【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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本日2話目です。前の話がまだの人はそちらからお願いします。


vs繁殖の母体②

 無防備な肉体を、猛り狂う青炎が包み込んだ。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?』

 

 繁殖の母体が絶叫を上げる。

 喰らい、奪い続けた同族の鎧が瞬く間に炎上していく。

 

 灼熱は、一帯を薙ぎ払った聖炎には程遠い。だが、母体は肉体を再生できない——否、再生が追いつかない。

 

 原因は明確——イノリの魔眼である。()()()()を拘束する魔眼の効力は未だ健在。

 今この瞬間、繁殖の母体の主観では刹那の間に全身を凄まじい勢いで焼かれている。

 

 大炎上する巨体は、しかし時間の牢獄に閉ざされているゆえにSOSを叫べない。

 

『GI……AAA………!!』

 

 緩慢に身を揺らすも、その程度でラルフの灼熱は止まらない。

 青い炎に焼かれる巨体の外側——喰らってきた同族の肉体が徐々に炭へと帰る。

 

「今ァ! 押し込めぇえええええええええええ!!」

 

「いくぞカルラァ!」

 

「わかってるわよ!」

 

 ラルフの声に応える。

 今しかないと、カルラは二頭の成竜の包囲を突き破って繁殖の母体へと突貫した。

 

『ギギギ——ッ!!』

 

 カルラを追う成竜に二発、魔弾の射手(フライクーゲル)が必中の魔弾を叩き込む。激鉄のカウントが『Ⅳ』へと回った。

 

 停滞した成竜の首を断ち切ったイノリがすれ違いざま、再び引き金を二度と引き、カルラとスズランに時間魔法を使用し加速させた。

 

 カウント『Ⅵ』。最後の一発は、イノリに決定権のない弾丸。魔眼と魔弾を使い果たした彼女は、しかしまだ魔剣と時間魔法そのものが残っている。

 

「後ろは私が!」

 

「「任せた!」」

 

 追走する繁殖の竜の対処をイノリに任せ、スズランとカルラが炎上する繁殖の母体へ肉薄した。

 

「『豊穣の大地に希う! 雪解け恵む陽天の加護をここに!』」

 

 斬馬刀を担いだスズランが詠唱を紡ぐ。全身に纏う魄導を刀身へ集約。空間を歪曲させるほどの大質量を顕現させた。

 

「『鬼門を砕く剛力を! 我は守護の真盾(たて)を拝命する!』」

 

 眼前、緩慢に足掻く繁殖の母体へ渾身の一撃を叩き込んだ。

 

「撃砕する——『鬼哭葬送』!!」

 

 衝突の瞬間、白い閃光が空間を刻むように幾重にも迸る。

 斬馬刀は鱗殻を砕き、肉を木っ端微塵に抉り、その奥——母体の本体にたどり着く。

 

「借りるわよ、エルレンシア! 『情熱の朝ぼらけ』!!」

 

 二刀の小太刀に紅蓮の炎を纏わせたカルラが、ラルフの青炎に薪をくべるように無数の斬撃を叩き込んだ。

 

 更に、紫紺の魄導が迸る。

 

「『豊穣の大地に希う! 深緑恵む陽天の加護をここに!』」

 

 腹部の怪我、そんなものはスミレにとってはものの数に入らない。彼女が歩みを止めるのは、命尽き果てたその時だけだ。

 

「『鬼門を退ける剛脚を! 我は進撃の貫矛(ほこ)を拝命する!』」

 

 右の拳にありったけの魄導を込め、紫紺の閃光が瞬いた。

 

「あんまりアタシを舐めんな! 刺し貫く——『鬼哭葬送』!!」

 

『ーーーーーーーーーーーーっ!!?!?』

 

 繁殖の母体が絶叫を上げる。

 四人の最大火力をその身に受け、あまつさえ魔眼による拘束。

 

『GI……GIAAA…………』

 

 母体は瞬く間に近づく死の気配に、()()()魔眼の拘束を無理やり引きちぎった。

 

『GIAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーー!!!!』

 

 再び膨張する。

 

「んのっ……コイツ、どこまで……!?」

「出鱈目な……!」

「大人しくしなさいよ!!」

 

 母体が本来有する再生力と、喰らった同族の生成。二つの再生能力をもって繁殖の母体は四人を質量で押し潰そうと試みる。

 

「——燃えろ、もっと!」

 

 瞬く間に膨れ上がった背部。一瞬にして青炎もろとも肉の海に飲み込まれたラルフは、それでもなお灼熱を顕現させ続ける。

 

「こんなもんじゃねえだろ! 俺の炎は、最も燃やせる! もっと熱を! もっと先へ!!」

 

 全方位から圧迫する肉の海に生成された大量の幼竜の顎がラルフの全身を噛み砕かんと喰らいつく。

 全身の骨肉が悲鳴を上げ、過剰な火傷で剥き出しになった神経が激痛を訴える。

 

「もっとだ、最も燃やせ! 身体なんて気にすんじゃねえ! 生きてりゃそのうち治るんだ!!」

 

 上昇する。

 ラルフの想いに呼応し、灼熱の温度が、臨界を超えていく。

 

 ——燃やせ、体を。

 ——燃やせ、心を。

 ——燃やせ、魂さえも!

 

 全てを薪に、ありったけを!!

 

「ぉおおぉおおおおおおおおおおおおおぉおおおおぁぁぁぁああああああああああああああああああ——」

 

 渾身を、叫ぶ。

 

「『灼焔ッ! 咆哮ーーーーーーーッ!!!』」

 

 青炎が天を衝く。

 

 背部、繁殖の母体の肉の壁を突き破り、先ほどの威力を遥かに上回る青炎が顕現し繁殖の母体の全身を飲み込んだ。

 

『GIGIAAAAAAAAAAA!!?』

 

 再生した側から消し炭にされる。今この瞬間に進化した灼熱に、繁殖の母体の思考が驚愕に支配された。

 

 焼滅と再生が完全に拮抗する。

 

『GIアアAアーーー!!』

 

 唯一生き残っていた尻尾を振り回し、背中に乗るラルフを吹き飛ばす。

 

「かはっ……!」

 

 回避の余力など残されていなかったラルフは紙切れのように吹き飛び、しかし、炎が消えない。

 最後の一瞬、剣にありったけの炎を注ぎ込んだ。剣はラルフと共に叩き折られた。しかし、先端はまだ、繁殖の母体に楔のように残されていた。

 

「ラルフが繋いだ! この機を逃すんじゃねえ!!」

 

 スズランが再び白き閃光を、スミレが紫紺の輝きを、カルラが烈火の斬撃を叩き込む。

 

『GI……アアア…………』

 

「「「!?」」」

 

 覚えのある啼き声の予兆に三人の顔が強張った。同族を呼びつけようとするSOSのサイン。今、三人に他に対処する余裕はない。

 呼ばれた時点で、もう。倒す手立てはなくなる。

 

「クソが……!」

 

 スズランが歯を食いしばり意地で刀身を押し込む。それでも、咆哮の予備動作は止まらない。

 

「——お前には、もう叫ばせない!」

 

 母体の頭上に一対の短剣を構えたイノリが踊り出た。

 

「お前は、大人しくしてろ!」

 

 斬撃を突き立てる。

 左眼を失った痛みと疲労から斬撃はあまりにも弱く、母体の複眼を一つ、潰すだけで止まる。

 しかし、動線確保には十分だった。

 

『————!!?!?』

 

 叫べない。

 頭部だけが世界の時間から切り離され、いつまで経っても救援要請の声が喉の奥に止まったまま。

 

 今、この瞬間が最後のチャンス。

 言われるまでもなく、三人が声を張り上げた。

 

「「「潰れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」

 

 渾身の叫び、一撃。

 

 一際強く三者の輝きが世界を満たし、炎上する繁殖の母体、その全身を粉砕した。

 

 その場から大きく吹き飛ばされた繁殖の母体、その本来の肉体の炎上は止まらず。

 

 皆が見ている中、微動だにせず。徐々に、肉体の端から塵に消えていく。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 露骨に繁殖の竜の動きが鈍った。

 1時間以上、絶死の攻防戦を繰り広げてきた鬼人族たちは、明らかに統率を失った竜を前に、カルラたちがやり遂げたことを悟った。

 

「やりやがったぞ、あいつら!」

「ああ! あとはコイツらを狩り尽くす!」

「お前ら気合い入れろ! ここで緩むんじゃねえぞ!!」

 

『応よ!』

 

 

 屹立した凄まじい青炎と、他とは明らかに毛色の違った魔眼の起動。そして、散逸する繁殖の竜の気配。それらを病床の上で感じ取ったストラは、仲間があの巨体を打ち破ったことを察した。

 

「あとは、肉体の消滅を確認さえできれば……あたたた」

 

「こら! 無理に喋らないの!」

 

 ミツバに鋭く注意をされたストラは、わかりやすく不満げに口を閉じた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 消滅は呆気ないものであり、あれだけ猛威を奮った繁殖の母体ですら、命尽きた後はただ炎に焼かれてゆく。

 

「全員、生きてるわよね……?」

 

 肩で息をするカルラに、尻餅をついたスズランとスミレが手を上げる。

 

「なんとかなー」

 

「お腹すいたあ……」

 

「スミレさん、物理的にお腹空いたもんね」

 

 左眼が再生されるまでの応急処置にガーゼで覆ったイノリの茶化すような発言にスミレがムッと頬を膨らませる。

 

「余計なことは言わないでいいの! というか、そこのガッツリスケベ1号は生きてるの?」

 

「……、!」

 

 この中で最も奮戦し、満場一致で討伐の立役者に名を上げるだろうラルフは、死に体でありながらもなんとか親指を立てた。

 

「生きてるみたいね。運ぶのもしんどいし、治療班に来てもらいましょう」

 

 会話しながらも全員、繁殖の母体の死体から片時も目を逸らさずにいた。

 

 復活の兆候があれば即座に叩く。

 ラルフ以外の全員は武器を握り、未だに臨戦態勢だった。

 

 

 ——どさり。

 繁殖の母体の腹部が炭化し、砕けて割れた。その内側からゴロンと塊が飛び出す。

 その瞬間、全員が息を止め武器を強く握った。

 

 皆が注視する中、青炎の向こうでゆらゆら揺れる黒い塊が、繁殖の母体へ()を伸ばした。

 

「撃砕する——」

 

 須臾の間、肉薄。

 青炎をかき分ける超加速でスズランが塊へと斬馬刀を叩きつけた。

 

「——『鬼哭葬送』ッ!!」

 

 接触の直後、白い閃光をかき消す黒の波動が吹き荒れスズランを吹き飛ばした。

 

「ガッ——!?」

 

『!?』

 

 凄まじい勢いで吹き飛ぶスズランを、咄嗟に動いたカルラとスミレが受け止める。

 

「ぐ、ぁああ……っ!?」

 

 僅か一瞬の交錯で右半身をズタズタに切り刻まれたスズランが赤子のように身を捩らせた。

 

「スズラン、今何が——」

「ちょっと! その怪我、なにしてんのさ!?

 

 炎の向こうで、繁殖の母体が()()する。

 ゆらゆらと揺れる塊が二本の足で立ち上がる。

 

 ——闇。

 

 それは青炎の中にぽっかりと空洞のように存在する虚。

 そこにあるだけで底知れない不気味さを醸し出すソレを前に、カルラたちは微動だにできなかった。

 

 

 ——  お  い  で  。

 

 

 次の瞬間、全ての繁殖の竜が転身し青炎の中に立つ塊へと殺到した。

 

「なにが、起こってるの……?」

 

 自分たちを無視して一心不乱にソレを目指す繁殖の竜の異常行動にイノリは体を震わせた。

 

「あれは……なに?」

 

 それは、ともすれば繁殖の母体の膨張よりも悍ましい光景。

 千を超える繁殖の竜たちが塊へと殺到して肉塊を作り出し、瞬く間に体積を減らしていく。

 

「なんなのさ、アレは……!?」

 

 青炎が消え、無数の繁殖の竜が消え。

 

 凍土の上に、一つの“卵”が残った。

 

 カルラたちの、何事かと前線を上げた鬼人族たちの目の前で、卵にゆっくりと罅が入った。

 

 ペキ、パキと軽快な音を奏でて卵が割れ、中から一つの命が誕生する。

 

「…………そんな、馬鹿な」

 

 それは誰の呟きか。

 

 黒く艶やかな鱗に覆われた裸足の二足が大地を踏み締める。

 所々複眼を想起させる赤い鱗を装飾に散りばめ、ソレは鱗に覆われた豊かな双丘を隠すことなく欠伸をしながら伸びをした。

 

「嘘、うそよ……」

 

 カルラの口から、迷子の子供のような、弱々しい呟きが漏れた。

 

 眼前、黒混じりの朱色の髪を一本に束ねた()()が、黒い眼球の中で揺らめく蒼い縦長に切れた瞳孔で鬼人族たちを睥睨した。

 

「そんな……モミジ…………?」

 

 それは、400年前。

 カルラを庇って竜に喰われた一人の少女に瓜二つの顔を持っていた。

 

『ア……』

 

 モミジと呼ばれたソレは、ぎこちない、覚えたての笑みを浮かべた。

 

『ソ、うだヨ? ……カル、ラ、ちゃン?』

 

 

 瞬間、黒雲が世界を満たす。

 陽の光の透過を許されない漆黒の雲が豊穣の地の空すら多い尽くし、夜の闇を生み出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 繁殖の母体は、グレイギゼリアの手によって生み出された際、一つの概念の欠片を供与された。

 

 その概念の名は、“簒奪”。

 

 繁殖の竜は解放を待ち望んでいた。

 それは、異界からの解放。

 

 繁殖の竜は、雲竜キルシュトルとは違う。それは、彼らが群体であるとかいう話ではなく、“概念”が()()()()()()()()()という問題。

 

 雲竜キルシュトル本体が“天候の概念”を保有しているのに対して、繁殖の竜は“異界”が“繁殖の概念”を有している。

 それは奇しくも、豊穣の地と同じように。土地に概念が宿った形である。

 

 それは、繁殖の異界に帰属することを決定づけられた繁殖の竜たちにとって窮屈極まりないものだった。

 彼らは、自由に外の世界へ出たいと願った。

 

 ゆえに繁殖の竜は、依代を欲した。

 

 異界から概念を“簒奪”できるだけの依代を。自分たちの王を欲した。

 

 繁殖の母体とは、即ち「王を産むための母体」である。

 

 母体は、自らの役割を完璧に遂行した。

 

 かくして今、400年……否、2000年の時を経て簒奪は成された。

 

 今この瞬間、“繁殖の概念”は彼らの王に帰属し、カルラによって“モミジ”と名付けられた。

 

 かつての親友の肉体と名前は、“簒奪の概念”によって奪われた。

 

 

 今ここに、“繁殖の概念保有体”・モミジが生誕を迎えた。

 

『たんジョービ……おメで、とー?』

 

 震えるカルラの目の前で、モミジは右手で“2”を、左手で“0”を作った。

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