【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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 繁殖の竜との長い長い戦いが終わった。

 それは今日一日限りの話ではなく、繁殖の竜を排出する()()()()()によって、生存競争そのものに終止符が打たれたことを意味する。

 

 

 

 ——その夜。

 豊穣の地は宴の最中にあった。

 

「うちの漬物大放出だ! 好きなだけ食えー!」

「米もどんどん炊くからな!」

「肉だ肉! 魚も全部ありったけ持ってこーい!」

 

 半壊した景色に嘆くのはほんの数分。戦いの終結は、すなわち新たな暮らしの模索を意味する。

 逞しいことに、鬼人族の皆は即座に新たな建築計画を建て始め、ついでに「広々としてるうちに盛大に騒ごうぜ!」と流れるように宴が始まった。

 

 医療班の人たちがミツバを筆頭に「怪我人は自重しろー!」と叫ぶも効果はなく、そもそもミツバたちもまた歓喜の中にいることは疑いようもなく、気がつけば彼女たちも宴席の輪に取り込まれていた。

 

 重篤な怪我などなんのその。巨大な焚き火を囲みドンチャン騒ぐ最も大きい輪から外れたところでは、ラルフとスズランが三姉妹によって料理を口元へと運ばれている。

 

(あん)ちゃんたちもっと食えー!」

「祭りだ祭りだー!」

「おーるないとー!」

 

 潰れかけた右腕と一時は断たれた左腕。動かせるようになるにはまだ暫く時間がかかるスズランと、相当な無茶を重ねた結果夜になってもまともに動けないラルフは、苦笑しながら三姉妹の好意を受け入れる。

 

「ありがとなワカバ……でもこれ以上は俺もごごごごご」

 

「お、俺は今食欲ねえというか飲み込めなあぼぼぼぼぼ」

 

 善意に殺されかけている二人から視線を移した先では、キキョウと和やかに談笑するイノリとストラ。そして功労の結果キキョウの膝枕に沈み昇天するスミレの姿が見える。

 

 俺の視線に気づいたイノリとストラ、そんな二人に気づいたキキョウが手を振ってきたので振り返し、手元にある薄口の酒を一口含んだ。

 

 久しぶりに飲んだ酒は、すっきりした後味でとても飲みやすかった。

 

「飲みすぎないように気をつけないとな」

 

「クカカ。テメェ、酒弱えのか?」

 

 俺の言葉に、隣に座るバイパーが「情けねえなあ」と嗤い一升瓶を直接傾けた。

 

「酒癖が悪いらしくてな。飲みすぎると《英雄叙事(オラトリオ)》に主導権奪われてポンポン性転換させられんだよ」

 

「クカカッ! 良いじゃねえか、余興にやってきやがれ!」

 

「絶 対 嫌 だ !」

 

 ゲラゲラと嗤い豪快な飲み方をする割には、一度に口に含む量は大したことなく、一口一口ちゃんと味わうというなんとも奇妙な飲み方をするバイパーに、俺は念の為の確認を取る。

 

「異界が消滅したってマジなのか?」

 

「——ああ。この目で見た。間違いねえよ」

 

「にわかに信じがたいな……」

 

 異界の消失。話に聞いたことはあるが、実際に体験する日が来るとは思わなかった。

 俺の困惑に一定の理解を示したのか、バイパーは追加で情報を提示する。

 

「繁殖の概念の所有権が移ったのが原因だろうよ。王が消えた巣に存在意義はねえ」

 

 繁殖の概念は消失した。

 いや、正確に言うなら、“豊穣の概念”に吸収合併された。

 繁殖と豊穣、司る領域にある程度の類似性があったことが吸収の原因だろうとキキョウは推測していた。

 

 怖いのは繁殖が内側から悪さをする可能性だが、それについては「あり得ない」とバイパーが太鼓判を押している。曰く、「概念そのものに意志はねえ」とのこと。

 《英雄叙事(オラトリオ)》になにか自我的なものを感じずにはいられない俺にはどうにも納得しかねる話ではあったが、ひとまずはそういうことにして流しておく。

 

「しかし、意外だったな。まさかアンタが自主的に異界の有無を確認しに行っただなんて」

 

 戦後処理はそれなりに難航した。

 全員が満身創痍。比較的元気な俺と師匠すら、初めての魄導放出による反動で全身を激痛に襲われ、皆の足取りはまさに危険度3〜5(リビングデッド)のようだった。

 

 そんなわけで帰投すら一苦労な状況下、なんと横にいるバイパーは誰に頼まれたわけでもないのに異界の存在を確認しに行って、リンドウに報告したのだ。

 

「繁殖の消滅は、アンタにとっちゃ面白いものだったのか?」

 

 俺の問いを、赤肌の鬼人は「あり得ねえな」と笑い飛ばす。

 

「蟲が何匹死のうが俺には関係ねえよ」

 

 そう言ったバイパーは、黒金の双眸に勢いよく燃える巨大な焚き火を映す。

 

「全く面白味のねえ()()()だったぜ。だが——宴を邪魔されるってのは()()()()()だろ」

 

「……なるほど。そりゃそうだ」

 

 二人揃って無言になり、笑顔と急患が溢れる宴を眺める。

 少しして、酒を置いた俺はおもむろに立ち上がる。

 

「バイパー。ついでに、もう一つ()()()を手伝ってくれないか?」

 

「なんだ、テメェも()()()()やがったのか」

 

 返答は、肯定や否定ではなく、同調。

 俺は剣を握り、バイパーは首を鳴らした。

 俺たちは互いに示し合わせたように、師匠とモミジの約束の木を仰ぎ見る。

 

「「そんじゃ、宴を邪魔するクソ野郎をぶっ飛ばしに行くか」」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 荼毘に付されたモミジの遺体は、約束の木の下に丁寧に埋葬された。

 

 カルラとリンドウ、キキョウ、ミツバ……数人の彼女を知る鬼人。そしてカルラが無理を言って同席させたエトに見送られ、少女は正しく弔われた。

 

「……約束、果たしにきたわよ」

 

 皆が宴に興じている中、カルラは一人、丘の上を訪れていた。

 墓石の対面に座り、いつものように二つのお猪口に酒を注ぐ。

 

「お互い、二十歳とっくに過ぎちゃったけどね」

 

 器の中の酒を一気に飲み干したカルラの前で、400年間酒を注がれてきた猪口が脈絡なく真っ二つに割れた。

 地面に染み込んだ酒を見送ったカルラは、子供のように吹き出して笑う。

 

「ふふっ! 全く、飲み方が荒っぽすぎるわよ」

 

 穏やかで少し肌寒い風が吹く。

 

 繁殖の異界が消失し、概念が統合されたことで豊穣の力は以前に増して強力になった。

 結果、豊穣は大地への影響力を増し、暫くは凍土を侵食し土地を広げていくとの予測が出ている。

 

「こっからどうしようかしらねー」

 

 今ならなんでもできる気がした。

 400年か、あるいはそれ以上ぶりの全能感。

 

「暫くはまあ、お爺ちゃんにどやされないように復興作業かなあ?」

 

 怪我人大量発生の現状、暫く自分とエト、あとついでに酒で釣ったバイパーは肉体労働者として重宝されるだろうとカルラは読んでいる。

 特に男手二人。傍観に徹していたバイパーは勿論のこと、なんだかんだエトはこの戦いを無傷で乗り越えている。

 

「開戦前の方が重傷ってよく考えたらおかしいわよね……」

 

 元々傷の回復が早かった弟子ではあるが、あの大怪我から即座に完治はなんぼなんでもおかしいだろう、とつっ込みたい。

 

「……ほんと、エトには感謝しないとね」

 

 エルレンシアの魂の欠片を宿した少年。最初は、たったそれだけの細い繋がり。

 それが成り行きで師匠をすることになり、その必死さに感化された。その姿に羨望を抱いた。

 

 全くもって、奇妙な縁である。

 

「さ〜て! それじゃ私も宴会に参加してくるわね!」

 

 酒瓶を墓石の横に置き、カルラは勢いよく立ち上がった。

 

「いろんな種類のお酒飲んでくるから、二日酔いが取れた頃に感想言いにくるわね!」

 

 過去を振り返るのは良い。だが、いつまでも過去に囚われていれば、目の前の美しい景色を忘れてしまう。

 それをモミジが望んでいないことなど、カルラはとっくに承知だった。

 

「それじゃ、また来るわね!」

 

 鳥が羽ばたくように、カルラは軽い足取りで丘を下り、高く燃える焚き火を目指して駆け出した。

 その背を叩くように、優しい風が吹く。

 

 誓いを果たした少女は、今日、大人になった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 日が沈み、月が頂点を過ぎた頃。宴もたけなわ、体力の限界から一人、また一人と気絶するようにねむりにつき、徐々に静かになっていく豊穣の地に、招かれざる客が立つ。

 

 カルラが去った墓の前に、灰色の影が差した。

 影は墓石の前で膝をつき、胸から一冊の本を取り出す。そのまま右手で土を掘り返そうと墓に手を伸ばし。

 

「——それ以上動くな、《終末挽歌(ラメント)》」

「相変わらずコソコソと陰気臭え野郎だな、ぇえ?」

 

 殺気を纏った剣と拳が影に……《終末挽歌(ラメント)》、グレイギゼリアの動きを制した。

 

「……やあ、久しぶりだね。《英雄叙事(オラトリオ)》」

 

 月光が、グレイの闇色の瞳に吸い込まれる。

 底なしの虚無は、旧知の存在に向けられた。

 

「君も元気そうだね、バイパー」

 

「黙りやがれクソ野郎。テメェに名を呼ぶ許可をした覚えはねえ」

 

 嫌悪感を剥き出しにしたバイパーが拳に一層力を込めた。

 抵抗の意思はないとばかりに本をしまい両手を挙げたグレイに対し、剣を首もとに押し付けたエトが問う。

 

「お前が繁殖に混ぜた(ページ)は斬ったぞ。今更何しに来た」

 

「悲劇の収穫を……と言いたかったんだけどね。どうやらまた君に邪魔をされてしまったようだ、《英雄叙事(オラトリオ)》」

 

「誤魔化すなよ。モミジの墓を荒らして何をするつもりだった」

 

 警戒を緩めるどころか一層緊張を強めるエトに、グレイギゼリアは空虚な笑みを向ける。

 

「彼女は人の身でありながら魔物と概念、その二つと合一した。たとえ骨の一欠片であっても、とても良い()()()()になると思ってね」

 

 ——空間歪曲展開。

 

「だから、少し強引な手段を取らせてもらうよ」

 

「ほざけ——!」

「させねえ!」

 

 二人を無視して強硬策に出た《終末挽歌(ラメント)》に対し、黄金と銀の魄導が空間の歪曲自体を叩き壊し、その内側で守られていた男の上半身を塵一つ残さずに消し飛ばした。

 

『……わざわざ結界を張るなんて、君らしくもないね、バイパー』

 

「黙れ。テメェが俺らしさを語るんじゃねえよ」

 

 全身を無数の()()に変換したグレイがその場から離脱する。

 僅か数秒。上空で何事もなかったかのように肉体を再構築したグレイが一人得心したように頷いた。

 

「良いよ。今回は君たちに免じて回収は諦めよう。でも、代わりに一つ、質問に答えてもらうよ」

 

 闇色の瞳が、エトの薄く蒼銀を纏う瞳を覗く。

 

「君には今、()()()が聞こえるかい?」

 

「鎖……?」

 

 グレイの突拍子のない質問に、エトは緊張を保ちつつも疑問から僅かに深く思考する。

 ゆえに、隣でエトを見るバイパーの視線には気づかなかった。

 少しして。

 

「……いや、覚えがねえ。この左手のことを言ってんなら話は変わってくるんだが」

 

 エトは自分の左腕に巻き付く“聖女の鎖のわけ身”を腕を曲げて鳴らして見せた。

 

「当たらずとも遠からず……かな。でも、そうか。君には、まだ聞こえていないんだね」

 

 その言葉には、ほんの僅かな落胆が混じっていた。

 滅多に感情を表に出さないグレイのわかりやすい変調に、バイパーとエトが視線を鋭くする。

 

「満足いく回答ではなかったけど、約束だからね。今回は全面的に手を引こう」

 

 夜に溶けるように、その姿が朧げになっていく。

 

「〈魔王〉とも引き分けてしまったから、残念ながら収穫は0だ。今回は……いや、()()()僕の負けだよ、《英雄叙事(オラトリオ)》」

 

「相変わらず意味のわからねえことを……!」

 

 最後まで曖昧な物言いを残して、グレイギゼリアは宣言通り、豊穣の地から姿を消した。

 

「アンタを知ってるような言い草だったが——」

 

「話す気はねえ」

 

「……そうか」

 

 先制して釘を刺されたエトは、あからさまに虫の居所が悪そうな態度を取るバイパーから自然と距離を取る。

 

「俺は戻るけど、アンタはどうする?」

 

「俺は飲み直しだ。テメェはとっとと行ってこい」

 

 以前と比べかなり態度が軟化したバイパーに退散を促されたエトは無言で頷いて宴の中心へと帰った。

 

 去り際、バイパーが呟いた「まだ(ひら)けてねえのか」という言葉の意味は、この時のエトには理解できなかった。

 

 

 そして——

 

 

「エ〜ト〜! 聞いたわよあんたぁ! 酒飲んだらポンポン性転換するんですって!?」

 

 一杯の酒で完全に出来上がってしまったカルラに後ろから羽交い絞めをされて完全に拘束された。

 

「は!? なにこれどういう状況!?」

 

 エトが目を離していた数分間のうちに、宴会会場は死屍累々の様相を呈していた。

 

「あ! エトくんどこ行ってたのさ! みんな探してたんだよー!」

 

「そうですよ。えと様は主役なのですから」

 

「待って待って状況が飲み込めない! イノリ説明くれ!」

 

「説明って言われても……えーとね」

 

 曰く、一つの酒しか飲んでこなかったカルラは、他のアルコールに対して全く耐性がなかったそうで。

 エトがさっきまで飲んでいたものと同じ銘柄を一口飲んだだけですっかり出来上がりこの有様。

 

 さらに喜劇は終わらない。

 

 テンションが振り切れたカルラが勝ち抜きの腕相撲を始め、腕自慢たちを片っ端からなぎ倒し始めた。

 その中にはキキョウからのご褒美で多幸感MAXだったスミレもいたそうで。

 

「壮絶な戦いだったねー」

 

「熱戦でございました」

 

 激戦の末、カルラが戦いを制したそうだ。しかし、勢い余ったスミレがラルフが寝ている方向へと吹っ飛ばされ、三姉妹の末娘であるヨツバがタイミングよくラルフの顎を蹴り上げ、スミレの顎とラルフの脳天が盛大に激突したそうだ。

 

「……待て、なんでラルフは顎蹴られた」

 

「それは、拙たちには理解のできない挙動でございました」

 

「明らかに何かしらの力が働いてたよね」

 

 スミレの胸がラルフの背中に当たる寸前に妙な挙動が起こったとのこと。

 

「アイツの呪い受動的な接触にも反応すんの!? 嘘だろ!?」

 

 あまりにも不憫すぎるラルフにエトは衝撃を隠せなかった。が、それはそれとして自分が羽交締めにされている現状に苦言を呈す。

 

「……で、俺はなんで羽交締めにされてるのかな?」

 

「ほら、エトくん前に酔って性転換したって言ってたでしょ?」

 

「……そういや言ったな」

 

「そしたらほら……試してみたいじゃん?」

 

「おい待て、待ちやがれ。頼む待ってくれ」

 

 好奇心に目を輝かせるイノリに、エトは瞬時に尊厳の危機を悟った。

 

 魄導の会得、ラルフの完治まで豊穣の地からは動けない。今日に関してはエトは酒解禁。様々な要素が重なった結果、「酔わせても大丈夫だよね!」とイノリがぐっと親指を立てた。

 

「何も大丈夫じゃねえ! 助けてくれストラァ! イノリが敵になった!」

 

「大丈夫ですエト様! エト様が酔うまでに飲んだら酒量をきちんと計測すれば、次回からの目安になりますので!」

 

 理路整然と話すストラの表情は「見てみたい」と何よりも雄弁に語っていた。

 

「お前もかよ畜生め! き、キキョウは……!?」

 

「すみませんえと様。拙もその……大変見てみたいのです」

 

「お前ら揃いも揃ってぇ!!」

 

(あん)ちゃんモテモテ!」

「にーたんぐいっと!」

「いろおとこー!」

 

「喧しゃあ葉っぱ娘共がぁ!」

 

 恥も外聞もなく喚き、魄導を使ってまで離脱を図るエト。しかし彼を拘束するカルラもまた魄導を会得した身であり、完全に背後を取られ不利を抱えたエトに脱出は不可能だった。

 

「それじゃエトくん! まずは一杯目!」

 

「私の弟子ならしっかり飲み干しなさいよ〜!」

 

「この裏切り者共があああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 豊穣の地に、今日一番情けない悲鳴が上がった。

 

 

 

 その翌日。

 豊穣の地を救った客人が忽然と姿を消し、代わりに純白のドレスを纏った真っ白な美少女がさめざめと涙を流している姿が発見されるのは、また別の話。




第5章 超克の詩、これにて完結です。
ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
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