【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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尊厳は彼方

「さて! 気を取り直して行くぞ〜!」

 

 青空の下、『海淵世界』アトランティスへ向かうべくシバリア邸を発った俺は景気付けに拳を上げて声を張り上げた。

 しかし、続く者はおらず。

 

「エトくん、それもう四回目だよ?」

 

 むしろ、「お前何回やるねん」という相棒の冷たい視線が突き刺さった。

 

「四回やってもやる気が戻ってこないグロ映像見せつけられた俺に非はないと思うんだ」

 

「それは……うん、そうだね。エトくんは悪くないや」

 

「だろ?」

 

 デュナミスが力んだ拍子に、奴を囲っていた土の壁が吹き飛んだ。

 何をどう力んだら吹っ飛ぶのか皆目見当がつかないが、とにかく、見張りとして裏庭に急増された簡易便所が砕け散り、内側からアヒルさんに跨る筋肉ダルマが出現した。

 

 デュナミスの野郎は、俺の懇願によってシバリア邸永久追放に処した。

 

「エトのメンタルを砕くほどの劇物だったんですね……」

 

「想像してみま——」

 

「嫌です!」

 

「めっちゃ食い気味」

 

 今回は一年前のような孤独な出発でなく、ミゼリィにバカ四人を追加した五人が見送りに来ている。

 世界と世界を隔てる“膜”の手前まで……とは、今回はいかないらしい。

 

「そういえばエト様、『海淵世界』にはどうやって行くんですか?」

 

「その辺はフェレス卿が手配してくれるって。もう着くぞ」

 

 ——『海淵世界』アトランティス。

 全てが海に沈んだ青の世界。

 空の青、海の青……最大の体積を有する世界には“船”で行く……のだが。

 

「え、あの……エトくん?」

「エト様、これは……?」

「なんなんやろなあ……(諦め)」

 

 イノリとストラからは困惑、後ろのミゼリィからは同情の視線。

 そしてバカどもは腹を抱えて大爆笑——お前らもう一度激辛地獄に落とすぞ。

 

 午前中、登城した際にフェレス卿から伝えられたリステル極東の河川。

 そこには、「用意はしたからあとは頑張ってください♡」というあまりにも適当な書き置きと、四人、ギリギリ座れる程度の面積を有した()()()が浮かんでいた。

 

「あんのクソ道化師があっ!!」

 

 次に会ったら重石をつけて湖に沈めてやる——俺は固く心に誓った。

 

「これでどうやって海を渡ればいいんだよ……!!」

 

 同僚のドカ笑いをbgmに、俺はいかだを前にして崩れ落ちる。

 ぷかぷかと浅瀬に浮かぶいかだには、申し訳程度の無駄に緻密な自重軽減の魔法が一つ適用されているのみで、到底、荒波に耐えられるような姿には見えない。

 

「ねえエトくん、今からそのフェレス卿って人ぶん殴りに行かない?」

「この申し訳程度の魔法が本当に腹立ちますね……無駄に高度なのもムカつきます」

 

 崩れ落ちるイノリが非常に魅力的な提案をする横で、ストラが魔法の完成度に唸りながら舌打ちをする。

 

「仕方ねえから、出発遅らせてでもまともな小舟用意するかー」

 

「……いや、これで行こうぜ」

 

 そう切り出したのはラルフ。

 俺たちは、揃ってぎょっとラルフを振り返った。

 

「お前正気か?」

「ラルフくん、いくらモテないからって入水することはないよ?」

「わたしたちを巻き込まないでください」

 

「ちげえよ!? たった一言でボコボコに言われすぎだろ!? あとストラちゃんはもう少し優しさ出して!」

 

 総ツッコミを受けたラルフは咳払いで無理やり話を進める。

 

「多分だけどこれでいける。今なら、第三回遊都市が浮上してるはずだから」

 

『第三回遊都市……?』

 

 聞き慣れない単語に、俺たちは揃って首を傾げた。

 

「『海淵世界』の都市だよ。ぐるぐると海の中を回ってるんだ。で、都市は一年かけて海を一周するんだよ。今頃は第三回遊都市が近いはず……だ。ちょっと前の知識だから確約はできねえけど」

 

『へえ〜』

 

 ラルフの知見の深さに皆揃って感心した。

 

「というかエト、魔王様経由で話がいってるとかはないのか?」

 

「なさそう」

 

 盗聴や情報漏洩を防ぐためなのかは知らないが、〈魔王〉は今回の一件に関しては徹底的に情報を伏せるつもりらしい。

 

「あと、リステルは隣り合わせだけど海淵世界とは全く縁がないから出たとこ勝負なところある」

 

「二人の王直々の指令が現場判断のぶっつけ本番とかどうなってんだよ」

 

 まったくもってその通り。

 

「でもまあ、俺って対外的にはまだ銀三級冒険者だしなあ」

 

「ああ……そういや俺たち異界探索サボりまくってたな」

 

 忘れてはいけない……いや半分くらい忘れてたけど。俺は元々、異界探索で成果を上げて金級に名を連ねるのを目標にしていた。

 

 だが蓋を開けてみればどうだ。最後にまともに異界に潜ったのは、『花冠世界』ウィンブルーデの“狂花騒樹の庭園”。

 その後はシーナのママとして奉仕活動に勤しんだり、寝ても覚めても訓練に励んだり、挙げ句の果てには繁殖の竜と殺しあった。

 

 最後の一点についてはギリ異界関連と言っていいだろうが、豊穣の地の事情が事情ゆえに対外的に「繁殖の竜の絶滅」を発表することは“まだ”できない。

 リステルの庇護という点においては十分すぎるほどの褒賞をもらったわけだが、真っ当な冒険者としての功績の観点から言えばタダ働きと言わざるを得ないだろう。

 

 遠回りな説明をしたが、要するに、アトランティス側からすれば俺たちはただの銀級中堅の冒険者集団。

 七強世界の中でも始原と並んで抜きん出た世界らしい悠久との戦争を前に、そんな()()()()()をわざわざ迎えに来るメリットはないと言える。

 

「で、振り出しに戻るわけだが」

 

 俺たちは揃って川辺に浮かぶ簡素ないかだに目を向ける。

 

「覚悟決めて行くかあ……」

 

 フェレス卿の話が真実なら、観測の概念保有体がまかり間違っても失敗を引き当てるとは思わない。

 いかだで向かうのが最善——そんな理由があるのだろう。

 いや、そう信じないとやってられない。

 

「いやいやいや! エトくん本気!? 本気でこれに乗るの!?」

「すみませんエト様、流石に今回は承諾しかねるというか……あの、エト様? 私を持ち上げて何を?」

 

「時間ないから強制乗船だ」

 

「「いーやーだー!」」

 

 駄々をこねる女子二人を無理やりいかだへ投下し、続いてラルフを投下。最後に俺が乗り、出発の準備は整った。

 

「「「「………………」」」」

 

 整ったんだが……

 

「ねえエトくん」

 

「なんだ?」

 

「バランス悪くない?」

 

「……やっぱり?」

 

 いかだは俺たち四人の体重の偏りからものすごく不安定に揺れていた。

 

「かいちょ……ミゼリィたちから見てどうだ?」

 

「めちゃくちゃ揺れてますね」

 

 やっぱりいかだは無理があるのでは……?

 

 そんな風に思っていたその時、意を決したようにストラがきゅっと唇を結んだ。

 

「仕方ありません。最終手段です」

 

「大丈夫ストラちゃん? 午前中のせいで最終手段への信頼度ガタ落ちなんだけど」

 

「今回は大丈夫です! というかイノリ、思い出させないでください!」

 

 否応なく午前中の地獄を思い出した全員の表情が死んだ中、ストラがじっと俺を見る。

 

「エト様、女の子になってくだ——」

 

「嫌だっ!!」

 

「そこをなんとか!」

 

「絶対に嫌だ!!」

 

 揺れるいかだの上で俺の魂の咆哮が響く。

 

「どうせ自重の軽減のためとかだろ! 絶対に嫌だからな!!」

 

「お願いしますエト様! というか、いかだで決行するのを決めたのはエト様ですよ!? 責任取ってください!!」

 

「それとこれとは話が別だっ!!」

 

 シャロンやエルレンシアを嫌っているわけではない。むしろ感謝しているし、心象は限りなく良い。だが、それはそれとして自分の肉体を女に変えるというのは何度やっても慣れないのだ。

 

「す、スイレンなら……!」

 

「あの鬼人のお方はガタイが良すぎます! 確実に傾いて沈没です!」

 

「——ムッ!? ストラ嬢、今ガタイが良い男がいると!?」

 

「貴方は黙っていてください!」

 

 急に会話に割って入ってきたデュナミスのせいで会話は混沌へと突き進む。

 

「それじゃあ、カイルに泳がせたらー? 魚類なら行けるでしょー」

 

「おいルビィ! 流石のワシでもそれは死ぬ!」

 

 のんびりとしたルビィの提案にカイルが顔を青くし、この中で最もツボの浅いレミリオが腹を抱えてゲラゲラ笑う。

 

「頼むストラ! なんかこう魔法で上手いことやってくれ!! 一生のお願いだ!!」

 

「なんでここまで粘るんですか!? ラルフの時は承認してくれたじゃないですか!」

 

 ストラが言うのは、『花冠世界』での大輪祭の時のことだろう。だがあの時とはわけが違う。

 

「コイツらがいるところで変身するのは嫌だぁっ! 一生のお願いだから……!」

 

 泣き喚く俺にストラが困り果て、何故か背後のミゼリィから暗さを孕んだ視線が突き刺さった。

 

「こんなところで一生のお願いを使わないでください! 軽率すぎますよ!?」

 

「俺の一生は《英雄叙事(オラトリオ)》にストックされてるから……!」

 

「過去の英雄たちの人生を回数券みたいに使わないでくださいっ!!」

 

 本気で涙を流して祈る俺に、ラルフとイノリがドン引きする。

 

「なんか久しぶりに見たな。エトの情けねえ姿」

「変身への抵抗感はずっと消えないんだね……」

 

 語り部としての力があったからこそ今日俺は生きている。そこは感謝している。だが、変身せずとも戦える力を身につけた今、好き好んでポンポンと性別を変換したいかと問われたら断じて否を突きつける。

 

「当たり前だ! 俺は男だぞ!?」

 

 威厳なんてあったものではないが、せめてもの抵抗に凛々しい顔立ちを意識する。しかし、俺の足掻きは後ろからの追い打ちによって無惨に砕け散った。

 

「今のエトはとても女々しいですけどね」

 

「……ミゼリィ、なんで今刺した」

 

 振り返ると、少しだけ頬を膨らませたミゼリィが悪戯っぽく笑った。

 

「さあ? なんでだと思いますか?」

 

 隣……イノリと目を合わせて楽しげに笑う。

 

「——さあ、エト様」

 

 いつのまに仲良くなったんだ? という疑問を解消する間は与えられないようで。

 ぐいっと詰めてきたストラの赤錆色の瞳が至近距離で俺を覗き込んだ。

 

「覚悟を決めてください。これはリステルを救うための大事な船出です」

 

「いやだぁ……!」

 

「今日はいつになく頑固ですね……うーん

 

 眉を顰め悩むストラを前にして情けなく泣いていると、そんな彼女に助け舟を出すように、俺の胸の奥がじんわりと赤熱する。

 

『——まったくも〜、しょーがないなあ』

 

 舌足らずな声が響く。

 

「……え? 今の声、どこから?」

「イノリちゃんも聞こえたか!?」

 

 その声は皆にも聞こえたようで、騒がしかった周囲が嘘のように静まり返った。

 

「……は? 嘘だろ?」

 

 そんな中、ただ一人、俺は。

 急速に流れ込んでくる()()()(ページ)()()()()()()()()に驚愕する。

 

「いやいや待て待ってくれないないないない!」

 

「エト?」

「エトちんどしたー?」

 

 俺を心配する声に、申し訳ないが反応する余裕はなかった。

 

「待って!待ってくれ!それは唐突すぎる、準備できてねえって!いやいやマジで待ってそれは洒落になってねえってあり得ないあり得ない、それは尊厳が……尊厳が失われてるって!!」

 

 さっきまでの懇願の涙は引っ込み、代わりにかつてない恐怖に全身が震え涙が溢れる。

 

『えとが強くなったから、“きゃぱ”? が増えたからねー。こっちからもや〜っと出やすくなったよー』

 

 俺の懇願を意に介さず、新たな英雄……いやお前が英雄なの!? 《英雄叙事(オラトリオ)》それは流石に見境ないっていうかお前の男女比率どうなって——あっやばい。

 

「これやばマジでヤバ油断した——」

 

 意識が引っ張られる。

 肉体の主導権を奪われる、久しく感じていなかった感覚に血の気が引いた。

 傍若無人な新たな残滓は、俺の願いも虚しく(ページ)を散らせた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 光が収まり、(ページ)が収束する。

 イノリたちは、目の前のあまりにも信じがたい光景に揃って目を擦った。

 

「え、エトくんが……()()になっちゃった!!?」

 

「うーん! 空気がおいしー!」

 

 亜麻色の長髪を揺らす濡羽色の瞳の幼女……肉体年齢およそ10歳前後と思しき子供は、気持ちよさそうに背伸びをした。

 

「……よいしょ! これでじじゅーは平気でしょ? ストラお姉ちゃん!」

 

「……………………はいっ?」

 

 シャットダウン仕掛けていた思考をなんとか再起動したストラは、ちょこんとおり目正しく正座する幼女に恐る恐る尋ねる。

 

「えっと……お、お名前、は?」

 

「ルーランシェ! みんなはルーシェって呼んでたよ!」

 

 幼女……ルーランシェは元気よく手をあげてニコニコ顔で回答した。

 

「エトくん……いよいよあの“女児氏”って異名が嘘じゃなくなっちゃったね」

 

 シャロンはギリ女児ではなかったが、目の前のルーシェは言い逃れのしようがない——そんなイノリの発言に、主導権を奪われたエトは《英雄叙事(オラトリオ)》の上で他の残滓たちに慰められながらさめざめと泣いていた。




ルーランシェ「なんか空いてるし行っちゃえ!」

エトの成長により生まれたキャパを問答無用で埋める幼女
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