【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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大問題

 源老との謁見はソロン議長の一存で決められるものではなく、そもそも、謁見するには淵源城ノアに行かなくてはならない。

 

 ——『外交官に話は通しますが、本番はノアに着いてからになります』

 ——『ホテルを手配しましたので、皆様は旅の疲れを癒してください』

 

 というわけで、夜になってもラルフが帰ってくることはなく。

 

「アイツ遅いなあ……」

 

「家出していたとはいえ、王子ですし。わたしたちにはない苦労があるんでしょう」

 

 俺たちはホテルの豪華な夕食に舌鼓を打って腹を満たしたあと、部屋の中でのんびりと寛いでいた。

 

 こんなにのんびりできるのは豊穣の地以来だろうか。

 なんで自分の故郷でのんびりできてないんだよ。そんなの、あそこが一番騒がしいからに決まってんだろ(自己解決)。

 

 ベッドの上で暖色の天井を見上げながら「あのスープ美味かったなあ」なんて呟いていると、

 

「エトくんとストラちゃん、すごく当たり前のように馴染んでたけどさ。二人ともどこでテーブルマナー身につけたの?」

 

 根が冒険者とはいえ、今の俺たちは極星の使者とその付人。立場に恥じない立ち振る舞いが要求される。

 

「わたしは本で一通り」

 

「俺はガルシア繋がりでたまーに現王と飯食ってたから……」

 

 あとはミゼリィ繋がりでそれなりの頻度でアルスと晩御飯に招かれたりもした。

 

「出たよエトくんのしれっと爆弾発言」

 

 一人テーブルマナーに大苦戦したイノリは、「私だけすごい場違いだったじゃん」と恨めしげに俺たちを睨む。

 俺たちの卓へ配膳してくれた人はどうやら訳知りだったらしく、優しくイノリにレクチャーしてくれたし大目に見てくれていた。

 が、イノリからすれば非常に疲れる空間だったことだろう。

 

「うーん、明日は上手くできるといいなあ」

 

 両手をわきわきと動かし教えを反復するイノリだったが、ふと動きを止める。

 

「……そういえば、ラルフくんって王子だったわけじゃん」

 

「ん? そうだな」

 

 改まった様子で確認するイノリ。目線だけ向けると、イノリは険しい表情で俺たちを見ていた。

 

「どうかしましたか?」

「なんか気づいたのか?」

 

 何か重大な見落としでもあったのだろうかと不安に駆られる俺にイノリは厳かに頷いた。

 

「ラルフくんが、というよりさ。王子が()()()()持ってるの、相当やばいんじゃ?」

 

「「あ゙っ!」」

 

 それは、ラルフの身に宿る彼にとっての最悪な。

 他者との性的接触に反応し、因果を捻じ曲げる勢いで接触を回避させるとんでもない効果を持った呪いである。

 

 この呪い、恐らくラルフのナンパが致命的に成功しないことに大きく関係している……というかほぼ100%コイツのせいだ。

 

 共に旅をしてきたからわかる。ラルフは良い男だ。

 ちょっと欲望に忠実すぎて気持ち悪い面もあるが、それを差し引いても、奴はあまりにも()()()()()だ。

 

 十中八九、呪いが関係している。

 

「……確かに、()()がラルフを……海淵の王子を蝕んでるって考えるとだいぶヤバいな」

 

 極論、他の兄弟たちがいれば血統自体は保たれる。が、血族の中に「そういう呪い」を受けていたことがある誰かがいる、というのは俺たちが想像するよりずっと重いだろう。

 ラルフが……あえてライラックと呼ぼう。彼が公に第七王子として認められている以上、いつまでも独り身でいるわけにはいかないだろう。

 そうなった時、呪いは大きな障害となる。

 

 源流血族が呪いをどの程度重く見るのか、どんな判断を下すのか定かではない。が、少なくとも良い方向に向かわないことは決定的だろう。

 

「ところでエト様、あまり詮索することではないのかも知れませんが。……ラルフはなぜ家出をしたんでしょうか」

 

 結構八方塞がりな未来になりつつあるラルフの苦労を思っていた俺に、ストラは若干遠慮がちに聞いてきた。

 

「以前、シーナさんが呪いを暴いた時、ラルフは明らかに存在を知らなかったように見えました」

 

「だな。今思い返しても、演技には見えない」

 

「はい。一瞬、呪いを理由に——とも思ったんですが。なので、家出の理由があまり思いつかないというか」

 

 ストラは続けて、忌憚のない意見を述べる。

 

「ラルフがよく言う“ハーレム形成”が理由なら、むしろ家出は悪手ではありませんか?」

 

「……そこ、なんだよなあ」

 

 今代の源老には一人の正妻と五人の側室がいる。正にハーレムそのものだ。

 そして王族である以上、『海淵世界』の法的にはラルフにも複数の妻を娶る権利がある。第七王子は継承権的にだいぶ下位ゆえ、あまり節操なく手を出せることはないだろうが。

 

「2〜3人くらいなら、まあ許容範囲内だと思うんだよなあ」

 

「なんか、家出がラルフくんの目的と矛盾してるよね。ラルフくんストライクゾーン広いし、貴族の子が嫌とかは言わないだろうし」

 

 イノリの言うように、矛盾している。

 ハーレムを作りたいなら大人しく王子として過ごしていれば良かったのではないかと、素人の俺は思ってしまった。

 

「それともアレかな? 二人や三人では我慢できないほどラルフくんが性欲の権化だったり……いやないよね」

「ないな」

「ないですね」

 

 アレは女好きだが無節操というわけではない、とは言い難いのだが。

 なんというか、こうして改めて言葉にするととてもチグハグなやつだ。

 

「王子ってのにも、色々あるんだなあ……」

 

 王子で学生会長だったのにサボり常習犯だったガルシアの時にも思ったが、人間、どうやら様々な事情を抱えているらしい。

 

「……とりあえず、明日に備えて寝るか」

 

「賛成です。色々仕入れないといけませんし」

 

「ちゃんと寝ないと疲れ残るからねー」

 

 戦争前の準備——主にぶっ壊れて以降そのままな防具類をなんとかしよう、というわけで。正常な判断ができるように、俺たちは早めに眠りについた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 時間は、エトラヴァルトたちが退出した頃にまで遡る。

 

 近衛を退出させ、会議室に残ったのはライラックとソロンの二人。互いに向かい合って座り、ソロンが口を開いた。

 

「貴方が王子であることを知っても、彼らは態度を変えなかった」

 

「……ああ」

 

「良い友人ですね、ライラック様」

 

「俺には勿体無いくらいだよ」

 

「そんなことはないでしょう」

 

 ソロンはガラス張りの壁から都市を見下ろす。

 第三回遊都市は間もなく大気のベールに覆われ、潜航状態に移行する。

 潜航を告げるサイレンが鳴り響く都市は、衝撃に備えるためににわかに慌ただしくなっていく。その中に、普段は混ざらない焦燥が渦巻いていることをソロンはよく理解していた。

 

「戻って来られたのは、戦争が理由ですか?」

 

「そんなとこだ。エトの……俺の仲間の()()()()だよ」

 

 その、突き放したような。『海淵世界』のために戻ってきたわけじゃない。そんなライラックの言葉に、ソロンは悲しげに眉尻を下げた。

 

「……やはり、まだ恨んでおられるのですね」

 

「……」

 

 ラルフは返事をせず、ただむすっとした表情で真下の都市を見下ろした。

 

「帰ってきたのは、クソ親父のためじゃねえ。ただ、知らんぷり決め込むのは癪だった」

 

「……そうでございますか」

 

 都市から目を離したソロンは、ライラックの憂を帯びた横顔をじっと見つめる。

 慈愛と憎悪、喜びと怒りが混ざり合った複雑極まるライラックの内心を、ソロンは全て見通すことはできない。

 

「ですが……帰ってきてくださいました。私は、貴方がその選択をしてくれたことを嬉しく思いますよ」

 

「……俺は、ライラックとして帰ってきたんじゃない」

 

 冒険者は、真っ直ぐにソロンの双眸を見返した。

 

「俺はラルフとして、仲間のために帰ってきたんだ」

 

 

 ——誰がクソ親父のために戦うかよ。

 

 その消え入りそうな呟きを、ソロンは聞こえなかったふりをした。

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