【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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灰色の影

 灼熱の付与(エンチャント)。青き炎をその身に纏うラルフの魔法は使い手が非常に少ない。

 理由は、使い勝手の悪さ。

 適性者が少ないとされる付与(エンチャント)系の魔法。加えて、自身への熱伝導を防げないというデメリットを有する。

 

 事実、同じく付与(エンチャント)を操る金五級冒険者グルートの嵐の鎧は行使者を傷つけない魔法であり、冒険者に必要不可欠な『継戦能力』と真逆を行く青炎は、同じ付与(エンチャント)使いでも忌避するのは道理だ。

 

 ではなぜ、ラルフは進んでデメリットのある付与(エンチャント)の魔法を使うのか。

 

 答えは二つ。

 

 一つは、そのデメリットを補って余りある火力。

 

 魔法による局所的事象改変の際、改変規模に比例した複雑な術式が必要とされている。この認識は正しくもあるが、正確には説明が足りていない。

 

 術式は、「改変対象への干渉規模」によって複雑さを増すのだ。

 当たり前の話だが、「樹木を一本燃やす魔法」よりも「森全体を焼き払う魔法」の方が術式は複雑化する。

 だが同時に、「森の中で樹木()()()()を燃やす魔法」の術式は相応に複雑化する。

 

 そして、術式の複雑化は魔法発動に必要な魔力量の増大を意味する。

 

 つまりラルフの青炎は、魔法行使者の安全に関わる機能の全てを削除する代償に、術式の全てを火力を引き上げるその一点に注ぎ込んだ魔法なのだ。

 

 二つ目の答えは、これまた単純明快。

 青炎は、格上の敵すら倒せる可能性を秘めている。よって、「強大な敵に立ち向かい、打ち勝ち、みんなからチヤホヤされる」というラルフの目的を大きく助けてくれる、それだけである。

 

 このことを聞いたエトたちは「ブレないなあ」と苦笑し、スズランは「それでこそ俺の親友(とも)だ!」と熱い握手を交わした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 顕現した灼熱、その名は。

 

「『限定昇華・道標の聖炎(オリエンス)』——行くぞっ!!」

 

 爆砕、加速。

 竜の鱗すら容易く灰燼に帰す青白い聖炎が燃え盛る。

 ストラが託した杖により聖炎を顕現させたラルフを前に、幼竜と蛹では足止めにすらならなかった。 

 

 限界まで高めた身体能力と吹き荒れる灼熱をエンジンに、一人の冒険者が竜の軍勢を食い荒らした。

 

「なんつー熱気……!」

「竜を余波だけで殺してくぞ!」

「ぶちかませぇ! お客人!!」

 

 防衛を任されたリンドウ率いる鬼人族たちは、遥か前方を突き進む聖炎にありったけのエールを送る。

 その声は、瞬く間に戦場の怒号にかき消された。だが、想いは、確かにラルフの背中を押す。

 

「もっとだ! もっと燃えろ、俺の炎!!」

 

 前方、自ら壁となって母体への道を塞ぐ成竜に対してラルフは問答無用で突貫を選択。

 凍土を融解させ爆進。肩に剣を担ぎ、一閃。

 

「——焼き尽くせっ!」

 

 交錯の瞬間、天を衝く灼熱が屹立し成竜の身体を一刀両断した。

 

「すげえぜラルフ……!」

 

 これほどまでに頼もしい背中はないと、スズランはラルフの成長に表情を輝かせる。

 

 先頭を疾走するラルフの肌は赤熱し、すでに一部が黒く焼けこげている。

 呼吸しようものなら熱しきられた大気が喉を焼く。全身から夥しい汗をかいては瞬時に蒸発させる灼熱。それでも歯を食いしばり、炎身一体となって道を切り開く姿は正しく篝火のようだった。

 

 以前のラルフでは活性化状態で10秒と維持できなかった限定昇華。

 倒れない理由は、欲望と意地、恩義、そして確かな成長。

 

 出会ってから僅か1ヶ月。されどその1ヶ月、スズランはラルフの師として彼の努力と成長を見守ってきた。

 

 青炎の付与(エンチャント)の弱点である行使者へのダメージ。ラルフはこれを闘気を用いて遮断する特訓を重ね、同時に魄導への道を模索してきた。

 今日という日に魄導の会得は間に合わなかったが、しかし、ラルフ個人の炎熱への耐性は以前と比較して大きく向上した。

 

「道を開けやがれっ!」

 

 繁殖という大自然の摂理を司る竜に、大火が牙を剥く。

 ラルフの炎は概念の力に非ず。しかしいつの世も、炎は容易く命を刈り取る。

 

 炎とは命の象徴であると同時に、その命を喰らう災害でもある。

 聖炎は今、豊穣を讃え、繁殖を下す。

 

 幼竜と蛹の突撃、強酸、寄生、新生……悉くを焼き尽くす。

 灰も残らず焼き尽くされた竜から新たな個体が生まれることはない。繁殖に未だ残る制約はストラの推測通りであり、ラルフは彼らの天敵と言えた。

 

 繁殖の母体がいよいよ眼前に迫る。

 

『GIGIGIGIGI——!!』

 

 繁殖の母体が大気を劈く雄叫びを上げ翼を広げる。

 頭部の上半分を覆う無数の複眼が不気味に輝き、空中にラルフを迎撃するための無数の魔法陣を高速生成した。

 

 予測される魔法発動時間は、僅かにラルフの到達より早い。

 

「——全員、戦闘態勢!」

 

 カルラの鶴の一声にスミレ、スズランの二名が武器を手に取る。

 同時に、一瞬背後を振り返ったラルフとイノリが視線だけで互いの意図を把握した。

 

「世界——」

 

 イノリの魔眼が輝く。

 突き出した右手がラルフの全身を左眼から覆い隠し、時を刻む秒針が極限まで遅延する。

 

「——その刹那を奪う!」

 

 展開時間、僅か0.4秒。

 しかしその一瞬で、聖炎の収束は完了している。

 残るイノリの左手には、既に引き金を引いた魔弾の射手(フライクーゲル)。対象はラルフ。込めた魔弾は、着弾対象への加速付与。

 

「浄滅の炎よ——」

 

 剣に収束された焔が、白き輝きを放った。

 

「——俺たちの、道を照らせぇっ!!」

 

 刹那、断絶。

 

 振り抜かれた聖火の一撃は凄まじい輝きを放ち、眼前の繁殖の竜を焼き滅ぼした。さらに、勢い衰えぬ炎剣の一撃は防御に回った繁殖の母体の両翼の下半分を焼き斬った。

 

「——目標、繁殖の巨竜!」

 

 渾身の一撃を放ち減速したラルフと、彼のサポートに回ったイノリを追い越しカルラたちが散開する。

 

「最高だぜラルフ!」

「あとは任せて!」

 

 スズランとスミレは出し惜しみは無しだと魄導を解放。白と紫紺が挟撃を仕掛ける。

 眼前、周囲、三人を阻む障壁はない。

 ラルフによって焼き払われた一帯は未だに熱を持ち、聖炎の残滓が蛹以下の竜の侵入を躊躇させているゆえに。

 

「肉片ひとつ残さずぶっ潰すわよ!」

 

「「応!」」

 

 ここに、400年越しのリベンジマッチが始まる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 聖炎が潰える。

 

「はっ、はっ……、かあっ……!」

 

 左手の中でストラの杖が灰に消えると同時に、ラルフはその場で膝をついた。

 

「悪い、イノリちゃ……すぐ、に!」

 

「大丈夫だよ、暫くは私が抑える。それに、ラルフくんのおかげでだいぶ数が減ったから」

 

 全身から蒸気を上げ肩で息をする。ありとあらゆる水分が搾り取られたような感覚に、ラルフは苦しげに呻き声を上げた。

 

「あとはカルラさんたちに託そう。ラルフくんは休んで。ここからは私が守るから!」

 

 短刀二本を携えたイノリの力強い宣言に、ラルフは「頼もしいな」と苦笑した。

 

「……、これは」

 

 心臓が強く脈打っていた。

 限界に悲鳴をあげる肉体。しかし、感覚はかつてないほど研ぎ澄まされていた。

 

「まだ戦えるぞ、俺は……!」

 

 ラルフは、静かに牙を研いでいた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 唐紅、白、紫紺の輝きが繁殖の母体を急襲する。

 

 斬馬刀を担いだスズランが真正面から母体の前脚と切り結ぶ。

 

「テメェのことは師父から聞いてんだよ! 今更小細工が通用すると思うな!」

 

 武器を壊す強酸を纏う爪。闘気や魔法の防御を貫通する脅威はしかし、魄導を超えること敵わず。

 絡め手が通用しないと理解した繁殖の母体は不動をやめ飛翔する。

 

 かき消え、スズランの背後で凶爪が振るわれた。

 

「アタシらのこと忘れてんじゃないの!?」

 

 その一撃を、紫紺の魄導を纏った籠手でスミレが受け止めた。

 普段はつけるのを躊躇う籠手や肘当て、脛当て等、「我儘言ってらんない」と防御を厚くしたスミレもまた、正面から繁殖の母体と力比べをできるポテンシャルを有していた。

 意識の死角を、カルラは見逃さない。

 

『GIGI——、!?』

 

 母体が二人の魄導使いに気を取られた直後、背後に躍り出たカルラが斬撃を飛ばし、母体の背部を十文字に切り裂いた。

 

「溶かされるってわかってんなら、触らなければいい話よ!」

 

 迎撃、不規則な軌道で尻尾がカルラを照準する。しかし、それを読んでいたカルラは一瞥もせずに空中を蹴り上げ回避、おまけとばかりに斬撃を飛ばし口吻を叩き斬った。

 

『GIGIGI——!?』

 

 驚く母体にほくそ笑む。

 

「こっちは毎日あんたを夢に見てんの! 畳み掛けるわよ!!」

 

「応よ!」

「言われなくても!」

 

 唐紅の斬撃を飛ばすカルラの声に呼応しスズランとスミレの攻撃も激化する。

 

 斬馬刀が押し潰し、拳が抉り、小太刀が斬り伏せる。

 カルラたちは巧みな連携で互いをカバーしながら繁殖の母体へ終わることのない連撃を叩き込む。

 

 その激しさは母体の再生速度を上回るほど。

 

 聖火の残滓が滾る戦場の空白地帯で四つの力が激しく火花を散らす。

 

 この時、繁殖の母体は危機を感じた。

 ——これは不味い。

 ——このままでは押し切られる。

 ——()()()()()()()()()()()

 

 斃れるわけにはいかなかった。本懐のために、束縛からの解放のために。

 

『GIAAAAAAAAAAAAーーーーーーッ!!!!』

 

 ゆえに、叫ぶ。

 繁殖の、命を持つものとしての足掻きを。

 

「「「があぁぁぁっ!?」」」

 

 凍土を崩壊させる大絶叫に全身を叩き揺らされた三人が吹き飛ばされる。

 母体のSOSを聞きつけた蛹が数体羽化を経て成竜へ成長する。羽化の速度は以前とは比べ物にならず、カルラたちが体勢を立て直すものの数秒間のうちに翼を広げた。

 

『ギギギギギィーー!!』

 

 飛翔。

 目指す先は、繁殖の母体。

 雄叫びを聞きつけやってきた忠臣を迎えた母体は、同族を躊躇なく()()した。

 

『なっ……!?』

 

 驚愕が走る。

 

 母体の捕食行動は止まらない。都合7体の成竜を余すことなく喰らい尽くした母体は、異常な行動に表情を引き攣らせるカルラたちの目の前で『変質』する。

 

『GIGIGIGI……!』

 

 全身の傷が瞬く間に癒え、ぐちゃりと肉を突き破る悍ましい音と共に、背中から()()()()()を生み出した。

 

「はあ!? なんだアレ!!?」

 

 次から次へと、母体の変化は止まらない。

 凶爪は成竜の矮小な爪を逆杭として生やし、鱗殻の隙間を埋めるように新たな鱗殻が生成される。

 背中には強酸を吐き出す顎と職種のように蠢く尻尾が出現し、頭部たちはそれぞれ呻くように鳴き声を上げた。

 

「ちょっと、どうなってんのさ!?」

 

 スミレが目の前の冒涜的な変化を遂げた母体に苦言を呈す。

 それは、あまりにも異常な……あり得ない光景だった。

 

「あんなの、繁殖じゃないわよ! どう名付けたってあり得ない!!」

 

『GI……GI……!』

 

 繁殖の母体は思考の猶予を与えない。

 

『GIAAAAAAAAAAAーーーー!!!!』

 

「——っ、避けて!」

 

 凍土を爆砕し突貫する。背中に生やした成竜の頭部から

 強酸と咆哮を撒き散らす母体から距離を取ったカルラたちには目もくれず、眼前、進軍する幼竜や蛹を再び喰らい始めた。

 

「あの野郎、さっきから何を——!?」

 

 喰らう。食って食って食い続けて、全てを自分の血肉に変える。

 

『GIAAAAA——!!』

 

 洗練さの欠片もない身体能力(フィジカル)にかまけた高速の突進がスズランを捉える。

 

「ぐ、重……!?」

 

 魄導の斬撃で正面から受け止めたスズランは、先ほどとは一線を画す母体の突進威力に目を剥いた。

 

「んのっ……ずえりゃあああああああああああっ!!」

 

 歯を食いしばり渾身をもっていなした背後、再び同族を喰らって母体が肉体を膨張させた。

 

『GIGIギギギGIアァァァァァァァッ!!?』

 

 混然とした叫びを上げ、背中の尻尾……否、触手を伸長させ無数の口吻がカルラたちを襲った。

 

「なによ、これは……!?」

 

 進化でも、環境適応でもない。明らかに繁殖とは逸脱した異端の能力に目覚めた繁殖の母体にカルラたちは攻撃の手を止め回避への専念を余儀なくされる。

 

「ふざけやがって!」

「気持ち悪いやつ……!」

 

 周囲への無差別な攻撃。

 目についた竜を喰らい、口吻が抉った獲物を吸い尽くし、討伐を目論む鬼人たちを蹴散らす。

 

 同様に無差別攻撃の対象となったイノリも、ラルフを庇いながら激変した母体に嫌悪感を剥き出しにした。

 

「なにあれ、アレが繁殖なの? アレがここの普通なの!? そんなわけないよね!? というか……」

 

 皮肉なことに繁殖の母体の無差別攻撃によりその他竜からの攻撃が無くなり比較的余裕が生まれた状況下、イノリは一つ、繁殖の母体に強烈な既視感を抱いた。

 

「なんかアレ……どこかで見たような」

 

 無差別に喰らい、自分の血肉とする。元の形を維持できないほどの変化。にも関わらず破綻しない、生物として致命的な矛盾。

 

 それは、ラルフも同様に。

 

「……『花冠世界』の、アイツだ」

 

「え?」

 

 未だに聖炎の反動から膝をつくラルフは、強い既視感の正体を言い当てた。

 

「冒険者を食ってた、あのアルラウネ……!」

「ある……あぁっ!?」

 

 湧き上がった記憶にイノリが声を上げる。

 

「そうだ、アイツにそっくりなんだ! って、ことは……」

 

 ——《終末挽歌(ラメント)》が関わっている。

 二人の思考は一致していた。

 

 そして、二人が知る由はないが、正解だった。400年越しに、二人は答えに辿り着いていた。

 

「アイツ、こんなところにまで……!」

「とことんクソ野郎だな!」

 

 根拠は己の勘と記憶。しかし、これが事実であった場合不味いと、ラルフは力を振り絞って立ち上がった。

 

「イノリちゃん……サポート、頼む!」

「……動ける?」

「当たり前だ!」

 

 アレが混成獣(キメラ)と同様の性質を持つのなら、グレイギゼリアが関わっているのなら、まず間違いなく、まだ碌でもない仕掛けを有している。

 そう直感した二人は、無理を承知で立ち向かう。覚悟など、今更改めて決める必要はなく。

 

「奪え、極夜」

「『灼焔咆哮』っ!」

 

 持ちうる切り札を全て切って、繁殖の母体討伐へ駆け出した。

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