【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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正しい終わりの迎え方

 〈円環者〉イナ・ヴィ・エルランはいずれ竜になる。

 

 本人の口から告げられた衝撃の未来に、ストラは豊穣の地で相対した繁殖の概念保有体を思い出した。

 

「竜になる、とは……どういう、意味ですか?」

 

「そのままの意味だよ。私は、轍の竜の贄なの」

 

 混乱しながらも問うストラに、イナはあくまで冷静に答える。

 

「昔、『幽境世界』って世界があった。このアトランティスとも隣接した世界で、だから、この世界は滅亡惨禍の被害を強く受けた」

 

 二千年前、幽境を滅ぼした大氾濫(スタンピード)が突如として母なる海の侵略を始めた。

 

 その先頭に立っていたのが、円環竜ウロボロス。

 侵略時、()()()()()()()()()()()()()()()()()、危険度15に相当する竜だった。

 

「当時の全戦力を投じて竜は退けられて、ウロボロスも討伐された。そして、竜は呪いを残したの」

 

 轍の竜にトドメを刺したのは、一振りの鞭剣だった。そして、竜は自らの血を媒介に魂を剣へ移植した。

 

「そうして剣の保有者は竜になった。その血肉と魂を贄に、ウロボロスの復活の糧にされたの」

 

 竜は狡猾だった。

 キルシュトルやヨルムンガンド、イルルネメアのような危険度15の竜たちが聖女の鎖によって封印される中、自ら鞭剣に封印されることによって一切の干渉を拒んだのである。

 

 竜の魂が宿った鞭剣を破壊する術を『海淵世界』は持っていなかった。

 二十年の歳月をかけ八人の贄が捧げられ、八度の討伐が行われた。

 

「結局ウロボロスを滅ぼすことはできなかった当時の源老は、竜を利用する方向に舵を切ったの」

 

「利用……まさか、〈円環者〉とは」

 

 源老の意図と、その果てに繰り返される悲劇に気づいたストラの表情が青くなった。

 

「スーちゃん鋭いね。その通り」

 

 イナは、自らの右腕を露わにする。

 刺青のように右腕を蝕む呪い。竜の鱗へと変質していく途中の、人のものとも竜のものともつかぬ異質な右腕だった。

 

「普段は特殊メイクで隠してるんだけどね。こんな感じなわけよ」

 

 モミジ(繁殖の王)とは決定的に違う、人を竜に変える悍ましい呪いに、ストラの喉が痙攣し短い悲鳴がこぼれた。

 

「〈円環者〉は、生きた棺なんだ」

 

 戦い抜いた果てに、イナ・ヴィ・エルランは竜に身を堕とす。

 人として、世界に尽力した〈異界侵蝕〉として弔われることはない。彼女は、世界に仇なす生命の天敵、竜として討伐される。

 それが、定められた終着点だった。

 

「イナさん、は。あと、どれほどの……」

 

「ん〜、わかんない!」

 

 震えるストラの声に、イナはあっけらかんと答える。

 

「その世代で最も優秀な戦士を選抜して〈円環者〉の銘と轍の竜を継承するんだけどね。継承のタイミングってまちまちなんだよ。長い人は百年耐えたって話だし、ひどい時は一年持たなかったって」

 

 〈円環者〉の存在は、継承者が〈異界侵蝕〉に届くまで隠蔽される。

 理由は単純明快。

 継承者……即ち犠牲者が多すぎるという問題の隠匿。

 そして、〈円環者〉という異名の継承に一定の()()()を生むため。

 

 過去二千年の歴史の中、表舞台に〈円環者〉の名前が出たのはただの七回である。

 

 その百倍を超える人間の屍が見えないままひっそりと処理され。

 そして公表に至った彼らもまた、最期には竜として滅びる。

 世界を守るため。『海淵世界』が変わらず強者でいるため。そして、ウロボロスの完全復活を阻止するため。

 〈円環者〉とは、三つの思惑の上に成り立つ願いである。

 

「イナさんは、どうして〈円環者〉に?」

 

「んー、それは内緒! イナちゃんにだって秘密にしたいことがあるのです!」

 

 口の前で指をバッテンに交差させるイナ。

 

「なぜ……」

 

 ストラは、思わず問い糺す。

 

「なぜ、そんなに笑っていられるんですか? 竜になる……その未来がわかっていて、イナさんはどうしてそんなに——。怖く、ないんですか?」

 

 少女の()()問いかけにイナは儚く、散り際の花を想起させる淡い笑みを浮かべた。

 

()()()()()

 

 自らの右手を抱き寄せ、イナの瞳は過去を巡る。

 

「私は、自分から志願して〈円環者〉になった。リスクも全部、わかっていたつもりだった。けど、初めて自分を喰われた時……すっごく怖くなった。戦いの後、私は部屋の隅でガタガタ震えた。作り笑いもできなくて、ただただ、将来、竜の贄になるって事実に押しつぶされた」

 

 しかし、イナ・ヴィ・エルランは恐怖を超えた。

 

「けど同時にさ、『竜なんかに負けてやるか〜っ!』って気にもなったんだよね。部屋の隅で縮こまって死ぬくらいなら、目一杯強くなって、ウロボロスも利用して、やりたいこと全部やってから死のうと思ったの」

 

「その果てに、汚名を被ることになっても、ですか?」

 

「もっちろん! 死んだ後の私を誰がなんと言おうが関係ない。私は、イナ・ヴィ・エルランは私にしか定義できない。他の誰にも、私を語ることなんかできないんだから!」

 

 ふと、イナは一歩ストラへ歩み寄り、左手でストラの頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。

 

「だからさスーちゃん。スーちゃんも好き勝手やっていいんだよ」

 

「……!」

 

 それだけを。

 たった一つを伝えるために、イナは自らの秘密を暴露した。

 

「スーちゃんが何やろうとしてるのか、どんな技術を開発したのかは知らない。けど、それはスーちゃんが自分の望みのために生み出したんでしょ?」

 

 両手を広げて、満面の笑みで。

 

「本当に欲しいものがあるならさ、体裁とか、そんなの気にしちゃだめだよ! 全力で生きなきゃ損だって!」

 

 イナは、わがままに、一方的にストラに自らの考えを押し付ける。

 

「周りなんか気にすんなよ! 好き勝手生きようぜ、スーちゃん!」

 

 そんな乱暴な回答に、ストラはため息混じりに少しだけ口角を上げた。

 

「……わたしは、イナさんほど厚顔無恥にはなれませんよ」

 

「あれぇ!? なんでイナちゃんディスられてんの!?」

 

「そういうところです」

 

 そう言うストラの表情は、幾分か晴れやかだった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「貴方は守るために殺す。多くの血を流す。その手も、剣も、信念も返り血に塗れる」

 

 時を同じくして、ラスティ・ベラはエトラヴァルトを問い糺す。

 

「名誉も栄光も殺戮の影に呑まれ、全ては屍の上。残るのは、ただの人殺しという悪名だけかもしれない。教えて、英雄さん。貴方はそれを、恐ろしいとは思わないの?」

 

 毅然とした表情を貫くエトは、欄干から手を離し、数歩下がり、真正面からラスティの両目を射抜いた。

 

「そんなの、怖いに決まってんだろ」

 

 何を当たり前のことを——エトラヴァルトは視線にそんな()()を込めた。

 

「俺は、望んで英雄の看板を背負ったんだよ。今更それを別の言葉に塗り替えるなんてまっぴら御免だ」

 

「……!」

 

 エトの傲慢な答えは、ラスティの想定にないものだった。

 

「戦争に犠牲がつきものだなんて誰が決めた。大勢が血を流す、勝者は人殺しの汚名を被る——そんな未来、まだ訪れちゃいないだろ」

 

 静かに、しかし滾る感情。

 

 エトは否定する。ラスティが話す当たり前の常識を。

 戦争という概念に、真っ向から挑戦状を叩きつけた。

 

「俺が目指すのは、完全無欠の()()()()()()()だ」

 

 言葉の一つ一つに、強い意志が込められていた。

 

 苛烈な一生を過ごした少女の英雄の願いすら背負って。

 〈異界侵蝕(デッドエンド)〉の告げる未来に、中指を立てる勢いで喧嘩をふっかける。

 

「俺は、否定したい未来に怯えてる暇なんてねえんだよ」

 

 武力が足りない。

 権力が足りない。

 

 エトはこの戦争で、全ての犠牲をなくすことはできないと知っている。それには、自分が未だ弱すぎることを痛いほど理解している。

 

 だが、それが足を止める理由にならないことを、エトは誰よりもよくわかっている。

 

「汚名も悪名も、俺には必要ない。誰にも被せやしない。俺が望む未来に、そんなものが入る隙間は欠片もねえんだよ、ラスティ・ベラ」

 

「……そう」

 

 目を伏せたラスティの表情は長い前髪に隠れてエトには見えなかった。

 

 少し。ほんの少し立ち位置が違えば、彼の目には狂喜に歪む女の顔が見えたことだろう。

 

 しかし、現実にはそれが見えず。

 エトには、ラスティの感情を窺い知ることはできなかった。

 

「……答えてくれてありがと、英雄さん」

 

 少しして、ラスティはいつもの淡い、妖しい微笑みを湛えた表情を整えた。

 

「——最後にひとつ、教えてくれるかしら」

 

 首肯するエトに、欄干から降りたラスティは一瞬の躊躇いの後、口を開いた。

 

「貴方は、他人の命を奪わない戦争は存在すると思う?」

 

「……戦争なんて、そもそもない方がいいだろ」

 

 エトの即答に、ラスティは少し……ほんの少しだけ呆気に取られ。

 

「ええ、そうね。……本当に、そう思うわ」

 

 ほんの少しだけ、寂しそうに呟いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ラスティとの問答の帰り道、俺は普段よりゆっくり歩くストラと合流——雑貨の買い物を済ませてからゲストハウスへの帰り道を歩いていた。

 

「……エト様」

 

 その途中、ストラが遠慮がちに俺の名前を呼んだ。

 

「わたしは、この戦争で汚名を被ることになるかもしれません」

 

「それまた、急な話だな」

 

「そうですね。……エト様、どうか、わたしの名前が悪名として広まることを許してください」

 

 その横顔は、何かひとつ、覚悟を決めた表情だった。

 ストラが何を思い、なんのためにそんなリスクを背負おうとしているのか。一体何をするつもりなのか。

 

 わからない。わからないが……少なくとも、彼女は今、戦おうとしているのだろう。

 この戦争で、自分にできる最大限をやろうとしているのだろう。

 

「——大丈夫だ」

 

 なら、俺がすべきは否定ではない。

 

「お前の悪名が広まる暇なんてないくらい、俺が思い切り活躍して全部かき消してやるから」

 

 俺がするべきは、彼女の心を守ること、それだけだ。

 

「だから、心配すんな」

 

 大袈裟に胸を叩く俺に、ストラは小さく吹き出した。

 

「そうですね。貴方は、そういう人でした」

 

 ストラの歩幅が、いつもの大きさに戻った。

 

「帰りましょう、エト様。きっとイノリが腹ペコになってますよ」

 

「間違いないな。急ぐか」

 

 

 そうして帰った後、おれたちは食卓を囲みながら戦争の“配置”について話していた。

 

「それじゃあ、私たちはみんなバラバラの場所で戦うってこと?」

 

「そうなるな。ラルフは右翼、ストラは中央、イノリは右翼と中央の間……

 

「で、エトは単独で遊撃か……これエトの負担やばくねえか?」

 

 悠久本軍との衝突が予想される海域の()()は、障害となる海溝や火山がない平坦なもの。

 戦闘は真正面からの衝突が予想される。

 

「なぜ、わざわざ真っ向勝負を選んだのでしょうか? 戦力で負けているなら地の利を使うのが道理のはずです」

 

 ストラの指摘は最もである。が、それは()()()()()()()の戦争に限る。

 

「それも考えられたんだけどな。考えてみてくれ。相手を閉所に追いやる時は俺たちも一定の兵力をそこに割くことになる。で、そんな逃げ場のない場所に悠久が〈異界侵蝕〉をぶち込んだらどうなると思う?」

 

 三人の脳裏には、〈勇者〉と〈星震わせ〉が浮かんだことだろう。

 

「「「あ〜〜、絶対死ぬ」」」

 

 揃って『無理だこれ』と顔を青くし、ラルフは即座に絡め手は相手も利用できるものだと悟る。

 

「数で負けてる以上、逐次投入と離脱を繰り返されたらどうしようもねえってことだな」

 

「そういうことだ。まあ一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)みたいな戦法は開けた地形でも取れるっちゃ取れるけど、視界が開けてる分、こっちも相応の戦力をぶつけやすい」

 

 搦手なしの勝負の方が、かえって相手を誘導しやすいのだ。

 

「なるほど……そこでエトくんの出番なわけだ」

 

「リントルーデのやつ、徹底的に俺を使い倒すつもりでいやがる」

 

 搦手が使えない。真正面から戦う以外になく、勝利の最低条件は相手に戦力を先出しさせること。

 

 ならば、情報にない戦力で一方的に戦局をかき乱す。

 

 そこで、俺に白羽の矢が立った。

 

 どちらの世界にも情報がなく、かつ冒険者という扱いやすい立場。

 そして、何やら〈魔王〉の野郎が言い含めやがった結果、とんでもない激務が降りかかった次第である。

 

「エト様が文字通り戦局の鍵、ですか」

 

「つっても、俺らも他人事じゃないんだよなあ」

 

 ラルフは自分たちの役割を改めて反芻し、乱雑に頭を掻いた。

 

「他の冒険者と協力して〈異界侵蝕〉の足止めしろって、無茶振りにも程があんだろ」

 

「ね、私たち、立場的にはただの銀級なのに……」

 

「大方、あの〈魔王〉が言い含めたんでしょう」

 

「エト、俺らあの人からもっと報酬ふんだくれるんじゃねえか?」

 

「奇遇だな、俺も全く同じこと思ってた」

 

 明らかに報酬に対してこっちのハードルが高すぎる。

 リステルの全面庇護は有り難みの極地ではあるが、これから先の地獄を考えるともうちょっと貰いたいと思うのは決して強欲ではないはずだ。

 

 夕食を平らげると共に、俺は話を締めくくる。

 

「……まあ、本番は臨機応変にってことだろうから、現場の指示に従いつつ、だな」

 

「最優先は生存だよ!」

 

「当たり前です。死んでは元も子もありません」

 

「死に目に会えないのは勘弁だからな!」

 

 そうして席を立ち、自由時間に。

 湯浴みをする者、武器の整備をする者、何やら庭で魔法を弄り出す者。

 

 かく言う俺は、住み込みの侍女からこっそりと耳打ちをされていた。

 

「エトラヴァルト様に源老がお会いしたいと。明日、お一人で登城をお願い致します」

 

 嗚呼……胃が痛くなってきた。




意訳:魔王マジぶっ飛ばす
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