【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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抗う者たち

 大氾濫(スタンピード)による世界の侵蝕には、大きく分けて四つの段階がある。

 

 第一段階。

 異界から魔物が溢れ出し、制圧を開始する。この際、異界は魔物の侵攻に合わせて徐々に世界の侵蝕を開始する。

 

 第二段階。

 侵蝕された世界の秩序が乱れ、異界の常識、或いは摂理・法則が世界を縛り始める。

 

 第三段階。

 異界主が地上に進出する。異界の心臓と言って差し支えない異界主の侵攻は、即ち世界秩序の半分以上が乗っ取られたことを意味する。

 

 第四段階。

 侵蝕完了。世界は異界によって制圧され、あらゆる痕跡が飲み込まれる。

 

 本来、大氾濫(スタンピード)とは上述のような変遷を辿る。

 だが、何事にも忌まわしいことに「例外」というものが存在する。

 

 『湖畔世界』フォーラルの大氾濫(スタンピード)の進行度は、「ギリギリ第一段階」を推移していた。

 だが、その均衡を打ち崩すように、徘徊型異界主・グレーターデーモンが出現した。

 

 第一段階時点での異界主の出現。この時、異界は帳尻を合わせるように()()する。

 ——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 俺とイノリ、ラルフは。

 降り注ぐ焼き払われた魔物たちの死骸に邪魔をされながら、凍てついた湖面の上で悪魔を見た。

 

「——ダメだろ、ありゃ」

 

 自信家かつ、確かな実力と知識を持つラルフが、あっさりと自分の敗北を認めた。

 

「無理だ」

 

 ——格が違いすぎる。

 心が折れた、とは違う。

 最初から戦いにならないことを本能が理解したが故の降伏宣言だった。

 ラルフは、今ここにいない冒険者たちの名を呼ぶ。

 

「アレに勝てる奴なんて、グルートさんとか、ギルバートさんくらいだ。俺たちが束になっても、勝てねえよ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 鐘が鳴り響く。

 魔殿の建造が始まる。

 

 危険度6、グレーターデーモンの悍ましい、骨の髄まで凍りつくような叫びに配下のレッサーデーモンが集い、より集まり、その身を嘆きの柱へと変えていく。

 

 降り積もる魔物の血肉、骨片。

 倒れ伏した人類の死体は脈打つ大地にこねくり回され、いつしか吐き気を催す色をしたグロテスクな大理石へと変質した。

 

 命を粘土細工に、地上に、異界の象徴たる神殿に似た寒気がする別の何かが建造された。

 

『ア、あ——』

 

 冒涜的で美しい、吐き気を催す魔殿を背に、グレーターデーモンが歓喜する。

 

『……さ、イタ、ン。かミ。ま、た——ちじょ、ウ、に』

 

 フォーラルにおいて、世界と異界は鏡合わせの関係である。

 『偽証の魔神殿』の最奥は、偽神を祀る神殿にして祭壇。

 グレーターデーモンは、世界における最深部……即ちこの島に。ちょうど線対象になる位置にも神殿を建造した。

 

 ——それが、引き金となる。

 

 誰しもが恐怖に膝を折る中、神殿から濁流の如く闇と汚泥と瘴気が溢れ出した。

 

「今度はなんなんだよ!?」

「知らねえよ! 逃げろ! 飲み込まれる!」

「逃げるって何処にだよ! 外には魔物! 中にはあの化け物! 逃げ場なんて何処にもねえよ!!」

 

 グレーターデーモンは、歓喜するように四腕を天に掲げる。

 

『ア、あ……。コヨイ、簒奪者、を。滅、セン!」

 

 半狂乱に陥る人類を、容赦なく汚泥が飲み込んだ。

 

『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

 闇が空を多い、汚泥が大地を飲み込み、瘴気が大気を汚染する。その場にいた者たちはただ一人の例外なく濁流に押し流される——

 

『あああああ………あ?』

 

 ことはなく。その場にいた人類には、何一つ影響がなかった。

 

「た、助かった……?」

「なんで——」

 

 然もありなん。これらは世界を喰らうもの。

 異界は理解している。わざわざ人類1匹1匹を殺して回らずとも、大元の世界さえ喰らってしまえば全て片付くと。

 

「なんでもいい! チャンスだ! この泥は俺たちには効かねえ! 世界が喰われる前にあの化け物を殺すんだ!!」

 

 その時、一人の勇敢な狐人の冒険者が叫んだ。だが、続く者がいない。

 効く、効かないの問題ではなく。無慈悲な光と、世界を飲み込む泥。今まで自分たちが戦ってきた敵とあまりにもスケールが違いすぎて、心が砕けてしまっていた。

 

 その事実に声を張り上げた彼は、耳を垂らし泣きそうな表情を見せた。

 

「……クソッたれがあああああああああああああああ!!」

 

 が、次の瞬間。眦を決した男は近くに落ちていた機関銃を手に取り悪魔たちに目掛けて乱射を始めた。

 

 肉片と瘴気を散らし崩れ落ちるレッサーデーモンを前に、狐人の男は引き攣った不恰好な笑いを上げる。

 

「はっ……ハハッ、ハハハハハッ! なんだよほら! 悪魔にも効くじゃねえか!! 撃て! どんどん撃っちまえよ!!」

 

「あ、アイツに続け!」

 

「大砲でもなんでもいい! とにかく撃ちまくれ!」

 

「グルートさんたちが戻ってくるまで耐えるんだ!!」

 

 一人の蛮勇に感化された冒険者たちが一人、また一人と武器を手に取った。

 砲撃が再開される。

 

 鋼鉄の鉛玉、火薬、極彩色の魔法、魔力の残滓が再び戦場を席巻する。

 

「もうどうにでもなれ! ここで死ぬならめちゃくちゃやってやるよ!!」

「喰らえクソ野郎ども!」

「魔法使いたちには近寄らせねえぇええええええ!!」

 

 奇しくも、砲撃の雨によってグレーターデーモンの姿は煙に紛れて見えなくなった。それにより、僅かに人類の抱いていた恐怖が低減された。

 

 魔法を使えない者、兵器を持たない者たちが凍結した湖から未だ侵攻を続ける他の魔物を退ける。

 

 その中には、ラルフの姿もあった。

 

「一体どんだけ出てくるんだよ!?」

 

 燃えるような赤髪を振り乱し、玉のような汗を流し、ラルフは恐怖の根源から背を向け戦っていた。

 

 大戦斧は過去に経験したことがない継戦によりひび割れ、刃は魔物の血糊によって切れ味が大きく落ちていた。

 魔法で刃に炎を這わせなければ危険度4の魔物は倒せず、しかし、体力と魔力は着々と削られていく。

 

「グルートさんたちは戻ってこねえし、エトとイノリちゃんは……クソ、あの二人正気かよ!?」

 

 ラルフは、自分が振り向くことができない背中側へなんの躊躇いもなく走って行った二人の言葉を思い出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 グレーターデーモンが出現し、神殿が建造された直後。

 エトとイノリは、即座に神殿へ向かうことを決めた。

 

「エトくん、行こう」

 

「おう」

 

 まるで散歩にでも行くような自然さで。それが当たり前であるかのように、二人は異界主へと向かって歩き出す。

 

「待て、待てって! お前ら本気かよ!?」

 

 ラルフはそんな二人の肩を掴んで必死に引き留めた。

 顔を上げることは、目の前から感じる寒気のするプレッシャーに震えてできなかった。

 

「アレはヤベェって! 見ただろ!? 地平線を薙ぎ払った! あんなの危険度4や5のやつにはできねえ! 6とか、もっとそれ以上の化け物だ! いくらお前らが強くても、そりゃ『新星(ルーキー)の割に』だ! 俺たちにどうこうできる相手じゃねえよ!!」

 

 ラルフの必死の訴えを聞いた二人の決意は、やはり、変わらなかった。

 

 イノリは、昔。兄がよく撫でてくれた自分の頭に触れ、髪に手櫛を入れた。

 

「兄ぃなら、こうすると思うから」

 

 エトは、もう迷いはないと、託された剣に触れる。

 

「俺が止まれば、リステルはそこで終わるから」

 

「なら……!」

 

 ラルフは、エトを無理やり振り向かせて両肩を掴んで揺さぶった。

 

「尚更、お前が死んだら元も子もないじゃんかよ!!」

 

「——それでも、誰かに頼ってたら、俺は進めない。その先に、未来はない」

 

 ラルフの手を振り払って、二人は絶死の最前線に踏み込んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ——煩わしい。

 

 グレーターデーモンは苛立っていた。

 自らを傷つけるには足らない飛び道具。

 弾丸も、砲弾も、この体にはかすり傷一つつける力すら有さない。

 しかし、羽虫であろうと耳元で騒げば苛立ちを募らせる。

 

 ——恐怖が足りない。

 

 ゆえに、自ら手を下す。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 『——オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/!!!』

 

 グレーターデーモンが喉を震わせ、悍ましい雄叫びが『湖畔世界』を震撼させた。

 悪魔の常軌を逸した叫びは物理的衝撃を伴い、兵器を手に悪魔の軍勢へと弾幕を貼り続けていた者たちを一人残らず吹き飛ばした。

 

『ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?』

 

 塵のように吹き飛ばされる冒険者たち。

 悪魔の絶叫の巫山戯た振動で兵器という兵器、武器という武器がひしゃげ、砕け、汚泥に汚染されきった地面に転がった。

 

「かっ……は」

「出鱈目、な……」

「この、ばけもの、め……!」

 

 咆哮ひとつで骨が砕け、内臓が破け、筋肉が千切れ、脳は立っていられないほど深刻なダメージを受けた。

 

 文字通り、格が違った。

 ここに集った者たちの攻撃はグレーターデーモンにとっては虫のさざめきであり、対照的に悪魔のただの一挙手一投足は、全てが致命傷足り得た。

 

 危険度6とは、そういう理不尽の存在である。

 ただの斧の一振りで鉄を噛みちぎるような膂力や、短文詠唱で臓物はおろか骨すら灰に還す魔法の火力、自らを血の霧に変える変幻自在の存在……そういった同じ“理不尽”でしか対抗ができない。

 

『——夜を、モタラ、せ』

 

 グレーターデーモンが右手を掲げた次の瞬間、再び世界が一段と暗くなった。

 奪われた光は悪魔の手の中で燦然と輝き、理不尽の権化である光を解放せんと、真っ直ぐ、倒れ伏す人々に向ける。

 

『か、エソ、う』

 

 光速の破壊が解き放たれる。

 抵抗するための余力を奪われた者たちに、言い表すならゼロコンマ秒ですら足りない光が襲いかかった。

 

 ——そこに、黒髪の少女が割り込んだ。

 愚昧極まる行動主の名は、イノリ。その手には、銀一級冒険者の紅蓮から受け取った一対の透黒の剣。

 その、漆黒の刀身の短刀を破壊の光に向けて突き込んだ。

 

「吸い込め、『極夜』!!」

 

 イノリが呼んだのは、短刀の名前。

 

 刹那、黒きを増した『極夜』が迫る光の一切を飲み込んだ。

 

『——————!?』

 

 味方に、そして悪魔に衝撃が走る。

 

「光を、吸い取った!?」

「あの剣……魔剣か!」

 

 飲み込まれた光は、対となる透白の刀身に世界を眩く切り裂かんばかりに収束していた。

 

 暴発しそうな光を必死に抑制するように、イノリは極夜を腰に差し、両手で短刀を握りグレーターデーモンへと切先を向けた。

 

「吐き出せ、『白夜』!!」

 

 持ち主の声を受け、透白の刀身は受け取った全ての光を解放した。

 

『roro!?』

 

 唸り声を上げたグレーターデーモンが今日初めて回避行動を取った。

 

 イノリが投げ返した理不尽な一撃は射線上のレッサーデーモンを全て焼き払い、ギリギリ回避したグレーターデーモンの異形の左角を消し飛ばした。

 

『さん、ダツシャ……!』

 

 声に明確な怒りを滲ませ、グレーターデーモンが山羊のような瞳でイノリを睨みつけた。

 その悪魔の側方で、白銀の闘気が膨れ上がった。

 

「20%だ……『語れ』!!」

 

 銀髪を自らの疾走で振り乱し、エトラヴァルトは灰色の眼でグレーターデーモンの全身を捉え、上方からエストックを叩きつけるように振り下ろした。

 

「オオッ!」

 

『忌マワ、しい……!』

 

 悪魔はエストックを左手の甲で弾き、もう一つの腕を横に薙ぎ払いエトを吹き飛ばした。

 

「ぐぬおっ……あぶねえ!」

 

 空中で体勢を整えたエトは着地し、イノリの横に並んだ。

 

「そんなのいつのまに使えるようになったんだ!?」

 

「ついさっき! なんか剣に『使えー!』って呼ばれてる気がして!」

 

「ギャンブルがすぎる!!」

 

 無駄口を叩きながら、白銀と黒が宵闇の世界に抗う誓いを立てる。

 倒れ伏した冒険者たちを庇うように、二人の男女が足並みを揃えて悪魔と相対した。

 

「お前を倒さなきゃ、多分うちの世界も危ういからな……」

 

「兄ぃの妹として、お前は見過ごせない!」

 

 期待の新星(ルーキー)は、揃って剣の鋒をグレーターデーモン……危険度6の異界主に突きつけ——

 

「「()たちが、お前をぶっ倒す!!」」

 

 討伐を高らかに宣言した。

 

『忌マ、わしイ……命の、ヒカり! 簒奪者、ふぜイガ……!!』

 

 左角を失ったグレーターデーモンは、怒りに山羊の瞳を歪め、臓腑が震える絶叫を解き放った。

 

『この手、デ。潰シてやロウ!』

 

「やってみろよ!!」

 

『オ/オ/オ/!!』

 

 先行した白銀の闘気を纏うエトラヴァルトの全力の刺突と、グレーターデーモンの右腕の正拳突きが大気を震わせる衝突を演じた。

 

 

 世界の命運は、今。

 たった二人の新星(ルーキー)に託された。

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