【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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悠久vs海淵④

 情報にない〈異界侵蝕〉。

 金一級冒険者、〈万能器〉フィラレンテとして知られていた女は、〈人形姫〉フィラレンテの55分の1の存在だった。

 

 正確には55分の1ではないのだが、今、情報を受けた管制室のリントルーデたちにそれを知る術はなく。

 55人の金一級冒険者が戦場に出現したという絶望的な報せが舞い込んだことを意味していた。

 

「『悠久世界』……!」

 

 握りしめられたリントルーデの拳が振り下ろす先を見つけられず、怒りを抱えたまま中空を揺蕩う。

 

 そして、これはトリガー……戦争の転換点。その始まりに過ぎない。

 

「——報告! 報告!」

 

 絶望に打ちひしがれる管制室に、さらなる情報が舞い込む。

 

「〈楽采狂騒〉と〈金剛壊勿〉の出陣を確認! 右翼方面に強襲!!」

 

「……!? ここで仕掛けてきたか!」

 

「——報告! 左翼に冒険者の増援を確認! 約千名、最前線に投入されました!」

 

「左翼は予備隊を前進させろ! エトラヴァルトが金一級を抑えている以上、それで持ち堪えられる!」

 

 〈異界侵蝕〉の侵攻に動揺しながらも、リントルーデは自らの役目を果たす。

 各方面に正確な指示を飛ばし、同時に待機中の切り札たちを呼び寄せた。

 

「イナ、ラグナ! 右翼が突破されそうな場合、予定を早めてお前たちを投入するぞ」

 

 既に臨戦態勢を整えてあるイナは、リントルーデに問う。

 

「それはいいけど、リンちゃんはどうするの? 右翼……シャクティが来てるんだよね?」

 

「戦場に私情を持ち込むつもりはない。ラグナ、お前が叩け」

 

「了解だ、友よ」

 

 互いに頷き、リントルーデは右翼に立つ弟に思いを馳せる。

 

「ライラック……決して死んではならんぞ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 音が響いていた。

 血と硝煙の匂いに満ちる戦場に似つかわしくない、壮麗で優美なヴァイオリンの音色が。

 

「——ああ、哀れな者たちよ」

 

 刹那、一際強烈なフォルテシモが奏でられ右翼の一画が崩壊した。

 激情を滾らせる音楽が破滅的な爆発を幾度となく引き起こし、断末魔すら上書きし、瞬く間に二千の兵士が葬られた。

 

「怯むなー! 砲撃を続けるんだ!」

「引いた先にあるのは敗北だ! ノアへ勝利を持ち帰るのだ! 戦えー!」

 

 同胞の死に直面しながらも、海淵の兵士に怖気はなかった。

 目の前の怪物を、人の形をした厄災を1秒でも長く押し留める。それが自らの役目だと理解しているために。

 

「可哀想な兵士たちよ。敵ながら、僕は哀悼を捧げよう」

 

 ——かつて、『想いの一つ』で力を掴み取った少女がいた。400年経っても色褪せぬ友愛で、親友を守り続けた少女がいた。

 

「——あの畜生にも劣る男のために命を散らすなんて、あまりにも救いがないじゃないか」

 

 しかし、〈異界侵蝕〉は。

 “音の概念保有体”、〈楽采狂騒〉シャクティはその力を真正面から否定する。

 

 そう簡単に力を得られるのならば、世界はこんなに悲しみには満ちていないと。

 

「そうは思わないかい? 赤髪の冒険者よ」

 

「そうかもな」

 

 無謀にも立ち塞がったラルフに、シャクティは同情と憐憫の視線を贈った。

 

「銀三級冒険者ラルフ。なぜ、グルートの誘いを断ったんだい? 悠久での栄達が約束される道を捨て、今僕の目の前に立っている理由は?」

 

「俺の目的を果たせねえ、それだけだ」

 

 返答に、ラルフは戦斧を握った。

 

「——『灼焔咆哮』!!」

 

 再び戦場に燃え盛る青炎を前に、シャクティはやはり、ラルフへと憐憫を向ける。

 

「——可哀想に。君は呪いに囚われている。僕が解放してあげよう」

 

 ヴァイオリンを構えたシャクティは顎を引き、指先で弦の調子を確認してから微笑んだ。

 

「僕らは同じだ。同じ想いを、同じ目的を、同じ未来を目指せる。そうだろう? ——()()()()()

 

 

 

 

 ——右翼戦場。

 〈楽采狂騒〉シャクティ vs ラルフ

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「砲撃を! 攻撃を途切れさせるな!」

「ありったけの弾薬を全部ぶち込めぇ! 後のことなんて考えなくていい!」

「目の前のあいつを殺すことだけを考えろぉ!!」

 

 中央戦場と右翼のちょうど中間。

 海淵軍の将校たちが血反吐を吐き散らしながら絶叫する。

 開戦時を遥かに凌ぐ黒煙と硝煙を立ち昇らせ、大砲も弾丸も、魔導砲も。

 

『——照準、ギルベルト・エッケザックス! 全砲門固定完了!』

『遠慮はいらん! 全弾放てぇーーーーーー!!』

 

 戦艦二隻の全ての武装が火を噴き、甚だしい大爆発を引き起こす。

 

 味方ごと遥か彼方に吹き飛ばす、一帯を更地のクレーターに変えるほどの弾丸、砲弾の雨霰。

 

「——フハハハハ! ヌルい、ヌルいぞ!」

 

 黒煙が立ち昇るクレーターの中心から哄笑が響き渡り、大仰な動作で、暖簾を潜るような仕草で煙を吹き散らし、金髪色黒の男が姿を現した。

 

「その程度の攻撃で、この俺に傷をつけられるとでも思ったか!」

 

 無傷である。

 戦艦二隻と万を超える兵士、冒険者の集中砲火を一切の防御行動を取らずに生身で受けたにも関わらず。

 

 “無瑕の概念保有体”、〈金剛壊勿〉ギルベルト・エッケザックスはかすり傷はおろか、砂埃の一つすらついていなかった。

 

「な、なんで……!?」

「戦艦数隻が墜ちる火力だぞ!? 生身で受けて、なぜ!?」

「あんなの、どうやって倒せば——」

 

 

 蹂躙は、力の差を思い知らせるには有効ではある。

 

 だが、心を折るなら。

 相手の最高の一撃を、完全な形で受け切るのが最も効率がいい。

 ありとあらゆる最高火力を全て受け切り、ギルベルトは圧倒的な差を思い知らせた。

 

「しかし驚いたぞ! この俺の動きを一瞬とて止める者が凡百の中に潜んでいたとは!」

 

 しかしそれでも、無力感に打ちひしがれる兵士たちの中に一人。

 自らの左眼を犠牲にコンマ数秒、ギルベルトの動きを縛った少女がいた。

 

 簡易的な治療魔法で左眼を止血し、イノリは後ろの兵士たちを精一杯の言葉で鼓舞した。

 

「みんな立って! 戦える人は、まだ魔力がある人は立ち上がって!! 私たちの役目は、一分一秒でもアイツをこの場に留めること!」

 

 圧倒的な防御力という、“倒れないこと”を見せつけられたにも関わらず、イノリの右目から戦意は消えていなかった。

 

「お前は俺を前にしても折れぬか! 素晴らしい精神力だ! この俺が敬意を示そう!!」

 

「私の相棒があり得ないほどしぶといからね! そういうのには慣れてるんだよ……!」

 

 腰から極夜と魔弾の射手(フライクーゲル)を抜き放って腰を落とす。

 

「ラグナリオンさんが言ってたでしょ! 私たちが〈異界侵蝕〉の一分一秒を奪えば、それだけで戦況が好転する! たとえ倒せなくても、それは全て値千金の時間稼ぎだって!!」

 

 僅かに、何人かの兵士の耳が動いた。

 

「立て! 『海淵世界』を、自分たちの世界を守るんでしょ! こんなところで折れてる時間なんてないでしょ!!」

 

 背後からまばらに聞こえ始めた大地を踏み締めるに、イノリは力強く頷いた。そして再生した左眼を(ひら)き、時計の針を刻む魔眼をギルベルトへと向ける。

 

「私の役目は、あなたをここに1秒でも長く縛り付けること!」

 

「良い啖呵だ小娘! その心意気、この俺が……いや待て。貴様その眼は……!」

 

 ギルベルトの両眼が見開かれ、瞳孔が小刻みに震えた。

 

 構えた極夜と魔道具も、少女の宣言も関係ない。

 〈異界侵蝕〉の力を目の当たりにしてなお啖呵を切れるその胆力には敬服せざるを得ないが、問題はそこではない。

 

 ギルベルトはただ再生した左眼を……()()()()()()()()()()欠片の気配を凝視していた。

 

「……そうか。お前も無限の欠片を持つ者か!」

 

「も……?」

 

 一人興奮するギルベルトにイノリは困惑し。

 

 直後、自らの視界を覆った黒い手に度肝を抜かれた。

 

「〜〜〜〜っ!!?」

 

 全身を加速させギルベルトの手から逃れる。

 体の急性動に失敗し回避した先で盛大に横転したイノリは、すぐさま姿勢を立て直して魔弾の射手(フライクーゲル)をギルベルトへと向けた。

 

 不意の一撃を避けたイノリに対して、ギルベルトは嬉々として哄笑を上げる。

 

「今のを避けられるか。いい、いいぞ! 退屈な炙り出しだと思っていたが、こんな縁が結ばれるとは!」

 

 ギルベルトは喜悦を浮かべ、無防備に両腕を広げて大声で宣言する。

 

「同じ欠片を持つ者よ! 全力で俺に抗ってみせろ! そしてその果てに! 俺はお前の目を抉り出そう!」

 

「うわ悪趣味っ!!」

 

 

 

 

 ——右翼戦場。

 〈金剛壊勿〉ギルベルト・エッケザックス vs 〈黒百合〉イノリ

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「……ンッフフ。私の未来視を超えてきますか」

 

 小世界リステルの人気のない平原。

 そこは一年と少し前、エトラヴァルトが旅立ちに通った平原であり、つい先日、帰還にも使った馬車道。

 

 その道の終端に、宰相フェレスの未來視に映らなかった存在が立っていた。

 

「まさか、お主自ら出迎えてくれるとはのう、観測者よ」

 

「本当は来たくなかったんですがねえ。貴方には、私でなくては対処できないでしょう」

 

 普段の燕尾服の下に鎖帷子を着て厚着したフェレスは、老爺……ロードウィルの真意を探る。

 

「ここに来たということはつまり……リステルを潰すおつもりですね?」

 

「対外的には、そういうことになるかのう」

 

「……?」

 

 ロードウィルの奇妙な言い回しに、フェレスは珍しく眉を顰めた。

 

 見えない。

 フェレスが有する観測の概念を持ってしても、目の前の老爺の来歴、思考、意図……あらゆるものが不透明だった。

 

 だから、フェレスはカマをかけた。

 

「ンッフフ。ご老人、たとえリステルを滅ぼしても、エトラヴァルトは死にませんよ?」

 

()()()()()()()()()

 

「……! それはまた」

 

 一切澱みのない、疑いのカケラも持っていないロードウィルの回答は、フェレスの拙い想定を遥かに上回った。

 

「では、此処へは如何なる用事で来られたのでしょう?」

 

 目の前の『悠久世界』の〈異界侵蝕〉から、フェレスは欠片も殺意や害意を感じられなかった。

 それは、非常に奇妙なことだ。

 

 エトラヴァルトはリステルの現王の勅命を受けて此度の戦争に参加している。

 それはつまり、リステルは完全に『悠久世界』エヴァーグリーンと敵対したことを意味する。

 

 これまでの弱さを利用し辛うじて生存を続けてきたリステルでは考えられない強気の選択。

 今までのような日和見では今後生き抜くのが不可能という判断であり、その上で、フェレスを含めたリステル上層部が『エトラヴァルトに賭ける』と決めたことの証明。

 

 そして、目の前の老爺はその敵対した世界の一大戦力。

 戦争期間中に敵世界を訪れながら戦いの意志を示さないのは極めておかしな話だった。

 

「なに。《英雄叙事(オラトリオ)》が予想を超えてくれたゆえな。そろそろ一つ、駒を進めるべきかと思うたのじゃよ」

 

 依然警戒を緩めないフェレスに対して、ロードウィルは終始リラックスした雰囲気で話を進める。

 

「儂、個人としては仲良くしたかったんじゃがのう。時期が悪かった。《終末挽歌(ラメント)》めが活動を活発にしよってからに、必然的に上院は《英雄叙事(オラトリオ)》への敵愾心が強く出てしもうた」

 

 結果的にエトラヴァルトはアハトによって試され、その後『極星世界』での魔王との邂逅を経て『海淵世界』へ。『悠久世界』と敵対するに至った。

 

「ご老人、貴方は何が言いたいのですか?」

 

 要領を得ない話に、フェレスはつい言葉を挟んだ。

 

「言わんや貴方が我々に敵対的ではなかったとしても、なぜ、今このタイミングで?」

 

「今だからこそじゃよ。戦争を隠れ蓑に、儂の目的を果たせるのだ」

 

 ロードウィルは一呼吸おいてからゆっくりと口を開いた。

 

「——『魔本世界』アインツリベル」

 

「…………、はい?」

 

 虚を突かれたフェレスは、らしくないとぼけた声を上げた。

 告げられた耳馴染みのない、しかしフェレスが長年追い続けてきた単語に道化師の仮面がひび割れた。

 

「ご老人、貴方は……」

 

「おや、これでもわからぬか。観測者と言うには少々……ふむ。見えるが故の鈍感かのう?」

 

 対するロードウィルは、情報の開示を楽しむように。フェレスを揶揄うように笑う。

 

「そうだのう。では、これならわかるであろう」

 

 答えを示してやると言わんばかりに、ロードウィルは杖を捨て、右手を胸に。

 

 そこから、表紙が擦り切れた一冊の本を取り出した。

 

 

「来ませい————〈残界断章(バルカローレ)〉」

 

 

 風が吹く。

 フェレスの目の前で無数の(ページ)が舞い散り、幾多の物語の断片が次々と視界の中で明滅した。

 

「我が名はロードウィル・ジオレインズ。《英雄叙事(オラトリオ)》、《終末挽歌(ラメント)》。そのいずれにも刻まれなかった欠片の受け皿。アインツリベル最後の欠片、〈残界断章(バルカローレ)〉の所有者である」

 

 瞬間、フェレスの中で無数の疑問が点と点で繋がり線を成し、彼を一つの結末へ導いた。

 

「……そうか。そうか、そうかそうかそうかそうかそうか! そうだったのか!!」

 

 道化師の仮面を叩き割り、フェレスは一人の欲する者としての飢餓を叫んだ。

 

「ロードウィル! 貴方が! 私にとっての最後の欠片か!」

 

 中空を舞い踊る〈残界断章(バルカローレ)〉を前に、フェレスは子供のように目を輝かせて狂喜する。

 一つの答えに辿り着いた道化(フェレス)を気取る男に、ロードウィルは可能性を提示する。

 

「それでは、多少手荒になるが始めるとしよう」

 

 枯れた左手が優しく本の表紙を撫で、魄導の輝きが無数の文字に潤いを生み出した。

 

「観測者よ、お主に必要な欠片、儂から集めきってみせよ」

 

 『弱小』と揶揄される世界の片隅で、異端の戦いが始まる。

 

 

 

 ——小世界リステル。

 〈残界断章(たびびと)〉ロードウィル vs 観測者

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