【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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総力戦

 ——同時刻、第一都市カティーシャ近郊の平地。

 

 極寒の吹雪すら退ける嵐の中に雷鳴が轟き、()()()カンヘルが断末魔を上げた。

 

 雷の真下、七種の武具(グランシャリオ)を背に浮かべた〈魔王〉ジルエスター・が浅く抉れた頬を親指で拭った。

 

「……流石は〈異界侵蝕〉、と言うべきだろうね」

 

 20体のカンヘルを頬の傷一つで完封せしめた白狼の獣人に、グレイギゼリアは嘘偽りない賞賛の言葉を贈る。

 

「どうやら、カンヘル程度では君を抑えることはできないらしい」

 

「《終末挽歌(ラメント)》、テメェの目的はなんだ」

 

 雷を纏う直剣を肩に担いだジルエスターがグレイを鋭く睨みつける。自ら破壊した耳は、既に自己治癒で完治していた。

 

「収穫だよ。400年前に撒いた種が実ろうとしている」

 

「……なんの話だ」

 

「——僕はね、悲劇を集めているんだ」

 

 ジルエスターから視線を外したグレイギゼリアは、遥か遠方に存在する、極寒の中にて恵みを育む土地を見る。

 

「もう間も無く、『極星世界』は悲劇に包まれる。《英雄叙事(オラトリオ)》がいるのは予想外だったけど、今の彼に止められるものじゃあない」

 

「——それを、俺がさせるとでも思ってんのか?」

 

 ジルエスターが全身から白熱した雷を迸らせ、犬歯を剥き出しに怒り、猛る。

 対するグレイギゼリアは、上空、今一度《終末挽歌(ラメント)》を開く。

 

「もちろん、君は止めようとするだろうね。だから、君はここで大人しくしていてほしい」

 

 無数の(ページ)を閲覧するグレイは、とある(ページ)で手を止める。

 

「今一度、物語を語ろうか」

 

 刹那、先程のカンヘル召喚の嵐とは比にならない絶大な火炎の宴が顕現する。

 

「……まだ手札を隠してやがったのか」

 

 七種の武具(グランシャリオ)()()を込め備える〈魔王〉の直上、卵を思わせる大炎塊が出現する。

 

「もう少しお披露目は先のつもりだったんだけどね。君たち〈異界侵蝕〉を相手取るなら頃合いさ」

 

 闇より深い瞳が極寒の大地に立つ〈魔王〉を見下ろし、口元に僅かな笑みを作った。

 

「さあ、目覚めの時だ。壊滅因子(デストラクション)——ムスペル」

 

 炎卵が割れる。

 吹雪の荒れる空に紅蓮の花が咲き誇り、散逸した炎が凍土の上で炎上した。

 

「炎が消えねえ」

 

 炎によって溶かされた雪が雪崩となって地を揺らす。しかし濁流に飲み込まれようと、吹雪に当てられようと、炎は変わらず煌々と燃え続ける。

 ジルエスターは、自身を中心に燃え盛る炎がそういう性質を有していることに瞠目した。

 

「テメェ、世界の法則を——」

 

 

 ——かつて。

 滅亡惨禍から暫く、《終末挽歌(ラメント)》が精力的に活動していた頃。当時の〈勇者〉は、グレイギゼリアを指してこう喩えた。

 

『俺たちを〈異界侵蝕〉と呼ぶのであれば。奴は、異界そのものだ』

 

 

 今この時、『極星世界』ポラリスの大地の一画の法則が書き換えられた。

 

「この地一帯を、異界に塗り替えやがったのか!!?」

 

「そこまでじゃないさ。ただ少し、上に置いただけだよ」

 

 炎上する世界に影が差す。

 揺らめく炎の向こう側、影が無数の巨大な人型を投影する。灼熱の世界に生きる、巨大な槍を携えた影の巨人。

 彼らは全てを等しく踏み均すように進軍を開始した。

 

「ジルエスター・ウォーハイム。君にはここで、彼らと遊んでもらうよ」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 覚醒した繁殖の竜の大攻勢に、鬼人族たちは否応なく防戦を強いられる。

 攻撃が通じなくなったなどということはない。魔法も、物理も、問題なく竜を殺すに足る。しかし——

 

「こいつら、次から次へと……!」

「倒しても倒しても、すぐに新しい個体が!?」

「こんなのキリがねえ!」

 

 死体を喰み、貪り、新たな繁殖の竜が生み出される。頭を潰されようと、体に風穴を開けられようと関係ない。死した竜はすべからく次の世代の養分となり、進化の糧となる。

 

 耐久力がおざなりであることなど、今の繁殖の竜には関係ない。

 むしろ防御の一切を捨て、()()()()を目的とする構造へと進化した個体すら出現した。

 

 無尽蔵の増殖、たった一つの変化だけで、繁殖の竜は大量の手札を手に入れたもの同然だった。

 

 

「畜生が! こんなのどうすりゃいいんだよ!?」

「ジリ貧じゃねえか! なにか策を……!」

 

 浮き足立つ鬼人族たち。目覚ましい進化を遂げた仇敵を前に、開戦直後の怒涛の猛攻はなりを潜めた。

 

 しかしそれでも致命的な崩壊が訪れないのは、彼らが長年、繁殖の竜と争ってきた経験があるゆえに。見た目も、能力も、何もかもが変わりつつある軍勢。それでも、目の前の敵が『繁殖の竜』であることに変わりはない。

 

 ギリギリで踏み留まる防衛線。

 しかし、それすら容易く崩壊させる最悪の性質を、繁殖の竜は有していた。

 

「ぐあっ!?」

 

 中央、一人の戦士が影から飛びかかってきた幼竜に右腕を噛まれ鈍痛に動きを鈍らせた。

 

「この……離しやがれ蟲野郎!」

 

 神経を圧迫され獲物のショーテルを取り落としながらも、男は左腕に装備した盾を振りかぶり、自分の腕に食らいついて離さない幼竜の頭部を粉砕した。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 仲間の呼びかけに、男はなんでもないと右腕を上げた。

 

「おう! ちとばかし痛むがこの程度——」

 

 その右腕が、傷口を中心に瞬く間に変色し、ボコボコと音を立てて悍ましく膨れ上がった。

 

『は——!?』

 

「が、ぁああぁあああああぁあああっ!!?」

 

 自己を内側から侵食される痛みに男が絶叫する。

 

 隣に立っていた同胞の判断は早かった。痛みに悶える男の右腕を問答無用で肩口から切り飛ばし、男の体を後方へと投げるように預けた。

 

 皆が油断なく、しかし驚愕の眼差しを向ける先で、男の右腕を()()に繁殖の幼竜が産声を上げた。

 

「……ざけんじゃねえ」

 

 誰かの声は、恐怖に震えていた。

 

「俺たちを苗床にするつもりかよ!?」

 

 

 それは、“寄生”という繁殖方法。

 自然界には、生存に宿主を必要とする“寄生虫”が数多く存在する。

 繁殖の竜は、対象の傷口から寄生し、内側を喰らって受肉した。

 

 その事実を知った途端、鬼人族たちの足が止まった。

 

 増え続ける敵。殺しても新生し、こちらの負傷は敵の養分となる。

 戦力差、などという言葉を用いることすら馬鹿馬鹿しい。これらの事実が示すのは、一方的な蹂躙の未来である。

 

 防衛線に、“不可能”の文字が忍び寄っていた。

 

 

「——体積です!」

 

 そこに、かつて不可能に挑み続けた少女の声が響いた。

 

 上空から殲滅の光が降り注ぐ。

 

『うおぉおおおおぉおおおおーー!?』

 

 防衛線スレスレに降り注いだ幼竜を容易に蒸発させる火力の魔法に、角先を掠めた鬼人族が盛大に腰を抜かした。

 

「新たな個体が産まれるには、死体の体積が六割以上を必要としています!!」

 

 魔法の()()()()()()に入ったストラが、かつて“無能”の烙印を押され、それでも虹を夢見た少女が不屈を叫んだ。

 

「彼らが繁殖の概念を統べるのであれば、逆に言えばその概念に縛られているということ!」

 

 ストラには一つの疑問と、それに対する精度の高い仮説があった。

 

 壊れかけた前線を支えるためにクールタイムを無視した連続砲撃を敢行。許容量を大幅に超過した魔力を流し、魔法をぶん回し、命がけの時間稼ぎをしながらストラは声を張り上げた。

 

「自然界では、一つの母体が数百、数千の子を産むことがあります! 繁殖の概念を持つあれらがそれをしないのは、何かしらの枷があるから……!」

 

 ヒントは、彼らの行動の矛盾。

 彼らは異界から定期的に出現しては豊穣の地を襲った。それはもう、執拗に、病的なまでに。それは繁殖の名に相応しい軍勢だった。

 

 だが、おかしいのだ。

 

「ゲホッ! ……カハッ!?」

 

 自分の骨を、血肉を、神経を魔力回路に代替する自殺行為。全身を魔力の導線に用いた反動に皮膚が破け、肉が裂ける。

 

 だが、止まらない。ここが自分の命の使い所だと、少女は強く理解していた。

 

 眼球から血を流し、それでも前を向いて。折れかけた鬼人族たちの心を奮い立たせるためにストラは声を振り絞った。

 

「……ぁ、繁殖の竜たちは、定期的に、ほとんど同じ規模で襲撃を繰り返した! 策を用いるのに、現行の戦力では足りないとわかっているはずなのに! 彼らは同じ戦力で襲撃を続けた! ()()()()()()()()()()()!!」

 

 なぜ、執拗に豊穣の地を狙ったのか。

 なぜ、イノリの左眼を——“無限の欠片”を狙ったのか。

 

「彼らには()()が足りていません!! 膨れ上がる自分達を満たし、成長できるだけのエネルギーを持っていない!!」

 

『——!』

 

 鬼人族たちの目に、わずかな希望の光が灯った。

 

「繁殖は無限じゃありません! あれは今、わたしたちを……()()()()()喰らわなければ繁殖できないんです!」

 

 言い切った直後、自分を支える杖を持つ力すら失ったストラが崩れ落ちる。

 その体を、老骨が支えた。

 

「——ストラ嬢や、よくやった」

 

 斬馬刀が唸りを上げる。

 前線に迫っていた蛹の一団を陽炎のように揺らぐ魄導が()()()()

 

「お、爺さん……?」

 

 前線を退いたはずのカルラの祖父、リンドウがそこにはいた。

 

「リンドウ殿!?」

「なぜ戦場に——!」

 

 驚く同胞たちにリンドウは柔和な笑みを浮かべる。

 

「なに、弟子が頑張っとるでな。儂一人、呑気に茶をしばいているわけにはいかんだろうて」

 

 迸る戦意に、その場にいた者たちの顔が引き締められた。

 かつてツバキと共に豊穣の地を支え続けた戦士は、老いてなお凄まじい殺気を剣に纏わせた。

 

「スズラン、スミレ、あと馬鹿娘!」

 

 医療班にストラを預けたリンドウは、奮戦する三人に声をかける。

 

「なんで私だけ名前呼ばないのよ偏屈ジジイ!!」

 

 周囲の竜を吹き散らし怒鳴り声を上げたカルラ。その傍らには、互いの背を守るように竜の包囲網の中で奮戦するスズランとスミレの姿もあった。

 

 母体への道を閉ざされた彼らは、すぐさま目標を切り替え一体でも多くの竜を潰すべく暴れていた。

 

「お主ら、ストラ嬢の推測は聞こえておったな!?」

 

 リンドウの言葉に二人の魄導使いが頷く。

 

「もちろんです、師父!」

「バッチリ聞こえた!」

 

「ならば良し! 聞けい、皆の者!」

 

 戦場に気迫の籠った声が響き渡った。

 

「敵が如何なる成長を遂げようと、儂らのやることは変わらぬ! 豊穣の地を、恵みの大地を、儂らの家を守り抜く! そうであろう!?」

 

「……そうだ。やることは同じだ!」

「ああ! 竜をぶっ殺す!」

 

 本懐を思い出した鬼人族たちが再び前を向いた。

 あとひと押し。

 トドメとばかりに、リンドウが声を張り上げた。

 

「全軍、目の前の障害を押し潰せぇええええええええええええっ!!」

 

 

『おぉおおおおおぉおおおおおおおぉおおおおおおおおっ!!』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 息を吹き返した防衛線。

 一つ目の役目を果たし後方で僅かばかりの休息を取っていたイノリとラルフは、運ばれてきた重傷のストラの下へと駆け寄った。

 

「ストラ!」

「無事か!? ちゃんと踏みとどまってるよな!?」

 

 明らかに尋常ではない魔法の連続行使を見ていた二人は、パーティーの中でエトの次に割と無茶をする少女の身を案じた。

 

「……、!」

 

 ストラは話すのも辛いのか、薄開きの瞼の内側で眼球を動かし二人を捉え、杖を持たない左手で親指を立てた。

 

「全然大丈夫じゃないよね!?」

「あとは俺らの番だ。ストラちゃんはゆっくり休んで——」

 

 そう言うラルフの手を取ったストラは、押し付けるようにしてラルフに自分の杖を渡そうと手を伸ばす。

 

「こ、れを……!」

 

 無理して起きあがろうとするストラを、医療班のミツバが止める。

 

「ダメよ動いちゃ! それ以上神経にに負荷かけたら、体動かせなくなるわよ!?」

 

「それ、でも……」

 

 静止を聞かず、ストラはラルフの胸に杖を押し付けた。

 

「……()()()()を、込めて、ます。ラルフ、どうか——」

 

「——任せろ」

 

 ラルフは力強く杖を受け取り、安心させるように頷いた。

 

「俺が、まとめて焼き払ってきてやるから! イノリちゃん、行こう!」

 

「うん! ストラちゃん、あとは任せて!」

 

 全速力で戦場へ向かう二人を見送る。

 

「……いい仲間ね」

 

 ミツバの言葉に、ストラは小さく笑みを作った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 激戦。戦場はそう形容する他ない殺意と殺意のぶつかり合いに火花を散らしていた。

 

 死体を用いた繁殖は有限、しかして異界からの追加戦力の供給は留まることを知らず、長期戦は言うまでもなく鬼人族側に大きな不利を言い渡す。

 

「不味いわね、このままだと……!」

 

 カルラには一つの懸念点があった。

 息を吹き返した防衛線は繁殖の大軍勢と拮抗している。だが、それより先に進まない。

 押し返す力がなければ、繁殖期を越えることはできない。

 

 そして、何よりも不気味なのは、未だ最後尾で鎮座する繁殖の母体。

 

「アイツにも、十中八九適応されてるわよね」

 

 死体から新たな同族を生み出す繁殖の新しい手札。現状、姿形は違えど新生するのは幼竜に限られている。

 

 ——だが、母体はどうだろうか。

 

 400年前突如として出現した新個体。今日再び出現するまで一度とて姿を見せなかった謎多き個体。

 アレが、他の個体と成長過程を同じくするという保証はどこにもない。

 

 カルラは、()()()()()()()()()()()()()()ことを危惧していた。

 

「なんとか、殺し切れる火力を出せるうちに……!」

 

 繁殖の母体にたどり着いた時、あの体積を吹き飛ばせるだけの力が残っていなければ最悪の循環に陥る可能性が僅かながら存在する。

 それはリンドウ、スミレ、スズランも同様に危惧していることであり、四人は共通の焦りを持っていた。

 

 分厚く堅固になった母体への道を切り開くだけの力。

 

 

「『征伐せよ 破魔の聖炎』!!」

 

 それを託された男が、最前線で狼煙を上げた。

 

 青白く輝く炎が曇天の空を焼く。

 周囲の幼竜を焼き殺し、右手に剣を、左手に剣を持ったラルフが全身を薪に聖なる炎を顕現させた。

 

 ストラが託した杖に込められた魔法、それは属性流転(カラースイッチ)による循環。ラルフの青炎の威力を極限まで高める、かつてカンヘル(危険度12)にすら抗った聖炎のトリガー。

 

『——っ!?』

 

 突如出現した桁違いの炎に、鬼人族が、繁殖の母体すらも意識を集中させた。

 

「——カルラさん!」

 

 ラルフと共に最前線に上がったイノリが声をかける。

 

「ラルフくんと私でもう一度道を作る! だから、行って!!」

 

「——っ、スズラン、スミレ!」

 

 思考は一瞬。カルラは再び作戦の決行を決めた。

 

「お爺ちゃん! 前線維持よろしく!」

 

「全く老人使いが荒いのう!」

 

 リンドウは、猛々しく笑って孫娘を送り出す。

 

「存分にやってきなさい!」

 

 合図はなく。

 

 スズランとスミレが背後に来たのを気配で察したラルフは、一歩、焼滅。

 

「俺が全部、焼き尽くす!!」

 

 眼前に立ち塞がる竜の群れを、剣を振るうことなく消し炭にした。

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