【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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遅くなりました。本日2話目です。まだの方は前の話かはお願いします。


何者③ ——超克

 二度目の開戦の一撃はスミレ。瞬く紫紺の魄導を()()に集中し、埒外の加速がモミジの知覚を振り切り背後を取った。

 

「『鬼哭葬送』!」

 

 振り向きざまの裏拳を沈み込んで回避、全身をバネに、砕け、使い物にならなくなった拳の代わりに痛烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

 魄導による強化の恩恵のない脚部を除く全身が加速に耐えられず悲鳴を上げるが、スミレは意に介さず一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を敢行する。

 

「『有限世界に讃美歌を! 永遠騙りし虚構に衰退を!』」

 

 魔眼が再び埒外の輝きを帯びる。

 脳がもたらす甚大な激痛に顔を歪めながらも、イノリは歯を食いしばって詠唱を紡ぐ。

 

『それは使わせないよ!』

 

 母体の主観時間を狂わせた魔法の発現を脅威と見做したモミジがイノリに照準を定める。

 が、眼前に仲間から託された長刀を携えたスズランが立ち塞がった。

 

「それをさせるわけねえだろ!」

 

『しつこい!』

 

 左腕を奪われたにも関わらず、不安定な体で何度も立ち塞がるスズランにモミジが不快感を露わにする。

 そこに、ストラの速射が突き刺さった。

 

「化けの皮が、剥がれてますよ——!」

 

 薄闇色の魄導の前では、今のストラの火力はどの道豆鉄砲にも劣る。ゆえに彼女は知恵を絞り、モミジの視界を奪うための()()に自分の残存体力全てを注ぎ込んだ。

 

『邪魔くさい……!』

 

「『眠れ栄華! あなたに明日は訪れない!』」

 

 詠唱が完成する。

 しかし、スズランが右手を潰され防御を抜かれるのは同時だった。

 

『最後まで言わせなければ——!?』

 

 イノリを目の前に、モミジは反射的に背後を振り返った。

 そこには、厚かましくもモミジを無視してカルラを回収しようとするスミレがいた。

 

「鍵がお留守だったね!」

 

『カルラちゃんを離せ——』

 

 痛恨を悟る。

 イノリの魔眼が代償に弾け飛び、鮮血がモミジの頬を濡らした。

 

「『狂騒よ、泡沫に眠れ(カイロス・ディーバ)!』」

 

 主観時間を拘束されたモミジが動きを止めた。しかし、完全な静止は僅か数秒だった。

 

 薄闇色の魄導が吹き荒れ、イノリの渾身の拘束が引きちぎられる。

 

『こんなもので!』

 

「嘘でしょ!?」

 

 たった一足で驚愕するスミレとの距離をかき消したモミジがスミレの顔面を真正面から握りあらん限りの力で大地に叩きつけた。

 

「〜〜〜〜〜〜!!?」

 

 脳みそがひしゃげるような衝撃に晒されたスミレが陥没した地面の中央で悶絶する。

 それでも意識を失わず、命が続いているのは、反射的に全防御を頭部に回していたためか。

 

『まだ、この期に及んで抵抗を……!』

 

 完全に心を砕くために、命を断つために拳を握る。

 

「スミレを殺させるなーー!」

「撃てえ! ありったけぶちこめええええええ!!」

 

 そこに、繁殖の竜を突破した鬼人族たちの魔法が突き刺さる。

 

『役立たず……!』

 

 魄導の前にはものの数に入らない攻撃も、モミジにとっては今は土埃すら鬱陶しい。

 

『邪魔をするな!』

 

 裏拳と共に魄導が吹き荒れ、大地を砕き割る一撃が魔法ごと応援を吹き飛ばした。

 

 続いて、加速。

 武器を取りこぼしたスズランを拳の一撃で大地に沈め、未だ時間魔法などという()()()(ろう)すイノリの、陥没した左目に指を突き入れ五指で頭蓋を歪ませながら隆起した地面に放り投げた。

 

 死に体でありながら魔法以下の残滓を飛ばすストラには爪に纏わせた魄導を飛ばし、胸部を深く抉り昏倒させる。

 ラルフとリンドウには今更手を下す必要はなく、残る()()はたった今、枯葉のように吹き散らした。

 

『……ようやく、二人きりだね。カルラちゃん』

 

「モミジ……みんな、は」

 

 簒奪の概念により未だ意識を固定化されたカルラが譫語のように呟くのは、同胞の安否。

 モミジは身を寄せ、抱擁し、優しく囁く。

 

『カルラちゃんは気にしないでいいよ。大丈夫。誰が来ようと、何を言われようと、私がカルラちゃんを守ってあげるから』

 

 小太刀を握るカルラの握力が、少し、緩んだ。

 

『辛い思い出は、全部無くせばいい。私が壊してあげるから、カルラちゃんはもう苦しまなくていいの』

 

「もう、私は……」

 

『今まで辛かったよね。苦しかったよね。忘れられなくて、しんどかったよね? もう大丈夫だよ、私がいるから。カルラちゃんはもう、大丈夫』

 

 小太刀が、戦意が、心が折れるまで、あと一歩。

 ()()()()の掌握。そして、()()()()()調()()。繁殖の王の目的の達成は間近だった。

 

「……っっ、ぁ、に、してんのさ。かってに……勝った気に、なってん、じゃ、ねえ……!!」

 

 それでも、まだ。

 

「俺は——」

「私は……!」

『俺たちは……!!』

 

 立ち上がる。

 魔力も闘気も、体力も底をついて。

 命は風前の灯火。

 

「アタシたちは、まだ、戦える……!!」

 

 それでも、豊穣の民は立ち上がった。

 

『『繁殖の王が喰滅を告げる』』

 

 そして、想いを断ち切る、無慈悲な詠唱が響き渡る。

 下腹部に手を突き込んだモミジが脈動する胎児を握り込んだ。

 

「俺たちの家を守れええええええええええええ!!」

 

『ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 魔法を行使するだけの魔力はなく、それでも彼らは最大限の抵抗をする。

 足下の武器を投げた。

 鎧の破片を、岩を、小石を、砂粒を、剥がれ落ちた自分の爪や歯すら武器に足掻いた。

 

『『宴の時来たれり。豊穣を求める蝗の群れよ、星の果てを望む系統樹よ』』

 

 しかし、それらは魄導により守る必要すらないもの。

 モミジには傷一つつけられない。

 豊穣の地の半分を消し飛ばした一撃が収束する。

 

『『喰らい、貪り、大地を満たし——蔓延せよ』』

 

 豊穣を、恵みを食い潰す繁殖の質量塊が顕現した。

 射線上に体を割り込ませるスミレやスズランたちの必死の抵抗を嘲笑うように、必滅の一撃が放たれる。

 

 狙うのは、約束の木。

 カルラとモミジ、二人と共に成長し続けてきた立派に育った一本の樹木。

 

『約束ごと消えれば、泣かなくていい』

 

「二人で、お酒——」

 

『お酒? 何言ってるのカルラちゃん』

 

 首を傾げたモミジは、少しして『ああ』と納得した。

 

『そっか。カルラちゃんもう400歳だもんね。うん。後で飲もうね』

 

 右手が丘を照準し、臨界を迎えた。

 

『『繁殖せよ。生命讃美を歌え(パンデモニウム)——』』

 

 その時。

 防衛線の遥か後方、屋敷の方角で凄まじい爆音が響き渡った。

 

『え——』

 

 思わず振り返った鬼人族たちの視界に、立ち昇る砂煙が映った。

 

「あっちは、巫女様の……!」

「そんな……!?」

 

 絶望に膝を折る。

 そんな彼らの後ろ姿に、モミジがなんら感慨を抱くことはない。殲滅を止めたのは、ただ音にびっくりしたから。ただそれだけのこと。

 

『あっちは、まだ何匹か生き残ってたっけ』

 

 とどめが自分ではないことに多少の不満はあれど、モミジは概ね満足した

 

『誰かが上手くやってくれ——え?』

 

 刹那、世界に風が吹く。

 

 モミジの眼前に、銀の髪が揺れた。

 

『誰——ごっ!?』

 

 モミジの顔面に左拳がめり込み、痛烈な一撃に異形の肉体がその場から()()()()()()()

 

『——っ!!?!?』

 

 連続で発生した事象に理解が追いつかない鬼人族たちが驚愕と困惑に言葉を失った。

 

 最前線。

 モミジとカルラの間に、カルラを守るように、一人の青年が立ち塞がっていた。

 

「もう……、遅いよ」

 

 その後ろ姿に、イノリは。安堵と、待望、そして若干の怒りと不満。そして全てを吹き飛ばす歓喜を混ぜた想いを言葉にした。

 

「——エトくん」

 

 振り返ったエトラヴァルトは、いつもの……最近はあまり見かけなかった、穏やかな表情を浮かべていた。

 

「悪い。待たせすぎた」

 

「エト様……!」

「……遅えぞ、エト」

 

 一歩遅れて、ストラとラルフも友の参戦に笑顔を見せた。

 

 鬼人族の間にざわめきが広がる。

 

「あれは、お客人……!?」

「なぜ、戦場に」

「そもそもさっきの爆発は——!?」

 

「——ご安心ください、皆様」

 

 そこに、凛とした声が響いた。

 声の主は、キキョウ。

 魄明(はくめい)を開いた巫女が、戦場の最前線にまで足を運んでいた。

 

「巫女殿!?」

「キキョウ様、なぜここに!?」

「お下がりください! 戦場に居られては、我々とて守りきれませぬ!!」

 

 2000年の生存競争の歴史の中で、魄明(はくめい)の巫女が豊穣の地を出て戦場に赴いたことはただの一度も存在しない。

 味方も困惑する異常事態の中、キキョウはいつものように穏やかに笑う。

 

「問題ありません。今は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そーそー!」

「一番安全!」

「もんだいなし!」

 

 キキョウに同調するように、楽しそうに駆けてきた三姉妹が頷き、いよいよ戦士たちは絶句した。

 

「あなたたち、なんでこんなところにいるの!? 結界はどうしたの!?」

 

 三姉妹の母、ミツバが怪我のことなど全身から抜け落ち、顔を真っ青にして駆け寄った。そんな母の心労はつゆ知らず。ワカバたちは無邪気に拳を握ってミツバの前で振って見せた。

 

(あん)ちゃんいるから大丈夫!」

「にーたん、最強!」

「にぃやん、()()()()()()()()!」

 

『はあ……?』

 

 一体この子らは何を言っているのか。興奮冷めやらぬ三姉妹の発言に困惑する大人たちの視線に、キキョウは肩を震わせて上品に笑った。

 

「そうでございますね。結界は、えと様が壊してしまいましたので」

 

「は? 壊した……?」

「結界、バイパーの野郎が張ったって」

「え、それじゃあ、さっきの爆発は……」

 

 彼らの視線は、自然と。

 繁殖の王に相対するエトラヴァルトへと向かった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——時は、屋敷が崩れた直後に遡る。

 

「生き埋めに……これはまずい!」

「助けだせ!」

 

 崩れた屋敷に押しつぶされたエトラヴァルトたち四人を救出するために、鬼人族たちが一目散に瓦礫の山に駆け寄る。

 ……が、その心配は無用だった。

 

「〜〜っぶねえ、間に合ったぁ」

 

 身一つで瓦礫を退かしたエトラヴァルトが、助けを待つことなく脱出した。

 

「……よう、三人娘。怪我はないか?」

 

「大丈夫」

「にーたんのおかげ」

「ほめてつかわす」

 

「案外余裕あるなお前ら……特にヨツバ」

 

 他の瓦礫を崩さないように慎重に自分の下で蹲っていたワカバたちを引っ張り上げたエトは軽快な足取りで瓦礫の山を下った。

 

「えと様、お怪我は?」

 

「大丈夫。特に何処も……」

 

 そこまで言いかけて、エトは自分の両手を見下ろして固まった。

 彼の両手は、綺麗さっぱり()()していた。

 

「……むしろ、治ってる」

 

「まあ」

 

 流石に予想外の返答だったのか、キキョウが口元を抑えて驚きの声を上げた。

 

 

 自分の身に起きた変化に困惑しつつも、エトは戦える状態になったことの方が重要だと意識を切り替えた。

 

「ありがとな、キキョウ。お陰で色々思い出した」

 

 称号など、今は捨て置けと。

 エトは三姉妹の頭を撫でながら、確かな実感を噛み締める。

 

「目の前の守りたいもの、大事なもののために全力を尽くす。それが俺だ」

 

 遠くを見過ぎていた。

 遠すぎて、自分の居場所を、帰る場所を、原点を見失っていた。

 

 自分が何者なのかを、忘れていた。

 

「俺はそうして、今日まで歩いてきた。だから——」

 

「行くのですね」

 

 エトの言葉を先取りし、キキョウは道を開けるようにそっと身を退かした。

 

「悪い。結界、壊しちまうことになって」

 

「大丈夫でございます。外の魔物を()()()()いただければ」

 

「わかった」

 

 周囲が唖然とする会話を平然と行った後、エトが拳を握った。

 

「——えと様」

 

 直前、キキョウが引き止めるように声をかけた。

 

「拙は、皆と笑えていればそれだけで幸せにございます。それだけで満たされるのです。……ですが、ですがもし、わがままが許されるのなら。拙は、自分の子に、この目を継承したくはありません」

 

 それは、幼い頃から使命に身を置き続けたキキョウの、初めてにして大きな我儘。

 

「拙は、自分の子に光を失って欲しくないのです。わかば様たちが、戦場で血を流すようなことがあってほしくないのです」

 

 それは、一人の人間に背負わせるには、あまりにも大きく、重い願い。

 

「……もし許されるのなら。どうか、えと様の守るものの中に、拙の願いも、混ぜていただきたいのです」

 

 男の答えは、一つだった。

 

「——任せろ」

 

 そも、背負う、背負わされるなどという話ではなく。

 

「肩車で喜ばないなら、そんくらいしないとな」

 

 守りたいものの中に、とっくの昔に一人の巫女も入っているのだから。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『……なんで、みんな邪魔するかなあ?』

 

 全力でぶん殴ったにも関わらず、なぜか人の形をした推定繁殖の竜は全くの無傷だった。ヒリヒリと痛む左手から伝わってくる規格外の硬度に、自然と表情が引き締まる。

 

 背後を向くと、膝から崩れ落ちたまま微動だにしない師匠の両目からは涙がこぼれていた。

 

『私とカルラちゃんの邪魔、しないでよ』

 

「お前は……」

 

「——エトくん!」

 

 イノリが叫ぶ。

 

「ソイツ、カルラさんの親友のモミジさんを乗っ取って! だから、カルラさんが今大変で……!」

 

「……そうか」

 

 あの木の下で聞いた名前。師匠の親友。

 なるほど、髪の色や表情など、伝え聞く限りモミジという少女と一致する。だが……

 

『ひどいなあ。みんなして偽物扱い。次から次に、なんで私の邪魔——』

 

「黙れ」

 

『——。』

 

 だが、あり得ない。

 目の前の存在が、師匠の親友であるはずがない。

 

「お前は、モミジじゃない」

 

『何言ってるの? 鬼人族でもない君が。私は正真正銘の——』

 

「——約束を」

 

『……?』

 

 俺は静かに、目の前の“繁殖の竜”を睨みつける。

 

「お前は、師匠と交わした約束を知っているか」

 

『当然だよ。あの木の下で、一緒に成人しようって。ちゃんと覚えてるよ』

 

「なら、その続きは」

 

『続き……? 君は何を——』

 

 そこまで言いかけて、繁殖の竜は目を揺らし自ら口を閉ざした。

 確信を得る。

 

()()()()()()()()んだろ、記憶を」

 

 どうやったのかは知らない。だが、目の前の竜はモミジから……師匠の親友から名前と身体、そして記憶を奪った。だが、

 

「守り抜いたんだよ、テメェから! たった一人の親友との約束を、死んでも守り抜いたんだよ!!」

 

 鎖によって雁字搦めにされた剣を手に取る。

 

「できるはずがねえんだよ、壊すだなんて。たった一人の親友を助けるために身を擲った! その今際に、助けたいって想い一つで力を掴み取っちまうような少女が! 自分の親友を泣かせるわけねえんだよ!!」

 

 烈火の怒りを御し、剣の鋒を竜へと突きつけた。

 

「これ以上! 俺の師匠の親友を騙るんじゃねえ!!」

 

『……君が何を言おうと、私()モミジだよ』

 

 断言した繁殖の竜は、右手に再び絶対破壊の質量塊を顕現させた。

 照準は俺、そして背後に集う皆に向いている。

 つまり、避けるという選択肢は存在しない。

 

 俺は雁字搦めの剣を大上段に構えた。

 

『『生命讃美を歌え(パンデモニウム)——』』

 

 どれだけ遠くに来ても、俺は、俺の願いを全うする。

 守りたいもののために全力を尽くす。この身はその積み重ねだ。

 

 バイパーは、俺を“使命感野郎”と呼んだ。

 

 使命感上等だ。約束も、思い出も、()()()()()()()()()()()。そうしてここまで歩いてきたんだ。

 

 それが、俺を縛り付ける鎖であるはずが無い。

 

 足を止める重荷になるはずがない!

 

『『果てしなき濁流(・オーバーレイド)!!』』

 

 生命の濁流が顕現する。

 視界を瞬く間に埋める繁殖の雪崩を前に、俺は剣を力強く握る。

 

「俺は『弱小世界』リステルの騎士、エトラヴァルトだ!」

 

 心臓が強く高鳴り、身体の内側から銀に輝く命の奔流が溢れ出す。

 直上、剣を雁字搦めに縛り付ける鎖が、内側からの圧力に耐えかねたように砕け散った。

 

 一歩、踏み出す。

 

 祝詞はいらない。

 必要なのは、たった一つの覚悟。

 

 この道の先、目の前に立ち塞がるもの、全て!

 

「——斬り、伏せるッ!!」

 

 溢れ出る奔流に背中を押され、銀の斬撃が繁殖の濁流を真正面から両断した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『な……あっ!?』

 

 必滅の一撃を真正面から打ち砕かれたモミジが瞳を見開き言葉を失った。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?』

『斬ったあああああああああああああああああああ!!?』

 

 反対に、鬼人族たちは歓喜に包まれた。

 先の見えない闇を切り裂く一撃。たった一刀で、彼らの心に希望の()が燃える。

 

「なんじゃ、あれ……!?」

 

 腕の痛みすら忘れてスズランはひたすらに驚愕に見舞われる。

 

「魄導……嘘でしょ!? 会得したてで、あんな化け物みたいな——!!」

 

 スミレも同様に。

 繁殖の王の……否、この場の誰をも軽々と凌駕する、戦場に吹き荒れるの銀の奔流に目を見張った。

 

「マジかよ、エトのやつ……!」

 

 ラルフは、友であり好敵手であるエトの進化に心底憎たらしげに歓喜の声を上げる。

 

「流石です、エト様」

「エトくん、やっぱりびっくり箱みたいな生態だよね……」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「クカカ……」

 

 肩を震わせて笑う。

 

「クカカカカカカカッ!」

 

 世界の我儘とすら称される赤肌の鬼人——バイパー・ジズ・アンドレアスは、心底楽しそうに声を張り上げて盛大に()()()

 

「カーッカッカッカッカッカッカッカ! そうだよなあ!? そう来なくっちゃなあ!?」

 

 遠くからでもなお褪せぬ輝きを届ける銀の命の奔流。それは、紛う事なき魄導——正真正銘、エトラヴァルトの力の証明だった。

 

「鬼人の若造が! この俺が知らねえとでも思ったか!? 5000年だ! 《英雄叙事(オラトリオ)》は、5000年の命の記録を積み重ねた概念保有体だ!!」

 

 〈星震わせ〉はその異名に違わず、感情の昂りだけで世界を揺らし叫ぶ。

 

「会得できねえはずがねえんだよ! クソガキは()()()()()()()英雄叙事(オラトリオ)》を宿していた! おまけに死人の魂の欠片を使って別人に肉体を置き換えるなんつう()()()()()ことまでしてやがる!」

 

 拳を握り、興奮に金色の目を輝かせてバイパーは高らかに笑う。

 

「この時点でおかしいんだよ! 他人の魂何人も受け取れて平然とできるやつなんざ! この世に()()しかいねえんだよ!! そんな化け物みてえな野郎の片割れが魄導を使えねえで、一体誰が我もの顔で使えるってんだ!?」

 

 〈星震わせ〉バイパーをして、エトの魂の在り方は化け物と呼ぶに相応しい。

 素質、素養の時点で合格点。あとはただ、外に出すきっかけがあれば良かっただけだ。

 なまじ《英雄叙事(オラトリオ)》というものを()()()抱えてしまったがゆえに、エトラヴァルトの魂の指向性は強く内向きだった。

 

 ある意味で、それは他者より魄導の会得難易度が高いと言えるだろう。

 だが、一度出してしまえば。使い方を理解してしまえば、あとはもう、エトラヴァルトの()()()だ。

 

「そうだよなあ! そう来なくっちゃなあ、世界!? ああ、最高だ()()()()()()()! テメェは今、()()()()!」

 

 興奮のあまり左手に持った酒瓶を握り潰し、しかしそのことにすら気づかないバイパーが歓喜の声を上げる。

 

「こと魂の強度! 出鱈目な出力! たった一つだ! だがテメェは、その一点において! ()()()()()()()()()()()()!」

 

 バイパーは断言した。

 先達として、生まれた可能性に、世界を揺るがす因子の誕生に喝采を送った。

 

「前言撤回だエトラヴァルト! テメェは、〈異界侵蝕〉に手が届く!!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 命の奔流が吹き乱れる。

 極めれば概念保有体にすら抗うことができるという魄導。しかも、会得したてでありながら規格外の出力。

 エトラヴァルトの魄導は、余波だけでカルラに対する簒奪の拘束を掻き消した。

 

「……エト?」

 

 正気を取り戻したカルラの視界を銀の輝きが満たす。その中央、毅然と立つエトラヴァルトの背中に。

 カルラは、親友の言葉を思い出した。

 

『——カルラちゃん。私思うの。人は、想い一つでどこまでも強くなれるって』

 

 苛烈に吹き荒れながらも温かい命の鼓動に、カルラの目に光が灯った。

 

 

 

「——よお。待たせたな、《英雄叙事(オラトリオ)》」

 

 繁殖の王に相対するエトラヴァルトは、自らの胸に手を当てる。

 継承者の覚醒を祝うように、魂の内側でいくつもの断片が邪魔しない程度に小さく輝いた。

 

「ここからだ。この星に軌跡を、足跡を刻む」

 

 砕け散った鎖——“聖女の鎖のわけ身”がエトラヴァルトの左手の中で再構築され、籠手のように彼の左腕に巻き付いた。

 

「まずは、クソッタレの()退治だ」

 

 この瞬間、エトラヴァルトは一時、語り部の名を捨てる。

 冠するのは、“最も新しき継承者”。

 

「行くぞ——こっから先は、俺の物語だ!!」

 

 

 今ここに、最前線の紡ぎ手が産声を上げた。

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