【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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狂宴の序曲

 ——危険度5に相当する魔物がいる。

 

 エトの発言に、円卓の席につく冒険者たちは一様に視線を細めた。

 

「もっと……具体的な確証が欲しい」

 

 狼族の冒険者が言う。

 種族特有の鋭い牙と爪を覗かせた雄は、威嚇するように語気を強めた。

 

「君のことは聞き及んでいるよ、エトラヴァルトくん。類い稀な才覚だ。だが、まだ弱い。申し訳ないが、僕たちが無条件に直感を信じられるほど、君はまだ経験と実績を積んでいない」

 

 厳しく、しかし真っ当な意見である。

 彼ら銀三級以上の冒険者は、エトとイノリが激闘の果てに倒したブラッディ・ガーゴイルと同格の危険度4相当の魔物を日常的に相手取り、更に、それ以上の力を持つ魔物たちとの戦闘を幾度となくこなしてきた。

 

 そんな彼らにとって、エトの「直感」は判断材料にするには些か弱すぎた。

 だが、その反応は予想通りだとばかりにエトは根拠を提示した。

 

「俺とイノリは、異界の入り口からそう離れていない場所でケルピーと遭遇しました。そのケルピーは、角にまだ乾き切っていない血をつけていました。スカルフィッシュやマーマンも同様に、明らかに他の冒険者を()()()()()()いた」

 

「魔物を狩る我々が狩られる側に回る……皮肉な話だな」

 

「茶化している場合ではないだろう。魔物が組織的行動をするのは以前から確認されてきた。だが、エトラヴァルト氏の発言が真実なら——」

 

「ああ。明らかに我々の侵入を拒んでいる。元来異界は人間を殺すように動く。だが、魔物が自主的に広範囲の殲滅を行う事例は極めて少ない」

 

 エトの提示した根拠を各々の経験と知識と擦り合わせたベテラン冒険者たちは、浮き彫りになる『鏡の凍神殿』の異変と、真実味を帯びてきたエトの“直感”に苦い顔をした。

 

「……これは、統率してる個体がいるな」

 

 グルートの険しい表情から漏れた呟きに、一堂、賛成するようにため息を吐いた。

 

「徘徊型の変異個体(イレギュラー)異界主……?」

 

 誰かが呟いたその最悪すぎる字面に、また別の誰かが「勘弁してくれよ」と嘆いた。

 

 

 徘徊型。

 本来、異界主は自分の住処である一定の領域内にてのみ行動する。

 彼ら異界主は自らの移動を制限することで、その他の能力値を大きく引き上げるのだ。

 観測上、同一の個体であっても異界主と通常の魔物の間には膂力や耐久力にある程度の差が現れる。

 

 しかし、稀に自らの活動範囲を縛らない個体が生まれ落ちる。それが異界の異変(バグ)なのか、策なのかは未だ判然としない。

 問題は、異界主を討伐せずに放置し続けると異界の活性化が半永久的に続くという点にある。そして、この異界主は異界中を()()()()

 もし仮に今回の異変の元凶が徘徊型であれば、最悪の組み合わせと言えるだろう。

 

 

「憶測だけで語っても埒が開かない。現状の可能性を整理しよう」

 

 こめかみを揉んだグルートは職員に頼み、現状可能性のある異変の正体を羅列する。

 

大氾濫(スタンピード)の前兆

・徘徊型の異界主(変異個体(イレギュラー)の可能性)

・危険度5に相当する統率個体

 

 一通り洗い出された可能性に、グルートはもう一度深いため息をついた。

 

「ここにいる面子なら対処はできるだろうが……こりゃ、骨が折れるな」

 

「それじゃあさっさとチームを分けよう。……と、行きたいところだが」

 

 一人のエルフの冒険者が、今一度エトを鋭い眼光で射抜いた。

 プラチナブロンドの長髪に翡翠色の瞳。エルフの象徴である尖った耳を僅かに揺らし、男はエトにとある提案をした。

 

「エトラヴァルト。お前の直感は、世界を抉るのに必要だ。今回の作戦に同行してもらいたい」

 

 ——ざわり。

 今日初めて、明確に会議室が騒ついた。

 言葉の意図を求める視線に、エトを誘った男は一切動じずに口を開いた。

 

「この男の嗅覚は確かだ。また、異変の起こった異界から生還できる最低限の実力もある。それに、皆さんもご存知でしょう。才能と実力は比例しない。原石だとしても、この“直感”は貴重だ」

 

『…………』

 

 長い、長い沈黙が訪れる。

 

「お前が——」

 

 沈黙を破ったのは、グルート。

 重圧と覇気を纏う威圧的な声。凡百であれば聞いただけで失神してしまうような気迫を纏い、グルートは銀一級冒険者として、今回の作戦の指揮官として、銀二級冒険者、ギルバート・ラウドの判断への決を下した。

 

「ギルバート。お前が責任を持って守れ。それができるのなら、俺は同行に賛成しよう」

 

「だ、そうだ。エトラヴァルト、異存はないな?」

 

 本人の意向を無視した完全な事後承諾に、エトは頬を引き攣らせ、隣のイノリは想定外の事態に目を回していた。

 

「俺の拒否権ないじゃん……受けますよ。俺の目的は名を上げることなんで」

 

「いい返事だエトラヴァルト。このギルバート・ラウド、全力でお前を守ろう。その才覚、存分に発揮しろ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……なんか、しれっと凄いことに巻き込まれたね」

 

 その後会議はお開きとなり、三時間後に再集合、異界への挑戦(アタック)を始めることになった。

 

「全くだよ。運がいいのか悪いのか……」

 

 俺とイノリは、特例として今回の探索に同行することになった(パーティー単位の功績、という点を加味されイノリの同行も許可された)。

 現在進行形で異変が、それもベテラン冒険者たちが「うへえ」と嫌な顔をするようなものが発生している異界に銅一級が自ら飛び込むなど正気の沙汰ではない。

 

「でもやるでしょ?」

 

「当然。ここで逃げたらいつまで経っても名声なんか手に入らねえよ」

 

 そう、見方を変えればこれはチャンスなのだ。今回の探索には計三十人を超える銀一〜三級冒険者が参加する。正直、穿孔度(スケール)4の異界に対しては過剰戦力だ。

 『湖畔世界』が観光で成り立っている背景を考えれば、多少力押しだとしても早急に対処したいのだろうという上の思考は容易にわかる。

 

 そんなこんなで編成された探索部隊。ここで目立った成果を残せれば名が売れるのは確定。最低限でも働ければ彼らからの心象が良くなる。安全マージンが取れた状態で功績が狙えるのだ。これ以上に美味しい話、早々ない。

 

「報奨金も結構良い額提示してもらったからな」

 

「やっぱりお金は大事だからねー」

 

 現金な話だが、最速で俺たちの目的を達成するためにはそれなりの資金が必要不可欠だ。今回のようなチャンスをみすみす逃すなんて真似はしたくない。

 

 同時に、知っておきたい。

 銀一級冒険者。俺たちが目指すものの過程にある遥かな高み。超えなくてはならない場所。

 今日の探索は、自分の現在位置を知る絶好の機会だ。

 

「ラルフくんはなんて言ってた?」

 

「なんかとんでもねえ呪詛撒き散らされた」

 

「お祓い行っとく?」

 

「金の無駄だなあ」

 

 三時間後の出発、と言われても早朝から異界に潜る気満々だった俺たちの用意は既に万全であり、今更準備することなんて無に等しかった。

 

「——エトラヴァルトは背中の防御を、イノリは正面の装甲を増やすべきだ」

 

 と、悩んでいる俺たちに、背後から近寄ってきた銀二級冒険者のギルバートが声をかけてきた。

 

「見たところ、二人とも近接戦闘が主なのだろう? であれば、多少の重量に目を瞑ってでも守りは重ねるべきだ。装備重量による疲労と怪我による消耗、どちらが恐ろしいかなど明白だろう?」

 

 言われて、イノリは俺の背中を、俺はイノリの正面の装甲の量を(つぶさ)に観察した。

 

 拳が飛んできた。

 

「あんまり見ないで」

 

「理不尽だ」

 

 イノリの拳を顔面めり込ませながら、俺は確かに「薄いな」と納得した。

 

「助言ありがとう、ギルバートさん」

 

「拳を受けたまま感謝を述べるな。あと、敬語は要らん」

 

「あれ、俺の知るエルフって“目上のものには——”って喧しい印象あるんだけど」

 

「お前、それを堂々と(エルフ)の前で言うのか……」

 

「まあ、気にしてなさそうだったし」

 

 俺の明け透けな態度に、ギルバートは少しだけ面食らったように目を瞬かせ、やがてくつくつと肩を震わせて笑った。

 

「ああ、その通りだ。俺はあの連中とは気が合わんらしい」

 

 種族全体で潔癖でかつ、年功と序列、規律を遵守するエルフの中で、ギルバートはかなり変わっていた。

 ギルバート曰く、価値観の相違から自然と外の世界へ踏み出していたと言う。

 

「在り方を否定するつもりはない。だが、この世界は実力が全てだ。序列の遵守には強く同意するが、それ以外はこの星の形にはそぐわん」

 

 ギルバートの様子から、彼が同族を嫌っていないのは明白だった。だが、賛同するとなれば話が違ったのだろう。

 

「俺は実力でのみ他者を評価する。エトラヴァルト、お前の“直感”に期待しているぞ」

 

「実力には期待してくれないのか」

 

「俺と同じ場所まで来たその時、改めて評価してやる」

 

「……俄然、やる気出てきた」

 

 自然と熱を帯びた俺の口調に、ギルバートが笑った。

 

「良い闘争心だ。——あと二時間後か、ではな」

 

 そう言って、ギルバートは雑踏に紛れて見えなくなった。

 最後まで、イノリの拳は俺にめり込み続けていた。

 

「なんか私、蚊帳の外じゃない?」

 

「だからって殴ってゼロ距離に近づくのはやめてくれ」

 

 ぐりぐりと俺の顔面に拳をめり込ませるイノリは、「えへ?」と不器用に笑った。

 

 ——そのキャラ似合わないぞ、と言ったらまた殴られた。

 理不尽だ。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——三時間後、集った冒険者たちの放つ覇気、闘気、気迫、あるいはそれらに準ずるものの密度は、会議室の比ではなかった。

 

 先頭。

 異界への入場口の目の前で仁王立ちするグルートは、背中に一対の手斧を背負い、重厚な黒鎧を纏っている。既に臨戦体勢の、最も金に近い銀一級冒険者の圧力は尋常ではなく、物見遊山に来ていた危機感の薄い冒険者たちは一目グルートを見ただけで腰を抜かした。

 

 一堂に会す精鋭。

 その中に混ざるエトとイノリの横顔は、不思議と彼らに見劣りすることはなかった。

 

「これより、『鏡の凍神殿』の異変を解決する! 各人、己が力の限りを尽くし、この世界の平穏を守り抜くぞ!!」

 

『——応!!』

 

 大気を震わせる号令の直後、異界への挑戦(アタック)が始まった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——異界へ入った途端、昨日とは比較にならない悪寒を感じたエトラヴァルトは、ほんの一瞬呼吸を止めた。

 

「『語れ』」

 

 反射的に(ページ)を開き、直感を強める。——その判断は、どうしようもなく正しかった。

 

「なっ……!?」

 

 彼の口から漏れたのは、報告ではなく驚愕だった。

 

「ギルバート! 昨日の視線が居る! すぐ近くだ!」

 

「——! 全員、周囲を警戒しろ!!」

 

 鏡の凍神殿最大の難関は、氷の壁である。こちらの視界と移動を遮り、魔物を守り、奇襲のためのカーテンとなる攻防一体の檻。

 

 異界そのものがトラップであり——有視界は限りなく少ない。

 

 破砕音が、()()()()()()()()()

 

『『『『『『『フォオオオオォオオオオオン!!』』』』』』』

 

 氷のカーテンを突き破り、()()()()()()ケルピーが俺たちに角を突きつけた。

 

「馬鹿なっ!?」

 

 誰かの悲鳴は、皆の心の代弁だった。

 

「ここは、穿孔度(スケール)4の入り口だぞ!?」

 

 異界は、その深度が深くなるほど脅威度を増す。

 穿孔度(スケール)の数字が指し示すのは、その最大深度である。

 『鏡の凍神殿』の穿孔度(スケール)は4であり、危険度4相当の個体の出現が確認されてきたのは、中層より下の深度だった——昨日までは。

 

 

 襲撃は終わらない。

 

 マーマンの群れは言わずもがな、屍肉を喰らうスカルフィッシュの大波が冒険者を取り囲む。

 さらに、耳を塞ぎたくなるような怪音を響かせる六鳴クラゲ、守護領域を大きく逸脱した神殿の防人、とぐろを巻き毒腺のある牙を剥き出しにするシーサーペント。

 

 極め付けは口内に()()を持つギガフロッグと、生半可な装甲を容易く断ち切る1m大の爪を振りかざすフィドークラブ。

 

 その総数は、500を優に超える。

 

「巫山戯んな……()()()()だ!?」

 

 一人の狐人族の冒険者が唾を飛ばしてがなり立てた。

 

「いつからここは——!?」

 

 越えてきた異界、踏み越えた死線が告げる。

 

 ——()()()()()

 

「こんなの、穿孔度(スケール)4じゃねえ!!」

 

 危険度3の大群。

 先陣を切る危険度4の群れ。

 

 数が違う。密度が違う。殺意の丈は、文字通り桁違い。

 

 最早氷のカーテンなど意味を成さず。

 

 奇襲、絡め手——()()()()()()()()()()

 一帯の空間を埋め尽くす圧倒的な物量に、小細工などリソースの無駄である。

 

 幾度となく越えてきた覚えのある死線に、グルートは指揮官の表情を捨て、一人の冒険者として危機を叫んだ。

 

穿孔度(スケール)5!! この世界の異界は……()()()()()()のか!!」

 

 

 

 

 

 ——caution——

 

 穿孔度更新……穿孔度(スケール)4→穿孔度(スケール)5。

 

 名称変更……『鏡の凍神殿』→『偽証の魔神殿』

 

 討伐対象……危険度■「■■■■■■■■■」

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