【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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感情が振り切れると人は意識を失うらしい

 翌日になってもラルフが合流することはなく、朝食を済ませた俺たちは仕方なく書き置きを残して第三回遊都市の観光に繰り出した。

 

 海の中にも関わらず、透明なベールに覆われた回遊都市は地上のそれとなんら相違なく、豊富な異界資源から生み出された人口太陽が燦々とビル群を照らす。

 

「すごーい! 水族館みたーい!」

 

 ベールに隔てられた向こう側、幻想生物セタスの背に乗る回遊都市の周囲を泳ぐ種々様々な魚たちにイノリが黒晶の両目を輝かせた。

 

「水族館?」

 

 聞き覚えのない単語に首を傾げる俺に、横からストラが補足を入れる。

 

「淡水、あるいは海水に生息する生物や植物を集め展示する、生きた美術館のようなものです」

 

「俺、美術館行ったことないから想像ができないんだが」

 

「よく整理された倉庫だと思ってください」

 

「なるほど理解した」

 

「二人とも夢がないよ!?」

 

 普段の5割増しでテンションが高いイノリ。子供のようにはしゃぐ彼女に、地元と思しき人たちからの生暖かい視線が向けられる。

 

「凄い綺麗ー!」

 

 そんなことは梅雨知らず、イノリは満面の笑みを俺たちに見せて外の魚たちを指差した。

 

「ねえエトくん! あの中だとどれが一番美味しいと思う!?」

 

「情緒台無しじゃねえか!」

「貴女が一番夢がないですよ!?」

 

 朝飯を食べたばかりにも関わらず思考が食欲に支配されていた相棒だった。

 こうなると、さっきまでの目の輝きも獲物を見定める肉食獣のソレに見えてきた。

 

「お前はほんと、魔眼使い始めてから食欲増大したよな」

「四人の中で一番食べますからね」

「お腹空くからねー」

 

 魔眼の仕様によりえげつないカロリーを消費するイノリの食事情は、その細い体のどこにそんな量の飯が入るんだと疑問が尽きない。

 そして、昨日今日のホテルの食事ではイノリの腹は満たせなかったようで、我が相棒は絶賛空腹だった。

 

「せっかくだし、前みたいに食べ歩きするか」

 

 思い出される悠久世界での観光。シーナを交えた三人で行く先々で色んなものをつまんだ記憶に、イノリの目が爛と輝いた。

 

「賛成!」

「わたしも異論ありませんが……エト様、金銭面は大丈夫なんですか?」

 

 イノリに食べ歩きなんてさせたら一瞬で貯蓄が吹っ飛びかねないぞ、と視線で警告するストラに、俺は得意げに笑ってみせる。

 

「今回は安心していいぞ。なにせ、デカい臨時収入があったからな」

 

「「臨時収入……?」」

 

 胸を叩く俺に、二人が揃って怪訝な目を向ける。

 

「大丈夫、後ろ暗い金じゃないから」

 

「いや、そこは心配してないんだけどね」

 

 食欲に目をギラつかせながらも、イノリは乾いた笑いを浮かべた。

 

「私たち、万年金欠で懐に余裕なんてずっとなかったからさ。お金のこと気にしないでいいって言われても実感がないんだよねー」

 

「そうですね」

 

 そこにストラも同調する。

 

「わたしがパーティーに加わってからは基本お金の工面に困っていた記憶があります」

 

「あの時はデカい出費の割にリターンが何もなかったからなあ」

 

 思い出される『花冠世界』の忌々しき記憶。俺とイノリの大氾濫(スタンピード)の報奨金を丸ごと吹っ飛ばした対環境テント。

 結局、グレイギゼリアの野郎のせいで大輪祭は中止に追い込まれ、見込まれていた臨時収入は消え失せ、さらに治療のため約三週間の足止めを受け、懐事情は素寒貧になった。

 

 なおその後、シーナのドタバタに巻き込まれたり師匠と出会ったり〈勇者〉にボコボコにされたり豊穣の地で群竜(りゅう)と戦ったり、700万ガロの出番などあるはずもなく。

 悲しいかな、彼は虚空ポケットの肥やしになったのだ。

 

「エトくんが急に遠い目をしてる」

 

「さらば、テントくん……」

 

「ああ、結局一度しか出番のなかったアレですか。売却も視野に入れるべきかもしれませんね」

 

 ストラの提案は最もである。

 俺が魄導を会得した今、全員が(ある程度負荷を容認する前提ではあるが)環境への耐性を有する。

 元々はその負荷を軽減するためのものだったのだが……

 

「ぶっちゃけもう、穿孔度(スケール)4〜5に時間かかる気がしないんだよなあ」

 

 慢心とか過信ではなく。

 竜と、本気の概念保有体と剣を交え生き延びた今、『花冠世界』の“庭園”や『湖畔世界』の“凍神殿”、及びその一つ上に位置する様々な危険度5を相手に苦戦することは、まずない。

 

 もちろん無知なまま挑めば足下を掬われる可能性はある。だが、今まで通り知識を仕入れ、対策を立てれば、今の俺たちならば真正面から異界を粉砕できる。

 

 そんな中、わざわざ完璧ではないテントで、若干の危険を孕みながら休むかと問われると首を傾けざるを得ないのだ。

 

「でも、せっかく買ったものだしとっておくか。旅の思い出ってやつとして」

 

「そうだね。私もそれに賛成!」

 

「凄まじく重い思い出ですね。主に金銭的に」

 

「せやな」

 

 ある意味、戒めとも言えるかもしれない。

 

 

 そんなこんなで出店の、主に魚介類の食べ歩きをしながら回遊都市を散策する。

 第三回遊都市は魚介系の料理が有名らしく、どこに行っても、必ずと言っていいほど魚料理が鎮座していた。

 

「第八回遊都市では遊牧が盛んだったりするらしいぞ」

 

「海の中で遊牧って……やっぱり七強世界はぶっ飛んでるね」

 

 幻想生物も自分の背中にのどかな草原が生み出されるとは考えなかっただろう。

 他にも、有名どころを挙げると第二回遊都市は学園都市に。第六回遊都市はギャンブルの聖地なんだとか。

 

 第六回遊都市について、イノリは若干肩を震わせた。

 

「さっき小耳に挟んだんだけど、噂では第六回遊都市には地下労働施設があるらしいよ」

 

「それ幻想生物(セタス)の体内なんじゃねえの?」

 

 都市ひとつ丸ごとギャンブルの聖地……一度は目にしてみたいものではあるが、『海淵世界』の特徴を鑑みると究極の牢獄のようにも思える。やっぱり行きたくないかもしれない。

 

「わたしとしては学園都市が気になりますね。かなり発展した研究を目にできそうです」

 

「案外、閉鎖的になる前はレゾナの学園とも繋がりあったかもな」

 

「夢のある話ですね」

 

 そう言うストラの横顔は、本当に楽しそうだった。

 レゾナでは深刻な虐めを受けていたストラだが、どうやらこうして笑えるような思い出もあるようだ。

 

「そういえばエトくん、そろそろ聞いてもいい? お金のこと」

 

 グロテスクな見た目の焼き魚と思しきナニカを躊躇いなく頭から丸齧りにしたイノリの食欲に慄きながらも頷く。

 

「種明かしからすると、〈魔王〉から援助してもらったんだよ」

 

 俺の回答に、イノリがキョトンと目を丸くした。

 

「ジルエスターさんから?」

 

「そうそう。『冒険者としての公的記録に載せられない代わりに——』って」

 

 繁殖の竜の情報は未だ内々に処理されている。豊穣の地と〈魔王〉以外でこのことを知っているのは俺たちとグレイギゼリアだけ。

 現状、推測は混じるがグレイが外に漏らした様子はない。相変わらずどこかの世界で暗躍をしているようだ。

 

 そんな繁殖の討伐は、外に漏らせない以上、当然俺たちの功績にカウントされることはない。

 あと、仮に後に公表されたとしても物的証拠が皆無な以上、冒険者としての公的記録に残すのは難しいのだ。

 

 そんなわけで、なんと〈魔王〉はリステルの全面庇護の約束のみならず、結構な金額の支援までしてくれたのだ。

 

「流石は魔王様、太っ腹ですね」

 

 全くもってそのとおり。〈魔王〉には頭が上がらない。

 

「ちなみに、幾らほど支援を?」

 

「そうだな……」

 

 俺の中に、ただ金額を言ってしまってもいいものか——なんて謎のいたずら心が芽生える。

 

 出立準備中、()()()()()を受け取った時の俺の衝撃をどうにかして伝えたい——そんな思いが顔を覗かせたのだ。

 

 『詫びだ』なんていう端的な言葉で放り投げられた空恐ろしい金額。

 小一時間かけて心を鎮め、横で爆笑する師匠にアイアンクローを食らわせ、さらに小一時間かけてやっと現状を飲み込み、そして絶叫した。

 

「アレだ。さっきテントの話したろ?」

 

 二人の期待の視線に、俺はちょうど良い()()があったとほくそ笑んだ。

 

()()()()()()()()()()()

 

「「……………………」」

 

 沈黙が訪れた。

 

「……二人とも?」

 

「「…………」」

 

「気絶してやがる」

 

 当然の反応だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 二人が意識を取り戻し、書置きを見たラルフと合流した俺たちは、目的地()()()()()()、昨日通過した検問所にやって来た。

 

 家出の時に伝手を辿った関係各所に顔を出しに行っていたらしいラルフは、暫くぶりの王子としての行動でかなり疲れた様子だった。

 

「軽く一億ぶん投げるとか、やっぱあの人凄えな」

 

 なお、王子であっても例の明細書にはビビるらしく、ラルフももれなく10分ほど焦りまくっていた。

 

「……で、エト。今日はやっぱり当初の予定通りか?」

 

「ああ。装備の更新だ」

 

 

 はっきり言おう。今の俺たちの装備は、武器を除けばそこらの駆け出し冒険者にすら劣る。

 

 まずは俺、エトラヴァルト。

 不壊の剣と謎の鎖以外何もない。〈勇者〉、バイパーに放り込まれた異界、繁殖の群竜、三連戦を経た防具は当然のように木っ端微塵に砕け散った。命があるだけ温情というものだ。

 

 次にイノリ。

 同じく繁殖との戦い。最前線で戦った彼女の防具も粉々になった。手元にあるのは予備の胸当て(粗悪品)と魔剣、あと魔弾の射手(フライクーゲル)のみ。

 

 ストラも酷いもので、愛用していた杖は繁殖との戦いで砕け、エスメラルダから譲り受けたローブも修復不可能なレベルでボロボロになった。

 

 そしてラルフ。

 何を隠そう、コイツが一番ヤバい。

 まずは剣闘大会。グルートとの激戦の末に大戦斧は砕け、繁殖との戦いで剣や防具はラルフ本人の灼熱の付与(エンチャント)で跡形もなく蒸発した。

 鋼の意志で燃やし分けをした結果、身を守る衣類だけは辛うじて残ったラルフだったが装備は全損。今の彼の装備事情は駆け出し冒険者未満だったりする。

 

「俺は未だに知らないんだが、そんなにヤバかったのか?」

 

 ラルフの奮戦ぶりを伝聞でしか知らない俺に、ストラが力強く頷いた。

 

「それはもう、獅子奮迅の活躍ぶりでした。スズランあたりから聞いたと思いますが、エト様が間に合ったのは、間違いなくラルフの尽力あってこそ——なんですかラルフ、その気持ち悪い顔は」

 

「酷くね!?」

 

 ストレートに褒められ、満更でもない顔をしていたラルフは突如火の玉ストレートを受けて百面相をする。

 ストラの毒舌の横で、イノリもラルフの活躍に同意を示す。

 

「実際、ラルフくん凄かったよ。スミレさんが生きてるのは間違いなくラルフくんのお陰だし」

 

「話には聞いてたけど……そうか」

 

 誇らしい。

 俺は仲間の活躍に自然と笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、ラルフの装備には奮発しないとな」

 

「「異議なし!」」

 

「素直に褒められると恥ずいな……」

 

「本心だ。受け取っとけ」

 

 そのためにも良い店を紹介してもらう必要がある。

 と言うわけで、その手の店に詳しそうな奴に話を聞きに来た。

 

「あ、いたいた。トイ! 今ちょっと時間いいかー?」

 

 休憩中だろう。口いっぱいに蒲焼きを頬張っていたトイが俺の声に顔を上げ、右手を上げた。

 

「〜〜〜〜。エトラヴァルトたちじゃないっすか! どうしたんすか?」

 

「休憩中悪いな。ちょっと装備を見繕いたくてさ、いい店を紹介して欲しいんだ」

 

「装備っすか?」

 

 首を傾げるトイに、俺は経緯を——戦って来た相手を隠しつつ説明した。

 一通り聞き終えたトイは、腕を組んで短く唸った。

 

「はー、やっぱ冒険者ってのは修羅場潜ってるんすねー」

 

 悲しいかな、要点をぼかしても死線を反復横跳びしたことは隠しようがない。トイの俺たちを見る目が命知らずを見るそれになったところで、彼は少し考える素振りを見せる。

 

「んー、知ってるには知ってるっすけど」

 

 煮え切らない返答。

 

「なんか問題があるのか?」

 

「いや、逆っすね。スケジュールに余裕があるなら、淵源城に到着してから購入するのをお勧めしますよ」

 

「それはどうして?」

 

 疑問符を浮かべる俺たちに、トイは丁寧に説明を加える。

 

「『海淵世界』の鍛冶技能は第十回遊都市が頭ひとつ抜けてるんですよ。で、普段なら異界都市を通して各回遊都市に流通するんすけど……」

 

「戦争か」

 

「その通りです」

 

 トイ曰く、第十回遊都市は現在、集中増産体制に入っているとのこと。

 『悠久世界』との戦争に備え、様々な武装が生産され、同時に溜め込まれているんだとか。

 

「なんで、最新の装備を手に入れるならノア到着後がお勧めです。全部の回遊都市が集結するんで、当然、第十も来ますし。なんなら、義勇兵には装備の支給も検討されてるんでそれを利用するのも手ですね」

 

「ふむ……そういうことか」

 

 俺は後ろを振り返り、仲間と目を合わせる。

 

「どうする?」

 

 丸投げな質問にイノリが困ったように眉を顰めた。

 

「どうするもこうするも、答え、出てるようなものじゃない?」

 

「ですね。戦争までは戦いとは無縁でいるつもりですし」

 

「ラルフはどうだ?」

 

 俺の確認に一瞬の間の後、ラルフも頷いた。

 

「俺はもちろんそれでいいぞ。焦る理由はないからな」

 

 大至急装備が必要な男がこう言うのであれば、俺が拒否する理由はどこにもなかった。

 

「わかった。それじゃ装備の更新はノアに到着した後ってことで。ありがとな、トイ。休憩時間中だったのに」

 

「いやいや全然! そもそも職務中だったんで!」

 

「あ、そうなの?」

 

 俺の後ろで三人が「えっ!?」と声を漏らした。

 俺の前で蒲焼きを胃に流し込んだトイは、「いやあ、腹が減ったんでつい〜」と呑気に笑っていた。

 

「それじゃ、そろそろ戻らないとサボりバレるんで俺はこの辺で。また会いましょう、エトラヴァルト!」

 

 手を振りながら走って行くトイの背中に、俺も手を振りながら別れの挨拶を言う。

 

「次からはエトでいいぞ〜!」

 

「エトくん、サボりに全く言及しなかったね」

 

全授業サボり(このおれ)がそこを突っ込むとでも?」

 

「「「嫌な貫禄だなあ(ですね)」」」

 

 ことサボりに関しては俺の右に出る者はいないぞ——なんてしょうもない俺のドヤ顔を三人は見事にスルーして、空いた時間に何をするかの話し合いを始めていた。

 

「それじゃ食べ歩き再開しよっか!」

 

「「「却下」」」

 

「なんで!?」

 

 君以外お腹いっぱいだからだよ。

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