【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

184 / 277
改めましてご報告を。
タイトルと活動報告にあります通り、この度、オラトリオの書籍化が決定しました。
レーベルの詳細は追ってご報告いたします。

読み支えてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。
今後も弛まず駆け抜けていく所存ですので、何卒よろしくお願いいたします。


悠久vs海淵⑥ 〈人形姫〉vs 繁殖

「『概念模倣————繁殖』!!」

 

 杖の先端に取り付けられた水晶が煌々と輝き、ストラを中心に魔力が渦巻いた。

 本来無色透明であるはずの空間魔力がストラの手によって圧縮と屈折を繰り返し、結果、澱んだ灰色の影が少女の後方に生み出されてゆく。

 

「あ、あれは……!」

 

 背後に生み出されゆく影。

 その忌むべき形に、一人の兵士が愕然と声を上げた。

 波紋が広がる。

 

 数多の魔法陣が複雑怪奇に組み上がり、相互に作用に、一つの形を生み出してゆく。

 

 それは鱗のような外皮を持っていた。

 それは触れる者を八つ裂きにする爪を持っていた。

 それは近づく者を薙ぎ払う尻尾を持っていた。

 それは見る者を震え上がらせる眼と牙を持っていた。

 

「竜だ……」

「竜を生み出したぞ!?」

「あの子は、なんてものを……!」

 

 畏怖、憤怒、憎悪……或いは歪んだ信心。

 

 無数の推し量れない感情を乗せた視線に晒されながらも、ストラは僅かにも動じず。

 少女の背後に、立体魔法陣によって形作られた“繁殖の母体”が産声を上げた。

 

「ちょっ……!?」

 

 さしもの〈異界侵蝕〉であっても、ストラの蛮行は予想をぶっちぎる、冗談抜きでふざけたものだった。

 

「竜の模倣なんて、正気の沙汰じゃないですよ……!」

 

 形だけならば似せることはできよう。

 そもそもやろうなんて誰も思わない、なんて前提はこの際置いておくとして。

 

 見た目だけを再現するなら、ある程度器用な魔法使いであれば可能だろう。だが、目の前の竜は明らかに違う。

 竜の全身を埋め尽くす、寒気がするほど膨大な魔法陣が、それがただの案山子ではないことを如実に表していた。

 

「あれの力は……!」

 

 対峙する今この瞬間にも、フィラレンテの脳内は凄まじい速度で目の前の“竜”を分析していた。

 

 魔法陣の性質。空間魔力の制御権の奪還。“繁殖”という言葉の意味。そも、“概念模倣”とは何か。

 

 考慮すべき事柄はあまりにも多く。

 

「『隆盛せよ——』」

 

「!? 来ますか!」

 

 そして、三分という短いタイムリミットがある中で、ストラが悠長に構えているなどあり得なかった。

 

「『喰らいつくせ』!!」

 

 繁殖の竜が咆哮し、間髪入れず、空間魔力を食い漁った魔法陣の竜を中心に。

 数えるのが馬鹿らしくなるほどの出鱈目な魔法の雨が展開された。

 

「〜〜んなっ、無茶苦茶ですね!?」

 

 フィラレンテは即座に一切の思考を中断。

 55体の人形とリンクし、制御権を奪われる前に辛うじて貯蔵されていた魔力を使い障壁を展開——極彩色の雨を凌ぎ切った。

 

「『——繁殖せよ』」

 

 ……かに、思われた。

 

 ストラが杖を軽やかに振ると、フィラレンテの目の前で無数の魔法が姿を変えた。

 無数の弾丸のような魔法の雨霰は、全て卵。

 

 フィラレンテの魔法障壁に供給される魔力を喰らい、数多の繁殖の幼竜が産声を上げた。

 

「ワタシの魔法を、喰った……!!?」

 

 驚嘆に動きを止めたフィラレンテの目の前で、繁殖の幼竜はバリバリと音を立てて魔法障壁を捕食。

 魔力を補給し、その場で自らを新たな魔法陣へと変換した。

 

「一体どんな原理で——っ!?」

 

 思考の暇は与えないと、第二射が降り注ぐ。

 

 フィラレンテは先ほどよりもより強力な障壁を生み出し魔法を防ぐ。

 今回は結界にアレンジを加え、変数を追加。耐えず結界を構築する魔法陣の公式を変化させ、ストラのハッキングへと対策を打った。

 

「『——繁殖せよ』」

 

 しかし、無意味。

 

 魔法は再び繁殖の幼竜へと形を変えて、バリバリと情け容赦なく魔法障壁を喰らい尽くした。

 

「ワタシの制御力を上回って……!? 違う、この感覚は!?」

 

 障壁を栄養に新たな魔法陣へと姿を変えた幼竜たちに、フィラレンテは戦慄から背筋が凍る感覚を覚えた。

 

「魔法じゃない! 魔力を喰っているんですか!?」

 

 

 

 ——以前から、ストラは一つの実験を繰り返していた。

 属性流転(カラースイッチ)の対象をより拡張することはできないかと。

 

 五行の相生と相剋に対象を絞り、魔力消費と魔法陣を簡略・高速化するのが属性流転(カラースイッチ)という技術の目的。

 

 拡張の素案自体はかなり以前からストラの脳内にあったが、具体的な理論の作成には至らなかった。

 

 なぜなら対象の拡張は、完成された属性流転(カラースイッチ)という技術に新しい要素を付け加えるだけでは上手くいかない。

 技術基盤そのものに手を加え、破綻なく昇華させねばならない。

 その調整にストラは長らく苦心してきた。

 

 そんな時、彼女は繁殖の概念に出会った。

 恵みを喰らい、命ある限り増殖を続ける生命繁栄の一つの窮極。

 

 気づきは、唐突に。

 

 ——『魔力に。魔力のみに焦点を当てれば』

 

 それは、これまでとは真逆の発想。

 技術基盤の破綻を避けるのではなく、そもそも、対象とするものに変更を加える発想の転換。

 

 属性流転(カラースイッチ)は火、水、土、木、金の五つの属性、そのいずれかを現実に必要する。逆に言えばそのいずれかが存在する時点で成立する技術である。

 

 ストラは、その対象を“魔力”ひとつに絞った。

 

 

「『隆盛せよ』!」

 

 ストラの号令一喝、無防備を晒した人形たちへと魔法の第四射が容赦なく突き刺さった。

 

「〈異界侵蝕〉舐めてもらっちゃ困りますよ……!」

 

 しかし、フィラレンテは〈人形姫〉の名を冠する〈異界侵蝕〉。穿孔度(スケール)7の単独踏破という偉業を成した人物であり、理不尽や不条理が当たり前の世界に生きてきた。

 

 魔力を食い漁る竜に面喰らいはしたが、フィラレンテの対応は早かった。

 

 フィラレンテは魄導の出力を増加。

 各人形と同線を確保し、ストラから一部奪還した制御権を最大限活用し自己を介して人形たちへ魔力を供給する。

 

「周辺10Mくらいしか取り戻せないんですけども!?」

 

 こと空間魔力へのアプローチに関して言えば、ストラは既にフィラレンテを凌駕していた。

 

「仕方ないですね! 足りない分はワタシの魔力で補うってことで!」

 

 だが、それだけ。

 

 発想力には手放しで賞賛すべきものがあるが、それ以外は依然フィラレンテがストラを上回る。

 

 降り注ぐ極彩色の弾幕に対して、〈人形姫〉は魔力障壁ではなく属性流転(カラースイッチ)により鋼鉄の弾丸を大地から生成。

 ストラの弾幕の全てを撃ち落とした。

 

「さっさと本体を叩きましょうか!」

 

 長期戦は不利と踏んだフィラレンテは、ある意味ストラの思惑通り、短期決戦へと舵を切る。

 弾幕を防がれ無防備を晒したストラに空間魔力を喰らう竜対策に本人の魔力で満たされたフィラレンテたちが殺到する。

 

 対するストラは、頬を紅潮させて笑った。

 

「『流転せよ』!」

 

 ストラの杖の先端が大地を叩き、散逸した魔法の残滓たちが大地に無数の魔法陣を生成——夥しい数の剣山が大地を突き破り、人形たちを串刺しにした。

 

「何故——!?」

 

 フィラレンテの魔法防御が、ただの魔法に貫かれた。

 障壁を食い潰した謎の竜とは違い、今、発現したのは属性流転(カラースイッチ)の“相生”に分類される魔法である。

 ただの魔法の力比べであればフィラレンテがストラに負ける道理はない。

 

「練度は、ワタシの方が上のはず!」

 

 辻褄が合わない事象に混乱するフィラレンテを置き去りに、剣山を通じてストラが人形へ干渉——内部の魔力制御権を強制的に簒奪した。

 

「〜〜〜〜〜っ!!?」

 

 人形との接続を強制的に弾かれたフィラレンテのストラに向ける眼差しが怪物を見るそれに変わる。

 

「ワタシの魔力を奪った!? 冗談でしょう!!?」

 

 本来、他者の魔力を喰らうなどという無法は成立しない。

 個人に内在する魔力は魂を源泉に湧き出でるものであり、魂同士の接触はたとえ“観魂眼”があろうと多大な危険を孕むからだ。

 

「一体、なにをどうやって——!?」

 

 〈異界侵蝕〉であろうとできるはずのない芸当に、冷静さを欠いたフィラレンテが喚き散らす。

 

「……わたしは」

 

 そんな格上に、ストラは堪えきれない狂気的な笑みを湛えた。

 

「わたしは、魔力を生み出せない出来損ないですから。空間魔力に頼るしかなかったんです」

 

 魔力同士の接触、あまつさえ簒奪など、真っ当な人間ができるものではない。

 

 だが、魔力を持たないストラだけは例外である。

 自らの肉体を余さず空間魔力の受け皿にすることができる彼女は、掌握した空間魔力を媒介にあらゆる魔力に干渉する。

 

「ですが、それだけでは足りないので。相手の魔力を奪うことにしてみました」

 

 各々の色を持つ魔力に対して、空間魔力を際限なしにぶつけることでクラッキングし無理やり波長を調節。そうして自らの支配下に置く。

 

 その有様は、あらゆる恵みを苗床にしたあの繁殖の竜に酷似している。

 

 竜を背にするストラに、フィラレンテが問う。

 

「忌み嫌われますよ。怖くないんですか?」

 

 舌戦なんて経験がないフィラレンテ精一杯の揺さぶり。

 ストラは、一切動じなかった。

 

「体裁とか、気にするだけ無駄だと気づきましたので。わたしは、ワタシの欲しいもののために、なんでもするって決めたんです!!

 

 自らの魔力制御の全てを三分間に注ぎ込み、魔力(めぐみ)の全てを自らの武器へと転化する。

 

「それがたとえ、恐怖の象徴の力だったとしても! わたしは喰らって! わたしの力にします!!」

 

 それが『概念模倣・繁殖』。

 ストラがエトラヴァルトたちと共にあり続けるために選んだ一つの答えである。

 

 

「『——流転せよ! 繁殖せよ!』」

 

 異界金属によって作られた人形は、それそのものが良質な魔力媒体となる。

 今のストラにとって、フィラレンテの人形は正しく格好の“餌”。

 

 奪った魔力を喰らい、人形の全身に魔法陣を生成。“相生——“金生水”により大瀑布を顕現、更に木を生じ、海底に大樹海を創造した。

 

『なあああ……っ!!』

 

 大魔法を軽々と扱うストラに味方すら声を失った。

 

「……今のうちだ! 陣形を整えろ!!」

 

 そんな中、いち早く正気を取り戻したヴァジラが怒鳴るように味方へ指示を飛ばした。

 

「ちんちくりんは“三分”と言った! つまりそれ以上は持たねえ! それより早く終わるかもしれねえ!! だから今のうちに、陣形を再構築する!!」

 

 ストラは有言実行——見事〈異界侵蝕〉を足止めし、あまつさえ押している。

 後輩の奮起に応えられずして、金級を名乗る資格はないとヴァジラは重い足を引きずり、激痛に痙攣する胸を殴りつける勢いで声を張り上げた。

 

「——早くしろ! ちんちくりんの! ストラの奮戦に応えやがれ!! お前ら、『海淵世界』の兵士なんだろ!!?」

 

『………………っ!!』

 

 ヴァジラの発破に、一人、また一人と武器を手に陣形に参列してゆく。

 

「頑張れー!」

「嬢ちゃん、負けんなよー!」

「後ろはおれたちに任せろぉおおおおお!」

 

 一人の冒険者の奮戦が光を、希望をもたらす。

 それは、かつて『湖畔世界』で二人の新人が成し遂げたことと相違なく、むしろより困難な偉業である。

 

 

 

「……三分間耐える? どの口が言っていたんですか」

 

 局所的な天変地異。

 フィラレンテの眼前の光景は、正しく〈異界侵蝕〉に相当する者にしか生み出せないものであると。

 

「三分耐えなきゃいけないのは、ワタシの方じゃないですか……!」

 

 今この瞬間、試されているのは自分の方であると。

 残り108秒、全身全霊を賭けて目の前の化け物を止めなくてはならないと。

 

 大炎上し、人形を一体残らず焼き尽くし。更に異界金属の残滓から新たな魔法陣を創造した黒煙の向こうに立つストラに、フィラレンテは畏怖の感情を向けた。

 

 海淵軍は本来の輝きを取り戻しつつある。これ以上は、今度はこちらが致命傷になりかねないと。

 今ここで、残り104秒。自分がストラを止めなくては。

 『悠久世界』は致命的な損壊を被ると、フィラレンテは確信した。

 

「わたしのデビュー戦は、生憎人形相手だったのもので。多少の心得があります」

 

 血管、神経、筋繊維、骨……ありとあらゆる細胞を一つ残らず空間魔力の制御に費やすストラは玉のような汗と血涙、鼻血を溢しながらも、なお凄絶に笑った。

 

「残り二分弱——全身全霊で貴女を叩き潰します!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。