【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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戦場の兵士たち

 エトラヴァルトが戦場の端で大戦果を上げた一報は、すぐさま戦場全体へと知らされた。

 

「流石だぜエト……俺も負けてらんねえ、なあっ!」

 

 大戦斧が唸りを上げる。

 友の活躍に背中を押されたラルフがよりいっそう熱を帯び、燃え盛る灼熱が対峙するグルートの肌を焼いた。

 

「まだ半年も経っていないだろうに……!」

 

 ムーラベイラの剣闘大会で鉾を交えてからのごく短い期間で凄まじい成長を遂げたラルフを相手に、グルートはその他戦場の趨勢を把握する思考猶予も、それ以上の無駄口を叩ける余裕もなかった。

 

 圧縮せずともグルートの付与(エンチャント)と拮抗する熱量、それに耐えうる新たな武具、そして不屈の闘志は健在。

 

 侮ることなど最初からあり得ないことだが、グルートは敢えて思う。

 ラルフはもう、格下などでは断じてないと。

 

 年の功と言うべきか、技量は未だグルートに軍配が上がる。

 だが付与(エンチャント)の出力はすでにラルフに上回られ、そしていざとなればラルフの想いを汲んで露払いに回るギルバートも攻めに加わるだろう。

 

 〈暴嵐〉のグルートは、間違いなく追い詰められていた。

 

「——負けんぞ、俺は!」

 

 しかし、そんな逆境を。冒険の数々を超えてグルートはここにいる。

 その全てを跳ね除けてきたからこそ、〈暴嵐〉の異名を賜ったのだ。

 

「オオオオオッ!」

 

「っ!?」

 

 振り下ろされた大戦斧の側面を()()()()()、グルートが獣のような雄叫びを上げた。

 

 付与(エンチャント)の圧縮——全身の防御を度外視し、両手の戦斧に嵐を圧縮させる。

 それは以前、剣闘大会でラルフがグルートに対抗するべく取った手法。

 

「ラルフ! 今日も俺が勝つぞ!!」

 

 今度は、グルートがラルフの灼熱を越えんと猛り、双斧をラルフの胴体へと薙ぎ払った。

 

「いいやグルート! 勝つのは俺だ!」

 

 ラルフは咄嗟に大戦斧を投げ捨て、腰から新たな剣を抜き放ち双斧を弾き、肉薄。

 鍔迫り合いに持ち込み、負けじとラルフも咆哮した。

 

 二度も同じ相手に敗北するわけにはいかない。そして、この海に血を流すわけにはいかない。

 

「俺はこの海で、負けるわけにはいかねえんだよっ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 右翼でラルフとグルートが激戦を繰り広げるように、戦場の各所で金級上位クラスの猛者同士がしのぎを削る。

 遥か上空では〈破城槌〉タルラーと〈代行者〉ノルンによる理から外れた大激戦が繰り広げられ、ラルフたちの対角ではエトラヴァルトが猛威を振るう。

 

 目下、『悠久世界』にとって最大の危険因子は吟味するまでもなくエトラヴァルトである。

 金二級相手にすら不殺を貫ける単独戦力。

 奥に控える海淵の軍隊を完全に温存しながら着々と悠久側の後方支援機能を圧迫してゆく。

 

 そんな人物を野放しにしておくほど、『悠久世界』は甘くない。

 

 

「随分と豪華な歓迎だな」

 

 全て、ギルドの張り紙や要覧で見たことがある顔。

 エトラヴァルトは、自分一人を足止めするためだけに送られてきた()()()()()()()()()に舌を巻いた。

 

「お前を放置しておくのは悪手の極みだからなぁ……そりゃあ躍起になって止めに来たさ」

 

 全員がかつてのカルラを超える、冒険者の実質的最上位。

 『悠久世界』が保有する一線級の戦力がたった一人の銀三級冒険者を()()()するために手を組む光景は異様の一言に尽きた。

 

 それだけエトラヴァルトが異端であり、悠久側が脅威と看做した証左である。

 

 エトは直観で押さえ込まれることを悟り、背中に隠した左手で後方にサインを送った。

 

「……前進!前進せよ!」

 

 戦線単独維持の不可能、支援を求める——エトの要請を受けた海淵軍が戦線を押し上げ始め、金級冒険者たちの後方から迫る悠久軍と睨み合う。

 

「五人は流石に過剰戦力じゃないか?」

 

 しゃらん、と壮麗な音を奏でて愛剣と鎖を構えたエトの言葉を、金級冒険者たちは鼻で笑い飛ばしてそれぞれの獲物を構えた。

 

「まさか! それだけの魄導を放出する化け物に、五人では不安が残るほどだ!」

 

「君を格下などとは思わない。タルラー様たちのような怪物として対処させてもらう!」

 

 戦場における脅威度は実質的な〈異界侵蝕〉。そう評価されたエトは、どうしようもなく笑みを溢した。

 

「もう少し引っ掻き回したかったんだけどな。リントルーデ、聞こえてるか!」

 

 小型音声通信デバイスが赤く点滅し、管制室へとエトの声を届ける。

 

「悪い、予定より暴れられなさそうだ」

 

 緑色の点滅——“問題なし”。

 上司からの了承を得たエトは、腰を落とし、深く、突撃の姿勢。

 

「……来るぞっ!」

 

 ——突貫。

 一人の金級へと肉薄したエトラヴァルトの渾身の斬撃。大気が弾ける爆音が遅れて聞こえ、間一髪防御を挟み込んだ男が遥か吹き飛ばされた。

 

「〈剣界(ソードスフィア)〉エトラヴァルト、敵を退ける!」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 両翼にて海淵軍が善戦する中、中央戦場は『悠久世界』が圧倒していた。

 立役者の名前は、フィラレンテ。金一級、〈万能器〉の異名を授かりし女性冒険者である。

 

 枝毛の一本すらない艶やかな金髪を揺らし、フィラレンテは単独で海淵軍を圧倒する。

 

 その様相はエトラヴァルトによる圧倒の意趣返しのようだった。

 

「砲撃を途切れさせるな! 奴に呼吸の隙を与えるな!!」

「がむしゃらに突っ込むんじゃねえ! 返り討ちにされるぞ!」

 

 フィラレンテの冒険者としての特徴を一言で言い表すなら、隙のないオールラウンダーである。

 遠近両刀、()()()()()()()()()()()()の実力を有し、更にそれらを適切に運用できるのがフィラレンテの圧倒的な強み。

 

「ぬるいぬるい! そんなんじゃワタシは止まんないですよ!」

 

 全方位に絶え間なく魔法陣を生成、砲撃を敢行しながら両手に持つ魄導を纏った曲刀で敵を切り裂いてゆく。

 

 戦場を舞うフィラレンテを中心に、中央は悠久のワンサイドゲームに陥っていた。

 

「コイツ、俺たちと切り結びながら魔法を……!?」

「化け物が! いくつ脳みそあるんだよ!?」

 

 恨み言を吐き散らす相手を一刀で斬り伏せ、開いた空間に魔法陣を構築。

 

「失礼ですねえ、人族らしくちゃんと一個ですよ!」

 

『ぎゃああああああああああああああ!!?』

 

 フィラレンテは額に青筋を立てながら雷炎を招来し、敵軍を一直線に焼き払った。

 

 

 フィラレンテの恐ろしさはその継戦能力と手札の多彩さにある。

 

 彼女は魄導の最大瞬間出力こそエトラヴァルトに劣る。

 しかし20年以上もの間、冒険者として経験してきたいくつもの修羅場。

 直面し、跳ね返されてきた。

 

 その度に、魔法、戦略、剣技……あらゆる手段の数を増やし、手札を増やし、磨き続けてきた。

 

 そうして彼女は冒険者の最上位、金一級へと登り詰め、〈万能器〉という異名を授かるに至った。

 

 文字通りの変幻自在。

 相対する敵に合わせ魔法の構築を変え、両手の武器を打ち直す。

 

 その姿に、ストラは強い既視感と脅威を覚える。

 

「まるでエルレンシア様のようですね……!」

 

 魔法による遠距離戦闘と多彩な剣による近接戦闘の両立。

 あの虹の魔剣こそないが、二つの武器を十全に使いこなすフィラレンテは限りなく『魔剣世界』レゾナに名を残す英雄に近く、魔剣以外の領域においては凌駕していた。

 

 一騎当千どころの騒ぎでない八面六臂の大活躍をみせるフィラレンテに、ヴァジラが思い切り舌打ちした。

 

「ちんちくりん! アレを止める、手を貸せ!」

 

「わたしにはストラという名前があるんですがわかりました援護します!!」

 

 ヴァジラの要請にめちゃくちゃ早口で文句と承認を言い切ったストラは、隣で呼吸を整えるトイへ目を向けた。

 

「トイさんも力を! あの女を止めます!」

 

「了解っす!」

 

 欲を言えば、イノリという特大の妨害役(デバッファー)が欲しいところだったが贅沢は言えない。

 

「しかし、イノリは今どこで何をしているんでしょうか」

 

 そもそもが所在不明。

 ラルフが右翼でグルートと剣を交え、左翼では何やら暴れ散らしたエトが複数人の金一級を引きつけたなどとんでもない報告が聞こえてくる。

 が、ストラは我らがリーダーことイノリに関する情報が全くないことに一抹の引っ掛かりを覚えていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 生きる意思が溢れていた。

 確かな殺意もあった。

 隠しきれない愉悦も感じた。

 

「……なんか、懐かしいな」

 

 昔とは似ても似つかない、初めて立つ戦場の空気。

 しかしイノリは、そこに強烈な既視感を抱いていた。

 

 ——魔眼起動。

 

 遅滞した世界の中で唯一正常に動くイノリの斬撃が悠久の軍人たちの胴体をすれ違い様に袈裟に切り裂き、鮮血が宙を舞った。

 

「なんだコイツ!?」

「躊躇いが一切ねえ……!」

「あの視界に入るな! 体が動かなくな——」

 

 魔眼が再び輝き、仲間へ忠告を叫んだ男が致命的に硬直する。

 その直後、不自然な超加速でその場の全員の知覚を振り切ったイノリが躊躇いなく男の喉を掻き切った。

 

「言わせないよ、対策は」

 

 冷徹な視線。

 淡々と、まるで作業のように敵を斬る様は敵味方問わずイノリの異端を際立たせる。

 

「私はエトくんみたいに不殺を貫けるほど強くないから。情けも容赦も、できないよ」

 

 イノリは、そこに躊躇いを持ってはいけないことを知っていた。

 躊躇えば、自分の大切なものたちが二度と帰ってこなくなることを経験しているから。

 

 

 ——一般に。

 冒険者として優れている者が戦場において同様に優れていることは、必ずしもイコールではない。

 

 多くの危険と恐怖を超えてきた歴戦の冒険者であっても、『人を殺す』という行為には全く別のメンタルが要求される。

 

 倫理が教養として発展し、しかし世界は模範的な振る舞いを許さない。

 自らを、世界を守るためにはその刃を他者に突きつけなければならない瞬間は必ずやってくる。

 

 殺しを“罪”と多くの世界が定める中、その罪を重ね、業を背負い続けるという途方もない未来。

 それを想像してなお切先を敵に向けられるのか。その未来で、耐え続ける、背負い続けること。

 

 それらは決して、生半可なことではない。

 

 

「『有限世界に讃美歌を 永遠騙りし虚構に衰退を』」

 

 にも関わらず、イノリは。

 銀三級冒険者の少女は、何の躊躇いもなく剣を振るう。

 

「『さんざめけ衆愚 賢者の祈りが届かぬのなら』」

 

「詠唱が止まらない!?」

「どんな集中力してんだよ!」

「全方位敵だらけだってのに……!」

 

 イノリは炸裂する魔法ごと空間の時間を留め置き、回避。続けて自らを囲う兵士の輪から跳躍で脱出する。

 

 なお澱みなく紡がれる言葉に、悠久軍に戦慄が走った。

 

 近接戦闘、あるいは他の魔法を使用しながらの詠唱は高度な集中力と魔力を練り上げる技量が試される。

 イノリは自らの思考時間を拡張することで余裕を確保し、常人の数倍の体感時間の中で詠唱を完成させる。

 

「『眠れ栄華 あなたに明日は訪れない』」

 

 魔眼が一際強く輝き、イノリの視界に収まる兵士全ての脳に時間魔法による停滞の強制が下る。

 

「『狂騒よ、泡沫に眠れ(カイロス・ディーバ)』!」

 

 人々が世界に置き去りにされる。

 致命的に遅れた主観時間により肉体は停滞し、戦場であるにも関わらず軍人も冒険者等しく無防備を晒した。

 

「ごめんね、私はここで死ぬわけにはいかないから」

 

 昏く輝く左眼の魔眼の拘束を解ける者は、そこにはいなかった。

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