【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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そして始まりへ

「——兆候はあったんだ」

 

 極寒の大地を疾走する。

 魄導を使える俺、師匠、ジルエスターの三人がそれぞれイノリ、ストラ、ラルフを背負い、吹雪を割って魔王城を目指す。

 

「少しずつ、だが確実に。『悠久世界』は都市国家リーエンに物資を集めていた」

 

 その中で、ジルエスターは今回の事態を……悠久の宣戦布告の予兆を話していた。

 

 都市国家リーエン。

 『海淵世界』アトランティスと隣接するエヴァーグリーンが有する土地であり、本国からある程度の権限を付与されている国。

 俺たちと師匠が出会った場所だ。

 

「元々、カルラにゃそこを探らせていた。そしたら余計なおまけがぽこぽことついてきたわけだが」

 

「待ってくれ魔王。俺たち、師匠は剣闘大会のスカウトに来たって——」

 

「あ゙あ゙?」

 

 瞬間、前方を走るジルエスターが振り返り、吹雪すら凍てつく視線で師匠を射抜き、

 

「——キュウ」

 

 俺の隣を走る師匠の喉が小動物の鳴き声のような音をもらした。

 

「おいカルラ! やけに雑な報告書だと思ってたが、テメェサボりやがったな!?」

 

「ちっ、ちちちちちち違うわよ! 私だってちゃんとやるつもりだったわよ!? でも意図せず【救世の徒】と接触しちゃったわけで!」

 

「お、落ちっ……! カルラさん落ちます!?」

 

 全力疾走のまま両手をあたふたとさせるという謎に高度な技術を披露しながら、背負うストラを落下の危機に晒す師匠。

 なんとも気の抜けた姿を晒す師匠に、ジルエスターが大きなため息をついた。

 

「ったく、帰ったらテメェにゃ即任務与えてやるから覚悟しろ——少し飛ばすぞ、着いてこい」

 

「応!」

「はっ、はい!」

 

 加速する白狼の背を追って、俺たちも大地を蹴った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「良かったんですか? 巫女様」

 

 スミレの問いかけに、キキョウは静かに頷いた。

 

「はい。もちろんでございます」

 

 悠久と海淵の戦争。それは、エトラヴァルトを次の戦場に駆り立てるには十分すぎる理由だった。

 

 悠久が如何なる理由で宣戦布告をしたのかは定かではない。が、『海淵世界』アトランティスは第四大陸と……ひいては『弱小世界』と揶揄されるリステル——エトラヴァルトの故郷と隣接している。

 

 それが意味するところは、『海淵世界』が敗北した場合、その余波をリステルが受ける確定した未来である。

 

 否、リステルだけではない。第四大陸南部に位置する『魔剣世界』レゾナも、おそらくはその煽りを受ける。

 エトラヴァルトが縁を繋いだ世界が大きなうねりに巻き込まれる。それは、彼にとって到底許容できるものではなかった。

 

 止める間も無く駆け出した。

 その背を、キキョウは惜しんで見送った。

 

「ここで征くのが、拙たちを……()()()()を救ってくださった、えと様の強さなのですから」

 

「せめて『帰ってきて』くらいは言ってよかったと思いますが……」

 

 もっとわがままを言ってもいいと。

 もう使命に殉じる必要はないのだから、もっと自分の欲を出していいのだと、スミレは敬愛する歳下の巫女を想う。

 

「必要ありません」

 

「でも——」

 

「会いに行くのも良い、と思いましたので」

 

 その予想外の力強い宣言に、スミレはぱちくりと瞬きを繰り返した。

 

「外の世界を知るには良い機会だと思ったのです。すみれ様、かるら様がいるのなら、旅も安全でございます」

 

 それは、純粋な信頼であり。

 魄明(はくめい)の継承を見て以来、ひたむきに拳を鍛え続けてきたスミレの想いが届いていた証左だった。

 

「……そうですね! アタシがいれば大丈夫です!」

 

 心踊る未来に、二人の鬼人は眩しい笑顔を浮かべた。

 

「エトラヴァルトのやつを驚かせてやりましょう!」

 

「はい。楽しみでございますね」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「『悠久世界』の目的は十中八九、『海淵世界』が持つ“無限の欠片”だ」

 

 魔王城、執務室にて。

 師匠を含めた俺たち五人は宣戦布告に至る経緯を大まかに知る。

 

「始原、悠久、幻窮、覇天、海淵、時計……無限の欠片の殆どはこの六つの世界が占有してる」

 

「時計……?」

 

 魔王の口から出た聞き慣れない世界の名に思わず口を挟んだ。

 

「七強世界、じゃないよな? 大世界か?」

 

「限りなく七強に近い大世界だ。一説によりゃ、戦力は既に四封を上回ったとすら言われてる。が、今はこの世界のこたぁどうでもいい」

 

 話を戻すぞ、そう言った魔王は顔の前で腕を組み、俺たちに鋭い視線を向けた。

 

「《終末挽歌(ラメント)》の活動再開に伴い、悠久は何を思ったか知らねえが戦争の準備をおっ始めやがった」

 

 《終末挽歌(ラメント)》の活動再開……恐らくは『花冠世界』の一件が決め手なのだろう。

 

「俺ぁ、それでも動くにゃまだ2ヶ月はかかると見てた。だが……」

 

 言葉に詰まった魔王に代わり、ストラが口を開いた。

 

「【救世の徒】が動いてしまったんですね。同じ“無限の欠片”を狙いに」

 

「そうだ」

 

 無限の欠片は、たった一つで世界のパワーバランスを激変させる爆弾である。

 なんの目的で——なんて考えるだけ無駄である。無限の欠片があれば、兵器の量産も、世界の発展も、個人の強化もできてしまう。

 そもそも、()()()()()()()()()のだ。

 

「魔王、アンタの話だと、『極星世界』と『四封世界』は欠片を持ってないように聞こえたんだが」

 

「ああ。ウチと四封は欠片を持ってねえ。業腹だが、他の七強と比べりゃ一歩劣ってんのが現状だ」

 

 極星が未だに七強に名を連ねるのは土地の不可侵性によるものだと魔王は付け加えた。

 

「——()()()リステルの騎士、エトラヴァルト。お前さんに()()がある」

 

 改まった様子で、魔王は俺の目を見た。

 

「『悠久世界』と『海淵世界』の戦争は、俺たち『極星世界』も無視できねえ。だが、今は新しく生えてきた“豊穣の地”の後始末で動くことができねえってのが現状だ」

 

 魔王として、自世界の問題を放置することはできない。かと言って、この戦争を静観する気はジルエスターにはなく。

 

「エトラヴァルト。お前さんに『海淵世界』アトランティスへの使()()を任せたい」

 

 ゆえに、魔王は俺という個人を使おうとしていた。

 

「……見返りは?」

 

 強気な態度の俺に、魔王が提示したのは最大級の褒賞だった。

 

「小世界リステルの()()()()だ」

 

『——っ!!』

 

 その言葉に、俺を含めたその場の全員が息を呑んだ。

 七強世界のバックアップ。それは俺が……俺たちが切望していた旅の終着点なのだから。

 

「豊穣の地と、俺の腹心であるカルラ。ひいては『極星世界』を救ったその恩に、俺は全力で報いよう。我らが天に輝く星に誓って」

 

 『海淵世界』への書状を右手に、〈魔王〉が俺の前に立った。

 

「受けてくれるか、小世界の騎士」

 

 真摯な態度で答えを待つ〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムの前で、俺は膝をつき、右手を左胸に当てて(こうべ)を垂れた。

 

「メリディス国防騎士団 異界探索部隊隊長エトラヴァルト、謹んで拝命致します」

 

 

「あっ! そう言えばエトくんって隊長だったね!」

「肩書きの割に最近探索サボりすぎじゃね?」

「わたしと出逢った時は学生でしたし、かなり詐欺くさいですね?」

 

「台無しじゃねえかお前らコノヤロウ……!」

 

 仲間からの総ツッコミに泣く俺の姿に、ジルエスターが「ガハハ」と豪快に笑った。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 お前たちはどうする? なんてことを聞くのは今更野暮というもので。道が既に複雑怪奇に絡まり合った三人の仲間と共に、突如としてリステルへの帰還が決まった。

 

 善は急げ、という言葉があるらしいが別に善じゃなくても急ぐ必要がある事案は往々にして存在する。

 そして今回は、特大の善と特大の爆弾を同時に持ち帰る稀有な事例と言えた。

 

「転移先は小世界アルダートに設定されてるわ。こっちからの一方的な転移だから、向こうのギルド職員に事情説明しなさいよ」

 

「わかった」

 

 ようやく目線を合わせてくれるようになった師匠の説明に頷き、俺たちはギルド地下の転移門の前に立つ。

 

「——エト」

 

 魔王に代わって見送りに来た師匠は、改まった様子で俺を呼び止めた。

 

「ありがとう。あなたのお陰で、私はモミジを弔えた。キキョウたちも、使命から解放されたわ」

 

「俺の方こそ、アンタが師匠で良かった」

 

 エルレンシアが繋いだ奇妙な縁が、俺たちをここまで導いてくれた。この出会いが、俺を俺たらしめてくれる。

 

 目の前で、師匠がふわりと微笑んだ。

 

「この恩はいつか、必ず返すわ。だからそれまで死んじゃダメよ」

 

 俺が無茶する前提で「死ぬな」と釘を刺してきた師匠に、俺は強く首を縦に振った。

 

「当たり前だ。師匠も、酒の飲み過ぎには気をつけろよ」

 

「飲めるほど強くないわよ、私は。……イノリもストラも、また会いましょう」

 

「もちろん!」

「はい、必ず」

 

「ラルフも、次に会う時はその呪いが解けてることを祈ってるわ」

 

「めちゃくちゃ祈っといてくれ……!!」

 

 誰よりも真剣な別れ際に、皆揃って吹き出した。

 

『——転移門、作動します。カウントダウン』

 

 門の内側に幾重にも稲光が走り、空間と空間を繋げる大規模魔法が行使される。

 

「エト! あなたは私の最高の弟子よ!」

 

 巻き込まれないように数歩下がった師匠が、笑顔で拳を突きつけてきた。

 

『5、4……』

 

「だから、『悠久世界』なんかぶっ飛ばしてきなさい!」

 

 俺も、拳を突きつけて不敵に笑った。

 

「おう、任せろ!」

 

『——転移、開始します』

 

 

 極星の光を受け、俺たちは旅の始まりへ。

 イノリと出会い、この道を進むと誓った小世界、アルダートへと転移した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……さて。私もそろそろ行きましょうか」

 

 エトラヴァルトを見送ったカルラは、その足を世界の外に向ける。

 

『——カルラ・コーエン。テメェに次の任務を与える』

 

 それは、〈魔王〉の勅命。

 

『俺の腹心がいつまでも()()()じゃ示しがつかねえ。だから、称号(頂点)を取ってこい』

 

 行先は、七強世界がひとつ、『幻窮世界』リプルレーゲン。

 

『豊穣の地は任せろ。テメェの同族の平穏はこの俺が保証してやる』

 

 憂慮はいらない。

 鬼の麗人はただ一人、世界の深淵に挑む。

 

『だから、穿孔度(スケール)7を踏み越えろ、〈紅花吹雪〉。俺たち極星の五番目の星に——〈異界侵蝕〉になってきやがれ』

 

 カルラの答えは、ただ一つだった。

 

「——任せなさい。最速最短で掴み取ってきてあげるわよ!」

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