【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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繁殖の概念保有体

 『極星世界』ポラリスの、地図にして右側の空白。

 2000年に渡り秘匿され、隔離され続けてきた鬼人族たちが住まう豊穣の地を黒雲が覆い隠す。

 

 陽光を遮る黒墨の空は、1ヶ月前。『悠久世界』エヴァーグリーン北西の異界『竜啼く天蓋山脈』にて、雲竜キルシュトルが復活した時のムーラベイラのそれと酷似していた。

 

 渦を巻き拡大する黒雲の中心点、その直下に立つのは繁殖の竜を統べる“王”。

 

 ——繁殖の概念保有体・モミジである。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『……あレ? はんのー、ウすいね?』

 

 現在の豊穣の地に、モミジの名を知らぬ者はいない。

 400年前の繁殖期、突如現れた繁殖の母体からカルラを身を挺して守った少女。

 

 冒険者として、〈魔王〉ジルエスターの手駒として各地を放浪するカルラの親友がいたことを、皆が知っている。

 

 だが、モミジの姿を……顔を知る者は少ない。

 

 いかに長命種に属する鬼人族と言えど、400年という歳月と繁殖の竜との戦いは多くの別れを生み出す。

 加えて、スズラン以外に魄導を扱える者がいなかった時代、多くの命が散っていった。

 

 当時を知る者は二桁にも満たず、さらに未だに前線で戦える者はカルラを除いて他にはいない。

 

 ゆえに、目の前で無邪気な子供のような笑顔を浮かべる異形の少女が“モミジ”であると瞬時に結びついたのは、カルラとリンドウの二名のみであった。

 

「まさか、そんなことが……」

 

 言葉を失うリンドウの視界の中央で、記憶の中でなお鮮烈な朱色の髪が後頭部で揺れる。

 

「本当に……モミジ、なの?」

 

 声が同じだ。

 体格が同じだ。

 顔が同じだ。

 表情も、仕草も、何もかもが。

 

 他でもないカルラが、見間違えるはずがない。

 

 唯一肌の色や纏う鱗が違うだけで、そこにいるのは、紛れもないモミジだった。

 

 ——なのになぜ。

 こんなにも、胸騒ぎが消えないのか。

 

 

「モミジって、あの?」

「カルラの親友って」

「竜に喰われたんじゃなかったのか……?」

 

 竜の残骸から少女が生まれた。

 人語を介す、対話の余地がある存在の誕生。そもそも、あれだけいた繁殖の竜はどこへ行ったのか?

 立て続けに発生した受け入れ難い事実の連続に、鬼人族たちは皆困惑していた。

 

『ひどいなあ、もう』

 

 一言一言交わす度に流暢になっていく人語で、豊かになっていく表情でモミジが感情を伝える。

 

『みんな、忘れちゃったの? ……カルラちゃんも』

 

 モミジは一歩近寄り、スズランを支えるカルラの頬に竜鱗に覆われた手を這わせた。

 

『毎月の背比べ、早食い、大食い、稽古……ね? 沢山やったよ?』

 

「モミジ、私は……」

 

 ずっと会いたかった。言葉を交わしたかった。その身体を抱きしめたかった。

 感情はとめどなく溢れるのに、カルラの体は指先一つだって動かなかった。

 

『……なぁんだ』

 

 突然、モミジがため息をついた。

 

『そっか。カルラちゃんにとってはどうでもいいことだったんだね?』

 

 淡い酷薄な笑みを浮かべたモミジが手を離す。カルラの喉が「ぁ……」と切なさを織り交ぜたか細い声を漏らした。

 

『そうだよね。カルラちゃんは400年も生きたんだから。私との20年なんて、ちっぽけな、つまらないものだよね?』

 

「違う! 私は……!

 

『——何が、違うの?』

 

 感情を消したモミジが、カクンと首を傾け、蒼い縦長の瞳孔でカルラを睨め付けた。

 

『カルラちゃんは、ここから逃げたのに』

 

「——全員ッ、武器を執れェェェェッ!!」

 

 吹き出した膨大な殺気に、無理やり身体を起こしたスズランが血を吐きながら叫び散らした。

 

 困惑に固まる同胞たちの一部が、その声で呪縛をとかれたように肩を震わせ反射的に武器を構えた。

 

『君、五月蝿いよ?』

 

「戦闘態勢ッ! 目標、繁殖の竜!!」

 

 がなりたてる本能に従い、モミジの言葉を聞き入れずスズランは斬馬刀の鋒をモミジの鼻先に照準した。

 

「昔がどうとか、同族だろうが、カルラの親友だろうが、角があろうが関係ねえ! コイツは……モミジは! 今は、俺たちの敵だッ!!」

 

 本能が叫んでいた。目の前の存在は、怪物は——敵であると。

 地を蹴り、誰よりも早くスズランがモミジに肉薄する。

 剣に魄導が集中し、白の閃光が迸る。

 

『鬱陶しいなあ……』

 

 横一閃に振り抜かれたスズランの斬撃を、モミジは右の人差し指と中指だけで挟み込んで受け止める。

 

『今、カルラちゃんと話してるんだけど?』

 

「んなもん、俺が知るかよ!」

 

 危機を叫ぶ自分に従い、スズランが問答無用で斬撃を重ねた。これに対してモミジは半身になり全ての剣閃を見切り、蹴撃。

 黒い波動を……()()を纏った左脚でスズランの脇腹を抉った。

 

「かはっ——」

 

 たった一撃で冗談みたいな勢いで吹っ飛ばされたスズランには目もくれず、モミジは背後で瞬いた紫紺の魄導を一瞥する。

 スズランの巻き起こした閃光に乗じて背後を取ったスミレが吼えた。

 

「大昔の先輩なんだか知らないけど——!」

 

 目にも止まらぬ拳の超速連打。一発一発が成竜の鱗殻を破壊する拳を、モミジは右手一つで当たり前のように捌き切り、反撃。

 闘気を纏った左の拳がスミレの鳩尾ちを深々と抉った。

 

「おぐっ……!?」

 

 繁殖の母体の馬力を凌駕するあまりにも重すぎる一撃にスミレの体がくの字に折れ曲がり、後頭部へ容赦なく肘が振り下ろされ——止まる。

 

『時間魔法……もう治ったんだ』

 

 再生したイノリの魔眼がほんの数瞬モミジの動きを止める。

 

「スミレさ……に、げて……!」

 

 繁殖の母体への主観時間拘束よりもさらに短い刹那。しかし、たったそれだけで膨大な負荷を受けたイノリは耳や鼻からも血を流し膝をついた。

 

 命がけで稼いだ僅かな間にスミレがその場から引き、再び突貫する。

 

「スズラン合わせて!」

「わかってる!」

 

 両翼がモミジを挟み込むように展開。

 

「「『豊穣の大地に希う!』」」

 

 そして同時に詠唱を紡ぐ。

 苛烈な同時攻撃を仕掛けながら淀みなく詠う二人に、モミジは苛立ちを隠さず舌打ちした。

 

『めんどくさいなあ』

 

 果敢に攻め立てる二人の魄導使いを軽々と相手をしながら、モミジは打ちひしがれたようにその場に座り込み続けるカルラを一瞥し、微笑む。

 

「撃砕する——」

「刺し貫く——」

 

『待っててね、カルラちゃん』

 

 モミジの眼前で二色の光が燦然と輝いた。

 

「「『鬼哭葬送』!!」」

 

 炸裂する白と紫紺。

 異常な変化を遂げた繁殖の母体相手にも極めて有効な破壊力を示した二つの閃光が幾重にも瞬いた。

 

『うん、邪魔者はいらないよね!』

 

 握り潰す。

 二つの輝きは、黒い波動のような闘気を纏ったモミジの両手に風の前の蝋燭のようにあっけなく屈服した。

 

「うそでしょ!?」

「んな馬鹿な——」

 

 愕然とする二人の顎に裏拳が叩き込まれ、鮮血を撒き散らし大地を転がった。

 直後、空間を歪ませる大質量がモミジの頭上に顕現する。

 

「カルラよ、すまぬ!」

 

 孫娘の脇を通り抜けたリンドウが衰えを知らぬ斬撃という名の圧殺を敢行する。

 対するモミジは、大地に放射状の罅を入れながら、右手一本で受け止めた。

 

『久しぶりだねー、お爺ちゃん』

 

「モミジよ! お主は——」

 

『ごめんねお爺ちゃん』

 

 リンドウの言葉を遮ったモミジは、臀部から尻尾を生やし老爺の胸部を深々と抉った。

 

「カッ……!?」

 

『今、お爺ちゃんと話す気はないんだ』

 

 ゴミでも捨てるように、羽のように軽い老体を投げ捨てたモミジは真っ青な顔で自分を見つめるカルラへと歩み寄る。

 

「——()ぇーーーーーーーっ!!」

 

 そこに、極彩色の砲撃が降り注ぐ。空間を席巻する魔法の雨を、モミジは裏拳一つで鬱陶しそうに消し飛ばした。

 ただの一つも魔法が届かなかったことに、戦士たちは否応なく隔絶した実力差を痛感させられる。

 

『なんで邪魔するかなあ?』

 

 心底呆れたように、カクンと首を曲げ、感情のない瞳が鬼人族たちを視界に入れた。

 

『私は、カルラちゃんと話したいだけなんだけど』

 

 モミジは少し考える様子を見せた後、『そうだ!』と名案を思いついたように手を打った。

 

『私がカルラちゃんと話してる間は、この子達と遊んでてよ』

 

 ——ドクン、と。モミジの全身が跳ねるように脈打った。

 次の瞬間、モミジの背中が凄まじい勢いで膨張した。

 見上げなければ全容が見えないほどに成長した細胞が破裂し、内側から繁殖の幼竜が醜い雄叫びを上げて生まれ落ちた。

 

『ギギギギギ——!』

 

「——、は?」

 

 それは誰かの困惑で、皆の総意。

 そして、絶望の産声。

 

 モミジの背中から100の幼竜が生まれた。

 理解不能な事象を前に硬直する鬼人族たちの前で幼竜は全て蛹を経て成竜へ成長し、そして()()()()()()()()()()()

 

 百が五百に増えた。五百は千に、千は二千に。

 三千、四千、五千と増え……()()に届こうかというところで繁殖は静止した。

 

『あれ? 本当なら一万にはなる予定だったんだけど……』

 

 言葉を失う鬼人族の前で、モミジがおどけたように笑う。

 

『ごめんね? 遊び相手、思ったよりも少なくなっちゃった』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ストラは、繁殖の竜には栄養が必要だと、進化を伴う成長と繁殖には何かしらの対価が必要だと推測した。

 

 それは、異界が繁殖の概念を保有していた段階では正しい推測。百点と言って差し支えない模範解答だった。

 

 ではその理論は、名付けられ、世界に認められた“繁殖の概念保有体”にも適応されるのか? 答えは否、全くの0点である。

 

 

 かつてカルラは、「“概念”とは何か」という問いを設け、こう答えた。

 

『“概念”……それを有する万物を『概念保有体』と呼ぶわ。そして、概念保有体はその言葉が包括する事象の全てを統べる』

 

 繁殖の概念保有体という“個”として覚醒したモミジに、あらゆる制約は存在しない。

 生物が有する命のサイクルを無制限に、無尽蔵に再現する。そこに求められるのは概念に対する理解・習熟だけであり、将来的には雲竜をはじめとした規格外……危険度15、怪物の領域に到達する。

 

 これは概念を異界から簒奪し、個体として名を得た時点で確定した未来である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『それじゃ、私はカルラちゃんと話すから』

 

 モミジが軽快に指を鳴らした途端、彼女の……王の背後に一糸乱れぬ統率で列を成していた繁殖の軍勢が一斉に進撃を開始した。

 

「まっ、魔法を——!」

「迎撃を急げーー!!」

 

 何度も何度も、飽きるほど見てきた突撃の光景に、鬼人族たちは反射的に対応する。

 思考はぐちゃぐちゃ、心はバラバラ、それでも使命が彼らを突き動かした。——即ち、豊穣の地を守るという使命が。

 

 しかし、繁殖の軍勢はその全てを食い潰さんと軍靴を鳴らす。

 幼竜よりも蛹が、蛹よりも成竜が多い、あまりにもふざけた軍勢が雪崩のように押し寄せた。

 

 

『どう? カルラちゃん。私、強くなったよ?』

 

 繁殖の竜が生み出した空白の中、カルラの目の前に歩み寄ったモミジが両手を広げて笑う。

 

「モミジ、どうして……なんで……!」

 

『なんでって、約束したでしょ? カルラちゃんを守れるだけ強くなるって』

 

「だったらやめてよ! なんでみんなと戦うの!? なんでみんなを傷つけるの!?」

 

 瞳を揺らし叫ぶカルラを前に、モミジは人差し指を頬に当て首を傾げる。

 

『なんでって……そんなの決まってるよ。私がカルラちゃんを——ああ、しつこいなぁ』

 

 モミジが心底面倒くさそうに顔を顰めた直後、繁殖の軍勢を白の閃光が突き破った。

 

「かぁぁあああああああっ!!」

 

 雄叫びを上げたスズランがひび割れた斬馬刀を振り下ろす。

 さも当たり前のようにこれを受け止めたモミジの真横にスミレが肉薄し、砕けた籠手の残骸を散らしながら拳を振り抜いた。

 

「まだまだぁっ……!」

 

 命を剥き出しに、二人の魄導が勢いと輝きを増す。両腕をジリジリと押し込まれるモミジの表情に緊張が走った。

 

『出力が上がってるね……でも』

 

 唯一自由な尻尾を浮かせ、しかし薙ぎ払う直前にリンドウが再起する。砕けた獲物のかわりに無手と己が肉体で尾を押さえつけた。

 

『お爺ちゃん……本当に鬱陶し——!?』

 

 苛立ちを露わにしたモミジの眼前に光剣が輝く。

 魔眼により摂理の外にある加速を敢行したイノリを、蒼い瞳は捉えきれなかった。

 

『無限の!』

 

「セヤァァァァァッ!」

 

 気迫の籠った一太刀がモミジの首を浅く抉った。

 今日初めて、モミジに目に見える傷が生まれる。

 

「あっ!?」

 

 親友の首から吹き出した赤い血潮にカルラの表情が歪む。

 執拗なまでに繁殖の竜から避けられるカルラの座り込む場所は上空から見下ろせばそこだけ不自然な空洞になっており、奇しくも、モミジと相対するスズラン達の主戦場に選ばれていた。

 

 負傷から数秒経たずに、まるで時間を巻き戻したかのように完治させた、モミジの繁殖の母体以上の再生力に全員の表情が曇る。

 

『……ねえ、なんで邪魔するの? 私はただ、カルラちゃんとお話ししたいだけなのに』

 

「悪いのう、モミジや。儂らにも、守らねばならんものがあるでな。今のお主を、通すわけにはいかんのだ」

 

 出血の止まらない胸部を押さえながら構えを取るリンドウに続き、スズランとスミレ、そしてイノリがボロボロの体を引きずって臨戦態勢を取る。

 

『私は私なのに…‥酷いね、お爺ちゃんは』

 

 黒い波動の闘気が吹き荒れる。

 空間一帯を塗り潰す桁違いの闘気。迸る殺気にリンドウたちの表情が歪んだ。

 

 感情を表情から消したモミジが、ゆっくりと一歩踏み出し、掻き消える。

 

『だったら——』

 

 瞬きの間すら許さない超高速移動。背後を取られ、間一髪身を捻ったスズランの左腕が、たった一撃の手刀で肩口から斬り飛ばされた。

 

『殺してでも、邪魔させないよ』

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