【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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大氾濫

 『湖畔世界』フォーラルで大氾濫(スタンピード)の兆候有り——この一報は即座に周辺世界へ通達され、計七つの世界のギルドで緊急任務が発令された。

 

 穿孔度(スケール)5の大氾濫(スタンピード)という危険極まりない事態に、しかし、冒険者は“危険を冒す者”という名に相応しい功名心や蛮勇を見せ、2000を超える冒険者が救援を志願する。

 

 この緊急事態に、七強世界が一つ、『悠久世界』エヴァーグリーンに本部を置く冒険者ギルドは“転移門”の解放を決定。救援要請から三時間後、一斉転移が行われる運びとなった。

 

 同時に、フォーラルに集う冒険者480名、フォーラルが有する自警団、及び異界内に突入した31名の銀一〜三級冒険者たちは、三時間もの間、救援なしで大氾濫(スタンピード)を凌がなくてはならないことが確定した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 フォーラル中央、神水の鏡。

 中央に座す島からの一般人の避難が進み、同時にフォーラル自警団により対軍兵器が押し寄せる。

 

 大氾濫(スタンピード)では、異界と現世を繋ぐ唯一の出入り口である入場門が破壊される。

 異界側から押し寄せる魔物の物量に耐えきれず飽和した勢いで門は砕け散り、同時に濁流の如く世界への侵攻が始まるのだ。

 

 そのため、現在。

 冒険者と自警団たちは対軍規模の兵器を片っ端から入場門へ照準を合わせ設置を急いでいた。

 

 慌ただしく人々が行き来する様を眺めながら、自らもまた兵器の設営をするイノリは、チラ、と隣で黙々と砲台の固定に勤しむエトへ視線を向けた。

 

「エトくん、なんであの……なに? ルンなんちゃらって舌噛みそうな名前の魔物知ってたの?」

 

 エトは、少しだけ作業の手を止め、まもなく再開した。

 

「一年と少し前、俺の故郷……リステルは、他の小世界に戦争を仕掛けられた」

 

 吶々と、エトは語る。

 

「相手は小世界ラドバネラ。リステルと、『海淵世界』アトランティスの間に位置していた世界だ」

 

 七強世界が一つ、『海淵世界』アトランティス。七強世界の中で最大の()()を誇る世界である。

 その絶大な圧力に堪え兼ねたラドバネラは、一刻も早く世界を広げるためにリステルへの侵攻を決定した。

 

「世界の存亡を賭けた総力戦だった。当時王立学園の四年……最高学年だった俺や俺の友人も戦場に駆り出された」

 

 エトが兵器の設置、周辺の人間への指示が妙に手慣れている理由を知ったイノリは、何を言うべきなのか、言わないべきなのかわからず、ただ黙ってエトの話の続きを待った。

 

「人を斬るのは、最悪の気分だった。それでも、殺さなきゃ死んでた。殺さなきゃ、友達が殺された。斬って、斬って、斬って斬って斬り続けた」

 

「その後……どうなったの?」

 

 大砲の動作確認。

 空砲を鳴らしたエトは、首を横に振った。

 

「リステルに侵攻してきた敵軍を殺し尽くし、逆に世界に踏み込んだ時。ラドバネラはもう、大氾濫(スタンピード)に食い尽くされていた」

 

「……もしかして」

 

「ああ。俺はそこで、ルンペルシュティルツヒェンを見た」

 

 過剰な異界に対する破壊活動と、過剰なまでの資源採掘。侵攻のための物資を揃えるために、ラドバネラは二つの禁忌を同時に犯した。

 

 かの世界の不幸はこれに留まらない。偶然発生していたルンペルシュティルツヒェンにより、大氾濫(スタンピード)の発生が()()された。結果ラドバネラは異界に背後を突かれる形となり、無惨にも滅び去った。

 

「その大氾濫(スタンピード)は、どうなったの?」

 

「俺の親友が、命を張って止めた。……英雄だ」

 

「……そっか」

 

 沈黙の時間が続く。

 いつの間にか冒険者たちの船頭に立つラルフによって、対軍兵器の設営は粗方完了し、一般人及び非戦闘員であるギルド職員の避難も終わりが見えてきた。

 

「……思ったより静かだな、大氾濫(スタンピード)って」

 

 最後の一般人を乗せた船が出航を告げる汽笛を鳴らし港を離れた頃、一人の冒険者がそんなことを口にした。

 

 明らかに気の抜けたその発言に、イノリは「うわフラグ……」と呟き、エトは「どんな意味だ?」と眉を顰めた。

 

「もっと異変が起こるのかと思ってたけど、全然そんなことねえや」

 

「もしかしたらグルート様たちがとっくに異界主をぶっ殺しちまったんじゃないか?」

 

 油断、或いは慢心、嫉妬、嘲り、怠惰、恐怖。

 

 大氾濫(スタンピード)という有名な災害でありながら、その危険性ゆえに多くの世界で対策が取られ、結果現実から遠ざかり、人々の記憶から正しい知識が薄れていく。

 

 そんな一瞬の気の緩みを、異界が見逃すはずがなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——病気の治療や予防みたいなものさ」

 

 この星のどこかで、誰かが言った。

 

「その脅威を、恐怖を知り、故に克服する。もう二度と脅かされないようにと」

 

「だけど人類はやがて忘れてしまう。過去の人々が残した功績の上で穏やかな暮らしを享受し、口伝や歴史書でその恐ろしさを知りながらも、経験がないから無意識のうちに侮ってしまう」

 

「愚かだと思わないか? 過去になぜ、それらが淘汰の対象になったと思う?」

 

「簡単な話だ。それら全てが——人類を()()()(ポテンシャル)を秘めているからだよ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あれ……急に、暗く」

 

 瞬く間に、世界を暗雲が覆う。太陽の光を隠し、昼間の世界はほんの僅かな時間で薄暗い夜に変貌した。

 

 そして、ほんの一瞬。空間が揺れ、ふらついた足下に騒めきが広がった。

 

「落ち着け! ただの——」

 

 地震だ。

 そう言おうとした猫人の雄は、その先に言葉を進めることができなかった。

 

「み、湖が!?」

 

 地震の直後、神水の鏡が大波を立てて荒れ狂った。

 10mを超える津波は一瞬で最後の避難船を飲み込み、そして、()()()()()

 

『————は?』

 

 たった一瞬で、『湖畔世界』フォーラルの中央に座す神水の鏡が……世界の半分を占める巨大な湖の全域が凍結した。

 

「嘘だろ……!?」

 

「この形、この寒さは!」

 

「馬鹿言え! そんなわけないだろ!?」

 

「で、でもよ! こんなの、俺ァ一つだけしか知らねえよ!!」

 

 その形に、覚えがある寒さに、あらゆる冒険者が口から白い息を吐き出し驚嘆した。

 

 反り立つ氷の壁、その姿はまさしく異界・『鏡の凍神殿』そのものである。

 

「エトくん! これは!?」

 

「わからん! なんだこれ!?」

 

 問われたエトも困惑と動揺を隠せず。

 普段であれば即座に抜剣するはずの彼もただ冷気と悪寒に晒されて立ち尽くす。

 

 そこに、エトの直感が告げた。

 

「世界反転型——そんなことが!?」

 

 思考は半信半疑。しかし、直感が指し示すそれが答えなのだと、エトは奇妙な確信を得ていた。

 

 その確信を、異界が後押しする。

 

『フォオオオオォオオォオオオオオォオオン!!!!』

 

 響き渡る嘶き、そして無数の破砕音。

 

 神水の鏡……否、『鏡の凍神殿』の()()から、100頭を優に超えるケルピーの大群が氷面を突き破り侵攻を開始した。

 

 的中した直感。

 エトは吐き捨てるように叫んだ。

 

「薄皮一枚を利用したのか!? 鏡合わせの世界の特性を、侵攻に使いやがった!!」

 

 世界反転型の異界は千を超える世界があって尚珍しい。

 二つの空間は互いに隣接しているが、そこには一定の隔たりがある。だが、世界反転型は、その隔たりが極めて薄い。

 世界と異界、互いに鏡合わせで存在するという狂気じみたバランス。

 大氾濫(スタンピード)なんて災害が起きた日には、互いの境界線は限りなく曖昧になる。なってしまうのだ。

 

 

 この瞬間、『湖畔世界』フォーラルの地上は異界・『偽証の魔神殿』と交錯した。

 

 

『キヒヒッ』『キヒヒヒッ』『キヒッ』『『キヒャヒヒヒッ』』

 

 耳障りな悪鬼()()の笑い声。

 

「クソッタレが……!」

 

 存在を明確に知覚され偽証の力を失った悪鬼は、それでも悪辣な思考は健在だった。

 

 ()()()()穿孔度(スケール)()()()に気まぐれに現れては悪巧みをする異界の悪意(ルンペルシュティルツヒェン)に、エトは「してやられた」という悔しさと気づけなかった不甲斐なさ。そして僅か一手で窮地に追い込まれた現状への焦燥から歯を食いしばった。

 

『うわぁああああぁああああああああああああ!!?』

 

 一瞬にして包囲・分断をされ、()()()()()()()()()()()()()()()あらゆる対軍兵器の設置が無意味に帰された冒険者たちは、途端、狂乱に見舞われた。

 

「落ち着け! 兵装の可動域なら落とせる個体はある! まずは落ち着くんだ!!」

 

 ギリギリ正気を保ったラルフやその他冒険者、自警団たちが必死に呼びかけるが、先陣を切ったのがケルピー(危険度4)だったのが災いした。

 

 本来穿孔度(スケール)4ではまず遭遇するはずのない100を超える危険度4の大群を前に、冒険者たちは自分の実力を知ってしまっているが故に怖気づいてしまった。

 

「狼狽えてんじゃねえ!!」

 

 ドッ——!! と。戦場の叫喚を引き裂く砲撃音が鳴り響いた。

 続いて、もう一度。

 立て続けに、もう一度。

 

 ドッ——! ドッ——! ドッ——! ドッ——!

 

 間髪入れず何発もの砲撃が放たれ、宙空を優雅に泳ぐケルピーを撃ち抜き、何匹かを撃墜せしめた。

 

「大砲は有効打になる! ちゃんと当たる! 対処は可能だ!!」

 

 砲撃を成したエトの声が、今日初めてここに集った冒険者たちの耳に届いた。

 

「俺たちがやるべきことは決まってる!! グルートさんたちが異界主を討伐するまで耐え切って! 地上の奴らを一掃する! それ以外に俺たちが生き残る道はねえ!!」

 

 エトは大砲の固定器具を遠慮なく切り飛ばし、砲身を蹴りつけ乱暴に角度を調整。直後にイノリが魔力を装纏、轟音と共に砲弾が宙空を駆け抜けた。

 

 砲弾は一体のケルピーの尾鰭を消し飛ばす。

 脅威を認識した魔物たちは、明らかな回避行動を取り始める。

 

「おい、今の!」

「わかってらぁ!」

「ここまできて意地なんざ張ってられるかよ!」

 

 挙動の変化を敏感に感じ取った冒険者たちは、弾かれたようにその場から駆け出し近くにあった兵器に飛びついた。

 

「クソ生意気な新星(ルーキー)の言うとおりだ! おりゃあまだ死ぬ気はねえ! ここで武功を挙げるって決めたんだ!!」

 

 威勢のいい言葉を吐き散らし固定器具を引きちぎり砲身を抱え、歯を食いしばった人族の冒険者の肉体に魔力が迸る。

 

「俺の硬さは世界一ィイイイイイイイ!!!」

 

 硬化魔法。

 肉体や物質に魔力を流し、強度を鋼のように、或いはそれ以上に強化する魔法である。

 男は自身が固定器具となることで、砲口を空を疾走するケルピーに突きつけた。

 

「危険度4がなんぼのもんじゃいい! 吹き飛べやオラァアエエエアッ!!」

 

 砲撃音に負けない絶叫と共に砲弾が飛翔し、ケルピーの肉体を吹き飛ばした。

 

「ウハハハハハハ!! こりゃあ良い! ドンドン弾持ってこいやぁ!!」

 

 その威勢に続く。

 

「撃て撃て! 撃って撃って撃ちまくれぇえええ!」

「消費は全部世界とギルド持ちだ!! 俺たちゃただぶっころしゃいいんだよ!!」

「前線にも出ろよ! 力自慢は前張って食い止めんぞ!!」

「ハッハァー! 腰抜かしてた奴らも元気そうじゃねえか!」

「救援部隊なんざやって来る間も無く更地にしてやるよ!!」

 

 職業柄、単細胞と短気と気性の荒い奴らが多いことが幸いしたか。勢いを取り戻した冒険者たちによって辛うじて防衛体勢が整う。

 

 同時に、一部の冷静な者たちが()()の可能性に思考を巡らせた。

 

「どうせ正規の入り口からもやってくるんだ! 監視は怠るんじゃねえぞ!!」

 

「あと誰か、足の速いやつは伝令役を! なんとかグルートさんたちと連絡を取りてえ!」

 

「俺たちに任せろ!」

「逃げ足だけなら天下一品だ!!」

 

「そこはかとなく不安だが頼んだぞ!!」

 

「「枕詞要らないよな!!?」」

 

 怒号と砲撃、魔物の叫喚が木霊する。

 氷の大地を突き破り魔物が次々と現世に侵攻を仕掛ける。

 

 氷の破片が世界に舞い散り、血潮が華のように大地を彩った。

 

 地上に進出した魔物は既に1000を超え、本来魔物の侵攻を食い止める大自然の防壁になるはずだった湖は異界に呑まれ、世界外周の湖畔と島を分断する天然の要塞と化した。

 

 拡大する戦禍。

 刻一刻と激しさを増す戦闘。

 

 悪鬼の哄笑が響く舞台で、世界の存亡を賭けた戦いが始まった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 小世界アルダート、「カクレガ」。

 

 エトとイノリがお世話になった格安の宿屋の食堂の端で。

 銀一級冒険者の紅蓮は、酒を片手にぐうたらと机の上に溶けていた。

 そんな怠惰な吸血鬼に、宿の女将シュンは呆れたようにため息をついた。

 

「招集無視して酒浸りたあね……アンタ、金になる気ないのかい?」

 

「いーんだよ別に。金級になったって良いことねえんだし。精々入れる異界が増えるだけだ」

 

「名誉とか、他にも色々あるだろうに」

 

 空になった酒瓶を紅蓮から取り上げた女将は、「全くだらしないねえ」とぼやく。

 

「つか、俺なら許可なんて要らねえし、これ以上上げる必要ねーの! アンタもわかるだろ?」

 

「それはそうだが……アンタが目にかけた二人、大氾濫(スタンピード)で死ぬかもしれないんだよ? 少しは助けに行こうとは思わないのかい?」

 

「エトとイノリちゃんだろ? 大丈夫だって!」

 

 一体何の根拠があって楽観視するのかまるでわからないシュンは、呑気な態度を崩さない紅蓮に眉を顰めた。

 そんな不満げなシュンの顔を見て、紅蓮は「仕方ねえなあ」と立ち上がった。

 

「……ま、ちょっと見学程度『は行ってくるかね』

 

 己の身を紅い霧に変え、遥か上空で形を得る。

 

「さてと……それじゃ、英雄の再誕でも拝むとするか」

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