【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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確執

 イノリの強権によって突如決まった俺vsその他三人という変則マッチ。

 翌日、決意の揺るがないイノリに急かされ、リントルーデに事情を説明した俺たちは再開発地区と言う名の実質的廃墟へと通された。

 

「いいのか? 好き勝手暴れても。再開発地区って言っても、制約とかあるんじゃ」

 

「問題ない。荷物の引き払い等、退去はすでに完了している。そもそも、『悠久世界』の宣戦布告さえなければとっくに着工しているはずだったのだ」

 

 だから遠慮なくぶっ壊していい——リントルーデはしたり顔で告げて去って行った。

 念の為遠方から監視はつくらしいが、再開発地区をでないのであれば基本何をしてもいいとのこと。

 

「さて。それじゃ始めるか」

 

 振り向くと、すでにやる気満々な三人が臨戦体制を取っていた。

 

 既に使い慣らされた火竜の牙剣に魔力を通すラルフ。

 白夜と極夜を抜き放ち、魔眼の状態を確認するイノリ。

 杖を手になにやら魔法詠唱を反芻するストラ。

 

 三人が三人とも、ガチで俺を倒しにきていた。

 

「そういえば、力比べはこれが初めてだな」

 

 愛剣を抜く俺の姿を認めたラルフが獰猛に笑う。

 

「だな。剣闘大会じゃ機会なかったし、そもそも普段はそんな余裕ねえからな」

 

「ルールはどうする?」

 

「基本何でもあり、致命傷、及び三日以内に完治が厳しい怪我になりそうな一撃は寸止めでいいでしょう」

 

 ストラの提案に異存はなく。

 

()るか!」

 

 

 初めての仲間内での真剣な戦いが始まった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 イノリたちのパーティーは前衛のラルフ、中衛及び司令塔のイノリ、後衛のストラ、そして前衛寄りのオールラウンダーなエトラヴァルトの四人で構成されていた。

 

 実力は横並びとは、お世辞にも言えない。

 ラルフとエトラヴァルト、この二人は頭ひとつ抜けていた。ともすれば、一時はラルフの独走状態だったと言えるだろう。

 魔法に特化したストラと搦手及び魔眼や魔剣、魔道具に頼りがちなイノリ。両者の正確な実力差は測りづらいが、少なくとも、エトたちよりは思っていた——それが二人の認識である。

 

 そして、今。

 実力差という単語を使うのも馬鹿馬鹿しいくらいの隔絶が起こっていた。

 

 

「本っっ当にどうなってんのさエトくんは!?」

 

 ()()()()()()()()を間一髪身を捩って躱したイノリは、いよいよ化け物になりつつある運命共同体の理不尽な攻撃の数々にキレ散らかした。

 

 建物という建物を意に介さない全方位斬撃。

 

 初撃、イノリの魔弾の射手(フライクーゲル)と魔眼を警戒してか、()()()で吹き飛ばされたのが開戦の合図。

 

 ただ斬撃が飛ぶだけ。それだけなら魔法にもできる。

 

 だがしかし、エトラヴァルトの膂力。

 あのふざけた重量の剣。

 それら二つが生み出す斬撃が、魄導によって数百M程度であれば一切の距離減衰なくこちらを正確に狙ってくる。

 

「理不尽……!」

 

 魔眼も魔弾の射手(フライクーゲル)も、直感なのか、エトは正確にイノリの位置を把握し射線を切り続ける。

 

「正直、繁殖とやり合ってた時の方がまだ可能性見えたよ!?」

 

 やや誇張表現かもしれないとは思いつつも、今のエトの脅威度はイノリからすればそれほどのものだった。

 

 荒ぶる呼吸を整えるイノリの視線の先で灼熱が吹き荒れ、純白の極光が降り注いだ。

 

「ラルフくんとストラちゃん……私を囮にしたな!?」

 

 

 降り注ぐ白光の間をエトラヴァルトが疾走する。自らを正確に捉える魔法の数々。仲間の技量に舌を巻きながらもその表情は未だ余裕に満ちていた。

 

 対するストラは、顔面に大量の冷や汗を流す。

 

「イノリを囮にした意味がほとんどありませんね!?」

 

 渾身の魔法。

 有効打になることを信じ、そしてエトがこれしきでは死なないことを確信しながら放った()()

 結果は、封殺。

 剣が描く銀の円環に悉く防ぎ切られた。

 

「……仕方ありません。()()を試してみますか。ラルフ、時間稼ぎお願いしますよ!」

 

 

 

 その声が届いたかは定かではないが。

 奇しくも、ラルフの悲鳴はストラへの返答のようなものだった。

 

「いやいやこれを一人ではキツいって……!」

 

 かつて、『湖畔世界』フォーラルで精神的な差を感じた。『花冠世界』ウィンブルーデではその意志の強さに感服した。

 そして、『極星世界』ポラリス、豊穣の地では才能の開花を祝福した。

 

 それが敵として立ち塞がる恐ろしさを、ラルフは今まさに実感していた。

 

 四方八方どころではない。

 全方位から絶え間なく降り注ぐ、まともに受けることが困難な重量の斬撃群に否応なくラルフの両頬が引き攣る。

 

「エトおま……成長しすぎだろ!!」

 

「お陰様でな!」

 

 一撃で家屋一棟を軽々吹き飛ばす斬撃と、そこに込められた感謝。二つ同時に思考を巡らせる余裕は今のラルフにはなかった。

 

「フッ——!」

 

 短い気合いと共に須臾の間、数十の斬撃が飛び、全方位からラルフを襲う。

 

「づああああキッツい……でも!」

 

 灼熱を軽々と吹き散らす銀の息吹。ギリギリ切り結べているのは、間違いなく大枚叩いて買った剣のお陰である。

 

「やっぱ流石に躊躇うよなぁ!」

 

 と言うのも、性能云々ではなく。今まさにその剣と打ち合うエトがその価値を知っているが故に。

 そして、『今なら壊せるかもしれない』という予感がエト自身にあるゆえに、迂闊に高威力の斬撃をぶつけるのは大変躊躇われた。

 

「ラルフてめえ! その剣盾にすんのやめろぁ!」

 

「無茶言うなよ!? これが今の俺の武器だぞ!?」

 

「戦斧があんだろ戦斧が!」

 

「アレじゃお前の速度についていけねえっての!」

 

「ならせめて盾運用すんなって!」

 

「させてんのはどっちだよ!?」

 

 互いに減らず愚痴を叩きながら、灼熱と銀剣が何十棟もの家屋を爆砕し迸る。

 

 最早まともな施設では手合わせすら困難になった二雄が吼え、笑い、加速する。

 

 

 

 始まりはイノリの癇癪だった。

 ちょっと苛烈なじゃれつきくらいのつもりだった。

 だが実際に組分けし、対峙し、理解する。

 

 自分たちの仲間は、理解できない領域に踏み込みつつあると。

 

「『眠れ栄華、あなたに明日は訪れない』!」

 

「イノ……やっべ!?」

 

 しかし、理解の外にある力を持つのは、何もエトラヴァルトに限った話ではない。

 

 響く詠唱の歓声にエトが慌てて視線を周囲に飛ばすが、一手遅く。

 エトの背後、イノリの魔眼が無慈悲な輝きをおびた。

 

「『狂騒よ、泡沫に眠れ(カイロス・ディーバ)』!!」

 

「————」

 

 瞬きの一瞬に、エトラヴァルトの主観時間が拘束される。

 

 繁殖の概念保有体との戦い以降、より一層親和したイノリの魔眼は弾け飛ぶことなく魔法を発動した。

 

「ラルフくん、今!」

 

「ナイスだイノリちゃん!」

 

 致命的に硬直したエト目掛けて、ラルフは躊躇いなく炎を収束した剣を振りかぶる。

 この程度では今のエトは死なない——その信頼と共に斬り下ろす。

 

 刹那、銀の魄導が爆発する。

 

「ガッ……!?」

 

「ウッソでしょ!?」

 

 至近距離で暴圧に晒されたラルフが吹き飛び。

 驚愕は、拘束を無理やり引きちぎられたイノリのものだった。

 

「エトくん魄導で……内側から無理やり!?」

 

「今のは危なかった!」

 

 爆発の余波に吹き飛ばされたイノリの背を、回り込んだエトが受け止めた。

 

「トドメ、刺せたぞ」

 

「あー、私の負け!」

 

 両手を上げながらイノリは悔しさを滲ませる。

 今、彼我の実力差で背後を取られた時点で勝敗は決した。それを理解させられたことが、何よりも悔しかった。

 

「けど、まだ()()()は負けてないよ!」

 

「やっぱそうくるよな!」

 

 楽しそうに笑うエトの視線の先、爆発の余燼すら燃やし尽くす青白い聖火が燃え上がった。

 

「ラルフ! わかってますよね!?」

 

「応! 自爆はごめんだからな! 制限は!?」

 

「一分きっかり、全部注ぎ込みます!」

 

 ストラの援護を受け、『道標の聖火(オリエンス)』が炎上する。

 

 青白い焔はラルフが右に持つ剣へと収束し、輝きすら帯びる。

 

「いくぜエト!」

 

「——来いっ!」

 

 青と銀が爆発的に膨れ上がり、激突する。

 

「——そこまでだ、二人とも!」

 

 その直前。

 巨大な半透明の右腕が両者の間に地を揺らしながら突き立った。

 

「リントルーデ!?」

 

 自分を何度もすり潰しかけた拳の出現にエトが目を剥き、続いて聖火を解除したラルフが不満気な声を漏らす。

 

「兄貴、急にどうしたんだよ! 特に違反はしてねえぞ!?」

 

「ああ、お前に落ち度はない。すまんが、事情が変わった。今、ノアで暴れてもらうことはできなくなった」

 

 リントルーデの真剣な声に、エトたちは予定より早い到着を予期した。

 

 が、それは結果から言えば間違いであり。

 しかしそれもまた、海淵を揺るがす一大事だった。

 

「つい先ほど、ティティア様が病に伏せられた」

 

「なっ……!?」

 

 その一報にラルフの両目があらん限りに見開かれる。

 一方、名前に聞き覚えがないエトたちは首を傾げた。

 

「ティティア様ってのは?」

 

「……我が兄と姉、第二王子ファリスと第一王女アイナンナのお母上……つまり、『海淵世界』の第二夫人だ」

 

 苦渋に歪むリントルーデの言葉に、事態を理解したエトたちの表情がみるみるうちに驚愕に彩られていった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 揺れるノア内部。

 リントルーデが部外者である俺たちを連れ込んだ先は作戦司令室だった。

 

「我が兄ファリスは、右翼指揮官として前線に赴くはずだった。だが、肉親であるティティア様が倒れ、精神的に非常に不安定になっている」

 

「兄貴、ティティア様の容態は?」

 

 リントルーデの表情は暗い。

 

「芳しくない。すぐに命の危険があるわけではないが、予断を許さぬ状況であるのは確かだ」

 

 ティティア様は元々喘息を患っていたらしく、それが悪化したとのこと。

 不幸中の幸いと言うべきか、持病の悪化故に初期の対応が迅速に行われ、結果最悪の事態は免れたそうだ。

 

「心を乱した指揮官は、軍全体への毒に他ならぬ。情けない話だが、ファリスをこの戦争に出すわけにはいかぬ」

 

「——情けないわけないだろ」

 

 俺は、リントルーデの言葉を強く否定する。

 

 リントルーデの拳は震えていた。

 

 本来、戦を前に軍人が心を乱すなどあってはならない……それは事実だ。世界を守るために、俺たちは常に万全で在らねばならない。

 だがそれは、ただの理想論の話だ。

 

 今回の一件は、風邪や怪我といった予防できるものとは違う。

 肉親が倒れれば、血の通った人間ならば誰もが乱心する。程度の差はあるだろうが、全く気にならないなんて者はごく少数だろう。

 

「親が、大切な人が倒れたんだ。そばに居るべきだ、絶対に」

 

「……ああ、そうだな」

 

「兄貴。……源老は、どうしてる」

 

 瞬間、リントルーデの目の奥に憂慮の感情が揺れた。

 

「源老は、玉座から動いていない」

 

 俺の横に立つラルフが、奥歯を思い切り噛み締めた。

 

「……っ!」

 

 そのまま走り出す。

 

「ラルフ!?」

「ラルフくん!?」

「どこにいくんですか!?」

 

 ラルフは作戦司令室の自動扉を無理やり千切るように開け放ち、俺たちの静止を無視して何処かへ駆け出して行った。

 

「リントルーデ、ラルフは——おい、しっかりしろ!!」

 

 呆けるリントルーデの右腕を万力で掴み上げる。

 

「……っ! すまない。少し、考え事を」

 

「何があった。今の間は——ラルフはどこに!」

 

 畳み掛ける俺の質問にリントルーデは目を閉じ、彼もまた奥歯を噛み締める。

 

「ラルフは……源老の元へ行ったのだろう」

 

 武人は、己の無力を恨む、かつての俺のような力なき視線を向ける。

 

「エトラヴァルト、ラルフを頼む」

 

「何を、急に——」

 

「我が弟は、きっと今から、深く傷つく。俺では。俺たちでは、救えぬ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「——源老!」

 

 謁見の間に怒号が響く。

 近衛の静止を振り切り扉を乱暴に開け放ったラルフの怒りに、玉座の側にいた第一王子ベラムが全身を悪寒に震わせた。

 

「なんで、なんでアンタが今ここにいるんだよ、ノルドレイ!!」

 

 ラルフの激情を前に、源老は静かに答える。

 

「私が、源老であるからだ」

 

「——ざっけんなよ! アンタが今日までそうしていられたのは、ティティア様の支えがあったからだろうが!」

 

 ラルフが握り込んだ拳から垂れる血が赤いカーペットに染み込み消える。

 なお怒りは収まらず、奥歯がミシミシと悲鳴を上げる。

 

「なんで大変な時にそばに居てやらねえんだ! なんで顔を見に行かねえんだ! なんで、アンタは支えてやらねえんだよ!!」

 

「ライラック、源老は——」

 

「兄貴は口出しすんな!!」

 

「っ!?」

 

 尋常ならざるラルフの怒気に、ベラムは反射的に口を閉ざした。

 

「ふざけんなよクソ親父! 世継ぎを産めばそれで用済みか!? 自分の妻がしんどい時に玉座でふんぞり返ってるのが源老の役割なのか!? なあ答えろよ!!」

 

 怒りと、悲しみ。そしてやるせなさを讃えたラルフの怒声を受け、源老は。

 

「私は、ここを離れるわけにはいかぬ。何があろうと、決して」

 

「…………ああ」

 

 それは、失望の声だった。

 

「やっぱり、アンタにはどうでもいいことだったんだな」

 

 背を向ける。

 縦長の謁見の間。

 しかし、ラルフと源老の間には、それ以上の断絶があった。

 

「ティティア様も、俺の母さんも……アンタにとっちゃ、ただの政治の道具だったわけだ」

 

「ライラック、待て……!」

 

 ベラムの声は、ラルフに届かず。

 そのまま、謁見の間から立ち去った。

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