【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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功績相殺

「デュナミス、テメェ! 会長の家で脱ぐのはやめろぉ! 服着ろ服を!!」

 

 開幕早々、エトはぽかんとするイノリたちを置き去りに無駄に豪華な金のふんどしだけを身につけた変態……デュナミス・オルグに食ってかかった。

 

「なにを言うかエト! 俺の筋肉たちは『見てくれ!』と叫んでいるのだぞ! こうして外気に晒さないのは過酷なトレーニングについてきてくれた選りすぐりの筋繊維たちに失礼だろう!?」

 

「テメェの謎理論は知らねえよ! というかここ貴族の家だぞ!?」

 

「そんなものにこのデュナミスが屈するとでも!?」

 

「頼むから屈してくれ……!!」

 

 過去、アルスをして「手に負えない」「助けて」と匙を投げたデュナミスの裸属性はエトがいなかった1年間の間に改善されることはなく、むしろ親類縁者を巻き込み悪化の一途を辿っていた。

 

「帰ってきて早々、エトちんも頑張るね〜」

 

 揚げたくず芋を頬張るのは、赤毛の女騎士。

 いつのまにか呆然とするイノリの横に立っていた若い騎士は呑気な声で「やほ〜」と手を振った。

 

「エトちんの同僚のルビィ・オルコットだよ。気軽にルビィちゃんって呼んでねー」

 

「え、あの……じゃあ、ルビィちゃん?」

 

 遠慮がちに名前を呼んだイノリに、ルビィは「緊張しなくていいよー」とのほほんと笑う。

 

「ほい、くず芋あげるー」

 

「ありがと……あ、美味しい!」

 

「でしょー? たくさんあるからどんどん食べてねー」

 

 二人揃ってもぐもぐと口と手を動かす。

 

「このくず芋、ミゼちぃのお家の裏庭で採れたんだよ〜」

 

「裏庭でお芋を……? どんだけ広いの?」

 

「まあ庭というか畑だよね〜」

 

 魔眼の使用がなければ、イノリの食事量は平均よりやや多い程度である。最近は使用する機会がなかったためカロリーの摂取は必要ないのだが、芋が美味い。

 

「んー、食べ過ぎは太っちゃうんだけどなあ……」

 

 困りながらも、芋に伸びる手は止まらなかった。一口サイズで食べやすく、そしてとても美味しかった。

 

 イノリの視界の中では、ギリ魚類のカイルとナンパ野郎のレミリオが珍しくガチガチに緊張しているラルフに絡んでいた。

 ストラはと言うと、ミゼリィと何やら朗らかに打ち解けている。

 ちなみにエトとデュナミスは何故か腕相撲に発展していた。

 

「そういえば、ルビィちゃんはどんな罪状持ちなの?」

 

「いきなりぶっこむね? えーと……」

 

「イノリだよ」

 

「んじゃイノちー」

 

「いのち!?」

 

 とても壮大な愛称をつけられ仰天するイノリを他所に、ルビィは「いやあ」と頭を掻いた。

 

「お恥ずかしながら、寮を勝手に改造して防衛設備拡充したら怒られちってさー?」

 

「その枕詞で本当に恥ずかしいことあるんだ」

 

「イノちー、大佐に会ったなら見たでしょー? あの頼りない隊舎」

 

「うん、まあ一応」

 

 イノリはこざっぱりしたと言えば聞こえがいい、最低限暮らせるだけの“箱”を思い出す。

 

「いくらリステルが平和でも、うら若き乙女があんな場所で暮らすのはちょっと怖いわけよ〜」

 

「うん」

 

「だから改造しちった☆」

 

「そうはならないよね!?」

 

 食ってかかるイノリだが、残念ながらそうなってしまったがゆえにルビィはエトから「違法建築魔」と呼ばれるに至ったのである。

 

「残念ながらそうなったんだよ……学生時代からのソイツの悪癖だ」

 

 そこに、デュナミスに完全勝利を収めたエトが合流した。

 10戦10敗を喫した筋肉だるまが床の上でシクシクと涙を流す光景はなかなかに目の毒だった、と後のイノリは語る。

 

「エト……強くなったな。やはりお前は、グスッ、俺の心の友——」

 

「お断りだ変態ふんどし野郎」

 

「ぐはぁっ……(轟沈)」

 

 普段よりずっとトゲのある、だがどこか楽しそうなエトは学生時代を振り返る。

 

「そいつは初犯で教室ひとつを丸々改造したぞ」

 

「初犯のレベルが高すぎない!?」

 

「確か、むかつく教師がいたから懲らしめてやりたいって言ってたっけな……会長、覚えてます?」

 

 エトの確認に、ミゼリィは「思い出したくないものを……」とため息をついて近寄る。

 先ほどまで一緒にいたストラは、カイルが本当にギリ魚類なのか実験を始めていた。

 

「バーミン先生ですね。黒板がチョークの粉を噴出させたり、教壇の床が抜け落ちたりと。あとは……」

 

「画鋲が飛び出すとか、糊付きの紙吹雪とかだね〜」

 

 犯人(ルビィ)からの補足に、エトとミゼリィが揃ってため息をつく。

 改造された教室の掃除は、学生会に所属していたミゼリィとガルシア、そして入り浸っていたエトとアルス。そして主犯であるルビィによって行われた。

 

 ルビィの教師への怒りは相当なもので、全ての嫌がらせ装置に()()()の予備があった。

 

「あの時の掃除はマジで大変だった……」

 

 阿鼻叫喚の片付けを思い出し、エトは非常に実感の籠ったため息をついた。

 

「そのあともまあ、学寮無断増築とか1/1お菓子の家とか」

「エヌベス家の敷地内で温泉を掘り当てたりしてましたね」

 

 ここに、この半年で実行した隊舎改造と王城敷地内でのツリーハウス建築が加わる。

 次から次へと出てくるルビィの奇行の数々に、イノリは一つの結論に辿り着いた。

 

「もしかして、エトくんの同僚の中でルビィちゃんが一番実害出してる?」

 

『そりゃもう当たり前のように』

 

 部屋にいた全員の総ツッコミに、ルビィは「それほどでもぉ〜」と何故か照れた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「なあ、コイツらなんで捕まってないんだ?」

 

 ラルフの疑問は至極真っ当なものだった。

 

「おや! たった一時間で随分と遠慮がなくなったね!?」

 

「ふむ……ラルフ。お前も良い筋肉をしてるな」

 

 コミュニケーション能力だけは無駄にある俺の同僚たちは短時間でラルフとも打ち解けたらしい。

 

「デュナミス、話の腰を鯖折りすんな。……まあ、他の世界だったら捕まってるよなあ」

 

 改めて、コイツらは犯罪スレスレのオンパレードである。しかし、それを差し引いても余りある……かは微妙だが、多少は考慮されるべき実績を上げているのだ。

 

「具体的にはどんな功績を上げているんですか?」

 

 ストラの疑問に、俺は指を折りつつバカ共の実績を上げる。

 

「カイルは水難事故防止だな。特に夏場、コイツ一人で前年比70%減少させた」

 

「「「一人で七割減らしたの!?」」」

 

 コイツはリステル全土の水場とその性質をくまなく把握している。その膨大なデータから、事故が起こりやすい地域や天候・気候など様々な要因を考慮し注意喚起を促し、効率よく騎士を派遣することで未然に事故を防ぐのだ。

 開放的な夏を安心して楽しめる、これはとても大きい。

 

 しかしそれでも事故は起きる。が、カイルがいる場所ではただの一度も死亡事故は起こっていない。必ず、コイツが救出するのだ。

 これこそ、カイルがギリ魚類と言われる所以である。

 

「レミリオは……ああ見えて頭良いんだよな。犯罪心理学だっけ? ああいうのに長けてて、そっち方面で成果上げてるらしい」

 

「なるほど、自己分析に長けているんですね」

 

「おっとストラ嬢! 僕はこれでも傷つきやすいんだよ?」

 

 俺は詳しく知らないが、現王も高く評価しているんだとか。

 

「デュナミスは、弟とかと一緒に王都の治安維持に貢献してる」

 

「ごめんエトくん。アレは治安乱す側じゃない?」

 

「そこは俺も同意なんだけど、コイツ、現行犯での逮捕件数がぶっちぎりなんだよ。あと見た目やばすぎてな。『王都で犯罪に手を染めたらガチムチマッチョに袋詰めにされる』って噂が流れて犯罪件数が激減した。

 

「「「ええ……」」」

 

 オルグ一家の半裸奇行が半ば黙認されているのは、彼ら以外に治安を乱す存在が彼らによって抑止されているからだ。

 あと、ああ見えてデュナミスは子供の面倒見が良く、公園では子供たちの人気者だ。親御さんたちは微妙な顔してるけど……。

 

「んで、ルビィは土木建築関連というか。各関所や砦の補修・改築を主導したりしてる。あと、コイツに関しては戦争での功績がデカすぎる」

 

「と言うと?」

 

「コイツ、平地に一夜で砦を建設したんだよ」

 

「「「はあ〜〜〜〜〜〜!?」」」

 

 

 圧倒的な戦功。

 武力という点ではカイルやデュナミス、アルスに劣るルビィではあるが、彼女の功績なくして今日のリステルは存在しない。

 

 二年前の戦争。リステルは半ば奇襲を受ける形で戦争に突入した。ラドバネラ軍は南方の関所を蹂躙し、僅か半日でリステルの15%を掌握した。

 

 その夜。

 ルビィは緊急招集を無視して馬を走らせ、一つの村を一夜にして砦へと変貌させた。

 本人は「村のみんなが協力してくれたから〜」、「資材もちゃんとあったし〜」なんて平気な顔で言っていたが、それがどれだけ凄まじいことか。

 

 彼女は村と周辺の地形を即座に把握。現存する資材の性質から建設可能な砦を脳内に描いた。

 

 翌日未明、辿り着いた俺たちが見たのは、倒れかけながらも騎士団を迎え入れた村民とルビィ、そして立派な砦だった。

 あとはもう、人海戦術で広く防壁を建てれば迎撃の準備は整った。

 

 偉業という他ない、ルビィ・オルコットにできる最大限の戦果だった。

 

 

「……ってなわけで、コイツらは戦争の立役者でもあるからな。みんな受け入れてくれてんだよ」

 

 一連の偉業を聞き届けたイノリは、共に揚げ芋を頬張るルビィを見る。

 

「……ルビィちゃん、すごいんだね」

 

「いやぁ、それほどでも〜」

 

 褒められたルビィは、さっきと変わらぬふにゃけた笑みを浮かべて恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 俺の帰還を祝う回は夜遅くまで続き、全員が寝落ちすることで終わりを迎えた。

 そして、翌朝。

 

 俺も栽培を手伝ったことがある畑が広がる裏庭で、俺は一年ぶりにリステルの朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 嗅ぎ慣れた土の匂い。青々とした空、木々の枝葉が擦れる音、小鳥の囀り。

 たった一年留守にしただけでなにもかもが懐かしく、自然と心が満たされる。

 

「やっぱり、エトはいつも早起きですね」

 

「そういう会長は、起きれるようになったんですね」

 

「五年も騎士をやっていれば、自然と習慣化しました」

 

 もう欠伸を見られる心配はありません、と得意げに笑う会長と並んでベンチに腰掛け、しばらく無言で裏庭を眺める。

 

「エトは……いつまでいるんですか?」

 

 沈黙を、会長の吐息が破った。

 

「三日もすれば、『海淵世界』へ行きます」

 

 リステルに立ち寄ったのは、〈魔王〉の意向を現王ルクセン・フォン・リステルに伝え、更に『海淵世界』への助力を約束する書状を受け取るため。

 開戦までどれだけの猶予があるかわからない今、滞在時間は最小限にとどめる必要がある。

 

「……では、こうしてゆっくりできる時間はあまりなさそうですね」

 

「はい。だから、今日は墓参りに行こうかと。……リアは、どうしてますか?」

 

 俺の問いに、会長が表情を曇らせる。

 

「未だに快復の兆しはありません。前より話せるようにはなりましたが……昔のような溌剌さは、まだ」

 

「面会は?」

 

「エトであれば、エヌベス家も、リアも歓迎しますよ」

 

「なら、墓参りの前に今から行くかな」

 

 席を立った俺に、会長は「今からですか?」と驚いた。

 

「流石に、こんな早朝では——」

 

「いやいや会長、今日はもうすぐ9時ですよ」

 

「へっ? ……えっ!?」

 

 俺の指摘に目を丸くした会長は、慌てて屋敷の中へ走り込み、数分後、寝癖を櫛で整えてから顔を真っ赤にして出てきた。

 

「早起き、できてないですね」

 

「かっ、揶揄わないでください!」

 

 頬を膨らませる会長を前に俺は肩を震わせて笑った。

 抜けているところがあるのは相変わらずらしい。

 

「それじゃ、ちょっと行ってきます。イノリたちには昼前には戻るって——」

 

「私も行きますよ」

 

「……そうなの?」

 

 会長は、「いきなりエトだけが押しかけたら驚かれるでしょう?」と正論を述べた。

 

「それに、私もリアに会いたいですから」

 

「了解」

 

 イノリたちへの連絡は、先ほどから物陰でこちらの様子を伺うメイド長に任せるとしよう。

 目配せを送ると、メイド長は力強く親指を立てた。……なんか、意図が食い違ってる気がする。

 

 まあいいか、と切り替える。俺は魄導を循環させ、軽くストレッチ。

 

「さて。それじゃ早速……って、会長。なんですかそれは」

 

 振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、椅子に腰掛けたまま両手をこちらに向けて広げる会長の姿だった。

 

「抱っこの要求です」

 

「何故に」

 

「スキンシップのためです。連れて行ってください」

 

「ええ……」

 

 会長は一切動じることなく、強い目力で俺に抱っこを要求し続ける。

 

「会長も俺も成人済みじゃないですか」

 

「関係ありませんよ。それに、()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ! それは、まあ」

 

 言い淀む俺に、会長はすかさず追撃を仕掛ける。

 

「連れて行ってください。あの時、私を連れ出してくれたように。あと、昨日から気になってたんですが——()()?」

 

「……んぐっ」

 

 会長は、不満げな表情でじっとりと俺を睨む。

 

「私はもう、会長じゃありませんよ」

 

「いやでも、会長は会ちょ——」

 

「エト」

 

「かい……」

 

「…………」

 

「……ミゼリィ」

 

 圧力に屈した俺に、ミゼリィは満足そうに笑って頷いた。

 

「はい。それじゃあお願いします」

 

「……今日限りですからね」

 

 俺は四年前、式場から会長を連れ出した時と同じように横抱きで持ち上げた。

 ……昔から。本当に、俺はこの人の要求に弱いのだ。

 

 物陰から微かに聞こえる連続シャッター音に未来の災難を感じずにはいられないが、それは未来のことなので将来の俺に丸投げする。

 

「それじゃ、しっかり掴まっててください」

 

 踏み固められた地面を踏み切り、俺は大きく跳躍——屋根へと飛び乗った。




いつか学園編をガッツリ書きたい
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