【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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任務報告

 変態たちの巣窟を超えた先に広がる軍の隊舎。

 王都西側にある俺が約三ヶ月を過ごした隊舎に隣接する小綺麗な建物が、メリディス国防騎士団の本部である。

 

 世界を守る軍の建物の割にこじんまりとした印象を与える本部に、ラルフが「これが?」と思わずと言った様子でこぼした。

 

「万年人手不足だからな。各地の関所とか、巡回とか、王城警護とか。諸々に人手を割いたら本部に常駐する騎士は少ししかいないんだよ」

 

 人がいない建物を豪華にする理由なんてない。

 そもそもが、リステルの王都は王城を中心に円状に広がる都市だ。特筆すべき建築物は中央に聳える王城と、王都北部に団子のようにくっついて居を構える王立学園くらいのもの。

 資金繰りに困っているのに改築なんかに手を出せるはずもなく。

 

「もっと言うと、二年前の戦争で大勢の騎士と学生が犠牲になった。だから、今更立派な隊舎も本部も必要ないんだ」

 

「——それに、貴様のような不真面目な騎士が多いからな。設備改善は無駄な予算になる」

 

 本部の正門から、真紅の長髪を揺らす凛々しい女性が姿を現した。

 女性の姿を認めるや否や、俺は右手を左胸に当てる。

 

「よし。真っ先に敬礼ができるあたり、最低限、騎士としての礼節は忘れていないようだな」

 

 胸にいくつもの勲章を下げる女性の言葉に、俺は苦笑いのような表情を浮かべた。

 

「そりゃもう、俺の望みは定年までのんびり過ごすことでしたから。——異界探索部隊隊長、エトラヴァルト。現時刻をもって帰還しました」

 

 部下である俺の報告に、女性——シャルティア・メリディス大佐は精悍な笑みを浮かべた。

 

「思ったよりもずっと早い帰還に驚いているよ。報告は上で聞こう」

 

 シャルティアは、俺の後ろでピンと姿勢を正す三人に視線を向け、ふっと表情を緩めた。

 

「君たちも来てくれ。エトラヴァルトの旅の友なのだろう? ……あと、まずは言うべきことがあったな」

 

 橙色の瞳が俺の灰色の眼を見た。

 

「おかえり、エトラヴァルト」

 

「ああ、ただいま。大佐」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 大佐の執務室に足を踏み入れるのは、異界探索部隊という名の実質的な放任部隊を任されたあの日以来になる。

 入室早々、俺は絶対に聞くと決めていた質問を投げかける。

 

「結局のところ、あの馬鹿共を合流させる気ってありました?」

 

「貴様のその生意気な口調も、久しぶりだと愛嬌だな。結論から言えば半々だった」

 

 任務を受けた時とは違い、来客用の椅子に対面して腰を下ろす。

 傍付きの騎士が入れた紅茶を口に含んで一服置いたシャルティアは手元の資料目線を落とした。

 

「貴様が単独では厳しいと判断し我々に支援を要求した場合、ルビィとカイルを向かわせる予定だった。が、その備えは必要なかったな」

 

 シャルティアの橙の瞳が俺の隣に座るイノリを見た。

 

「『湖畔世界』フォーラルの大氾濫(スタンピード)は我々も聞き及んでいる。そこで貴様が()()()を使ったことも、その隣に勇敢な少女がいたことも、当然知っている」

 

 大佐は、未だかつて俺が見たことのない……俺たち騎士に向けたことのない優しい微笑みを湛えた。

 

「我らの英雄と道を共にしてくれたことに感謝する。ありがとう、イノリ殿、ラルフ殿。そしてストラ殿」

 

 大佐の真っ直ぐな感謝の言葉に、イノリは緩む頬を抑えながら首を横に振った。

 

「わ、私はただ、エトくんと目指す場所が同じだっただけだから……」

 

「心を救われた身として、当然のことをしたまでです」

 

 ラルフはただ一人、カッコつけた笑みを浮かべたまま沈黙を保った。

 

 流石の奴も仲間の上司の前で「ハーレム作りたいので冒険者してます。成り行きで一緒に行動してます」とは言えなかったのだろう。

 俺たち三人からの「こいつ隠しやがったな」という視線に、ラルフは首筋から大量の汗を流していた。

 

「フフ、やはり貴様の周りには人が集まるな、エトラヴァルト」

 

 誰が変人ホイホイだ、と突っ込むのは脳内に留めておく。そろそろ本題に入ろう。

 

「大佐、悠久と海淵の戦争について——」

 

 話題の転換に大佐は目を細める。短く息を吐いて、橙色の瞳が俺を見据えた。

 

「もちろん知っている。貴様が帰還したのもそれが理由だな?」

 

「ああ。これを——」

 

 真剣な話が始まることを察したイノリたちは、頼むまでもなく居住まいを正して口を真一文字に結ぶ。

 俺は内心で感謝しつつ、懐から〈魔王〉ジルエスター直筆の手紙(押印付き)を取り出した。

 

「これは?」

 

「『極星世界』ポラリスの〈魔王〉、ジルエスター・ウォーハイムからリステルへ。ウチの全面庇護を約束する旨が書かれてる」

 

「……!」

 

 大佐は目を見開いて手紙に飛びついた。

 荒々しく、しかし丁寧に手紙を開いたシャルティアの眼が手紙の上を滑る。

 

「これは……本当に!?」

 

 求めてやまなかった庇護の約束。それも、七強世界からの約束にシャルティアは信じられないものを見る目で、何度も手紙を読み返した。

 背後に立つ傍付きの騎士も驚愕の表情を浮かべている。

 

「真実、〈魔王〉の直筆だ。俺が極星の使者として海淵へ向かう、その対価に」

 

 正式な契約はまだなされていないが、七強世界に名を連ねる極星の統治者の判を載せた手紙だ。それだけで並の契約よりも信頼度が跳ね上がる。

 

 目の前で、シャルティアはわなわなと肩を震わせた。

 

「全く貴様は……いつもいつも、予想を超えてくる」

 

 丁寧に手紙を畳んだ後、シャルティアは困ったような笑みを浮かべた。

 

「使節の代行だけでこんな見返りを得られるとは思わない。なにがあったのか全部話してみろ」

 

「だいぶ現実感のない話だけど……?」

 

「構わん。幸い、時間はいくらでもあるからな」

 

「騎士団の上層部が暇なのはダメじゃねえかなあ」

 

 俺の軽口に、大佐は「全くだ」と声を出して笑った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 暫くして。

 『極星世界』での……豊穣の地での出来事をあらかた話し終えた頃、大佐は頭から煙を出す勢いで混乱していた。

 

「魄導? 魔眼? 概念、保有体……? それに竜? 〈異界侵蝕〉とは、噂程度には耳にしていたが……? ???」

 

 傍付きの騎士と茶請けの菓子を持ってきた使用人も揃って、大佐たちは情報の濁流に思い切り圧倒される。

 

「まあ、こうなっちゃうのも無理ないよね」

 

「ですね。わたしたちも、他人から聞かされれば大ホラ吹きを疑いますし」

 

「君らも混乱させてる要因だからね?」

 

 すっとぼけてるイノリとストラだが、この二人も大概、シャルティアたちを混乱させている原因である。

 なにせ、貴重な時間魔法の使い手であり、過去に例のない魔眼の持ち主のイノリ。

 ストラに関しては、仲間になるまでの『魔剣世界』の日々が激動だ。

 

「一番混乱させてるのはエトじゃねえかなあ」

 

「正論は受け付けてないから……」

 

 記録の概念保有体である《英雄叙事(オラトリオ)》、その対存在らしい蒐集の概念保有体、《終末挽歌(ラメント)》。更には悠久の〈勇者〉と対面、魄導の会得、『極星世界』の〈魔王〉と知り合い……うん。一年前の俺が聞いたら卒倒しそうな内容だ。これでもそこそこ端折ってるのが何より恐ろしい。

 

「今更、知恵熱が出そうだ。……全くもって、三割も理解できていないが」

 

 頭痛に顔を顰めるシャルティアは、「だが」と続ける。

 

「少なくとも、貴様は庇護を勝ち取るに足る実績を積んだようだな」

 

「そりゃもう、毎度死にかけながら」

 

 本当に毎度の如く死にかけてきた。

 フォーラルの大氾濫(スタンピード)

 『魔剣世界』での戦争。

 『花冠世界』での竜との戦い。

 剣闘大会では勇者の前に散り。

 豊穣の地ではバイパーによって異界に放逐されたりもした。

 

 ……そういえば。

 

「大佐。【救世の徒】について、リステルはどこまで知ってるんだ?

 

「……そうだな。それについては、私よりもフェレス卿の方が詳しいだろう」

 

「あの道化師が?」

 

 大佐が口にした意外な名前に、俺は思わず目を瞬かせた。というか……

 

「そう言うってことは、大佐は多少なりとも知ってるんだな」

 

 会話に飽きたのか、イノリはいつの間にやら打ち解けた使用人と互いの指を弾いて遊んでいた。

 ラルフはラルフで傍付き騎士となにやら見切りあいをしているし、ストラはいつの間にか防音結界を張っている。

 

 騒がしい周囲をよそに、シャルティアは俺の質問に頷いた。

 

「我々が持っている情報は極めて少ないがな。貴様が交戦したという末端すら、リステルには来ない。まして、『構造世界』を滅ぼしたあの“魔女”など、知る由もなかった」

 

 ——〈冰禍の魔女〉。

 

 それがくーちゃんに……否。エステラ・クルフロストに押された烙印。【救世の徒】で、〈天穹〉に続く二人目の()()である。

 

「貴様が帰還したことは既に陛下の耳にも入っている。近日中に登城しろ。奴らの話は、その時にでもフェレス卿に訊けば良いだろう」

 

「了解。それじゃ……」

 

「ああ。今日はここらで解散としよう」

 

 シャルティアが手を叩くと、使用人と騎士が揃って慌てて姿勢を正した。

 

「イノリ殿たちにはこれを。王都内での行動の自由を保障するものだ」

 

 使用人によって、イノリたちの胸元に簡易的なワッペンが取り付けられる。

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

「なに、当然の配慮さ。それで、滞在中の住居だが——」

 

「ああそうだ。大佐、俺の部屋って」

 

 国防騎士団は基本、入隊から一年の間は三人一組での共同生活を義務付けられている。

 が、俺は騎士になってから(リステルに居なかったとはいえ)一年以上が経過している。

 

 予定通り今年度も新しい入隊者がいた場合、俺の部屋は必然、引き払われたことになるのだが……。

 

「ああ、貴様の部屋だがな」

 

 予想通りと言うべきか、大佐は苦々しい表情を浮かべた。

 

「先に弁明しておくと、真っ当なものを用意するつもりはあったんだ。仮にも無茶な任務に放り出したわけだから、相応の見返りは必要だと我々も判断した。だが……すまん。貴様が帰ってくるのが早すぎた」

 

「要するに、今の俺は宿無しと?」

 

「……そうなる」

 

 珍しく申し訳なさそうにする大佐だった。が、それは数秒。すぐにいつもの凛々しい表情に戻ったかと思えば、今度はなにやら意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「まあ、せっかくの機会だ。1年間も放置していたわけだから、()()()に会いに行ってこい」

 

「……あんた、最初からそれが狙いだったろ」

 

 仲間三人の視線が突き刺さり、何故かついでのように左腕に巻き付く鎖が腕を圧迫した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 シバリアの本邸があるのは王都東。

 住宅街から少し外れた公園のような庭の向こうに、騎士団本部よりも立派な邸宅が聳え立っていた。

 

「綺麗なお庭ですね」

 

 ストラは感心した様子で手入れが行き届いた庭を眺める。

 

「会長のお母さんの趣味なんだよ。メイドや召使いと一緒にしょっちゅう弄ってるんだと」

 

「「「へー」」」

 

「めちゃくちゃ生返事」

 

 聞いたならもう少し興味示せよ、とぼやきながらベルを鳴らすと、奥から「ただいま参ります」と聞き慣れた……しかしこの一年はまるで縁のなかった声がした。

 

 ゆっくりと扉が開かれ、中から一人の女性が顔を見せる。

 薄水色の髪を揺らした女性は、青い宝石のような瞳で俺を見つめたあと、にこりと微笑んだ。

 

「お帰りなさい、エト」

 

「ただいま、会長」

 

 奥から聞こえる騒がしい声——どうやら待ち伏せされていたらしい。恐らく、大佐もグルだ。

 悟ったのが表情に出ていたのか、会長……ミゼリィ・フォン・シバリアは口元を押さえてくすくすと笑う。

 

「みんな、エトを待ちくたびれてますよ。友人の皆さんもどうぞ」

 

「「「おじゃましま〜す……」」」

 

 貴族の屋敷ともなると緊張が勝るのか、三人は俺の後ろに続いて恐る恐る入場した。

 ニコニコと上機嫌なミゼリィは、どん詰まりの部屋——扉の閉まった広間の前で俺に前を譲り、扉を開けるように促した。

 

「頼むから、せめて服は着ててくれ〜」

 

 あまりにも要求値が低すぎる願いを呟きながら扉を開く——パパパンッ! とクラッカーが鳴り響いた。

 

『エト、任務お疲れ様〜〜!!』

 

 待っていたのは、腐れ縁の四人。

 

 漁業権無視ことカイル。

 

 ナンパクソ野郎ことレミリオ・バーチェス。

 

 違法建築常習犯の女騎士ことルビィ・オルコット

 

 ボディービル一家の長男こと年中ふんどしの変態ことデュナミス・オルグ。ちなみにこいつのせいで服を着ていてくれという俺のささやかな願いは打ち砕かれた。

 

 それでも、この場に集っていた懐かしい顔ぶれに、自然と笑みが溢れる。

 俺は満面の笑みを浮かべて皆へ拳を突きつけた。

 

「おう! 帰ってきたぞ!」

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