【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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一週間ぶりです。
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第六章 英雄の帰還
新しい日々


 世界のどこかで、誰かが祈っていた。

 

 両手と両足に重い重い枷を付けて。

 両目を鋼鉄で塞いで。

 広い部屋の中央、狭い檻の中で。

 

 世界を想って、誰かが祈っていた。

 

 冷たい手のひらの感触、淡く響く脈拍、細く儚い吐息。

 確かな命の証明を鳴り響く鎖の音がかき消して、今日も世界の安寧を約束する。

 

 世界は誰も、祈りを知らない。

 

 

 

 ——『鎖の聖女と顔無しアルト』より抜粋。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 豊穣の地。

 それは七強世界が一つ、『極星世界』ポラリスの中にありながらあらゆる記録と名前、関わりを抹消された空白の土地。

 繁殖の概念を有する竜から極星を守るために極星から存在を知られることすらなかった——それはもう、過去の話である。

 

 繁殖の竜が消滅し、2000年に渡る長い長い生存競争に幕が降りた。

 繁殖の概念は豊穣に吸収合併され、力を増した豊穣は間もなく影響範囲を広げていくだろう。だが、それは年単位の時間を要するもの。

 鬼人族たちにとって、目下重要なのは衣食住の最後……“住居”の再建である。

 

「釘放置すんなー!」

「ここにあった鉋持ってったの誰だー?」

「腐食が進んでる木材も削れば使えるから捨てんなよー!」

 

 怪我の治りが遅い者は設計に。復帰した者たちは順に手を動かしていく。

 

「違う違う! そこは釘使わずに木材を咬ませて——」

「飯食いながら作業すんなー!」

「骨組みの横で魚焼くな阿呆め!」

 

 豊穣の地は、結界によって守られてきた。それゆえに長い間建物の大規模な改修はなく、鬼人族たちが有するノウハウは防壁や塹壕を始めとした戦いに関連するものに偏っている。

 

 お祭り騒ぎは続く。

 一丸となって故郷を新たな形にしようと、たとえば、いっそのこと半壊した屋敷をもっと豪華にしようと好き勝手に知恵を出し合っていた。

 

「エトラヴァルト〜! これ上に持ち上げてくれ〜!」

 

 その中には、エトラヴァルトたち異邦の客人の姿もあった。

 

 

◆◆◆

 

 

「少し待ってくれ、今伸ばすから!」

 

 なんだかんだ繁殖の竜との戦いをほぼ無傷で乗り越えた俺は、再建作業においても力強い助っ人として重宝さらていた。

 左腕に巻き付いた鎖を伸ばし、屋根裏の骨組みを受け取り並べていく。

 

「ありがとさん。……で、一体お前はなんなんだ?」

 

 凄まじく便利な鎖に眉を顰める。

 剣を封印していた“聖女の鎖のわけ身”なるもの。俺が魄導を会得したことをきっかけに、剣の封印装置だったこの鎖はどういうわけか今度は俺の左腕に巻きついた。

 

「一回壊れてたよな? なんか当たり前のように再生したけど」

 

 剣に巻き付いていた時と異なるのは、特段この鎖が俺の能力を制限している気配がないことだろうか。

 俺の指示に従いある程度従い、かつ一定の自立行動をする摩訶不思議な聖遺物。

 

 俺の意図を汲んで勝手に動くあたり意思がありそうなんだが、問いかけてみるも反応は無し。

 

「……ま、いいか」

 

 現状、汎用性が高く助かっているわけだし無理やり引き剥がす必要もないだろうと作業を再開する。

 

「エトくーん! お昼どうするー?」

「これ終わらせてから行くから、先食べててくれー!」

「りょうかーい!」

 

 というか、この鎖よりもイノリの魔眼……推定“無限の欠片”について調べる方が急務な気がする。

 

「繁殖の野郎も狙ってたわけだしな。今度〈魔王〉あたりにでも聞いてみるか?」

 

 ものすごく恩着せがましいが、「お宅の世界の危機解決に貢献したんで情報ください」とでも言えばそこそこ強請れるのではなかろうか?

 

「そんなことしなくても、あの人なら教えてくれそうな気もするが……」

 

 なにはともあれ、諸々の説明のために一度〈魔王〉には会っておいた方がいいだろう。

 グレイギゼリアの発言から推察するに、繁殖の竜の覚醒は〈魔王〉ジルエスターが豊穣の地と竜を認識してしまったことに起因している。つまり、それを伝えたと思しきグレイと交戦した可能性が極めて高い。

 

 いずれまた、《終末挽歌(ラメント)》と戦うことになる。

 確信めいた予感への対策に、得られる情報は積極的に取りに行くべきだ。

 

「だから師匠に仲介頼みたいんだが……よし終わり。昼飯食べに行ってくる!」

「おうよ! ガッツリ食ってきてくれ!」

 

 ここ数日で親交を深めた鬼人の男とバトンタッチ。イノリにひと足遅れて休憩に入る。

 

 諸々の復興が終わるまではここに滞在しても良いかもな、なんて考えながら宴会場を流用した青空食堂(吹きさらし)へ向かう途中。

 

「——いい加減にせんか! この馬鹿娘〜〜〜〜!!」

 

 半壊した屋敷の方角から、爺さん(リンドウ)の凄まじい怒声が響いたことに俺は大きなため息をついた。

 

「爺さんは今日も元気だなあ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 繁殖の竜との決着。400年の停滞を越え、モミジとの約束を消化したカルラ。

 

「嫌よ! 働きたくな〜い!」

 

 彼女はその翌日から、めちゃくちゃ引きこもりになっていた。

 

「一週間じゃぞ! 三日は多めにみたが、一週間ともなれば話は変わるわい、この穀潰しめ!」

 

 クワッ! と目を見開いたリンドウの怒涛の口撃に、カルラは「あーあー聞こえなーい!」と耳を塞ぐ。

 

 逃げるために冒険者をやっていた。豊穣の地にいないなら、どこかに親友(モミジ)がいるのではないかという幻想に縋った。

 

 しかし、全てに決着がついた。

 

 カルラは今まで、400年という長い時間に置いてかれていた。しかし、唐突に追いつき、なおかつ推力を失ってしまった彼女は今、いわゆる『燃え尽き症候群』というものを患っていた。

 

「全くお前という奴は……!」

 

 梃子でも自室から動こうとしないカルラに、リンドウはお手上げだと深い深いため息をついた。

 

「……ご飯は、ちゃんと食べるんじゃぞ」

 

 酒浸りの放蕩生活に走ったのであればまだ叱責も容易かったのだが、現実はそうではない。

 カルラは、「なにをするにも気力が湧かない」状態になっていた。それゆえにリンドウはそれ以上の叱責ができず、静観の構えを取るしかなかった。

 

 扉を少しだけ開けた状態で部屋から去るリンドウは、いつまで経っても手のかかる孫娘に苦労しつつも僅かに笑っていた。

 

「前とは違うからのう。時間が解決してくれるわい」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「…………」

 

 リンドウが去って間もなく、カルラはゆっくりと体を起こして正座する。

 そして律儀かつ静謐に防音結界を展開し、真っ赤にした顔を両手で覆い隠した。

 

「ああぁああああぁぁああああぁあぁぁぁぁああああああああーーーー!!!!」

 

 羞恥に悶えた大絶叫は、カルラの卓越した技量によって構築された防音結界によって外に漏れることはなかった。

 

「ぁぁぁぁぁ〜〜!」

 

 徐々に先細る声に合わせて、カルラの体が折れ曲がり、額が畳に押しつけられた。

 

「ぅうあ……! 私、お酒弱すぎ……!!」

 

 跡がつくことを全く気にせずにぐりぐりと頭を揺らしながら、カルラは()()()()()()()()

嘆いた。

 

「あんな暴れて、だる絡みして……! どうやってみんなと顔合わせれば良いのよ!?」

 

 心を乱しながらも結界の維持に翳りはなし。カルラは自分の醜態を思い出し「うあ〜」とか「ぬが〜」とか唸る。

 

 

 そう、今回の引きこもりの原因は燃え尽き症候群でもなんでもなく、ただ「酒の席でやらかした後悔」を引きずって外に出られなくなっただけという、後にこの理由が明かされた時、全員から盛大なため息をつかれることになるあまりにもしょーもないものだった。

 

「お酒飲みたーい! でも飲みたくなーい!」

 

 モミジの墓前で話すと約束した以上、カルラはなるべく多くの酒を飲んでみたいと望んでいる。が、彼女は400年間常飲してきた酒以外への耐性が微塵もないため、わずか一杯で完全に「出来上がって」しまうのだ。

 

 なまじ酔っていた間の記憶が残るタイプの悪酔いをする系譜だったがために。そして、400年以上に渡ってただの一度も「そういう経験」をしてこなかった酔っ払いど素人のカルラは一週間もの間、羞恥に悶え苦しんでいた。

 

 自分でも「なんだそのアホみたいな悩みは」と鼻で笑いたくなるようなくだらなさ。

 

「はあ……平和ね」

 

 ()()()()()で悩めるようになったんだな、とカルラは自身の変化を感じつつフラッシュバックしてくる醜態の数々に頭を抱えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 屋敷が半壊したことにより、俺とラルフが寝泊まりしていた大広間は天井が崩れ晴天の下に晒されている。

 瓦礫を退け、雑に張られた天幕の下に家財を集約した結果物置きと化した元大広間。

 

「珍しいな、スミレが俺を呼び出すなんて」

 

「まあね」

 

 昼食後、スミレは「ちょっと面貸しなさい」と俺を呼び出した。

 

「なんでこんな場所に?」

 

「ちょっと大事な話だから静かなところが良かったの。座って?」

 

 促された俺は、後ろの箪笥に体重をかけないように注意して畳の上に腰を下ろした。

 

「それじゃ、早速本題から入るんだけど……」

 

 スミレの真剣な眼差しに、俺は自然と背筋を伸ばし息を呑んだ。

 

「エト。あんた、巫女様と結婚しなさい」

 

「……………………、はあ!?」

 

 開幕爆弾発言に、俺は素っ頓狂な声を出した。

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