【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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幻想生物

 一年前は見送ることができなかった。そもそも、出て行ったことすら、「最近見ないな」と思っていた一週間後に知ったのだから。

 

 だが今回は違う。

 ちゃんと出迎えて、見送る準備も整えた。

 だと、言うのに……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 好意を寄せる相手が幼女になった。

 

「え、エト……?」

 

 ニコニコ顔で元気よく、楽しそうにいかだを揺らす亜麻色の幼女を前に、ミゼリィは震える声でエトの名を呼んだ。

 が、しかし。反応したのはその幼女……ルーランシェだった。

 

「えとは今内側で泣いてるよー」

 

「え、あの……貴女、は?」

 

 ミゼリィはエトが性転換することを知っている。

 当然だ。なぜなら彼女は誰よりも近くで見ていたのだから。アルスが今際の際にエトに剣を託し、そのエトが白髪の少女に姿を変える様を。

 

 だが、知らない。

 幼女に姿を変えるのは、全く聞いていなかった。

 

 困惑の極みにいるミゼリィと笑うのを必死に堪えるエトの同僚四人に、ルーランシェはドヤ顔でブイサインを決めた。

 

「ルーランシェ・エッテ・ヴァリオン! これでも《英雄叙事(おらとりお)》に刻まれた英雄なんだよ!」

 

「性転換先が複数あるのは初耳ですよ!!?」

 

 戻ってきた婚約者が半ば人間を卒業していた。事実を受けたミゼリィは頭を抱えて喉を振り絞ったような叫びを上げた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「オラ出てこい《英雄叙事(オラトリオ)》ァ! どういうことかきっちり説明してもらうからなぁ!!」

 

 涙を拭いて立ち上がった俺は、(ページ)舞い散る空間で《英雄叙事(オラトリオ)》へと怒鳴り散らす。

 

 怒り猛る俺の後ろでは痙攣するほど笑うシャロン、やれやれと首を振るエルレンシア、肩を震わせるスイレン、そして繁殖の竜()()をぶった斬れたことに未だご満悦な無銘が勢揃いである。

 

「お前ぇ! 今回ばっかりはおかしいだろ! 幼女だぞ幼女! 流石に見境なさすぎんだろ!!」

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》がどんな経緯で人から人へ継承されたのか真偽は定かではない。が、少なくとも二通り…‥命の途中から得た者と、生まれた時から有していた者。

 

 割合としては前者が多いが、後者も一定数存在する。

 無銘や、その他“滅亡惨禍”で命を散らした魂の記録は途中から始まり、そして途切れている。

 逆に、シャロンなんかは生まれてから死ぬまでの生涯を記録されていたりする。

 

 ルーランシェ……新たに対話が可能になったこの幼女に関してはまだ読み込みが足りないが、後者であると信じたい……というか。

 

「コイツ、17で死んでるのか……」

 

 死因は……世界間の戦争。

 ありきたりだ。世界を滅ぼすというのは、そういうことだ。だが、同時に。

 

「それでも、お前は何かを成し遂げたんだな」

 

 《英雄叙事(オラトリオ)》の残滓たちは、()()()の姿を形作る。つまり、ルーランシェは幼くして名前を刻んだのだ。

 

「……なんか読みづらいな」

 

 ルーランシェの物語は、ところどころ文字化けしているというか、奇妙なノイズが混ざる。

 

「あ〜、一向に主導権が戻ってくる気配がねえ……いや帰ってこなくていいか」

 

 まかり間違っても女児の肉体で話すのは無理だ。流石にそれは心が死ぬ。

 

 意識を外に向ければ、大爆笑するバカ四人と困惑するミゼリィ。そしてラルフの膝にルーランシェを乗せてバランスをとったイノリたちが混乱の中出航する姿が意識に流れ込んできた。

 

「——なあ、《英雄叙事(オラトリオ)》」

 

 疑問が……否、()()が生じる。

 

「お前はなんで、記録するんだ?」

 

 記録の概念を持つ一冊の本。膨大な記録をその内側に溜め込んでいる。

 もっと知りたくなった。

 

「お前はなんで、俺に力を貸してくれるんだ?」

 

 そういう力だと、そういうものなのだと思ってきた。

 だが、その力の根源を……始まりを。

 

『——君には今、鎖の音が聞こえているかい?』

 

 宴の夜、《終末挽歌(ラメント)》が俺に問いかけた。

 俺は……俺たちは。

 《英雄叙事(オラトリオ)》のことを、なにも知らない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 大海原にいかだが漕ぎ出した。

 字面だけ見れば自殺行為以外のなにものでもなく、真実、自殺行為に他ならない。

 

 イノリは、筏の中央で硬直するラルフの膝上で呑気に鼻歌を歌うルーシェに質問する。

 

「ルーシェちゃんは、リステル出身なの?」

 

「違うよー。『業火世界』ヌン、もう滅んじゃった」

 

「……そう、なんだ」

 

 故郷が滅びてしまった。そんなことを言わせたことに罪悪感を抱くイノリに、ルーシェは「気にしないでー」とこれまた呑気に言う。

 

「よくある話だよー」

 

「すみません、ルーシェさん。土地に縁がないのであれば、どうやってエト様と導線(パス)を繋いだんですか?」

 

 エルレンシアの時も、スイレンの時も、ひいてはシャロンの時も。エトは土地の縁を伝って導線(パス)を繋いだ。

 無銘に関しては、竜という適性存在を縁にした。

 

 今まで、《英雄叙事(オラトリオ)》の解放にはそういう“縁”が必要とされてきた。しかしルーシェは、そんな縁を結びようがない。

 そこを疑問視するストラだったが、ルーシェの答えは至って単純だった。

 

「んー、お兄ちゃんが前より強くなったから」

 

「と、言いますと?」

 

「今のお兄ちゃんなら、縁なんかなくても私たちと導線(パス)繋げるよー」

 

「「「え゙っ!?」」」

 

 驚く三人を他所に、「限界はあるけどねー」と無邪気に笑うルーシェ。

 

「お兄ちゃん、はくどー? 使えるようになったから、余裕が生まれたんだよねー」

 

 自己の魂の完全掌握に至ったエトは、付随して《英雄叙事(オラトリオ)》の許容量を増加。

 さらに、繁殖の竜を打ち倒し、魔物としての竜の欠片を喰らったエトの身体は一段上のステージへ到達した。

 

「前は絡まってたけど、今はそうじゃないから——」

 

 例えるなら、本棚の整理だろうか。

 自分と《英雄叙事(オラトリオ)》、二つの力が混在していたエトの部屋は、それはもう盛大にとっ散らかっていた。

 だが、豊穣の地での成長を経て、部屋は片付けられ、多くの物語は本棚に正しく整理された。

 

 今のエトは、本人が未だ無自覚であるだけで、好きな本に手を伸ばすことができる。

 

「お兄ちゃん、導線(パス)()()()がわからないから上限はあるけどねー」

 

 今なら、自分を含めてあと一人が限界だろう——ルーシェはそう推測した。

 

「なるほど……ところで、コレ、いつになったらつくんでしょうか」

 

 いい加減大海原は見飽きた、と。

 漕ぎ出した直後は一番はしゃいでいたストラはやや疲れた声音で呟いた。

 

「ストラちゃん、みんなが言わなかったことを……!」

 

 一定方向へ一定の速度で進むいかだ。大海原でなお安定する魔法の技術はストラをして嫌な顔をしながら認めるものがあった。

 しかし、遅い。

 一年前、『湖畔世界』で乗った船とは比べ物にならないほど遅い。

 

「なんでよりによっていかだなんだろうねー」

 

 人を小馬鹿にしたような対応。しかしこちらの望みは一応叶う、叶ってしまう。

 

 イノリは昔の……兄と姉の二人とまだ共に過ごしていた頃の知り合いとの共通項をフェレス卿なる人物に見い出し、勝手に憤る。

 

「ラルフ、第三回遊都市なるものは本当にこの先に?」

 

 ストラに問われたラルフは、「ある、はずだ……」とやや不安げに答える。

 

「俺の記憶が合ってんなら、結構遠目にも見えるはずなんだが……」

 

 世界を隔てる膜を超え、『海淵世界』アトランティスへ漕ぎ出してから早一時間。

 この海全てがアトランティスの領海であり、そろそろ何かしらの目印が見えてもいい頃だ、とラルフは言う。

 

 しかし、視界に広がるのは一面の海原と雲の流れる空。

 時々水面を跳ねる魚の群れが気持ちよさそうにヒレを揺らし、そんな微笑ましい群れを、後方から海面を爆発させ飛び出した巨大な鯨のような生物が丸呑みした。

 

「なっ……なななななななななななにアレ!!?」

 

 着水の衝撃で海面が津波のようにのたうちまわり、いかだが大きく揺られた。

 

「今、何か見え……」

 

 ストラが思考を整理するより早く、再び爆発が巻き起こる。

 膨大な飛沫を散らし、あの繁殖の母体すら凌ぐ巨体が太陽を目指すように遠雷のような雄叫びを上げて飛び上がった。

 

 光沢ある鱗が陽光を浴びて玉虫色に輝く。

 鋭い爪のように骨が露出する尾鰭を揺らす巨体に、ラルフは覚えがあった。

 

「やべ……幻想生物!!」

 

「げんそ……ラルフくんそれ何!?」

 

 揺れるいかだから落ちないように必死にしがみつくイノリの問いかけに、あまりの自重の軽さからすっ飛んでいきかけたルーシェを傍に抱えたラルフが叫ぶようにして答える。

 

「その世界固有の生き物だ! 極端な話、友好的な魔物って言ってもいい!!」

 

「なにそれ!?」

「なんですかそれ!?」

 

 

 ——幻想生物。

 異界の出現と共に、多くの世界で魔物と同一視され淘汰された、しかし魔物とは決定的に異なる生き物たちの総称。

 独特の生態を有し、「その世界以外での生存は不可能」と断じられるほど極端な進化を遂げている。

 

 『海淵世界』アトランティスには、そんな幻想生物が数多く生存している。

 イノリたちの目の前に姿を現したのは、幻想生物“セタス”の()()である。

 

「幼体!? アレがですか!!?」

 

「おっきー!」

 

 赤ん坊にしてはデカすぎるセタスの巨躯にストラが愕然と目を剥き、ルーシェがひたすらにテンションを上げて目を輝かせる。

 余談だが、この時エトも内側で相当驚いていた。

 

 魚の群れを飲み込んだセタスの幼体の深い海色の眼がギョロリと動き、いかだでぷかぷかと海面に浮かぶラルフたちを捉え、潜水する。

 

「……ねえ、ラルフくん」

 

「なっ、ななななんだ?」

 

 震えるイノリの声に、ラルフは努めて冷静に返す。

 

「さっきラルフくん、幻想生物は友好的な魔物って言ってたよね?」

 

「……言った」

 

 コレでもイノリは、死線を何度も超えてきた実力者である。エトほどの直感はないとはいえ、それなりに危険には敏感になったし、勘も働くようになった。

 

 その勘がささやく。

 

「さっきさ、私たちめちゃくちゃ睨まれてたよね?」

「……ああ」

「これ、さ……」

「……だな」

 

 二人の思考は一致していた。即ち——()()()()()、と。

 

 ——真下、確かな殺意が膨れ上がる。

 

 ガバッと海面を覗き込んだイノリの右目と、浮上するセタスの海の瞳が交錯した。

 

 なんか知らんがめちゃくちゃ怒ってる——イノリの目にはそう映った。

 

「——ごめんっ!!」

 

 謝罪と共に魔眼起動。強制的に眼下の世界を遅延する。

 

「ストラちゃんは姿勢制御、ラルフくんはエンジン役!!」

 

「了解ですっ!」

「うおおおおおおおファイアーーーーーーッ!!」

 

 ラルフの付与(エンチャント)の放出による超加速。

 風を引きちぎる勢いに盛大に斜めったいかだに、ストラが必死の形相で姿勢制御の魔法を重ねがけする。

 

 後方、セタスがイノリの魔眼による拘束を()()()()()、追撃を仕掛ける。

 

「うっそでしょ!?」

 

 詠唱していないとはいえ、一時は繁殖の竜にすら有効だった魔眼をフィジカルのみで振り切ったセタスの幼体にイノリが絶句した。

 

「ラルフ! もっとスピード上げてください!!」

 

「いかだが燃えないようにしたらこれが限界なんだよっ!!」

 

 猪突猛進という言葉がこれほど似合う光景はない——背後から魔眼の拘束を振り切って爆進するセタスにイノリはあまりにも呑気な感想を抱いた。

 

 汽笛のような雄叫びを上げるセタスが大口を開けて迫る。

 

「不味いです! このままではあの魚たち同様にあの生き物の胃の中です!」

 

「んなことわかってるよ! でもこのいかだじゃどうしようもねえよ! イノリちゃん魔眼の効き目は!?」

 

「なんか阻害されてる! あの鱗が変な感じ!!」

 

 たかが生物一匹が魔眼に対する耐性を持つ。

 信じられない生態にイノリたちがみるみるうちに焦りを蓄積させていく。

 

「ラルフお兄ちゃん、あと8秒で魔法止めて」

 

「ルーシェちゃん……?」

 

 極めて冷静な口調でルーシェは続ける。

 

「ストラお姉ちゃんは結界を、匂いだけは絶対遮断して。イノリお姉ちゃんは眼閉じて。干渉しちゃう」

 

「は、はい」

「……わかった」

 

 凄みを感じさせるルーシェの言葉に、三人は易々諾々と従った。それだけの説得力が、亜麻色の幼女にはあった。

 

 炎が消え、結界が展開される。セタスの幼体が迫る中、いかだの先端に立ったルーシェが右手を掲げ、()()()()()

 

「せーの……、よいしょー!」

 

 瞬間、セタスの海の瞳があらぬ方向へ向き、突如として方向を転換しイノリたちへの追撃をやめた。

 

 執念を感じさせる追撃が一瞬で終わったことが信じられず、ラルフは去り行くセタスの背びれを眺める。

 

「今、なにが……?」

 

「ルーシェさん、なにを? 今、貴女の手が何かを掴んだような——」

 

「んーとね、()を屈折させたの」

 

「「「光を?」」」

 

「うん!」

 

 してやったり、そんな表情でルーシェはブイサインを決める。

 

「今、あのでっかいのは私がずらした景色を……私たちの幻影を追ってるの。蜃気楼みたいなものかな」

 

「「「はあ……」」」

 

 途端に饒舌になったルーシェを前に、三人はぽかんと口を開けて呆然とした。

 

「光の屈折……理屈としてはわかりますが、そんな簡単に、あんな一瞬でできるものなんですか?」

 

 多少ズラす程度ならストラにもできるだが、あのセタスに進路を180度変えさせるほどの屈折を……しかも四人といかだの姿を見せるほどの高度な術式。

 その難易度の高さを知るゆえに、ストラはルーシェの説明を信じきれなかった。

 

「んー、私()()()できるんだよ。私、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………はあ!!?」

 

 ルーランシェ・エッテ・ヴァリオン。

 《英雄叙事(オラトリオ)》継承者の一人であり、齢わずか八つにして光の概念保有体として覚醒した少女は、左手でもブイサインを決めてふふんと鼻を鳴らした。

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