【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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釣り餌は大きい方がいい

 喧しい小豆ことイナちゃん。

 第三王子リントルーデと個人的な付き合いがあるという騒がしい女の先導で、俺たちは新たな装備を求め商店街へと向かった。

 

「イナちゃんさん」

 

「“さん”はいらないよ〜!」

 

「それではイナさん」

 

「“ちゃん”が外れちゃった!?」

 

 常に150%のテンションを維持するイナちゃんに、ストラはイナちゃんの交友関係を尋ねる。

 

「イナさんはリントルーデさん……第三王子と個人的にお知り合いという話でしたが」

 

「そだよー! リンちゃんと私はマブなんだぜっ!」

 

 決め顔で親指を立てるリンちゃんに、横を歩くラルフがボソりと「これが……?」と呟く。

 信じられない、受け入れたくないという感情がありありと声に滲んでいた。

 

「ぬっ! これは信じていない雰囲気だな!?」

 

「失礼ながら、お二方が同じ空間にいるのを想像するのは困難です」

 

 ストラの容赦のない物言いにイナちゃんが百面相を繰り広げた。

 

「ぶっちゃけたね!? でもでも、コレでも十年来の仲なんだぜっ!」

 

「嘘……だろ!?」

 

 家出する前から知り合いだったという驚愕の情報に、ラルフはその場に膝をついて打ちひしがれた。

 

「ラルフくんって結構ブラコン?」

 

「どうだろうな……。イノリ、もし仮にお前の兄貴がアレとマブダチだったと判明したらどうだ?」

 

「多分、兄ぃがお(ねえ)に殺される」

 

「お(ねえ)が物騒すぎるんだよなあ」

 

 軽口はこの辺で。

 実際、第三王子として公務に携わっている厳格な兄がプライベート(裏)では喧しい小豆と仲良くしていた、と分かればその是非に関わらず衝撃はさぞ大きいことだろう。

 知り合って間もない俺も『アレとコレが?』と疑問符を浮かべざるを得ない。

 

 しかしまあ、考えてみれば飼い主(リントルーデ)(イナ)で案外良いコンビなのかもしれない。知らんけど。

 

「ところでエトラヴァルト氏。その左腕の鎖、イナちゃんすっごく気になるんですが!」

 

「これか?」

 

 俺は左腕を持ち上げ、あいも変わらず腕全体を満遍なく守るように巻き付く鎖を鳴らした。

 

「そう! それです!」

 

 瞬間、イナちゃんの瞳が爛々と輝いた。

 

「それ、ある程度自立行動しますよね!? どこで手に入れたんですか!?」

 

「……なんで、自立行動すると?」

 

 一度も言ったことがないはずだけど……と首を傾げる俺に、イナちゃんはドヤ顔を決める。喧しいな、表情が。

 

「ふっふっふ! 何を隠そう、このイナちゃんは魔力とか闘気の流れを丸っとお見通しできちゃうのです! さっき、その鎖は君から力の供与を受けてない状態で勝手に動いてましたからね! イナちゃん、ピンと来ましたよ! 『うっひょーこの子自我持ちじゃんたまんねえ〜〜っ!』って具合に!!」

 

「そ、そうか……」

 

 溢れんばかりの情熱に鎖と一緒に気圧される。

 何気に『力の流動が見える』なんてことを宣ったイナちゃんだが、正直そこを追求する気にはなれず。

 

「で! どこで手に入れたんですか!? やっぱり冒険者なら異界ですか!? それともオークション!? はたまた家宝だったりします!!?」

 

「そのどれでもない……というかわからん。コレ、貰い物なんだよ」

 

「なんと!!? こんなレア物を渡すなんて豪勢な人もいたもんですなあ!!」

 

 豪勢……と言うより横暴の極みだろう。

 豊穣の地で俺の剣を封印していたこの鎖だが、バイパーに返却を申し出ると、奴は『俺には必要ねえ。テメェが持っとけ』とそのまま押し付けられてしまった。

 

 この自我の存在を知ると、どうにも厄介払いをされたようにも……

 

「痛い」

 

 俺の思考を読み取った鎖が抗議の意を示すように拘束力を強めた。

 俺が鎖を宥めるそばで、イナちゃんは興奮のまま超絶早口で鎖の調査を実行。その勢いは無機物である鎖にすら引かれるほどであった。

 

「ところでイナちゃん」

 

「はいはい! イナちゃんです!」

 

「近い。イナちゃん、鎖に言及する時、私以外にって言ってたよな? イナちゃんもこういう変わった武器持ってるのか?

 

 俺の疑問に、イナちゃんはふっとニヒルな笑みを浮かべ、決め顔。

 

「フッ……いずれわかるってもんよ」

 

 バチコーンとウィンクを決めようとしたイナちゃんだったが、下手くそすぎて両目を閉じてしまっていた。アレではただ眩しくて目を閉じただけだ。

 

「その様子ですと、イナさんは武器防具に詳しいんですね」

 

「あったぼうよう!」

 

 コロコロと表情を変え、周りの人間の視線を気にすることなくはしゃぎ倒すイナちゃん。

 彼女は俺たちの前で、商業区を抱き込むように思い切り両手を広げた。

 

「武器防具の知識でイナちゃんの右に出る者なんて、このアトランティスには職人さんたち以外にはいないってもんよ!!」

 

 絶妙に謙虚なラインを見極めたイナちゃんだった。

 ふふんと鼻を鳴らしたイナちゃんは、急に思い出したようにポンと手を打った。

 

「そーそー! 今日はリンちゃんにみんなの装備選んでくれって頼まれてたんだけどさー!」

 

 今更そこから話すのか? とツッコミたかったが、ここで合いの手を入れると一生話が脱線する気がした俺は鋼の意志で我慢した。

 

「どーする? みんな獲物は何使ってる? とゆーか、誰が何をどのくらい必要?」

 

 間延びした声だが、表情は真剣そのもの。途端に頼もしくなったイナちゃんに、俺たちは現状説明と必要なものを羅列した。

 

「ふむふむ……エトちゃんとイノリちゃんは軽めの防具。スーちゃん(ストラ)は触媒の杖とインナー系の鎧。んで弟くんは大戦斧と直剣、あとは前衛用の重装備……いや、君ら何と戦ったらこんな装備不足に陥るのさ」

 

「自分より遥かに格上のやつと連戦すれば……それなりには?」

 

「冒険者の名前に偽りなしだね〜! リンちゃんが安堵してた理由がよーくわかったよ」

 

 リントルーデと個人的な付き合いがあるという発言に偽りはなく、どうやらラルフ=ライラックであること、ラルフが冒険者として無茶を続けてきたことはイナちゃんも知るところらしい。

 

「ふーむ。それじゃあ一番時間がかかりそうな弟くんからやってこー! お〜〜!」

 

「「「「お〜〜」」」」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——淵源城ノアのとある一室。

 第三王子リントルーデは、実兄である第一王子ベラムと卓上に広げられた〈魔王〉の書状を挟んで対峙していた。

 

「兄さん。貴方はこれをどう見る?」

 

「端的に言えば、()()()()()だろう」

 

 書状の内容の一部を要約すると、以下のことが判明する。

 一つ、『エトラヴァルトを始めとした一部戦力を貸す』。

 一つ、『『極星世界』が保有する〈異界侵蝕〉全員で『悠久世界』に圧をかける』。

 

 第一王子ベラムは理知的な瞳に剣呑な光を宿す。

 

「お前たちに力を貸してやるから、暫くは詮索を控えろ……〈魔王〉らしい、一方的な通達だな」

 

「では兄さん。やはり……」

 

「ああ、繁殖の竜が死んだという報告は間違いないだろう。そして……恐らくだが、ライラックはこの一件に関わっている」

 

「…………全く」

 

 リントルーデは天井を仰ぎ、盛大なため息をついた。

 

「我が弟は、とんでもない縁を結んできたものだ」

 

 ベラムとリントルーデの考えは一致していた。

 〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムは為政者として非常に優れている。そんな彼が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もし仮に……いや、二人は極めて真実に近いと見ているが。ライラックが繁殖の竜の完全討伐に関わっていた場合。

 ライラックの思惑とは関係なく、源流血族の直系が『極星世界』ポラリスが抱える病を治すことに尽力した。

 これは、極星にとってあまりにも大きすぎる海淵への“借り”となる。

 

 ベラムは目頭を抑え、砂糖菓子を口の中に放り込んだ。

 

「悠久と我々の戦争は、〈魔王〉にとっては渡りに船だったことだろうな」

 

 リントルーデも深く同意するように頷いた。

 

「ああ。借りを返して、ついでに借りを作れる」

 

 戦力の供与、及び地形による挟み撃ち。

 戦争に直接的に関与する、()()()()な助力。

 ライラックの尽力への対価を払い、更には“繁殖の竜”完全討伐に関わる一連の後始末に対する沈黙の要求。

 

 

 ストレスが嵩んでいるのだろう、もう一つ砂糖菓子を放り込んだベラムにリントルーデ苦笑混じりに忠告する。

 

「あんまり間食が酷いと胃が荒れるぞ、兄さん」

 

「留意しているさ。力を伸ばし続ける悠久への包囲網の構築……〈魔王〉め、無理やり我らを巻き込むつもりだな」

 

「仕方あるまい。此度の宣戦布告、あまりにも急すぎた」

 

 《終末挽歌(ラメント)》の活動再開、【救世の徒】の挑発……二つの出来事が重なったとはいえ、宣戦布告のタイミングとしては些か()()という他ない。

 

 ベラムは手元にある膨大な報告書に目を通しながら、『悠久世界』の此度の宣戦布告の意図を探る。

 

「恐らく、【救世の徒】の戦力の炙り出しを狙っているのだろう。今現在、奴らが保有する戦力の中で判明している〈異界侵蝕〉クラスは三人。

八年前、『始原世界』の〈異界侵蝕〉を殺害した〈夜行〉、先日『構造世界』を滅ぼした〈冰禍の魔女〉エステラ・クルフロスト。そして、【救世の徒】盟主、〈竜人〉ジークリオン」

 

 ベラムは、たった三人であるはずがないと思考する。

 リントルーデも同意を示す。

 

「ああ。間違いなく、隠し球がいる。それも複数いる可能性を考慮すべきだ」

 

「その点では、『悠久世界』の行動には合点がいく。同じ無限の欠片を持つ世界同士の激突……奴らが動かない道理はない」

 

 しかし、それでも危険であることに変わりはない。

 大世界クラスを単独で殲滅できるだけの超抜級の戦力が確認された直後の行動としては、些か軽率すぎた。

 

 そう評するベラムに対して、リントルーデの表情は暗い。

 

「それだけ……〈勇者〉に絶対の信頼を置いているのだろう」

 

 〈異界侵蝕〉に名を連ねる弟の言葉に、ベラムの表情が一層険しくなった。

 

「リントルーデ。()()()()は、アレに勝てるか?」

 

「……ノルンを含めた全員で挑めば、()()()に持っていくことはできよう」

 

「そうか。では、極星の助力に期待しよう」

 

 ベラムは、『死ぬな』とも『生きろ』とも言わなかった。

 一人の戦士として覚悟を決めている弟に、戦場を知らないベラムはかける言葉を思いつかなかった。

 

「して、リントルーデよ。異界掃討の件はどうなっている?」

 

 今回の()()にようやく踏み込めた、と。両者揃って安堵から細く長い息を吐いた。

 

 リントルーデは現行の配置を伝える。

 

穿孔度(スケール)7については俺以外の三人で。穿孔度(スケール)5は冒険者たちに任せる予定だ」

 

穿孔度(スケール)6はどうする?」

 

 ベラムの問いに、それを待っていたと言わんばかりにリントルーデは口角を上げた。

 

()()()()俺が……そうだな。使()()殿()と攻略するとしよう」

 

 ——この際、徹底的に〈魔王〉の思惑に乗ってやる。

 悪どい笑みを浮かべた弟に、ベラムは『相変わらず好戦的な奴だ』と嘆息した。

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