 

 

 開戦は激しく。

 たった一人の魔法使いによって生み出された百に迫る魔法陣が鬼人族たちの上空を覆う。

 

「『——空を裂く光の海よ! 我が名において承認する!』」

 

 属性流転(カラースイッチ)の応用による飽和魔法爆撃が繁殖の軍勢を照準。

 魔法の行使者、ストラは殲滅力のみを優先した純白の極光を解放した。

 

「ぶっ飛べぇええええええええええええええっ!!」

 

 かつて『魔剣世界』レゾナにて鋼鉄の外殻を有する絡繰兵を蒸発せしめた光線が、更にその威力を増して繁殖の軍勢の先頭に降り注ぐ。

 

 その熱量は幼竜、蛹に耐えられるものではなく、幾重にも重なる夥しい隊列の最前線を一匹残らず焼き払った。

 

「嬢ちゃんに続けぇ! 砲撃の手を緩めるなぁ!!」

 

 “8分”のクールタイム——ストラが自己申告した『無理なく連続して砲撃可能な休憩時間』の間を埋めるべく、極彩色の光が地上を満たす。

 無数の魔法と魔道具——カルラが冒険者として各地を巡り買い漁りかき集めたそれらを総動員し繁殖の軍勢へ攻撃の雨を降らした。

 

()()を削れ! 一体でも多く! カルラたちがあのクソ野郎をぶちのめすための道を作れえーー!!」

 

『おぉおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 繁殖の概念——世界の摂理の一端を冠する力に、豊穣の地で生きる強壮な鬼人たちが猛る。

 

 繁殖の軍勢の接近を許さない砲撃の嵐。

 一歩進んだ側から破壊される。しかし、戦闘という行為に持ち込ませない構えの鬼人族の爆撃に対して、竜が黙って手をこまねくはずがない。

 

『GIGIGIGIーー!!』

 

 最後尾、繁殖の母体が啼く。

 直後、母体の()()に従って竜が陣形を変化——成竜が先頭に躍り出た。

 

「アイツら、陣形を変えやがった!」

「成竜を盾にしたのか!?」

「あれじゃ押し切れない! 前線を上げられるぞ!?」

 

 繁殖の竜の中で母体に次ぐ肉体強度を有する成竜であっても、無策で砲撃を受け続ければただでは済まない。が、全ての意思が一つに統率される繁殖の竜たちに個体の生死など関係ない。

 精々が優秀な個体を一つ失った……その程度である。

 一体の成竜が100の幼竜と蛹を前線へ届ける。まだ()()を残す個体を、乱数を戦場に届ける、それが今の成竜の役目であり、存在理由だ。

 

 強靭な鱗殻がその身で飽和魔法攻撃を受け止め、じわじわと戦線を押し上げる。8分後、再びストラによる爆撃が敢行され数体の成竜が息絶えるも、軍勢の進撃を止めることは叶わず。

 

 ——開戦から11分後、繁殖と鬼人族、双方の最前列が剣爪を交えた。

 

『ギギギギギギギギギーーーーー!!』

 

「押し止めろぉおおおおおおおおお!!」

 

 普段、最前線にて敵を蹴散らすカルラ、スズラン、スミレの姿はそこにはなく。三人は、部隊中央にて虎視眈々と時を待っていた。

 

 400年前、繁殖の竜はリンドウとツバキという二本柱を抑えているうちに戦場の一角を破壊するという“短期決戦”を挑んだ。

 

 そして、今。

 400年の時を経て、今度は鬼人族が、彼らの脳である繁殖の母体を最短で討伐するという速攻を挑み返す。

 

「『吼えろ猛炎』!」

「『私は世界を置いていく』!」

 

 最前線、青炎と時針が瞬く。

 ラルフとイノリは、互いの師が進む道を切り開くべく雄叫びを上げた。

 

 炎を纏う剣が振るわれる度に幼竜が斬断され、蛹が硬質な外殻に傷を付ける。

 世界の調和を乱す自分勝手な時間旅行。何者にも追いつけない一対の短剣が幼竜を解体し、蛹の脚を潰し動きを封じた。

 

 この半月、二人は魄導に至ることができなかった。だが、度重なる竜との戦い。死と隣り合わせの戦場で、彼らは目を見張るような成長を遂げていた。

 その実力は、共に戦ってきた鬼人族たちが掛け値なしに賞賛を送るほど。

 

「ラルフくん、蛹は私が止めるから幼竜を!」

「任された! イノリちゃんは深入り厳禁な!」

「善処する!」

「それ無茶するやつだろ!?」

 

 魔眼が光る。時計の針が正の方向に加速し、イノリの肉体が世界から切り離された不自然な超加速を敢行した。

 

「——奪え、極夜!」

 

 更に、魔剣を起動。

 左手に持つ純黒の刀身が世界から光を奪い、イノリを中心とした一帯の彩度が落ちる。

 

「煌めけ白夜——光よ(ルークス)!」

 

 直後、奪われた光が右手に持つ輝白の短剣から拡散し、薄い幻想の刀身を生成した。

 

 イノリは以前から、自分は武器に頼りすぎているという認識があった。

 武器の良し悪しは冒険者の実力のうちだと捉える者は多くいるが、同時に、使い手の実力に下駄を履かせ()()()のもまた悪である……というのも通説だ。

 

 イノリは、自分を後者だと自認していた。ゆえに彼女は意図的に魔剣と魔弾の使用を制限した。自分がこの武器に見合う力を得てから、もう一度その力を振るおうと。

 

「やあーーっ!」

 

 出会い頭、伸長した光剣が蛹の分厚い外殻を両断した。

 

 自分が武器たちに見劣りしない実力を身につけられたのか、イノリにはわからない。だが、そんな誓約など今は何の役にも立たないと、イノリは武器の力を存分に振るう。

 

 光剣が瞬く度に蛹の肉体がズレ、イノリに殺到する幼竜が青炎の薪になる。

 

 二人の奮戦により、前方。

 ほんの僅か、母体への道を切り開くきっかけが生まれた。

 

「イノリちゃん! 今!!」

 

「うん!」

 

 光剣解除、納刀。

 腰に短剣をしまったイノリは同時にホルスターから一丁の拳銃を取り出し、繁殖の母体へ照準した。

 

 込める弾は、時間魔法。発砲(トリガー)と同時に着弾に至る回避不可能の必中の魔弾である。

 

「——魔弾の射手(フライクーゲル)ッ!!」

 

 イノリの右手が引き金を押し込むと同時に、ラルフが天高く狼煙を上げる。

 

 最後尾で悠然と屹立する繁殖の母体に弾丸が突き刺さり——寸刻の間、竜の指揮系統が崩壊した。

 

 それが、開幕の合図。

 

 後方にて、唐紅の闘気と透白と紫紺の魄導が膨れ上がった。

 

「作戦、開始——ッ!」

 

 カルラの宣言と共に三つの光が全てを置き去りに駆け出した。

 

 イノリとラルフが僅かに生み出した楔から、隊列を破壊。鬼人族側の三人の最高戦力が繁殖の母体めがけて脇目も振らず疾走する。

 

「三人に近づけるなぁ! 何が何でも援護を途絶えさせるなぁっ!!」

 

 全ての障害を無視して突き進む三人。紫紺の魄導の余波で幼竜を蹴散らしたスミレが叫ぶ。

 

「カルラ! 役割は!?」

 

「ないわ! 全員、最大火力でゴリ押してぶっ潰す!」

 

 単純明快な指令にスズランが獰猛に笑った。

 

「面倒なこと考えなくて済むなぁ!」

 

「後先なんて考えんなってことね! やってやろうじゃないの!」

 

 三人の前方、繁殖の母体が再起動する。

 

『GIGIGIGIーーーー!!』

 

 迫る矮小な刺客に対して最大限の防御陣形を組み立てる母体。それに対する最適解。

 

「カルラ! 相手が——」

 

「関係ないわ!」

 

 単純明快。陣形完成前にぶち壊す。

 

「30秒で到達するわよ!」

 

「「応!」」

 

 あくまで迎え撃つ姿勢の母体に対して、三人は凍土を爆砕して更なる加速に踏み切った。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 同日、『極星世界』ポラリスの第一都市カティーシャ。

 ポラリスの玄関口として観光客や他世界の使節、自世界の民を出迎えるこの地に、いつものように〈魔王〉ジルエスターはサボりに来ていた。

 

「よう坊主、最近売り上げ好調らしいじゃねえか!」

「他世界への輸出が増えたからな! あんたのお陰だ〈魔王〉様!」

「まおー! こんどカードゲームやろー!」

「おういいぜ! またボコボコにしてやるよ!」

「多少は手加減覚えてくださいよー!」

「ガッハッハ! 嫌なこった!」

 

 活気は相変わらず、極寒の地であっても、人々は逞しく生きている。

 

 ジルエスターが、エトラヴァルトたちも入国の際に利用した駅にたどり着いた時、ちょうど一台の列車が到着した。

 

「お、運がいいねえ」

 

 たどり着いた者たちが、対策していても震えざるをえない極寒に驚く様に意地悪く笑う。

 悪趣味だとはわかっているが、これが極星の洗礼であり、一つの娯楽なのだから仕方ない。

 

「楽しんでいけよ、俺の世界を」

 

 サプライズはほどほどに、と側近に言われたジルエスターは控えめな歓迎の言葉を送った。

 

「——〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムとお見受けします」

 

 そこに、フードを目深に被った一人の男が近づいてきた。

 

「……誰だ、テメェは」

 

 男の纏う不気味な気配にジルエスターの声音がキツくなる。

 

「〈魔王〉、あなたは今のこの星をどう思いますか?」

 

「俺の質問に答える気はねえってか?」

 

「この星は歪んでいる。そうは思いませんか?」

 

 〈魔王〉の殺気を意に介さず、対話の意思を欠片も見せずに、男はフードの奥で瞳を光らせる。

 

「異界……否、死した世界。屍の上に立つこの世界は、醜いと思いませんか?」

 

「何が言いてえんだ、テメェは」

 

 ジルエスターが右の拳をそっと握り込む。臨戦体制。

 

「——そうだね。君の部下であるカルラ・コーエンの故郷について、だろうか?」

 

 その名を聞いた瞬間、ジルエスターは躊躇なく自分の両耳を潰した。

 

「〈魔王〉!?」

「〈魔王〉様、なにを!?」

 

 〈魔王〉の急な自傷行為に極星の民たちが驚いて声を上げた。

 

「——クソッタレが」

 

 ジルエスターの目の前で、男——グレイギゼリアがフードを外す。

 

「僕がこの広場で君と対峙した時点で、君の敗北は決まっていたよ、優しき〈魔王〉よ」

 

 グレイの背後には、魔法によって文字が浮かんでいた。

 

『ポラリスの空白にあるカルラ・コーエンの故郷は、2000年以上前から繁殖の竜と戦っている』と。

 

 

 今、この瞬間。

 繁殖の竜は、〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムに認識された。

 

 

「耳を潰す、見事な判断だ。でも、君は民を守るために僕から目を逸らすわけにはいかなかった。ほら、今も」

 

 薄ら笑いを浮かべたグレイの右手に《終末挽歌(ラメント)》が開かれ、突如、暴風が顕現する。

 

「——全員っ! 今すぐにここから避難しろぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 警告と同時にジルエスターがグレイの胸部に拳を叩き込む。吹き飛んだグレイを追うようにその場から跳躍し、肉薄。

 

「……流石は〈魔王〉だね」

 

「五月蝿え、黙って死ね!」

 

 極寒の吹雪吹き荒れる空中、口端から血を垂らすグレイの左腕を握りつぶし、第一都市カティーシャから引き剥がすように投げ飛ばし大地へ叩きつけた。

 

 ——しかし、暴風は消えず。

 

「これなるは厄災の逸話。物語に堕ちた風よ、今一度君を呼び覚まそう」

 

 グレイギゼリアを中心に吹き荒れる風に乗って二十枚の(ページ)が飛び、形を得る。

 

「再演顕現——〈厄災因子(ディザスター)〉、カンヘル」

 

 再演の概念によって()()()()()()召喚によって、かつて『花冠世界』ウィンブルーデの異界で絶望を撒き散らしたカンヘルが20体、ジルエスターの前に顕現した。

 

「竜を——テメェが《終末挽歌(ラメント)》か!?」

 

「いいね。その名を読んでもらえるのは気持ちがいい」

 

 グレイが指を鳴らした直後、20体のカンヘルが〈魔王〉ジルエスターへと殺到した。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 その胎動は、防衛に参加していた者のみならず、バイパーが展開した結界の内側で勝利を願う者たちにも感じ取れた。

 

「——今の、鼓動は?」

 

 未だに結界へ挑み続けるエトを側で見守り続けるキキョウは、魄明(はくめい)を開き戦場を見る。

 

 エトラヴァルトすら、一度動きを止め、胎動の正体を探った。

 

 

 そして、戦場。

 胎動したのは、全ての繁殖の竜。

 

「なんだ!? 今のは、」

「構うな! 攻撃の手を緩めるんじゃねえ!」

「カルラたちの援護を——は?」

 

 変化は、一瞬にして訪れた。

 

 一人の鬼人族が頭部を潰した繁殖の幼竜。その身体の中から、ほんの数秒後、()()()()()が誕生した。

 

 一体だけではない。燃やされたもの、貫かれたもの、砕かれたもの。

 ありとあらゆる繁殖の竜の死骸から、次の新しい繁殖の竜が誕生する。

 

「待て……待ってくれよ!」

「ふざけんな……冗談じゃねえぞ!?」

「死んだ側から……違え、関係ねえ!」

 

 それは、2000年間徹底して名付けを避けてきたが故に対峙することがなかった、()()()繁殖の概念。

 

 繁殖とは、命の継承である。親が子へ、子が親となり、次の子へ。そうして命を繋ぎ、世代を重ねる。それが繁殖であり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。それこそが、繁殖の概念保有体である“異界”が生み出す竜の、本当の能力。

 

「コイツら、同族の死骸を食って増えてやがる!!?」

 

 遥か前方、カルラたちの目の前に屹立する繁殖の母体が、目の前の同族たちへ凶爪を振るった。

 

「アイツ、何を!?」

 

 スミレの困惑への答えは一瞬。

 

 僅か数秒後、屍肉を喰らい、新たな繁殖の幼竜が新生する。

 その幼竜は、形が違った。

 

 尻部に今までの個体には無かった“砲塔”を備えた幼竜は、次の瞬間、()()()()()()を三人めがけて噴射した。

 

「——っ!? 退避っ!!」

 

 予想だにしない攻撃に、三人は堪らず後退を余儀なくされる。

 見たことのない繁殖の攻撃にスミレの表情が歪む。

 

「何さあれ!? アイツら、今まであんな攻撃……というか! なんで屍体から新しい奴が生まれるなんて聞いてないんだけど!?」

 

 繁殖とは、世代を重ねる行為である。

 そして命とは、世代を重ねることで環境に適応するべく進化していくもの。

 繁殖の概念は、進化すらも包括する。

 

 

「まさか、名付けが」

 

 スズランが一つの可能性に至る。

 

「誰かが、繁殖の竜に名前を——!?」

 

「「……!」」

 

 驚きに支配される戦場。しかし、思考を巡らせている暇はない。

 

 わざと酸への耐性を獲得しなかった繁殖の竜の死骸を喰らい、新たな適応を獲得した竜が産声を上げる。

 更に、純粋な物量も上昇する。

 異界が排出する幼竜の数は、単純比較で三倍。

 

 既に3000を超えた竜が大地を埋め尽くす光景は悍ましく、更に、屍体から新たな竜が誕生していく。

 

 

「ふざけんな……」

 

 誰かが、震える声で叫んだ。

 

「こんなの、どうやって倒しゃいいんだよ……!?」

 

 

 繁殖の大瀑布が、豊穣を飲み込まんと押し寄せる。

 戦力差は、絶望的だった。

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