【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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戦力差

 全身を駆け巡っていた全能感が薄れると共に、目の前に突き立つ六本の剣が霧散した。

 

「……初めて、お前に近づけた気がしたよ」

 

 でも、まだ遠い。

 たった六本、直線的な操作をするだけで息切れを起こした。

 アルスのように十本も二十本も、心臓の鼓動のように当たり前に動かすなんて芸当はまだまだできそうになかった。

 

「竜の遺留物(ドロップアイテム)……なんだかんだ、見るのは初めてだな」

 

 話を聞くに繁殖の竜はいくつか落としたらしいが、俺自身の手で討伐した個体からの獲得は今回が初だ。

 

 魔物も恐怖を感じるのか。

 耐えず感じていた殺気は全て遠ざかり、息を殺して俺の行動を伺う気配ばかりが残った。

 

「この皮、所有者は誰になるんだ?」

 

 冒険者の規則に従うなら『海淵世界』に献上することになるんだが、今回はあくまで“義勇兵”としての参加。

 ここの世界の規則は詳しく知らないが、冒険者のように献上するのか、はたまた。

 

 ——なんて考えているのは、『せっかくの戦利品なので欲しい』ゆえに、言い訳を欲しているだけである。

 

「我ながら強欲なこと、で——?」

 

 カクン、と膝が落ちる。

 

「あれ……?」

 

 急速に視界がぼやけ遠のき、俺の体が前のめりに倒れる。

 

「——見事な戦いだったぞ、エトラヴァルト」

 

 そんな俺を、リントルーデの逞しい右腕が支えた。

 

「魄導の物質化は負担が大きい。まして、初めての試みであれだけの威力を内包した剣を六振り鍛えたのだ。貴殿が思っている以上に、消耗は激しい」

 

「悪いな……迷惑かける」

 

「まさか! 八時間足らずで穿孔度(スケール)6の異界主を単独で討伐したのだぞ? 迷惑であるものか!」

 

 俺の謝罪を勢い良く笑い飛ばしたリントルーデは、俺を俵抱えにして帰路につく。

 

「貴殿のお陰で時間に余裕ができた。半日ほど休んでから、今一度掃討に移ろう」

 

 ぐわんぐわん揺れる雑な運搬に、俺は返事をする間もなく意識を刈り取られた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——戦争を控えた今、『海淵世界』の異界都市は全ての住民が避難したことで廃墟のような物静かさを得ていた。

 

「住民はノアに?」

 

「然り。彼らには、ノア及び回遊都市の宿泊施設を臨時の住宅として無料で貸し出していてる」

 

 ヴェールに覆われた異界都市の空は、藍色に染まる深海と、悠然と泳ぐ魚たちによって彩られている。

 俺とリントルーデの足音と吐息だけが聞こえる街は幻想的で、しかし、口に出すことは憚られた。

 

 俺たちが負けた時、ここは真の意味で廃墟となり、最悪の場合、そもそも存在を許されなくなるのだから。

 

「……リントルーデ。少し、立ち入ったことを聞いても良いか?」

 

「多少であれば許そう。何が聞きたい?」

 

 お互いに足を止めず、無人の街を歩く。

 掃討中断から約十時間ほど。指先の痺れもとれて、体力もだいぶ回復した。

 

 俺は自分の手足の感度を確かめながら、リントルーデに“家族”を問う。

 

「ラルフ……ライラックと源老は、仲が悪いのか?」

 

「——。どうして、そう思うのだ?」

 

 一瞬詰まった言葉がすでに答えを表しているようなものだった。

 

「面会の時、源老はラルフに声をかけなかった。アンタと、第一王女アイナンナ、信頼する近衛、そして事情を知ってる俺たちしかいない空間にも関わらずだ」

 

 違和感があった。

 俺は血のつながりを知らない。親子の愛も。

 だが、親というものは子供を大切にするものなのだと、ずっとそう思ってきた。

 

 ……いや、そういう人たちを見てきた。

 

「源老は、意図的にラルフを避けているように感じた。それにラルフも、アンタたち兄弟の話以外は露骨に避けてるからな」

 

 俺の推理に、リントルーデは嘆息と共に肩を落とした。

 

「やはり、見る者によっては容易にわかるか」

 

「それじゃあ……」

 

「少し違う。仲が悪いわけではない」

 

 リントルーデの横顔には、苦悩の色が混ざっていた。

 

「あの二人は、仲が拗れている……親子喧嘩をしているのだ。十年以上、ずっとな」

 

「……そりゃまた、根が深い喧嘩だな」

 

 放置された屋台の椅子に腰掛けたリントルーデが深くため息をつく。

 

「そうだな。もう随分と長い間、父上とライラックは会話をしていない。帰ってきた今なら——とも思ったが、それも叶わなかった」

 

 その表情には父と弟を共に案じる、息子と兄、両方の側面を持つ男の憂慮が深く刻まれていた。

 

「喧嘩の理由を、聞いても良いか?」

 

 遠慮がちな俺の問いに、リントルーデは首を横に振った。

 

「それは、俺の口から言えるものではない。可能なら、本人から聞いてくれ」

 

 その態度は少なくとも、他人が軽々しく語れるような原因ではないことを表していた。

 

「……そろそろ、異界掃討に戻ろう。貴殿の器を可能な限り、限界まで鍛え上げるぞ」

 

「そうだな。よろしく頼む」

 

 露骨な話題逸らし。

 まだ半日経ってないぞ——と言いたいところだったが、わざわざ傷を抉ってまで深掘りする趣味はない。

 俺はリントルーデの背を追って、再度穿孔度(スケール)6の異界へと向かった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 三日後、異界掃討作戦は大きな障害なく完了した。

 穿孔度(スケール)5の変異個体(イレギュラー)との戦闘にて二名の銀級冒険者が殉職したこと以外に語るべきことはなく。

 

 それはつまり、一人の銀三級冒険者が〈異界侵蝕〉と共に穿孔度(スケール)6を短期間で二つも踏破したことを意味する。

 

 

 

 開戦予想日まで五日を切った今日、〈異界侵蝕〉及び主要な海軍関係者、そして第一王子ベラムを始めとした王族たちが呼び集められたブリーフィングにて、イナ・ヴィ・エルランは作戦のひとまずの成功にご満悦だった。

 

「異界は全部沈黙! エトちゃんのお陰で冒険者たちの士気は天井知らず! イナちゃんの頑張りも報われるってもんよー!」

 

 要人が集う、世界の行く末を左右する重要な会議の場であるにも関わらずいつも通りマイペースで呑気なイナ。

 そんな彼女の様子に、唯一部外者であるにも関わらず呼び出されたエトラヴァルトは大変な居心地の悪さを感じつつも堪えきれずにイナへとツッコミを入れた。

 

「イナちゃん、ここ一応王族とかいるんだけど?」

 

「問題ないよ、Mr.エトラヴァルト」

 

 そんなエトの肩を叩き、〈寵愛者〉ラグナリオン・エルトライヴが慣れた動作でウィンクを決めた。

 

「Ms.イナの奔放ぶりは皆知っているからね。今更咎める人はいないさ」

 

「それはそれで問題だと思うが?」

 

「大丈夫ですよ〜。多少砕けていた方が、私たちも肩の力が抜けますから〜」

 

 のほほんとした声にエトが振り向くと、第四王女フレアがにこやかに茶を運んでいた。

 

「はいどうぞ〜」

 

「え、あ、どうも……えっ、王女自ら配膳係を……?」

 

 中々見ない光景に困惑するエトに、フレアは『花嫁修行中ですので〜』とのんびり返した。

 

「はい、イナちゃんはホットチョコレートですよ〜」

「やりぃ! フレアちゃんありがとー!」

 

「フレンドリーすぎるし子供舌すぎるだろ」

 

 会議の前だというのにちっとも緊張感がない。

 

 エトが『こんなことで大丈夫か?』と憂いた直後、扉を開けてリントルーデが会議室へと踏み込んだ。

 

 ——瞬間、会議室が静まり返り、ピリッと静電気が走ったように緊張が生まれた。

 

「皆、揃っているな。それではブリーフィングを始める」

 

 あれほど騒いでいたイナまでもが整然と姿勢を正し、立ち上がった海軍中将の話に耳を傾ける。

 自然、気を引き締めたエトも居住まいを正した。

 

「現在、海上防衛軍が敵先遣隊と交戦を繰り返しています。損害は20%ほど。敵先遣隊も同程度の被害状況であるとの見立てです。また、海上防衛軍は敵本隊到着と同時に撤退戦を開始。以降、迎撃本軍へ合流する見込みです」

 

 かつて、エトラヴァルトが『湖畔世界』フォーラルで見たことがある立体投影装置、その上位互換とも言える巨大な投影が円卓の中央に出現する。

 

 それは『海淵世界』の全体像。

 推定開戦地点や地形、敵予想進路など、細かい情報が無数に内包されており、エトはすでに頭痛を感じ始めていた。

 

 会議は進む。

 万に一つのミスも許されない戦いの事前準備に、全員が持てる知識の全てを注ぎ込み、100を超える戦闘予測を元に300に迫る作戦の分岐が提示された。

 

「……では諸君。続いて、『悠久世界』が保有する〈異界侵蝕〉たちの情報を整理しよう」

 

 中央のホログラムに、()()の顔が映し出される。

 その中には当然、あの〈勇者〉アハトの顔もあった。

 

「アハト……」

 

 机の上に置かれたエトの拳が無意識に握りしめられる。

 復讐心や怒りではなく。

 ()()()()()と再び相対する可能性に、エトの体は震えていた。

 

 リントルーデが机に右手を突き、円卓を見回して大きく息を吸った。

 

「さて、これまで貴殿らの力を借りて無数の戦闘予測を描いてきたわけだが。——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 告げられたあまりにも乱暴な言葉に、さしもの会議室に集った要人たちであっても、騒めきを抑えられなかった。

 

「〈異界侵蝕〉とは、それほどまでに理不尽なものなのですか?」

 

「そりゃあそうでしょー」

 

 一人の若い海軍兵の問いに、イナの間延びした返事がやけに大きく響いた。

 

「君、何歳?」

 

「——ハッ! 今年で21になります!」

 

「そか。優秀なんだねー」

 

 僅か21歳、入隊から三年で会議に参ずることを認められるほどの有望株に、イナは柔らかな笑みを向けた。

 

〈異界侵蝕〉(わたしたち)はね、拳が大砲を凌ぐの。私たちの一挙手一投足が地面を揺らす。私たちの一撃は、たったそれだけで地形を変える——そんな化け物相手に、作戦なんて無意味だよ」

 

 〈異界侵蝕〉のいない戦場において、作戦は大きな意味を持つ。

 しかし、〈異界侵蝕〉が現れた時点で、あらゆる作戦は無為に帰す。

 

「つまり……」

 

 若い海兵は、イナの言葉を咀嚼し、解釈する。

 

「つまり、この作戦自体は、途中で棄却される前提で作られていたのですか?」

 

「おっ! 鋭いねー、八十点くらいじゃない? それじゃあリンちゃん、説明よろしく〜!」

 

 肝心な部分の説明をぶん投げてきた同僚に特大のため息をついたリントルーデは、ホログラムを操作しながら告げる。

 

「まず前提として、この戦争、双方に〈異界侵蝕〉がいる以上、この七人の投入は避けられないと考えるべきだ。その上で、我々は相手に戦力を()()()させる。全ての作戦は、このためにある」

 

 名前が投影される。

 

 

 ・〈勇者〉アハト

 ・〈楽采狂騒〉シャクティ

 ・〈破城槌〉タルラー

 ・〈相剋相殺〉メイファン・リオ

 ・〈片天秤〉ジゼル

 ・〈旅人〉ロードウィル

 ・〈金剛壊勿〉ギルベルト・エッケザックス

 

 

 七人の〈異界侵蝕〉。

 『海淵世界』アトランティスが保有する四人を、三人上回る保有量。

 それはつまり、災害同士の対消滅を起こせば『海淵世界』が敗北することを意味していた。

 

「皆、わかる通り。我らは戦力差において()()している」

 

「そのための作戦、ですね?」

 

 海兵の言葉に、リントルーデは大仰な仕草で頷いた。

 

「然り。此度の戦争、我らは各戦線の後方に実力者を……金級冒険者及びそれに相当する者たちを待機させている」

 

 冒険者、海軍、自他世界問わず、実力者を独立させ戦場から遠ざける配置。

 

 これらは全て、彼らを無傷で〈異界侵蝕〉にぶつけるための作戦と布陣である。

 

「母なる海の安寧のため、貴殿らの力を貸してほしい」

 

 第三王子にして〈異界侵蝕〉であるリントルーデ・フォン・アトランティスの言葉に、全員が頷いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 会議の後、部屋には五人——俺と四人の〈異界侵蝕〉が残っていた。

 

「さっきので全部ってわけじゃないんだな」

 

 俺の言葉に、リントルーデは苦々しい、非常に苦しげな表情で頷いた。

 

「話すわけにはいかない——士気に関わるからな。エトラヴァルト、『悠久世界』が保有する〈異界侵蝕〉たちは覚えているな?」

 

「ああ。彼らがどうかしたのか?」

 

「——まず、大前提。俺たちの中に、単独で〈勇者〉アハトを止められる者はいない」

 

 その言葉に驚かなかったことを、俺は不思議には思わなかった。かの者ならば、或いは——そんな予感があった。

 

 だが、続く言葉は。

 今まで話してきた全ての前提を覆すものだった。

 

「そして、俺たち四人が束になっても、〈勇者〉相手には精々が引き分けだ」

 

「…………、は?」

 

 意味がわからず、思考停止から困惑が洩れた。

 

「言っただろう、戦力差は惨敗だと」

 

「い、や……そこまで、は。いや、予想できねえよ」

 

 絶句する俺に、リントルーデは険しい表情のまま言葉を重ねる。

 

「此度の戦争、悠久には【救世の徒】を炙り出すという目的があると俺たちは見ている。ゆえに、彼らが〈異界侵蝕〉全てを投入することはない——希望的観測だがな」

 

 武人は『そうでなくては困る』と弱り果てたように肩をすくめ、もう一度表情を引き締めた。

 

「そして、ここからが重要だ。此度の戦争、〈勇者〉と戦うか、それ以外と戦うか——全ての勝敗の行方は、ここに懸かっている」

 

 世界の分岐点は、すぐそこまで迫っていた。

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