【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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悠久vs海淵⑤ 宣戦布告

 自分の本名を呼ばれた瞬間、ラルフは跳ねる心臓と表情を隠すために反射的に飛び出した。

 

「——オオッ!」

 

 無策で飛び出したこと自体には策がある。

 

 一つは前述、動揺を悟られないようにするため。

 

 もう一つは、シャクティを討ち取るため。

 

 遥か格上である〈異界侵蝕〉の手の内を探る余裕なんてありはしない。ならば、最短最速で自分の最大火力を叩きつけるのが最も勝率が高いとラルフは判断した。

 

 全ての青炎を大戦斧の刃へ圧縮。

 防御をかなぐり捨てた最高打点を、ラルフは真正面からシャクティへと叩きつけた。

 

「——知ってるかい? 魔法の性質は、本人の気質や感情に大きく左右されると言われているんだよ」

 

「……っ!?」

 

 ラルフの全力は、いっそ笑ってしまいたくなるほどに届かなかった。

 

「感情論という時代錯誤な思想がいまだに残っているのは、これが関係しているのかもしれないね」

 

 世間話のついでにヴァイオリンの一弦を弾いたシャクティによって、渾身の青炎は風の前の蝋燭のように掻き消された。

 

 しかし、ラルフの突貫には意味があった。

 

「赤髪に続けええええええええええええ!!」

「あの冒険者を援護しろおおおおおおおおお!」

 

 ラルフの勇気ある一撃は、たった数秒で二千の兵士を屠ったシャクティへの怯みを取り払った。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 ラルフの背中を追い、追い越すように数多の冒険者たちが気勢を上げてシャクティの首を取らんと駆け出し、無数の魔法と弾丸がそれを援護せんと空を駆けた。

 

「——嗚呼、哀れな」

 

 弓と弦が擦れ、シャクティのヴァイオリンから複雑な音階が奏でられた。

 

「『ヴィヴァーチェ』」

 

 音色は瞬く間に増幅し、震撼する。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?』

 

 どこまでも増幅する美しくも破滅的な音色が海淵軍の鼓膜を破き、脳を揺らし、潰えさせる。

 

「無意味だ、あまりにも。あの男に、命を捧げる価値などありはしないのに」

 

 ラルフを起点に一気呵成に攻め立てた者たちは、ただ一人の例外なく血の海に沈んだ。

 ——ラルフ一人を除いて。

 

「ライラック。どうして君はそちら側に立っている? 君が立つべきは、剣を捧げるべきは澱んだ水面ではないはずだ!」

 

「——んのっ、言ってる意味がわかんねえよ!」

 

 力の限り大戦斧を振り抜くが、音の結界に軽々と弾かれる。

 

 殺意も敵意もなく、ただ憐憫と同情を向けてくる〈異界侵蝕〉を前に、ラルフは得体の知れない悪寒を感じた。

 

「何が言いたいんだよ、さっきから!」

 

「ライラック、僕は君を理解している。君の炎は怒りだ!」

 

 再び青炎を発露させ挑みかかるラルフを、シャクティは戯れてくる子猫をあやすようにあしらい、優しく歩み寄る。

 

「海とは対極をなす烈火の焔。君の魔法が、その何よりの証明!」

 

 一際強い音色が響き、ラルフの体を大きく吹き飛ばした。

 

「ガッ……!?」

 

 ラルフとシャクティを包む広域音響結界。

 あらゆる他者の横槍を嫌ったシャクティによって空間を隔てる音の壁は、ラルフに加勢しようと力を振り絞る兵士たちにどこまでも無力を突きつけた。

 

「己の身を焦がすほどの炎! あの男が憎いのだろう!?」

 

 結界の中を反響する音に乗せられたシャクティの言葉が、ラルフの脳を直接揺らすように強く響く。

 

「わかるとも、ライラック。君の怒りを、僕は誰よりも理解することができる。君の憎しみ、恨みに、僕は寄り添うことができる!」

 

「ごちゃごちゃと……!」

 

 ラルフの直剣とシャクティのヴァイオリンの弓が鍔迫り合う。

 

「好き勝手言って、わかったような口利きやがって!」

 

 自分の本名を言い当てられたことに驚きはしたが、少し考えればなにもおかしな点はない。

 

 シャクティは〈楽采狂騒〉の異名を持つ〈異界侵蝕〉。

 『悠久世界』側の最高戦力の一角であり、侵攻に際して『海淵世界』に関する情報を仕入れているのは何も不思議ではない。

 

 だから唯一奇妙なのは、ラルフの生い立ちを事細かに知っているかのようなシャクティの立ち振る舞いである。

 

「赤の他人のお前が! 一体俺の何を——」

 

「君の母親、ルイーゼの死に。ノルドレイはなんら心を動かすことはなかった!」

 

「!?」

 

 ラルフの剣閃が鈍り、空を切る。

 明らかな動揺を見せたラルフに、シャクティは言葉を畳み掛けた。

 

「なぜだライラック! 母親を見捨てられ、君自身も蔑ろにされ! どうして『海淵世界』の兵士として剣を振るっている!?」

 

「クソ親父は関係ねえ! 俺は今、俺の意思で! 仲間のために戦ってんだよ!」

 

 そう叫んだラルフの剣筋は、しかし弱い。

 

「それは嘘というものだ、ライラック!」

 

 またも青炎をかき消したシャクティは、弓の先で軽々とラルフの剣を受け止めた。

 

「君の心は乱れている! 今もなお迷っている! 揺れる炎が何よりの証拠だ!」

 

 そよ風のような音色に何度もかき消される青炎に、ラルフの表情が険しく歪む。

 

「君の炎は、燃え盛る憎悪はそんなものではない! 哀れなライラックよ! 君は呪いに囚われている! 血縁という呪いに!」

 

「わかったような口を——!」

 

「わかるさ! 言っただろうライラック! 君と僕は同じだと! 僕も、同じ怒りを持っているんだよ!」

 

 激情を表現するような演奏が響き渡りラルフの全身に凄まじい衝撃が叩きつけられ、吹き飛ばされた。

 

「〜〜〜〜〜っ!?」

 

 臓腑を直接鷲掴みにされるような振動に、ごろごろと地面を転がったラルフが血反吐を撒き散らした。

 

「わかるんだよライラック。僕の名はシャクティ」

 

 怒りに体を震わせて、シャクティは自らの名を告げた。

 

「——シャクティ・ベイル・フォン・アトランティスだ。君の父、ノルドレイ・ワグマ・フォン・アトランティスの弟なんだよ」

 

「ゲホッ……カッ、ァ……!?」

 

 シャクティの独白に、ラルフはあらん限り目を見開いた。

 

「おと、うと……!?」

 

「ああそうだとも! 忌々しい、あの畜生にも劣る男と同じ血が僕にも流れているんだよ!」

 

 その事実を心の底から唾棄するように、シャクティは憎悪にくしゃりと顔を歪める。

 

「ライラック、僕が君の呪いを断ち切ろう。血縁というくだらない呪いから!」

 

「……ざ、けんな!」

 

 口端から溢れる血をぬぐいながら、剣と戦斧を杖に立ち上がった。

 その目に燃える闘志は揺れど、未だ絶えず。

 

「勝手に、俺の心を決めてんじゃねえ……!」

 

「ああ、抵抗するといいさライラック! 僕は君を連れ帰ろう! 心を折り、四肢を砕き! たとえ君が泣き叫ぼうと! 僕は、必ず君の呪いを解いてみせる!」

 

「余計なお世話だクソ野郎っ!!」

 

 外界とは隔絶された結界の中、同じ血をその身に流す者同士が互いに刃を交えた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 中央戦場は、55人の"たったひとり"によって蹂躙されていた。

 一体のフィラレンテが大剣を振りかぶり突貫、大盾で真正面から防御を選択した兵士を、後方に控える二体目のフィラレンテが放った雷撃が焼き切り、力を失い盾ごと両断される。

 

 両手に短剣を構えた複数人のフィラレンテが縦横無尽に戦場を駆け抜け、一切無駄のない完璧な連携で瞬く間に海淵軍の隊列を再生不可能なまでに切り刻んだ。

 

「冗談じゃねえ! こんなのどうしろってんだよ!?」

 

 メイスを持つフィラレンテと交戦しながら、一方的な蹂躙に血飛沫が飛び散る自陣の中でヴァジラが怒鳴り散らす。

 

「勝負にならねえ! 化け物が何十匹も! 完璧な連携で!!」

 

 ボードゲームのようだった。

 フィラレンテは55体の自分という、極めて自由度の高い駒を用いて、自由自在に連携を構築する。

 リアルタイムで、ほとんど思考のラグなどなく。

 秒単位で更新される戦場の状況をインプットし、最適な形への更新を繰り返す。

 

「テメェ、どんな脳みそしてやがる!?」

 

 人形は最早喋らない。

 

 各々の駒が独自に判断する海淵軍に対して、フィラレンテは俯瞰的に戦場を把握し、手を打ち続ける。

 

 ボードゲームと違うのは、交互の手番ではないという点だろう。

 

 海淵軍が、奮戦するヴァジラやギルバート、その他冒険者たちが情報を集約し一つの意思統一を図るまでに、フィラレンテは10や20では収まらない無数の手を打ち続けている。

 

 情報の圧倒的アドバンテージ。

 更に、全ての駒が金級上位。

 

「ふざけんな! コイツら人形なんだろ!?」

 

 一人の兵士が半狂乱に叫ぶ。

 

「燃料切れとかねえのかよ!? 魔力は!? どんだけ化け物なら、数十体を何十分と動かせんだよ!!?」

 

 

「——止まりませんよ、みんな」

 

 人形を通して拾った叫びに、フィラレンテ本人は事務的に独り言を話す。

 

「制限付きなのは私が魄導を生み出す体力だけですので」

 

 魄導によってフィラレンテ本人と接続された人形たちは、空間魔力を無尽蔵に吸収し魔法を扱う。

 

「基本、人形に限界はありません」

 

 魔法の練度はフィラレンテ本人、あるいは一体の人形のみを操作する時より精度や威力に劣化が生じるものの、それが数十と集まればデメリットにはなり得ない。

 

「流石に、一斉操作は疲れますね」

 

 指揮官兼メインサーバーとして戦場を俯瞰するフィラレンテの横顔には、さしもの〈異界侵蝕〉と言えど多少の疲労が滲んでいた。

 

 しかし、それでも“多少”。

 

 中央戦場を制圧するには十分な余力を残している。

 

 

 一騎当千の猛者が数十人、一糸乱れぬ連携で襲いくる。

 

 凡百であろうが才人であろうが、抗う術はない。

 

「まあ、負けてしまったから仕方ないですね」

 

 右を見ても左を見てもフィラレンテ。

 ヴァジラがメイスを受け止めた瞬間、真横に肉薄したフィラレンテの曲刀がヴァジラの左脇腹を深々と切り裂く。

 

「づああっ……!」

 

 脳髄を駆け抜ける灼熱の痛みに爆炎刃の操作が乱れ、受け損ねたメイスがヴァジラの胸部を砕き吹き飛ばした。

 

「ヴァジラ——!?」

 

 共に奮戦していたギルバートが重傷を負ったヴァジラに一瞬気を取られる。

 その意識の間隙を、フィラレンテは見逃さなかった。

 雷撃の通らない脹脛を風の刃で斬りつけ、自慢の機動力を封印。

 100を超える水槍がギルバートへと殺到する。

 

「雷よ……!」

 

 ギルバートはこれを広範囲への無差別放電で撃墜し、失策を悟る。

 膨大な水蒸気がギルバートの視界を奪い、直後、男の右胸を太刀が問答無用で貫いた。

 

「〜〜〜〜〜〜、ゴプッ!?」

 

 肺を穿たれ、逆流した鮮血がギルバートの口内を満たし吹きこぼれた赤が美麗な鎧を染め上げた。

 なおも人形の追撃は止まず。

 反射的に障壁を集中させたアリアンによってかろうじて命を繋いだギルバートだったが、依然窮地に変わりなく。

 

 フィラレンテは決して油断しない。自分の本気を打ち破った冒険者たちに敬意を表し、全力で挑む。

 

「彼らには、こうしないと勝てませんから」

 

 フィラレンテ達による猛攻は1秒を追う毎に加速する。

 一人、また一人と血の海に沈みゆく。

 兵士も冒険者も分け隔てなく。

 凡人も才人も等しく屍に身を落とす。

 

 〈異界侵蝕〉という厄災を前に、人はただ死を待つのみ。

 

 ——だが、抗うことを止めない者は、いる。

 

「『隷属 血盟 葬送の円環! 鋼の刃よ、我が身を喰らえ』!!」

 

 骨肉を代償に、ヴァジラが今日一番の爆炎刃を招来。

 一人のフィラレンテの魔法を切り裂き、障壁を砕いて胸部を深々と抉り飛ばした。

 

 それが八つ、朦朧とする意識の中でフィラレンテ達へと疾走する。

 

「『我が身を召しませ、雷精よ……!』」

 

 更に、ギルバートが自己を媒介に雷撃を招来。

 装具を通して全身を雷に包み、擬似的な付与(エンチャント)を再現する。

 

 一歩、超加速。

 

 雷速と見紛う初速に一体のフィラレンテの反応を引きちぎり、二体目の援護より速く、四肢を切り飛ばした。

 

「背中は俺が守るっす!」

 

 放たれた援護の大火球を身を挺して防いだトイは、焼け爛れた上半身を意に介さず、同胞の亡骸から拝借した剣を構える。

 

「……やっぱり、君たちは来ますよね」

 

 驚きはないと、フィラレンテは容赦なく20体の自分を差し向ける。

 

「来るっす!」

「上等だ化け物がぁ!」

「超えてみせる!」

 

 爆炎が弾け、雷が駆け抜け、堅実な剣が二人の雄を守る。

 空間魔力の()()()に惨敗しながらもアリアンが献身的に障壁を繰り返し更新する。

 

 ヴァジラたちの奮戦に、目に光を取り戻した者たちが続く。

 

 一体、また一体と人形が壊されてゆく。

 

「倒せる! 倒せるぞ!」

「俺たちで〈異界侵蝕〉を討てる!!」

 

 多重同時操作の際、一体一体の人形のスペックは単一操作と比べて明確に弱体化する。

 

 それでも全てが金級上位の実力を有するというふざけた軍勢が〈人形姫〉が〈異界侵蝕〉を名乗るに至った理由である。

 ——しかし、弱体化もまた事実。

 ヴァジラたちが連携でフィラレンテを一体落としたのは決して偶然ではなく実力。

 

「進めぇーー! 人形を壊し、本体を討つのだーーー!」

 

 であるのならば、フィラレンテという個人の長所を潰す連携が組めるのなら、人形の討伐は決して不可能ではない。

 

 その、はずだった。

 

 

「……なんだ!?」

 

 異変に気がついたのは、ヴァジラ。

 

「攻撃が衰えねえ……こっちが削ってんのに!」

 

 一向に衰える気配を見せないフィラレンテ達の苛烈な連携に、徐々に暗雲がたちこめる。

 異変には、ギルバートやトイも同様に気づく。

 

「おかしい、数が……」

 

「数が減ってないっすよ!?」

 

 フィラレンテの数が減らない。

 その事実に、戦場に亀裂が走る。

 

「な、なんで!?」

「倒してるのに……残骸は、そこにあるのに!!」

 

 戦果が反映されない事実に、ほんの僅か、足並みが鈍る。

 

「——そりゃあそうですよ」

 

 好機と見たフィラレンテは、本人的には至極当然の、しかし『海淵世界』側にとっては絶望的な事実を告げる。

 

「言ったはずですよ。『()()()()()()()()()5()5()()』って」

 

 無感動に、心を折るように。

 

 戦闘中の全てのフィラレンテが動きを止め。

 本人の背後から、新品同然の人形が新たに100体以上同時に姿を現した。

 

「ワタシの最大値が55体だなんて、一言も言ってないですよ。ちなみに、55は戦闘時の最大値です。動かすだけなら、200とかいけます」

 

 

 ——カラン、と。

 誰かが武器を取り落とし、どさりと膝をつく音が響いた。

 

「…………無理だ。勝てっこない」

 

 必死の抵抗すら無意味だったと知らされ、兵士の心は、完全に折れてしまっていた。

 

「……ざけんな。まだ死んでねえだろうが!!」

 

 そう叫ぶヴァジラも、眼前を覆う、色濃く迫る敗北の未来に膝を折らないので精一杯だった。

 

「中央を奪われたら、全部の作戦が潰れる! 俺たちが負けたらダメなんだぞ!?」

 

 震えていた。

 味方を鼓舞するヴァジラの全身は、迫る敗北と死の気配に怯えていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……イナ、頼む」

 

 これ以上の後退は戦争の敗北が決まりかねないと判断したリントルーデは、早々に切り札を一枚、切る判断をした。

 

「…………」

 

 しかし、イナは動かず。

 

「イナ、何をして——」

 

「リンちゃん静かに」

 

 普段『喧しい小豆』と称される彼女とは思えないほど静かで、落ち着いた声だった。

 

「大丈夫だよ、中央は」

 

「その根拠は——」

 

「好き勝手やれちゃう子が、とびきっきりのヤバいやつを見せてくれるから」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 そんなイナの言葉に応えるように。

 海淵軍の後方から幾条もの雷撃が空を走った。

 

 フィラレンテは余裕を持ってこれを受け切るが、その表情には、ちっとも余裕などなかった。

 その理由は、今、訪れる。

 

「皆さん、後退を」

 

 海淵軍の後方、凛とした、説得力のある声が響く。

 

「ちんちくりん、お前——」

 

 ヴァジラが振り向いた先にいたのは、杖を構えたストラ。

 

「ワタシの名前はストラですバカ吸血鬼。下がってください」

 

 ストラは杖を真横に、ヴァジラたちに後退するように伝える。

 フィラレンテとストラ。

 彼我の距離は未だ100M以上。しかし、フィラレンテは呼吸が浅くなる……脅威を目の前にした時の感覚を味わっていた。

 

「遅れて申し訳ありません。覚悟と準備に手間取っていました」

 

 その声には、不思議な安心感があった。

 眦を決したストラの力強い声に、一人、また一人と後退し。

 〈人形姫〉とストラの間に、隔てる者はいなくなった。

 

「ちんちくりん、何をする気だ」

 

「——3分」

 

 ストラは、杖を持たない左手で三本指を立てた。

 

「今から三分間、わたしは私の全てを賭けてフィラレンテさんを止めます」

 

『——!?』

 

 三分間という短い縛り。

 しかし、その間に限り。ストラは〈異界侵蝕〉に並ぶと豪語した。

 

「なのでヴァジラさん。3分で、何がなんでも戦線を再構築してください」

 

 ストラはヴァジラの返事を待たず、歩き出す。

 

 その背中は、見る者が見れば。

 かつて『湖畔世界』フォーラルにて悪魔へと立ち向かった二人の冒険者を想起させたことだろう。

 

「わたしにとって一番怖いのは、死ぬことじゃない。貶され、排他されることでもない」

 

 ぎゅっと強く杖を握り、刹那。

 

 ストラは、中央戦場一帯の空間魔力を掌握した。

 

「——っ!?」

 

 フィラレンテの双眸が驚愕に見開かれた。

 

「わたしが真に怖いのは、わたしを受け入れてくれたエト様やイノリ、ラルフ。そのみんなを喪うこと! みんなと共に肩を並べて戦えないこと!」

 

 高まる鼓動、心の熱のままに、ストラは自らの覚悟を叫んだ。

 

「みんなのためなら、わたしは! 汚名だろうと忌名だろうと、なんだって背負ってみせます!」

 

 杖を高らかに掲げ、宣誓する。

 

「〈異界侵蝕〉。わたしは今から三分間——全力で貴女を超えてみせます!」

 

 空間魔力の全てがストラの意志の下に統制される。

 

 出来損ないの天才。

 かつて、エステラをして『才能の底が見えない』と称された少女は、自分の全てを注ぎ込み、魔法の限界へと挑戦する。

 

 ——これは、世界に対する宣戦布告である。

 

 

 

「『——概念模倣・繁殖』!!」

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