【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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戦没者慰霊碑

 ラドバネラとの戦争はリステルの勝利で終わった。

 だが、《終末挽歌(ラメント)》が関与していたことが判明した大氾濫(スタンピード)が連鎖したこの一連の動乱は、二年が経った今もなお世界に深い爪痕を残している。

 

「お父様から仔細は聞き及んでいます。大義でしたね、エト」

 

「ありがとう、リア」

 

 俺とミゼリィの前で窓辺のベッドから体を起こした女性……リナリア・エヌベスもまた、戦争によって深く傷ついた一人だ。

 

「すみません、リステルの英雄を前に、このような姿で」

 

「謝らなくていい」

 

 哀しげに目を伏せるリアに、俺は断固として首を横に振った。頑なに自分を卑下することを許さない俺の態度に、リアが困ったように眉尻を下げた。

 

「飯は食べてるか?」

 

「はい。最低一食は食べられるようになりました」

 

「……そうか。それはよかった」

 

 本当に、よかった。

 

 リアは、戦争で命を落とした第二王子ガルシアの婚約者だった……いや。今もなお、ガルシアの婚約者であり続けている。

 ガルシアの死後、リアは心身に不調をきたした。

 愛する人の死。元より身体が弱く、学園も休みがちだった彼女は以降、まともに歩くことすらできなくなってしまった。

 

 以前より快復した今も、基本、ベッドの上での生活を強いられている。

 

「エト、慰霊碑には……」

 

「この後、行ってくるよ。何か、ガルシアに伝えることはあるか?」

 

 俺の質問に、リアはしばし口をつぐんだ。

 

「……いえ、ありません」

 

 彼女は、瞳の端から一縷の涙を流して首を横に振った。

 

「ガルシアくんには、私から伝えたいです」

 

「ああ……それがいいな。アイツも、そっちの方が喜ぶ」

 

 あまり長いこといてはリアの負担になってしまう。俺は、早々に席を立った。

 

「それじゃあ、俺は行くよ。会長——」

 

「エト」

 

「……ミゼリィは」

 

「私も行きます。今日はエトの付き添いですから」

 

 俺とミゼリィの掛け合いを見て、リアは小さく顔を綻ばせた。

 

「ふふ。エトは相変わらず、ミゼリィには弱いですね」

 

 学園時代を思い出したのか、ミゼリィは目を細めて懐かしむような仕草を見せる。

 

「……エト。また近々、遊びに来てください。今度は、時間がある時に。世界の話を、聞かせてください」

 

「もちろん。多分、凄いビックリすることになるぞ」

 

「では、心の用意をしておきますね。……ミゼリィ、またお茶をしましょうね」

 

「もちろん! 良い日があったら当日にでも言ってくだい。職務放り出してでも行きますから!」

 

 サムズアップして誓うミゼリィに、リアは「サボりはいけませんよ」と儚く笑った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——戦没者慰霊碑。

 王都から少し離れた平地。魔物の大群が最も肉薄したその境界線に、毎日のように磨かれ、手入れされ。

 一年前と変わらぬ姿でそれは立っていた。

 

 慰霊碑には今日もたくさんの花が供えられており、俺たち以外の礼拝者もまばらだが見受けられる。

 

 騎士、学生、有志の徴兵……合わせて1万4307人が犠牲になった、リステル史上最悪の騒乱。

 ここに眠る全ての人々の尽力によって、今日もリステルは存続している。

 

 慰霊碑の周りに立つのは、8415の墓地。残る人々の遺体は、持ち帰ることすらできなかった。

 

「……一年ぶりだな、ガルシア」

 

 慰霊碑の正面には、ガルシア・フォン・リステルの遺体が……頭の左半分だけが、他の個人と同じように埋葬されている。

 

 ミゼリィを先頭に花を供え、イノリたちも静かに目を閉じて安らかな眠りを祈る。

 最後に俺も花を供え、左胸に手を当てた。

 

「リステルの庇護、勝ち取ってきたぞ」

 

 ガルシアが王族専用の墓地ではなく、この慰霊碑の前に埋葬されているのは、生前、本人が望んだゆえに。

 彼は、自分が王子には相応しくないと度々話していた。

 

『俺ぁ粗暴で喧嘩っ早い。頭も良くねえし、兄さんみてえに政治に明るくねえ』

 

『その上、アルスの奴に勝てずに万年二位だ。中途半端なんだよ、全部』

 

『俺は、王子失格だ』

 

『——でもな、俺は自棄になって戦場に行くんじゃねえ。殴ることしか能がねえ俺が、唯一王子らしいことをできるから行くんだ』

 

『民草が命懸けて戦っている。そこで、共に血を流すために行くんだ。無駄な血を流させねえために俺も戦うんだ』

 

『——それが、俺にできるたった一つの王族の責務ってやつなんだよ。だからよ、エト』

 

『俺の心身は、全てお前たちと共にある。それが、最後まで戦い抜く俺の覚悟だ』

 

 

 雷のように激しく、稲光のごとく誰よりも強く戦場を照らした第二王子の姿を誰もが覚えている。

 

「ガルシア、リステルは今日も生きてるぞ。お前が命懸けで退路を守り抜いた騎士たちが、今日のリステルを守ってる」

 

 男はたった一人で殿を務めた。

 過酷な戦場からの敗走。しかし、明日の勝利のための敗走。ガルシアは、ただの一人も通さなかった。

 

「お前は立派な、俺たちの自慢の王子であり続けてるぞ」

 

 強く目を閉じ、祈る。

 

 誰もが明日のために戦った。

 一人として欠けていては勝てない戦いだった。

 皆が流した血が、涙が。

 今日の朝日を呼び込んだのだ。

 

「——まだ、俺の番は終わってねえ。だから、そこで見てろよ、第二王子ガルシア」

 

 ——パチッ、と髪と頬で静電気が発生する。

 

「ああ、やってやるさ」

 

 生前、ガルシアが俺たちを脅かすためによくやっていた小細工に、自然と口元が笑みを浮かべた。

 

 今一度祈り、俺は立ち上がって後ろのみんなを振り返った。

 

「それじゃ、行くか」

 

「……あの、エトくん」

 

 頷く皆の中から、遠慮がちにイノリが手を胸あたりまで上げた。

 

「アルスさんのお墓参りは……いいの?」

 

「……ああ。アルスは、ここにはいないんだ」

 

「そう、なの?」

 

 俺は深呼吸を挟んで、頷く。

 

「アルスの墓は、王立学園の向こう側にあるんだ。だから、少し歩こう」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 アルスの名は、戦没者慰霊碑の頂点にガルシアと並んで刻印されている。

 彼女は誰もが認めるリステルの、救世の英雄だ。

 そんな彼女の墓は、俺のわがままで皆とは違う場所に建てられた。

 

 ——王立学園、北。

 俺とアルスの秘密の特訓場所を超えた先。反り立った丘の頂上、黄色い花が咲き誇る花園の奥。

 王都を一望できる場所に、アルスの墓はある。

 

「……ミゼリィ、持ってきてくれたんだな」

 

「当然です。アルスは、私にとっても親友ですから」

 

 アルスの名が刻まれた碑の前には、防腐加工を施された『花冠世界』ウィンブルーデの花が供えられていた。

 いつか、俺がリステルへ贈ったものだ。

 

 一年経った今でも綺麗に保たれている。きっと、ミゼリィやその他のバカどもが定期的に来ては掃除をしてくれていたのだろう。

 

「エトくん、なんでアルスさんのお墓だけここにあるの?」

 

「俺のわがままだ」

 

 碑を撫でながら、俺は当時のことを語る。

 

「現王に、アルスはここに寝かせてくれって頼み込んだんだ。英雄の特権ってやつだな」

 

 お気に入りの場所だった。

 

「リステルは平坦な土地でさ。この丘が一番早く、月と一番星の光が届くんだ」

 

 修行が遅くなることはしばしばあった。そんな時は大抵、俺は暗闇が苦手なアルスの手を引いてこの場所まで登ってきた。

 

「ここは、王都の明かりがよく見える。太陽と月に最も近い、一番早く光が届く場所。夜を怖がるアイツが、光を見失わないように」

 

 約束した、この地で。

 

『——必ずお前に勝ってみせる』

 

『一人だなんて、孤独だなんて言わせねえ。何がなんでもお前の隣に……お前の前に這い上がってやる』

 

『暗闇が怖いなら、俺が照らしてやる。だから()()、アルス』

 

『俺は絶対に、お前を一人にはしない』

 

 

 ここは、約束の丘だ。

 

 柔らかな風が吹き、花弁が空に舞う。

 

「……悪い、みんな。二人きりにしてくれないか」

 

 俺の頼みに、ミゼリィが優しく頷いた。

 

「夕飯までには帰ってきてくださいね。何やらメイド長が気合を入れていましたから」

 

 その情報だけで帰りたくねえ。

 

「……わかった。夜までには戻る」

 

 みんな、俺のわがままを聞き入れて背を向ける——前に、イノリが碑に駆け寄って勢いよく頭を下げた。

 

「イノリ……?」

 

 真剣な表情で頭を下げるイノリは、一言。

 

「エトくんと出会ってくれてありがとう、アルスさん!」

 

 そんなイノリに引っ張られるように、ラルフとストラも碑の前に駆け寄って同じように頭を下げた。

 

「エトと修行してくれてありがとう!」

「エト様を、リステルの皆さんを守っていただきありがとうございました」

 

「お前ら——」

 

 それは、アルスの名前しか知らない三人の精一杯の敬意だったのだろう。

 頭を上げた三人は、晴れやかな表情をしていた。

 

「それじゃエトくん、また夕飯で!」

「待ってるぞ!」

「夜道には気をつけてください!」

 

「……ああ! ありがとな!」

 

 三人が合流してまもなく、ミゼリィたちの背中は見えなくなった。

 

 残されたのは、俺とアルスの二人だけ。

 

「なあ、アルス。俺さ、いろんな世界に行ったんだ」

 

 俺はおもむろに、旅の記憶を口にする。

 

「学園にいた頃じゃ考えられないような冒険をしてきたんだ。『花冠世界』なんかは、お前にも生で見せたかったよ」

 

 そうして、俺はアルスに一年の軌跡を語り始めた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 20%も話し終えないうちに、あっという間に夜を迎えた。

 

「……流石にお前も聞き飽きたか?」

 

 酷使した喉に明確な疲労を感じながら、俺はおもいきり仰向けに倒れた。

 

「それじゃ、続きはまた後日だな」

 

 頭上に一番星が輝く。これなら、彼女も迷うことはないだろう。

 

「さて……こんな時間に何のようだ?」

 

 だから俺は、少し前から背後に感じていた気配に声をかけた。

 

「——フェレス卿」

 

 はたして。

 

「いやはや、ここまで気配を隠したボクに気づくとは。この一年で凄まじく成長したようですねえ」

 

 シルクハットと燕尾服。モノクルをつけた瞳の下に涙のタトゥーを入れたリステルの()()は、覗き見を謝罪することなく堂々と姿を見せ、俺の頭の前で立ち止まった。

 

 俺は勢いを付けて起き上がり、フェレス卿と向き合う。

 

「何度見ても悪趣味なタトゥーだな」

 

「ンッフフ! キミの口の悪さは相変わらずですねえ」

 

 

 宰相フェレス。

 人族でありながら、最低でも二百年にわたってリステルの王を代々補佐する道化師。

 俺を異界探索部隊なる新設部隊の隊長に押し込み冒険者稼業へ追いやった元凶である。

 

 フェレス卿はくつくつと喉を鳴らしながら、俺の全身を舐め回すように視線を這わせた。

 

「それにしても、キミは本当に強くなりましたねえ」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

「おや、褒め言葉以外に何かあると?」

 

「アンタの言動は全部胡散臭いからな」

 

「ンフフ! これは手厳しい!」

 

「……で? 何の用があってここに来たんだ?」

 

 フェレス卿がいると心なしか花の元気がなくなっていくような気がするので早々に出ていってほしいんだが。

 

 露骨に険悪な態度を取る俺の感情など意に介さず、道化師は白手袋をつけた右指をパチンと弾いた。

 

「それは無論、キミと……()()()()()話すためですよ」

 

「俺だけと?」

 

「ええ。そろそろ、()()()()()をした方がいいかと思いまして」

 

 翡翠色の瞳を妖しく輝かせたフェレス卿は、ズバリ、核心を突く。

 

「探索省の穿孔度(スケール)6への無茶な突入はボクが仕組みました」

 

 ……その暴露に、驚かない自分がいた。

 そうなのではないか——なんとなく、予感があったから。

 

「その意図は?」

 

「キミは、わかっているんじゃありませんか?」

 

「俺を冒険者にするため——いや、《英雄叙事(オラトリオ)》を開花させるためか」

 

 俺の回答に、フェレス卿はにんまりと笑みを浮かべた。

 

「その通りですよ。全てはエトラヴァルト、キミを鍛えるための布石でした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「——待て」

 

 それは、あまりにもおかしな発言だった。

 

「戦争ってのは、悠久と海淵の戦争のことか!?」

 

「ええ、もちろん」

 

 あり得ないことだ。

 あの〈魔王〉ジルエスターですら、戦争の予兆を掴んだのは《終末挽歌(ラメント)》の活動再開後だ。

 七強世界の情報網がなし得た察知。その遥か前から、フェレス卿は戦争を予見していたと宣った。

 

「はったりを言ってる……わけじゃ、なさそうだな」

 

 フェレス卿は胡散臭い人間だ。だが、その瞳に嘘はない。そも、彼は誤魔化すことはあっても嘘をついたことは一度とてない。

 

「一年前、戦争の事実を知っていたのは誰だ?」

 

「無論、ボクだけです」

 

 リステルの諜報員を使ったわけではない、という答え。

 残る可能性は、思い当たるものでは二つ。

 

「旅をしてきた()()キミなら、わかるのではありませんか?」

 

 フェレス卿は、ありがたいことにヒントを出した。

 

「魔眼か?」

 

「半分正解、といったところでしょうか」

 

「半分?」

 

「ええ。ボクは、キミのお仲間の同類ですよ」

 

 同類。その言葉に、俺の脳は高速で仲間の力を精査する。

 ストラは——違う。あの子は卓越した魔法の使い手だが、魔眼に類する力は持っていない。

 ではラルフか? ——これも違う。フェレス卿からは呪いのようなものは感じられない。

 

 ……必然、答えは一つだった。

 

「イノリと同じ魔眼……概念を宿した魔眼か」

 

 返答は、緩慢な首肯だった。

 

()()の概念保有体。ボクは、あらゆる事象を観測する。無論、未来も」

 

 ……以前。

 『魔剣世界』レゾナで世話になったエスメラルダ学園長。彼女は、未来の分岐点を観測することができると言っていた。

 思い返せばあれは一種の異能……魔眼のようなものだろう。

 だが、彼女の観測力は朧げな“何か”を見ることができる程度だ。

 

「……アンタは、どこまで見えてんだ?」

 

 道化師は、夜空の下で大仰に両手を広げた。

 

「この星の行く末——と言いたいところですが。正直なところ、あと一年より先は見えません」

 

「……それでも、一年は見えてるのか」

 

「ンフフ。そう大層なものではありませんよ。ただ、今回は見えているので。キミに助言をしにきました」

 

 漸く、道化師は邂逅の目的を口にした。

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