【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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何者⑤ ——そして始まる物語

 後悔の400年だった。

 

 僅か半日の出来事。

 毎日のように一秒一秒を反芻し、一瞬一瞬を顧みる。

 一挙手一投足を、小指の指圧に至るまで思い返す。

 

 それしか思い出すものがないから。

 

 あの日、カルラはモミジに触れることができなかった。

 温もりを知らない。

 表情を——最後の別れの瞬間の安堵しか知らない。

 

 言葉を尽くす暇なんてなかった。

 

 悔恨の積み重ね。

 虚構の希望に縋り、現実から逃げるように各地を放浪した。

 得られたのは、現地の知り合いと少しの友。そして積もり続ける罪悪感。

 

 一言。

 

 たった一言でいいのに。伝えたい言葉が、ずっと喉に引っかかったままで。

 

 『敗北は終わりではない』。それは、かつて自分が弟子にかけた言葉。どの口が、と嘲笑う自分がいた。

 

 それでも、そうありたいと願うのは本心だった。

 

 ——だからカルラは歩き出す。

 伝えに行こう。

 長い長い寄り道は、今日で終わりにしよう。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 世界を侵食する薄闇を銀の魄導が断ち切る。

 黒雲覆う大地の上で、繁殖の王の攻撃の悉くをエトラヴァルトの斬撃が封殺する。

 

『目障り……!』

 

 出鱈目な防衛圏。

 エトラヴァルトは斬撃を飛ばすに留まらず、当たり前のように“曲げる”。

 ただ一人この戦いに不適格なカルラを守るように、どこにいようと変幻自在の斬撃が繁殖の王を阻んだ。

 その堅牢と斬撃の強度は不恰好で発展途上ながらも、あの〈勇者〉アハトを彷彿とさせる。

 

「強くなりすぎなのよ……!」

 

 全力を尽くしても届かない。

 繁殖の王に容易く攻撃をいなされ続けるカルラは、それでも絶えず自分を守り続ける剣の結界に驚愕を抑えきれなかった。

 

 人の成長は不規則で予測不能と往々にして語られるものである。が、これはいくらなんでも()()()()——予測不能にも程があった。

 

「ありがとう、エト」

 

 見違えるような成長を遂げたエトに守られるカルラは、自分のなすべき事……否、成したいことのために繁殖の王へと小太刀を振るう。

 

 感じる。見える。

 繁殖の王は、全力を出せていない。常に、内側からブレーキを踏まれ続けている。

 死者0名。この惨状で、奇跡としか言いようがない数字は、たった一人の少女の奮戦の証だった。

 

「あなたは、まだそこで戦ってるのね——モミジ!」

 

 凶爪が遅れる。蹴撃がズレる。回避が鈍る。

 全ての動作が、カルラを傷つけようとする一切の行動が繁殖の王の内側に息づく秋風色の鼓動に妨げられていた。

 

 たとえ残滓になろうとも。体を、名前を、記憶のほとんどを簒奪されようと。

 モミジという少女は、カルラのために戦い続けていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 残穢が揺蕩っていた。

 それに名はなく、先はない。

 それは、終わりを迎えた旅路の、ほんの少しの後日談。

 泣き虫で臆病で、とても優しい親友の未来を見届ける、たった1日の猶予期間。

 

 意義や理由など、とっくの昔に剥離した。それでも、“約束”だけは抱え続けてきた。

 守るという誓いは、未だ色褪せぬ風となる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——モミジ!」

 

 カルラは唐紅の闘気を振り絞り、繁殖の王へとありったけの力で小太刀を叩きつける。

 

「あなたが作ってくれた、あの握り飯! あれ、塩じゃなくて砂糖で味付けしたでしょ!?」

 

 そして、言えなかった()()を思い切り叫び散らした。

 

「ありえないほど甘かったのよ! 塩だったらしょっぱ過ぎて食べらんないくらい! あと! 握り飯は酢飯じゃなくていいのよ!!」

 

 甘くて酸っぱくって、あと具材に使われた漬物類は味付き米との相性がそれはもう最悪だった。

 

「握り拳二つ分みたいなデカさの三つも! 自分で味見くらいしなさいよ! 料理下手にも程があるわ!!」

 

「え、酢飯……?」

「砂糖って……」

「み、三つも?」

 

 カルラの叫び声は戦いの行く末を見守る鬼人族たちの元へも届き、カルラの絶叫に顔を青くした。

 

「イノリと同じようなミスをしてますね」

「ちょっとストラちゃん!? それは内緒って——!」

「イノリちゃんさあ……」

「うるさーい! ラルフくんも似たようなものじゃん!」

「そこまでひどくねえよ!?」

 

 『魔剣世界』での寮生活中でのやらかしを唐突に暴露されたイノリがカッと両頬を赤くしてラルフを巻き込む。

 モミジの料理の下手さ具合に、繁殖の王からカルラを守るエトも思わず顔を顰めた。

 

「師匠、んなもん食って戦ったのかよ……」

 

 同胞や弟子がドン引きする中、カルラは行き場を失っていた言葉を次々に吐き出していく。

 

「家に残ってた汁物だって出汁とってなかったし! 調理方法(レシピ)ちゃんと見なさいよ! そもそも——!」

 

 ことごとく溢れ出る。

 400年溜め続けた想いは留まることを知らない。言葉は重複していただろう。同じ悪口も言った。自分が何をどこまで言ったのかなんて最早わからない。

 

 闇雲に、全力で剣を振るう。なんど弾かれても、弟子の言葉を信じてひたすらに前へ。そこにいる親友へ、たった一つ、言いたかったことを言葉にするために。

 

『しつこい……なんで折れない!?』

 

 誕生からずっと、内側に意図しない枷がある。

 矮小な存在がずっとずっと邪魔をしている。

 繁殖の王の苛立ちは、限界に達しつつあった。

 

『カルラちゃんを殺せないなら——!』

 

 一転、繁殖の王は目の前のカルラから視線を切ってエトラヴァルトへと狙いを変えた。

 カルラを狙うのを内側の存在が邪魔をするなら、まずは外側の守りを崩す。

 

 目障りな銀の斬撃がなければ、たとえ邪魔されようと質量塊の一撃で全てを壊せるのだから。

 狙いは、埒外の重量を誇るエトの剣。

 

『それさえ奪えば——!』

 

 エトの剛力で真価を発揮し、同時にエトの力を最大限世界に伝える相乗効果。

 肉薄した繁殖の王は、剣を()()しようと右手で虚空を握りしめた。

 

 ——刹那、剣が誇る常識外の重量に繁殖の王がその場に釘付けにされた。

 

『なん——っ!?』

 

 この剣に、世に溢れる魔剣のような華々しい能力はない。

 白夜・極夜のような相補性や、微睡水天(マドロミスイテン)のような多彩さはない。

 あるのは、たった一つ。『エトラヴァルトの魂との同調』。

 彼の心が折れない限りこの剣は砕けない。彼が想いを背負うほど、この剣は重みを増す。たったそれだけの、唯一無二の剣である。

 

 

 繁殖の王は、剣と繋がるエトの規格外の魂を垣間見る。

 そしてエトもまた、逆探知のように繁殖の王の内側を知覚した。

 

 無数の自我の集合体、その内側で小さくも輝く断片と、歪みの中心に座す一枚の(ページ)

 

「そんなもんで、俺が(コイツ)を手放すかよ!」

 

 斬断する。

 剣と右腕、互いの接触点から銀の鼓動が繁殖の胸を穿ち、“簒奪の概念”の欠片を斬り飛ばした。

 

『ガアアアアアアアaaAAAAAAAAAAAAAAA!!?』

 

 自己を構成する一大要素を失った繁殖の王が絶叫を上げる。

 時間にしてごくわずか、一瞬の隙。

 それを、カルラは見逃さなかった。

 

「モミジ——ッ!!」

 

 繁殖の王の背後、ガラ空きになった背中にカルラの小太刀が深々と突き刺さった。

 

 ——反撃が来る。

 

 チャンスは、この一瞬しかない。

 想いを届けるにはあまりにも短い。思い出を紡ぐには足りなすぎる。

 それでも一つ、たった一つ。

 カルラは、自分の全てを伝える言葉を持っていた。

 

 

「——ありがとうっ!!」

 

 

 一緒にいてくれてありがとう。

 遊んで、喧嘩して、仲直りして、悪戯して、一緒に怒られてくれてありがとう。

 ご飯を作ってくれてありがとう。

 あの日、助けてくれてありがとう。

 今日まで、信じてくれていてありがとう。

 

 

 一雫の涙が小太刀を伝い、最後の欠片が弾け——秋風が吹いた。

 

 刹那、唐紅の命の奔流が黒雲を切り裂くように吹き荒れた。

 それは、エトラヴァルトの銀の輝きに勝るとも劣らない、カルラ・コーエンの命の鼓動。

 400年の旅の果て、たどり着いた後日談(エピローグ)。その先を紡ぐ序章(プロローグ)が、空に羽ばたいた。

 

 その魂の輝きは、あたかも大空を鳥が羽ばたくように。

 両翼を広げた赤い鳥が凍土の上で高らかに鳴いた。

 

『GiGAAAAAAA……ア、ァァ、『繁殖ノ群竜(リュウ)ガ果テナキ飢餓を呼ブ』!!』

 

「「——っ!!」」

 

 簒奪の概念を失ってなお、繁殖の王は勝利を渇望する。

 全身から眷属の竜を産み落とし、莫大な質量でエトラヴァルトとカルラを押しのけた。

 

『『流転ノ拒絶! 繁栄ノ堕落! 我ラガ足音ハ地ヲ枯ラス!!』』

 

 瞬く間に増殖し、膨張し、大地に蔓延する。

 簒奪の概念の消失は、しかし奪ったもの自体が消えるわけではない。繁殖の概念の所有権は既に異界から“竜”へと移っている。ゆえに、繁殖の概念保有体としての脅威は未だ健在である。

 

「——エト! 私を守って!」

 

「任せろっ!」

 

 しかし、相対する師弟には迷いも恐怖もない。彼らの目に映るのはたった一つ。目の前の敵を討ち果たした先にある夜明けだけである。

 

「竜だろうが、概念だろうが関係ねえ! 俺の目の前に立ち塞がるもの全て、斬り伏せる!!」

 

「『今ここに、命の軌跡を綴る!』」

 

 銀の斬撃圏が守護する領域の中心で鬼人が唄う。

 

『『餓エヨ世界! 蚕食ノ晩餐ニ明日ハ無シ!』』

 

「『恵む旅路、幻想の終末、雪花を散らす旅人の足跡!』」

 

 三者の魄導が衝突し、弾け、世界を歪ませる。

 繁殖の暴威を銀の剣が退け、赤き鳥が羽を研ぐ。

 

『『我ラ、星ヲ呑ム摂理ニ至ル!!』』

 

『『終わりなき季節が巡り! 渡り鳥が春を唄う!!』』

 

 両者、顕現する。

 

『『繁殖セヨ——命尽キ果テルマデ!!』』

 

 その威容は、神殿を思わせる大繁殖。黒雲の下に隆盛を誇る繁殖の群体が暴走を始めた。

 

「ぶっ飛ばせ! 師匠!!」

 

 相対するカルラは、毅然と前を向く。

 自らの内より溢れ出る魄導に一部を赤く染めた髪を揺らし、その名を告げる。

 

「高く飛べ——『ディア・ミグラント』!!」

 

 魄導が形を変え、無数の渡り鳥が顕現する。

 万を超える渡り鳥たちは、カルラを“目”に巨大な1羽の鳥を模した。

 

「——啄め!」

 

 赤き鳥と繁殖の竜が激突する。

 怪物と怪物。

 誰も近づくことを許さない決戦は激しく、しかし儚く。

 

 カルラの鳥が、空を征す。

 

 繁殖の王は強大な力を有していた。しかし、核となる簒奪の概念を奪われ統率を失った群体は、400年の旅を経た渡り鳥の強靭な羽の前になす術もなく食い荒らされていった。

 

『我ラ、ハ……マダ!』

 

「——もう終わりよ!」

 

『!?』

 

 吶喊する。

 小太刀を両翼に最前線を駆け抜けたカルラが繁殖の竜を全て一刀の下に斬り伏せ、王の目の前に刃を献上した。

 

 渡り鳥が竜を殲滅し、残るは王、ただ一体。

 

 用いるのは刀ではなく、拳。

 

「私の親友を、返しなさいっっ!!」

 

 小太刀を手放した右手が力強く握りしめられ、繁殖の王の、火傷の跡が残る胸を深々と穿ち、闘気と比較して透明度と輝きが増した唐紅の魄導が全身へと叩き込まれた。

 

『iiiigigiiaaaaaaaaaaaa!!?』

 

 この星で誰よりもモミジのことを知り尽くしているカルラの一撃は、少女の亡骸に寄生虫のように巣食っていた繁殖の王を余さず全身から追い出した。

 

 カルラは、しかと親友の体を抱きしめた。

 

「……お疲れ様、モミジ」

 

 少女の肉体から追い出された本体。

 アメーバを彷彿とさせる、竜とは到底言い難い肉体。それが、繁殖の王の本体だった。

 

『giiiiiiiiiiii----!!』

 

 繁殖の王は憑代を奪還せんと無数の“手”を伸ばす。

 

「——邪魔してんじゃねえよ」

 

 しかし、斬滅。

 カルラとモミジを守るように展開された銀の斬撃圏が繁殖の王の最後の足掻きを悉く斬り伏せた。

 

「我が名はエトラヴァルト。無銘の偉業の語り部なれば」

 

 魄導を収めたエトが代わりに纏うは、たった一枚の物語。

 遍く竜を滅する概念をその身に下ろす祝詞に、繁殖の竜がずるずるとゲル状の体を引きずり逃走を測る。

 

「——剣身一切、竜滅を詩う!」

 

 振り下ろされた竜殺しの剣を前に、繁殖の竜が逃げおおせる術はなく。

 

 

 繁殖は、2000年の長い旅路に幕を下ろした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——なあ、見てるかよアリスティア」

 

 戦いの全てをその両目でしかと見届けたバイパーは、推し量れない感情を声に宿す。

 

「繋がったぞ。テメェの希望は今、ここに!」

 

 数百年ぶりの……否、5()0()0()0()()()()の高揚がバイパーを満たす。

 

「変わるぞ、世界。テメェが面白くなるのはこっからだ!!」

 

 〈星震わせ〉……否、その名の語源になった()()()()〈異界侵蝕〉が、拳を握って新たな時代の幕開けを確信した。

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