【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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何者②

 戦場は、モミジの絶対的な破壊の一撃で一掃された。

 同族すら粉微塵に砕いた繁殖の咆哮は射線上の全てを破壊し、なお残骸である新たな同族が恵みを食い散らかす。

 

 繁殖の軍勢と戯れていた鬼人族の戦士たちは当然巻き込まれ、彼らは凍土の上でぴくりとも動かず倒れ伏している。ただ一人、モミジの正面で、モミジによって守られ続けるカルラだけを例外に。

 

 しかし、それでもモミジは不満げだった。

 

『おっかしいなあ。もっと威力出る筈だったんだけど……』

 

 だから、目障りな存在が生き残っている。

 

「……っ、ぁ、があぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 モミジの冷淡な視線の先、『生命讃美を歌え(パンデモニウム)果てしなき濁流(・オーバーレイド)』を受けてなお生き延びたスミレが震える両足で立ち上がった。

 

「はあっ、はあっ……! ねえ、あんたら、生きてる?」

 

 返事は、ない。

 崩壊した防衛戦は完全に沈黙し、不愉快そうにスミレを睨むモミジただ一人が呼吸をしていた。

 

「……おい。なに、寝てんのさ」

 

 それでもスミレは、血みどろの全身を引きずって前へ歩く。

 目の前の敵を、繁殖の竜を殺すために。

 

「また、繰り返すつもりなの……!?」

 

 拳を握りしめ、渾身を、魂を振り絞る。

 

「また、巫女様に……あの子一人に、押し付けるつもりなの!?」

 

 幼くして両目の光を捧げた当代巫女、キキョウ。

 

 ——ピクリと、誰かの指先が震えて地面を掻いた。

 

「アタシたちが弱かったから、あの子は肉親を失った! 誰よりも辛かったはずのあの子に! アタシたちは涙一つ流させられなかった!!」

 

 父と兄弟の死亡。それに連なるように母が病に臥せ、間も無くして息を引き取った。

 残されたキキョウは、直前、魄明(はくめい)を継承した。光を失った彼女が最後に見たのは、両眼をくり抜かれた実の母の苦悶の表情。

 

「また背負わせるの!? アタシたちの弱さを、あの子に! アタシたちが弱かったからあの子の親を、兄弟を死なせたのに! あの子に全部押し付けて!!……そんなの、アタシはもう絶対に嫌だ!!」

 

 スミレの拳に紫紺の輝きが宿り、迸る。

 定まらない視界、覚束ない足取り。それでもスミレは、敬愛する巫女のために力を振り絞った。

 

 継承の儀を覗き見た。

 自分より若い子供が、決然とした表情で、涙一つ流さず、泣き言一つこぼさず魔眼を受け入れる、その過程を。

 継承した魄明(はくめい)を開いた彼女の凛々しい横顔を、10年以上経った今でも鮮明に覚えている。

 

 その時、誓ったのだ。

 自分は……スミレという鬼人は。

 キキョウから二度と笑顔を奪わせないために戦うと。

 

「……立て。アタシたちは戦士なんだ! 巫女の眼差しを受けた、豊穣の地を守る戦士なんだから!! たかが竜の攻撃程度で——あっさり死んでんじゃねえ!!」

 

 

 ……静寂が戦場を支配する。

 モミジを睨みつけるスミレが歯を食いしばる、その横で。

 

「私、は。全然、部外者だけど……!」

 

 大地を握りしめて、イノリが膝をつきながら顔を上げた。

 

「まだ、死ぬ気はないし、背負わせたりも、しない……!」

 

 暖かく受け入れてくれた。共に笑えた。

 イノリが死力を尽くす理由は、たったそれだけで十分だ。

 

「ラルフ、くんは……!?」

 

「……わりぃ、もう、指先一つ動かねえ」

 

 隣で微動だにせず、半ば焼死体のような惨状。それでもラルフはまだ息をして、目を開いていた。

 

「だけど、目は、逸らさねえ……!」

 

「あなた、は……。生きてるだけ、偉い、ですよ……」

 

 その場にあった折れた槍の持ち手を支えに立ち上がったストラが、左半分を鮮血にベッタリと濡らした顔を上げた。

 

「いやほんと、むしろ、なんで生きてんのってくらいだぞ……」

 

 一緒に吹き飛ばされたらしい自分の左腕を抱えたスズランが苦笑しながらラルフのそばに立つ。

 

「リンドウ様は?」

 

「向こうで、介抱を。傷が深かったので」

 

 一人、また一人と立ち上がる。

 

「起きろぉテメェら!」

「俺たちの家を……!」

「守れ、この、極星の大地を!!」

 

『……しつこいなあ』

 

 死者、現状確認できる範囲では0名。それは、豊穣の地を半分以上吹き飛ばした埒外の破壊を前に奇跡と言っていい結果。

 

「全員、命を懸けろ!」

 

 スミレが戦意を剥き出しに叫ぶ。

 魄導を振り絞る彼女に感化された者たちが闘気を纏い、魔力を漲らせ、繁殖の王に敵対する。

 

「もうやってるってやつは魂を! 全認識を! 全存在を注ぎ込め!!」

 

『応!』

 

「ここが分水嶺だ! 豊穣の民よ——進めぇ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』

 

 大地を揺らす雄叫びと軍靴が鳴り響く。正真正銘、全てを振り絞った最後の突撃が始まる。

 

 対するモミジは残骸から繁殖の竜を生み出し、瞬く間に大軍勢を作り上げた。

 

「「『豊穣の大地に希う!』」」

 

 しかし、怯まず。

 むしろ勢いを増した鬼人族たちの突撃が繁殖の竜の第一陣を食い破った。

 

「カルラを保護して!」

 

 熱に浮かされながらもスミレは冷静に思考する。

 

「アイツがカルラに固執するのは、きっとなにかしらの理由があるから!」

 

 それが何の意味を持つのかはわからない。だが、現状唯一の突破口になり得る違和感と可能性はそこにしかない。

 

「手のかかる年長者を迎えに行く! イノリ、ついて来て!」

 

「もちろん!」

 

 直後、イノリを追い越したスズランがスミレに並走する。

 

「俺も行くぞ!」

 

「アンタはいて当然!」

 

「扱いが雑!」

 

 魔眼が(ひら)かれる。

 対象は、視界に映るスミレ、スズラン、そして自分。

 世界と自己、外と内に同時に起用する負荷は凄まじく、イノリの脳が焼けるような痛みを覚えた。

 

「っっ、()ぅ……!!」

 

 しかし、少女は膝を折らず前を向いた。

 

「こんな時、エトくんなら……!!」

 

 折れない。絶対に。

 確信がある。今、彼もまた戦っているのだと。

 

 少女は希望を信じない。世界はいつだって残酷で、理不尽な事実がこの身を縛る。

 だが、少女は奇跡を信じている。暗い夜道を照らす暖かさ、闇を祓う物語があることを()()()()()

 

「私は! エトくんの相棒だ!」

 

 時計の針が進む。

 世界を切り離した不条理の加速をもって、三人の戦士が繁殖の竜の壁を超えてモミジに肉薄した。

 

『早く()()()()()いけないのに……懲りないねー、本当にさあ!』

 

 明確な、焦りを含んだ苛立ち。

 薄闇の魄導を纏うモミジに、白紫の閃光が炸裂した。

 

「「『鬼哭葬送』!!」」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ——なぜ〈異界侵蝕〉を目指すのか。

 

 今更ながら聞いてきたキキョウに、俺は淀みなく回答する。

 

「俺の故郷を、リステルを守るためだ」

 

 金級冒険者では足りない。あの理不尽が襲来すれば、リステルは吹いて飛ぶ落ち葉のような儚い存在だ。

 対抗できるだけの強さが、抑止力としての肩書きの力が必要不可欠だ。

 

「——では、重ねて問います」

 

 キキョウは頷きもせず、淡々と質問を重ねた。

 

「えと様はなぜ、故郷を守りたいのですか?」

 

「なんでって……そんなの、自分の世界を守りたいと思うのは当然だろ」

 

「それが、望みの“底”なのですか?」

 

「底……」

 

 やや強い口調で問いかけてくるキキョウに、俺は言葉に詰まる。

 

「物事には、すべからく理由がございます。えと様はなぜ、ご自分の世界を守りたいと思うのですか?」

 

 なぜ。

 答えは一つだ。

 

「……おれは。俺は、約束を果たしたい。親友との、たった一つ。まだ、守れる約束を」

 

 この世界を頼むと、俺はアルスに託された。大それた約束だ。たかが一介の騎士が担えるものではない。

 

 それでも、俺は約束した。

 必ず果たすと、あの丘で再会すると誓った。

 

「世界を……リステルを守るって、約束したんだ」

 

 だから、強くならなくちゃいけない。約束を守るために、弱いままではいられない。理不尽を跳ね除けるだけの力が、必要なんだ。

 

 拳を握る俺に、キキョウはまた、問いを重ねる。

 

「——では、えと様はなぜ、約束を果たしたいと願うのですか?」

 

「…………、え?」

 

 その問いを予想していなかった俺は、思わず目を瞬かせてキキョウを見上げた。

 

「ある筈なのです。なんとなく、などありえません。どれだけ些細なことだとしても、その約束を果たしたいと切望する根源が」

 

 キキョウはオーロラ色の眼を開き、真っ直ぐに俺を見つめる。

 

「……えと様は本当に、強くならなくてはならないのですか?」

 

「なにを……」

 

「拙は、違う気がするのです。えと様の根源は、決して強迫観念などではないと。えと様が求めているのは、ばいぱー様のような力ではないと。——一月という短い時間ではありますが、共に過ごした拙は思うのです」

 

 強くならなくていいなんて、そんなことはありえない。

 だから、俺はキキョウが言っていることがわからなかった。

 

 強くならなくちゃいけない。

 もう二度と、この手からこぼれ落ちないように。

 ()()()()()()()()()()()——

 

「…………」

 

 そこまで、思って。

 ふと。随分と遠くまできたものだ、と感慨が生まれた。

 リステルから、故郷から。随分と離れたところまで来たのだと、今更ながらに気がついた。

 

 

 第四大陸の端っこにぶら下がっている『弱小世界』から、五つの大陸、そのいずれにも該当しない極星の地まで。

 

 そもそも、冒険者になった時はこんなに目まぐるしく旅をするなんて思ってなくて。

 『湖畔世界』の大氾濫(スタンピード)とか、《英雄叙事(オラトリオ)》がなんなのかとか、『魔剣世界』と『絡繰世界』の戦争とか、《終末挽歌(ラメント)》とか……〈勇者〉とか。

 挙げ句の果てには概念持ちの竜との生存競争ときた。

 

 僅か一年。まだ二十歳にもなってない若造が、よくもまあこんなに経験したものだと。

 

 

 始まりはただ、育ての親である村のみんなに恩返しがしたい、ただそれだけだった。

 

 

「……ああ、そうだった」

 

 思わず、納得が漏れた。

 

 そうだ。そんなちっぽけな願いだ。

 そして、これをちっぽけだって思ってしまうくらい、多くを経験してきた。

 それでも、恩返しは未だに俺の原動力の一つなのだと。今、改めて実感する。

 

 そうだ。恩返しのために騎士になりたくて力を求めた。初めて、強く()()()()と願った。

 

 魔力とか闘気とか、自分の知らない力に触れて、無才を知った。ミゼリィ会長に拾われて、アルスと出会って……嗚呼。

 強く()()()()と願った。

 強くなって、一人にはさせないと。そうでもしないと、俺の親友は霞のように消えてしまいそうだったから。

 

 強く()()()()と願った。

 もう二度と、友を喪わないように。リステルの誰かが涙を流さないように。

 美しい景色と思い出が、踏み荒らされてしまわないように。

 

「そうだ。俺は……」

 

 

 ……いつから。いつから俺は、〈異界侵蝕〉を()()にしていた。

 鮮烈な強さに憧れた。嫉妬し、憎いとすら思っていたかもしれない。

 〈勇者〉の圧倒的な輝きに、俺は、目が眩んでいた。

 

「俺は、約束を果たしたかった()()()()()()

 

 約束した。あの世界を、美しい景色を。

 秘密の訓練場所。昼寝に最適な木陰。教師から逃げるために開拓し、封鎖され、開拓し、イタチごっこを繰り返した通路。爆発痕が残る調理室。勝手に建てられた教会跡地。懲罰房。

 一時は賑わい、今は閑散とする会長室。

 約束の、俺がいつかたどり着く丘。

 

 

 ……俺は、あの学園で序列一位になりたかったんじゃない。俺は、アルスに勝ちたかった。序列なんて、どうでも良かった。

 

 ……今だって。

 

 

「俺は、あの約束の果てに守られるものを守りたいんだ」

 

 そのために、俺は強さを求めた。

 決して、〈異界侵蝕〉の称号を欲したわけじゃない。

 

 ——今一度、原点に帰ろう。

 

 目の前で、キキョウは優しく微笑んでいた。

 

「迷いは、晴れたでしょうか」

 

「……ああ。ありがとう、キキョウ」

 

 今、俺はどんな顔をしているだろうか。

 視界の端に映る鬼人族の老爺たち、三姉妹たちの顔を見る分には、幾分かマシな顔つきにはなっただろうか。

 

「……(あん)ちゃん、元気になった?」

 

 首を傾げたワカバに頷く。

 

「ああ。元気になったよ」

 

 そう、答えた直後。

 凄まじい揺れが屋敷を襲った。

 

『うわあああああああああああああ!!?』

 

 出鱈目な黒い質量塊の余波ですら無事だった堅牢な結界を貫通する振動に悲鳴が連鎖した。

 

「きゃっ!?」

 

「……っと、!?」

 

 バランスを崩したキキョウを抱き抱え、転ばないように大地を踏み締め外を見る。

 

「バイパーの野郎、振動対策はねえのかよこの結界は!?」

 

 内側に獲物がいるとわかったのだろう、質量塊から生まれた繁殖の竜たちが屋敷へと突進を繰り返していた。

 堅牢な結界は侵入自体は防げても、大気や地面を伝う振動までは何故か防げないらしい。なんとも中途半端な構造に思わず舌打ちが出た。

 

「俺の剣は……!?」

 

 戦うしかない。

 もし仮に結界が破られたら、今、戦えるのは、武器を持っているのは俺しかいない。

 

 顔を青くする避難者たちが映る視界右端、おそらくキキョウの手によって丁寧に立てかけられたのだと思われる、鎖で雁字搦めになったエストックを見つけた。

 

 取りに行こうとした次の瞬間、再び大きな揺れが俺たちを襲った。

 

「……っんの、ポンコツ結界が!」

 

 その時、——ミシ、と致命的な音を耳が捉えた。

 

 大黒柱が崩れ、屋敷の屋根が崩壊する。

 

『逃げろおおおおおおおおおお!!』

 

 大慌てで落下地点から逃げ出す中、取り残された人影。

 三人で身を寄せ合うワカバたち三姉妹が腰を抜かして震えていた。

 

 彼女たちの頭上に、瓦屋根の土砂が降り注いだ。

 

「すまんキキョウ!」

 

 近くの鬼人族にやや乱暴にキキョウを投げつける。悲鳴が聞こえたが、後で謝ればいい。

 

 畳を()()()加速した俺は、三姉妹を落下物から守るように身を広げる。

 

「——えと様!?」

 

 キキョウの悲鳴を聞きながら、俺たちは崩れ落ちた屋根の下敷きになった。




今日中にもう1話投稿予定です。
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