【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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大戦争(笑)

 寝返りをうったミゼリィは、横向きになってイノリの横顔をすんだ瞳に映す。

 

「『湖畔世界』フォーラルの一報は、近かったこともありすぐにリステルにも届きました」

 

 エトがもたらした吉報に、リステルは大きく湧いた。

 

「『流石は俺たちの英雄だ』、『リステルの剣は健在だ』——みんなそうしてエトを讃えました。でも、私は素直に喜べなかった」

 

 無論、ミゼリィも喜びの輪に加わった。婚約者の活躍は素直に嬉しいし、無事でいたことにも安堵した。

 ——だが、同時に。

 

「でも、エトが奮い立ったことに、私は悔しさを覚えました」

 

 エトと共に最前線で戦ったという黒髪の少女。

 名前も知らないその誰かがエトに再起のきっかけをもたらしたことに、ミゼリィは強い嫉妬を抱いた。

 

「ずるいですよ。アルスも、イノリさんも」

 

 布団の中から手を伸ばし、ミゼリィはイノリの艶やかな黒髪に触れる。

 

「ただ、先に出会っただけで。ただ、髪色が同じだっただけで」

 

「ちょ、ちょっと待ってミゼリィさん。それだとエトくんが、私の髪色がアルスさんと同じだったからパーティー組んだクソ野郎になるんだけど——」

 

「半分くらいはあると思いますよ?」

 

「ええ……」

 

 自分の婚約者を半ばクソ野郎呼ばわりしたミゼリィは、恨めしそうに目を細める。

 

「酷いんですよ、エトは」

 

 

 初めは、破天荒な後輩だった。

 授業を全部バックれて、学園一位の天才と自己鍛錬に明け暮れる日々。

 そのほかの時間はバイトやらに充てて、「お前は何のために入学したんだ」と言いたくなる有様。

 学生会長としてしっかりしなければ——そんな考えから目に見える場所に置くようになった。

 ……まあ、理由の半分くらいはエトの野宿の際に発生する焚き火の煙だったりに苦情が入ったからなのだが。

 

 手のかかる後輩——そんな認識だった。

 なのに、いつのまにかエトのペースに巻き込まれてミゼリィ自身も不真面目寄りになっていたり。

 心地よかった。たった一年、されど今までの三年よりもずっと騒がしい時間が。

 

「ほんの冗談のつもりだったんです」

 

 学園を卒業して半年、縁談の話が舞い込んだ。

 相手はルベリオ家の次男。シバリア家はミゼリィ以外に子宝に恵まれなかったことから、婿を迎え入れる形での婚姻。

 貴族として生まれた。その役目を果たすのに、なんら抵抗はなかった——そのはずだった。

 

『——まだ、結婚したくありません』

 

 いつものように勤務時間に学園でサボっていた時、思わず漏れた言葉。

 

「そんなことを言ってしまう程度には、あそこ(会長室)は心地よかった」

 

 ああ、痛恨だ——とミゼリィは笑う。

 

 エトラヴァルトとアルスはそんな小さな呟きを守るために、結婚式を盛大にめちゃくちゃにした。

 

「本当に、酷いですよ」

 

 気になっていた年下の男の子と、学園入学以来初めてできた親友が揃って自分を迎えにきた。

 

 笑顔で、さも当たり前のように。

 おまけに、お姫様抱っこなんかして連れ出して。

 エトとアルス。

 互いが互いの一番。

 誰にも踏み込めない領域がそこにはある。それを、誰よりも間近で見てきたのに。

 

 ——それでも、自覚した恋慕は()()()()()()と強烈に願ってしまった。

 

「だから、挑戦することにしたんです」

 

 弱みにつけ込んでいる自覚はあった。卑怯だと言う自分もいた。だが、()()()()()()()と全てを一蹴する自分が最も強かった。

 

「貴族という立場も、婚約者という肩書きも、これから先を一緒に生きられるという特権も全部使って。私は、私の親友に挑戦するんです」

 

 学内序列戦では全敗を喫した。

 恋敵としては、今のところ惨敗、ぶっちぎられている。

 それでも、最後の最後まで、ミゼリィ・フォン・シバリアという人間は、エトラヴァルトというたった一人の、たった一つの一番に挑み続けると誓った。

 

 

「……そう、なんだ」

 

 想いの丈を聞いたイノリは、すっかり目が覚めていた。

 混じり気のない好意。ストラがエトに向けるものとはまた違う、燃えるような情念にイノリは頬が火照る感覚にうなされる。

 

「だから、イノリさんの存在はとても恨めしかったんです」

 

「うえっ!?」

 

 唐突に投げかけられた怨念混じりの言葉に、イノリは変に喉を詰まらせた。

 

「エトをもう一度奮い立たせたのは、貴女なんでしょう?」

 

「そ、れは……うん。そう、かも」

 

 小世界アルダートの異界、“赤土の砦”。あそこでイノリは、エトに過酷な道を歩む選択を強いた。あの無茶がなければ、また違った未来があったのかもしれない。

 ……だが。

 

「……でも、違うよ。私じゃない」

 

 イノリは同じように寝返りをうち、正面からミゼリィの整った、少し眠たそうな顔を見た。

 

「エトくんが覚悟を決めたのは、リステルがあったからだよ」

 

 エトラヴァルトという人間の人生を切り取る時、彼が王立学園に入学してからの日々には、必ずアルスがいた。

 運命——アルスがエトに感じた、「彼に出会うために生まれた」と断言するようなきっかけはない。

 

 ただ、いつもそこにいた。

 

 当たり前のように必ず隣にいた。彼女の存在は、誰かがエトラヴァルトを語る上で避けて通ることなど不可能で。

 それと同じように、エト自身が過去を振り返ったとき、アルスがいないことなどあり得ない。

 

 劇的な出来事があったわけではない。共に過ごした——たったそれだけの思い出が、エトラヴァルトにとって何よりも大切なものだから。

 

 そして同時に、ミゼリィがいた。

 ガルシアが、リナリアがいた。

 カイルも、レミリオも、デュナミスも、ルビィも……それは皆がいる色褪せない日々。決して失われることのない思い出という()()

 

「だから……そこには絶対、ミゼリィさんもいたよ」

 

 歩みを進めるほどに多くを自ら背負い……否、()()()()()。その度に強くなる、使命という名の我欲に殉じる騎士。

 

「私も、いたんでしょうか」

 

 少し不安そうに呟くミゼリィの手をとって、イノリは間違いないと断言する。

 

「だって、エトくんが()()する時、いつも楽しそうだったから」

 

 それはもう、今日を共に旅をするイノリが嫉妬してしまうほどに。

 

 そういうものを大切にするから。

 だからきっと、《英雄叙事(オラトリオ)》は……記録の概念保有体は、エトラヴァルトを認めたのだろうとイノリは思う。

 

「……やっぱり私、イノリさんに嫉妬してます」

 

 さっきより晴れやかな声音でミゼリィが囁いた。

 

「私よりもずっと、エトをわかってるじゃないですか」

 

「そりゃあ、私はエトくんの運命共同体(あいぼう)だから」

 

 ミゼリィはちょっと自慢げなイノリの言葉に数秒目を瞬かせたあと、

 

「……負けたくない人が、一人増えました」

 

 そう言って、楽しそうに目を閉じた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 翌朝、シバリア邸では激しい生存競争が繰り広げられていた。

 

「おい! まだかんかレミリオ!? もう10分は経っとるぞ!?」

 

「うるさいよカイル……!」

 

 カイルが必死の形相でドンドンと叩く扉の向こうからレミリオのくぐもった声が響く。

 

「そんなに急かされたら出るものも出ないじゃないか! というか君はギリ魚類なんだから川に行きなよ……!」

 

 メイド長による激辛砲は、定期的に食わされるミゼリィ及びその他使用人たちを除いた全員の胃に致命的なダメージを与えていた。

 

 来客として世話になっていたイノリたちはもちろんのこと、「エトが帰ってきてるから!」と都合のいい文句で懲罰による隊舎の掃除から逃げた同期四人組も餌食になっていた。

 

「え、エトくんはどこに……!?」

 

「あ、朝から王城に登城したと——」

 

 全身から嫌な汗をかくイノリに、同じく死にかけの表情をしたストラが答える。

 第一波を凌いだ二人ではあったが、ミゼリィの「最低三回は覚悟してください」という鎮痛な面持ちの宣告。

 二人は第二波の影に怯えながら、現在絶賛第一波と交戦中のレミリオたちに視線を飛ばした。

 

「エトのやつは平気だったのか……?」

 

 体質の問題か、他の皆よりは多少楽そうな(それでも顔色はすこぶる悪い)ラルフは、「過去に経験あんのか……?」とエトの耐性の有無を気にかけた。

 

 ちなみに、真実は魄導による消化関連機能の著しい活発化による()()()()()()である。

 午前中の登城に間に合わせるべく肉体に鞭を打った、これが正解である。

 

 しかし、用途が千差万別と言えど、限られた人間にしか扱えない魄導を激辛料理の後始末に使ったのは、後にも先にもエトラヴァルトただ一人だろう。

 後にエトは「多分世界一しょうもない魄導の使い方だった」と語る。

 

 これは完全に余談だが、焦りに焦るエトの姿を《英雄叙事(オラトリオ)》に記録された残滓たちは大層楽しそうに見物していたという。

 

「というか、ミゼリィさん。ここのお家のトイレってあそこだけなの……?」

 

 イノリたちの苦痛をせめて少しでも和らげようと白湯を運んできたミゼリィは、少々申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「いえ。他にもあるのですが……使用人の中でも数人当たってしまったもので……」

 

 住み込みではない者、運良く休みが被って激辛を回避し続けてきた者、そもそも新人で経験がなかった者など理由は様々だが、その他のお手洗いは全て彼ら彼女らによって締め切られてしまったのである。

 

 視界奥ではふんどし一枚の男が腹痛に悶え苦しむという地獄一歩手前……いや、すでに別の意味で地獄な景色が形成されていた。

 

「ぐぬおおおおお! うぬおおおおお!? くおおおおおおっ!!」

 

「デュナミスうっさい! 君鍛えてるんだから我慢しなよー!」

 

 同じく便意に耐えるルビィの半泣きの言葉に、デュナミスは直立で尻を押さえながら真っ青な顔で首を横に振る。

 

「内臓は管轄外なんだ……!」

 

「いつも『インナーマッスルが云々』とか言ってるのにぃ!?」

 

「インナーマッスルとは深層筋とも呼ばれるがあれは内臓を正しい位置で固定し姿勢を維持し——」

 

「筋肉うんちくは今要らないからあ!!」

 

 血走った目をぐるぐると回すルビィは、同僚のアホさ加減といつまでも開かない扉に業を煮やして、壊れた。

 

「み、ミゼちぃ! 床掘っていい!?」

 

「はい?」

 

「もう、ここと下水を繋げて……!」

 

「ダメに決まってますよね!?」

 

「それならせめて畑の肥料に……!」

 

「嫌です! あなたたちのアレコレで育った野菜はなんかこう……嫌です!!」

 

「「「うぬあああああああああああ!」」」

 

 言葉を選びつつも露骨に嫌悪感を剥き出しにしたミゼリィの容赦ない言葉にバカ三人がのたうち回る。

 

「ただいまー……うわ案の定地獄」

 

 そこに城から帰還したエトが合流し、眼前、ふんどし男が便意と格闘するという年齢規制必須なグロ映像に目を覆った。

 

「し、仕方ありません……最終手段です!」

 

 見るに耐えなくなったストラが、震える体に鞭打ちなんとか立ち上がる。

 

「ストラちゃん、解決策あるの!?」

 

「はい。今から裏庭に出ます」

 

「裏庭で、どうするの?」

 

「魔法でアヒル型の便座(幼児がまたがるやつ)を生成します」

 

「尊厳が失われてるよっ!!?」

 

「「「「今すぐにお願いします!!!」」」」

 

 その限界極まる提案にミゼリィ含めた四人が即決で乗った。

 

「ミゼリィさんいいの!? 裏庭にこの世のものとは思えない光景が生まれるけど!?」

 

「これ以上のたうち回る筋肉と家を改造される可能性に怯えるよりは……!」

 

「それでは早速……!」

 

 なんかもう、全員が全員限界だった。

 

 

 ここに、人数分の簡易便座はしっかり区切られ、その後、正しい手順で処理されたことを明記する。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ひと段落ついた後、全員が憔悴しきっていた。

 ただ一人争奪戦を回避し、諸々の準備を済ませてきたエトは、現王ダンテから「リステルがアトランティスに加勢する」ことを確約する旨が書かれた書状を手に告げる。

 

「それじゃ準備出来次第、今日中に出発するぞ」

 

『えっ……便所大戦争(このながれ)の後で?』

 

「……ああ、この流れの後でだよ」

 

 

 史上最悪の船出だよ、とエトラヴァルトはげんなりした。




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