【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ) 作:銀髪卿
戦斧と剣が交錯する度、嵐と青炎が激突する。
グルートとラルフ。それぞれが金五級と銀三級を逸脱した力の持ち主。
ラルフの想いを尊重し露払いに回ったギルバートすら『これには割って入れないな』と悔しそうに笑う、二人だけの世界。
嵐の余波に吹き上がった土煙が青炎の飛沫に焼き焦がされ、黒々とした煙が荒天へと立ち昇る。
〈暴嵐〉と無名。しかし、この戦いを見れば誰もがラルフへと〈灼熱〉の賛辞を送ることは間違いない。
それほどまでに……ラルフはグルートを圧倒していた。
「おおお——っ!」
雄叫びと共に大戦斧が振り抜かれる度、暴風が弾け飛び、青炎がグルートの全身を焼き焦がす。
「ぬうう……!?」
苦悶の声を洩らす巨漢に、ラルフは一瞬たりとも呼吸を整える暇を与えない。
大戦斧と剣、歪な二刀流の乱撃を前に、グルートは持ち前の怪力すら封殺されていた。
ラルフの青炎は、出力の代償に自らの肉体すら焼き焦がす
しかし、今のラルフは熟達した闘気によってそのデメリットを克服している。
青炎の完全なコントロール。
今のラルフは、かの繁殖の母体すら炎上させた火力を余すことなく敵対者へとぶつけることができる。
「〈暴嵐〉のグルート! 今日、ここで! アンタを倒す!! 倒して、俺はその先へ行く!!」
吼えるラルフに、グルートが歯を食いしばった。
「言っただろう! まだ負けてはやらんと!!」
「今勝たなきゃ、遅いんだよっ!!」
大戦斧の唐竹割りが交差された双斧の守りを打ち砕く。
剣闘大会の借りを返すように大戦斧が唸り、グルートの獲物を木っ端微塵に粉砕した。
「借りを返すぞ! グルート!!」
「〜〜〜〜〜っ! ま、だまだぁっ!!」
武器を失ったグルートは、真横に振り抜かれたラルフの剣を反射的に右腕の
「お、お、お、ぉぉおおおおおおおおおっ!!」
骨髄を灼熱に焼かれる脳天を貫く激痛に意識を飛ばしかけながら、それでもグルートは前進する。
無事な左腕に全ての嵐を結集させ、渾身をもって引き絞る。
「『悠久世界』の冒険者として! 俺は負けるわけには行かんのだっ!!」
「俺だって——!」
非合理だとわかっていた。
拳を躱わすことは容易で、トドメを刺すのは簡単だった。
だが、ラルフは真正面から全て粉砕すると決めた。
右手に持つ大戦斧を手放し、青炎を右の拳に凝縮する。
「俺だって! 負けられねえ理由があんだよ!!」
友が自分の世界を守るために全力を尽くしている。
仲間たちが必死に戦っている。
ならば、ラルフは“ラルフ”の名前に懸けて、絶対に勝たなくてはならない。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!」」
両雄が猛り、拳と拳が衝突する——拮抗の果てに、灼熱が勝った。
暴嵐を吹き飛ばしたラルフの灼熱の拳がグルートの胸に突き刺さり、灼熱が巨漢の全身を貫き吹き飛ばした。
炭化した装備品が空中でボロボロと音を立てて砕け、白目を剥いて意識を失ったグルートが仰向けに大地へ落下する。
半年越しのリベンジマッチは、ラルフへと軍配が上がった。
グルートの敗北に悠久軍の一画が局所的に衝撃に揺れる。
「グルート様が……!?」
「き、救援を急げ!」
「あの男を近づけるなーー!!」
その隙をギルバートは見逃さなかった。
「今だ! 前線を押し上げろーー!」
エルフの美丈夫の一喝に地を揺らし、雄叫びを上げた海淵軍右翼が戦線を駆け上がった。
「ラルフ、よくやった!」
格上への勝利を飾り肩で息をするラルフに駆け寄ったギルバートが惜しみない賛辞を送る。
それを受けたラルフは嬉しそうに笑い、すぐに表情を引き締めた。
「悪い、ギルバートさん。すぐに中央へ向かって欲しい。なんか、あっちからやばい気配がする」
「……良いだろう。右翼はしばらく安定するだろうからな。お前はどうする?」
「俺は、少しだけ休む。5分もすればまた暴れられるさ」
若干の強がりを見せてサムズアップするラルフに、ギルバートは余計な詮索をせずに頷いた。
「無理な突貫だけはするな。グルートを倒したお前は立派な戦力だからな、無駄死には許されないぞ」
「わかってる」
ラルフの肯定を見届けたギルバートは雷にも似た闘気を漲らせ中央へ馳せ参じる。
その直後、ラルフが胸元に忍ばせていたデバイスが小さく震えた。
『——よくやった、ライラック』
つい我慢できなくなったのだろう、リントルーデの賛辞に、ラルフは小さく苦笑いした。
「指揮官が油売ったらダメだろ」
『そうだな。引き続き頼むぞ』
それっきり切れた通信の余韻の中で。
「〜〜〜〜っし!」
ラルフは小さく、渾身のガッツポーズを決めた。
◆◆◆
中央戦場を吸血鬼が疾走する。
「『隷属 血盟 葬送の円環』!」
八つのチャクラムの投擲と同時にヴァジラがフィラレンテへと接近。
迎撃に繰り出されたフィラレンテの抉るような回し蹴りに肘打ちを合わせ拮抗。詠唱を完成させた。
「『鋼の刃よ、我が血を呑め』!」
爆炎刃が猛り爆ぜ、凄絶な回転を伴いフィラレンテの魔法陣を軒並み切り裂いた。
「いい火力ですが、体術がお粗末ですよ!」
しかし、ほんの一瞬チャクラムの操作に意識が向いた瞬間、拮抗点を軸に振り抜かれた二本目の回し蹴りが爆炎刃を蹴散らしながらヴァジラの首に叩き込まれた。
「〜〜〜っ、知ってんだよんなこたぁ!」
「——おやっ?」
その一撃を待っていたとばかりに、ヴァジラはフィラレンテの足を両腕で抱え込んだ。
「魚人!」
「俺の名前はトイっすよ!」
ヴァジラの爆炎刃によって生まれた死角から飛び出したトイが、胸に引き込んだレイピアを最速でフィラレンテの左眼へと突き込んだ。
「——甘いですよ!」
完全に不意をついた一撃。
しかし、フィラレンテは首を伸ばし捻り、レイピアを口で噛み潰して受け止めた。
「マジっすか!?」
当たり前のように鋼のレイピアを噛み砕いたフィラレンテは、股関節を外し三度目の強引な回し蹴りを敢行。
つま先でヴァジラの額を切り裂き、逆足の拘束を振り払い、更に生まれた攻撃の隙間に無数の土槍を生成した。
「——アリアンッ! 障壁寄越せぇっ!!」
ヴァジラの怒鳴り声に、彼の仲間である銀一級冒険者アリアンが即応する。
「全く人使いが荒いリーダーね!」
殺到する土槍を迫り上がった土壁が受け止める。
さしものフィラレンテであっても、関節を外した痛みから僅かに魔法陣の構築が甘くなり、格下のアリアンの障壁に完封された。
——まだ、ヴァジラたちの攻撃は終わらない。
「ちんちくりん!!」
「ストラと呼んでくださいアホ吸血鬼!!」
一向に名前を覚えないヴァジラをアホとのたまったストラが上空に無数の光弾を生成——今日初めて、フィラレンテが警戒に視線を鋭くした。
「ぶっ飛べっ!!」
射出と迎撃は同時。
恐るべき構築速度で迎撃用の魔法陣を組み上げたフィラレンテは、魄導の斬撃をも用いて、完全に出遅れたにも関わらずストラの魔法を全て凌ぎ切ってみせた。
「今のも凌ぐんですか!?」
「化け物め……!」
憎たらしげに呟くヴァジラに、間接をはめ直したフィラレンテが『ふい〜』と息をついた。
「いやあ、今のは惜しかったですね。見事な連携でした!」
連戦に次ぐ連戦。
絶え間なく海淵世界の兵士たちを薙ぎ倒してきたにもかかわらず、フィラレンテは汗一つかいていなかった。
しかし、そんな化け物度合いは織り込み済み。
〈異界侵蝕〉に名を連ねずとも名指しで危険人物に数えられるほどの相手に、ヴァジラは今更驚かなかった。
「あなたはワタシを前にしても冷静ですね?」
「化け物なんか何度も見てきたからな。今更だ……それよりも」
「ようやく足を止めやがったな、〈万能器〉」
開戦からずっと、ノンストップで戦線を蹂躙してきたフィラレンテが初めて足を止めた。
これはフィラレンテによる蹂躙劇が一旦の区切りを迎え、正面から迎え撃つための場が整ったことを意味する。
「悪いが、テメェにはここで死んでもらうぜ」
「流石ねヴァジラ。顔も発言もまんま悪役よ」
「黙ってろアリアン」
味方から発言や表情をディスられながらも、ヴァジラは敢えて、フィラレンテが見えるように視線を通し、後方で魔法を維持するストラの姿を見せびらかした。
「——全員散開! 作戦行動開始だっ!」
瞬間、ストラが最短最速で光弾を乱射する。
「良い速度ですね!」
「魔法はわたしが封じます! 肉弾戦はヴァジラとトイさんでなんとかしてください!」
「そのつもりだ!」
「任せるっす!」
左右両端、アリアンの障壁魔法に守られたヴァジラとトイがフィラレンテを挟み込む。
チャクラムを繋げた奇怪な形の剣とレイピアを、フィラレンテはそれぞれメイスとソードブレイカーで受け止めた。
「甘いですね!」
瞬時に有効な武器を選択する思考の速さ、引き出しの多さに、二人の男に今日何度目ともしれぬ戦慄が走る。
「躊躇うな! 飛ばせ!!」
しかし、すでに足を止めるという選択肢は抜け落ちた。
「コイツを止めなきゃ戦線が崩壊する! 俺らが止めるしかねえんだ!」
海淵世界に戦力的余裕は存在しない。
今、ここでフィラレンテを相手に切り札である〈異界侵蝕〉たちを呼ぶわけにはいかなかった。
ヴァジラの苦し紛れけたぐりをつま先で受け止め、フィラレンテが攻勢に出る。
目も眩むような歪な二刀流の連撃。
メイスとソードブレイカー、それぞれがヴァジラとトイの獲物に対する最適解。それを、十全な技能を持って振るう。
両腕がそれぞれ別の生き物のように個別に二人を襲い、あまつさえ優位に立っていた。
「ちぃっ!?」
「この……っ!」
〈万能器〉の異名に偽りない冒険者トップクラスの技量に、瞬く間にアリアンの障壁が削り取られていく。
「いやあ、これ結構キツイですねえ!」
危険度12程度の竜であれば単身で屠ることが可能なフィラレンテは、しかし。
決して余裕をもった表情ではなかった。
「どの口が……!」
「いやいや、これでも結構
その理由は、後方支援に徹するストラにある。
フィラレンテが十の魔法、百の魔法陣を展開すれば、ストラは即座に百の魔法で撃墜する。
空間魔力という絶大な魔力プールにかまけた魔法の大量発動と一斉待機。
ヴァジラとトイが近接戦に集中できるよう、魔法の一切を完封する。
欲を出さずその一点に絞ったことで、ストラは辛うじてフィラレンテの魔法展開速度に食らいついていた。
「これじゃあワタシの強み半減なんですけど……!?」
〈万能器〉フィラレンテの強みは、圧倒的なオールラウンダーである。
だがより正確に言うのなら、彼女の本質は常人離れした思考力にある。
圧倒的な思考の反射神経。積み重ねた経験が最短で最適解をもたらす瞬発力——それによって、即座に相手の不得意を、持ち前の器用さによって押し付ける。
魔法が苦手な者には圧倒的な弾幕を。
近接戦が不得手な相手には接近して速攻を仕掛けるのだ。
しかし今、フィラレンテは遠近共に相手の得意を押し付けられていた。
それでもなお優位を保てているのは、彼女の積み重ねによる最適解の反射があるからだ。
しかし、ヴァジラもトイも、ひいてはストラもいずれはフィラレンテに慣れてくる。
「即席とは思えない良い連携です! 特に魔法の子!」
戦いながら相手を称賛するフィラレンテに、全員が『余裕かよ』と舌打ちした。
「アナタみたいな子が今までどこで埋もれていたんですか!?」
「生憎、一年前までは全くの無能でしたので!」
「一年でこれ! ワタシの努力が形無しじゃないですか!」
属性流転《カラースイッチ》を限界駆動させたストラが極彩色の魔法を展開すれば、後追いでフィラレンテが同一の魔法を構築、撃墜する。
「余所見してんじゃねえぞ〈万能器〉! 『隷属 血盟 獄鎖の航路! 茨の鎖が汝を縛る』!!」
ヴァジラの全身に刻まれた、フィラレンテの猛攻による夥しい傷跡。吸血鬼は敢えてその傷を放置し、溢れ出る血潮を剣へ吸わせた。
「お返しだ〈万能器〉!」
メイスと剣が接触し、直後。
蛇のようにひとりでにうねり曲がったヴァジラの剣にフィラレンテの両目が驚きに彩られた。
「しまっ……!?」
ヴァジラの手を離れた剣はメイスを起点にフィラレンテの右腕を縛り付け、圧砕。
耳を塞ぎたくなるような怪音と共に骨肉を纏めて絞り砕いた。
「おしゃべりに夢中になりすぎたっすね!」
「そんなこと……! ずっと
事実、フィラレンテはずっと真剣であり、会話の一つ一つも相手を分析するための手段だった。
だからストラを脅威に思ったのは真実だし、ヴァジラに一杯食わされたのも本気で戦った結果である。
「アナタたちが上手だっただけです!」
トイのレイピアによって左脇腹を抉られながら。
「ですが、ワタシは負けません!」
しかし、〈万能器〉フィラレンテの目の光は未だ消えず。
砕けたはずの右腕がメイスを手放し、指を鳴らす。
すると右腕全体に魔法陣が刻まれ変成する。
内側から躍動した骨がヴァジラの剣の拘束を引きちぎり、外側を這う筋肉によって制御される、多関節の骨槍が生み出された。
「正気かテメェ!?」
「命が無事なら後で生やせますからね!」
「そういう問題じゃねえだろ!」
「怪我をほっとくアナタも似たようなものでしょう!」
右腕を失っても、フィラレンテは怯まない。
むしろ先ほどより更に苛烈に、力強くヴァジラたちを押し返す勢いで躍動する。
ソードブレイカーでトイのレイピアを叩き折り、予備の短剣と鍔迫り合いに持ち込む。
右腕は複雑怪奇な挙動でヴァジラの急所を的確に抉り、メイスの時とはまるで違う挙動に吸血鬼は思い切り舌打ちをした。
——足りない。
ヴァジラは内心で焦りを感じていた。
防御担当のアリアンを前線に引っ張ったところで大した戦果は見込めない。
足りない。
後一人、前を張れる戦士が必要だった。
「クソッタレ……!」
遥か格上。初見殺しまで使っても切り崩せない。
誰か、後一人。
そんなヴァジラの願いに応えるように、雷が一閃。
フィラレンテの背後に吹き荒れた。
『——っ!?』
その場にいた全員の驚倒を攫い、雷電が迸りフィラレンテの背中を強襲した。
「〜〜〜〜〜っ!? 新手ですか!?」
間一髪その場から離脱したフィラレンテに、雷は更に追撃。
雷槍が空を焼き、骨槍を痺れさせた。
「〜〜〜っ! 相性最悪ですね!」
「それは何より。ラルフの予感は的中したようだな!」
新手……〈迅雷〉のギルバートは、闖入客に驚くストラたちを振り返らずに剣を構えた。
「俺も力を貸そう!」
「……っ、頼む!!」
ギルバートの増援にヴァジラたちは勢いを取り戻し、反転、フィラレンテの表情に明確な焦りが生じる。
「これは、不味いですね……!」
長く『悠久世界』のためにその力を振るってきた金一級冒険者。
それが今、五人の挑戦者の手で落陽を迎えようとしていた。