【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)   作:銀髪卿

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前哨戦

 激戦と波乱が繰り広げられる海底の遥か上空。

 雲に近き空で、〈代行者〉ノルンと〈破城槌〉タルラーの戦いは決着を迎えていた。

 

「正直悔しいよ。僕に圧倒的有利なこの場で、ここまで粘られたんだから」

 

 全身の鎧は粉々に。

 更に“自己治癒”という誰しもに備わった機能をタルラーに“破壊”されたノルンは悔しげに舌打ちした。

 

「お陰で、僕の出番はここまでだ」

 

 魄導に至った者であれば造作もない傷も、自己治癒という機能自体を破壊された今、ノルンから流れ出る血潮はそのまま彼の命のリミットに直結する。

 

「けれどまあ……最低限の仕事は果たしたかな」

 

「……カッ、ハハッ……!」

 

 ノルンの目の前で、無数の水槍と水矢に貫かれ、瀕死の重傷を負ったタルラーが乾いた笑い声を上げた。

 

「……やっぱ、同族でも。……カハッ、本領は、ヤベェな……」

 

「……正直、十回は殺したつもりなんだけど?」

 

「俺ァ……ヒトとして()()()()からなァ……」

 

 自らの頭にネジを巻く仕草と共にタルラーが自嘲する。

 

「戦わねえと、命を実感できねえ……だから、俺ァ今、一番“生きてる”んだよなァ」

 

 しぶとさの根源というには少々感情的で精神論が過ぎる言い分だったが、ノルンは『そういうこともあるか』と面倒くさそうに渋々納得した。

 

「君のそのしぶとさのせいで僕は君を殺しきれなかった。怪我のせいで、戦場の維持で手一杯」

 

 総力で劣る『海淵世界』として、ノルンはなんとしてでも敵の主力を落とさなくてはならなかった。

 実際、ノルンは役目を果たし〈破城槌〉を戦闘不能に追いやった。だが、その代償にノルン自身も深傷を負った。

 痛み分けは、実質的な敗北と同義と捉えるノルンの表情は冴えなかった。

 

「けど……」

 

 ノルンの視線が下の戦場に向く。

 

「援軍が上手く働いたね。()()、貰うよ」

 

「……ハハッ。そうか……」

 

 血反吐を溢し、タルラーが苦しげに笑みを浮かべ、そして一言つぶやいた。

 

「敵ながら……同情するぜ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 スミレとスズランの参戦。

 及び、予備隊の前進。

 イノリが単独で矛を交えていた時とは比較にならないほど迎撃の条件が整っても、ギルベルト・エッケザックスは落ちなかった。

 

「いくら数を増やそうが、石じゃ俺は傷つかねえ!」

 

 スミレの紫紺の拳、スズランの白い斬撃。

 戦艦一つを容易に沈める爆撃。

 一瞬に永劫を与える時の腐食。

 

 あらゆる攻撃を持ってしても、ギルベルトの無瑕に揺らぎはなかった。

 そんなギルベルトが、ふと視線を左に——燃え盛る青き焔へと意識を向けた。

 

「シャクティの野郎……負けたのか」

 

 離れたこの場所にまで届く桁外れの熱波。

 イノリは、そこに乗った仲間の気配を感じ取った。

 

「ラルフくん……」

 

 イノリの隣で肩で息をするスズラン、スミレも同様に気配に勘づく。

 

「なんか知らねえうちに弟子がクッソ強くなってるんだが……これがカルラの気持ちか」

 

「ねえ、これアタシたち抜かれてない?」

 

 ギルベルトから手を出してくる気配がないことをいいことに、二人は後方保護者面で『おっきくなったなぁ』なんて呑気なことをのたまった。

 

 ギルベルトは、一人。

 

「……そうかよ。俺たちの役目は、足止めか」

 

 つまらなさそうに呟いた。

 

「シャクティの野郎……戦場一つ落とせねえで負けやがって。まあ、俺も他人のこと言えた口じゃねえか」

 

 途端に戦意を霧散させたギルベルトに、イノリが疑念の目を向ける。

 

「……どういうつもり?」

 

 戦う気がないと全身で表現するギルベルトは、イノリの疑問に肩をすくめる。

 

「どうもしねえつもりなんだよ。俺の役割は終わった。お前の目の回収も……まあ無理だ」

 

 奇妙な言い分だった。

 つい先ほどまで、殺意はなくともイノリの左眼の回収には貪欲であり、なおかつ援軍に来たスミレとスズランの実力に大いに期待していたにも関わらず。

 ギルベルトは、まるでおもちゃを全て取り上げられた子供のようだった。

 

「残すはまあ……アレだ。巻き込まれねえようにお守りをするくらいだ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 海の波紋を持つ炎の拡散は、戦場の反対——左翼にまで届いた。

 一進一退の攻防を繰り返していたエトラヴァルトと五人の金一級冒険者は、互いに手を止め、燃え上がる炎の行く末に目を奪われ。

 

「ラルフ……お前の炎か」

 

 余熱が温めた風が頬に触れ、エトは無自覚に笑っていた。

 

 沈黙は一瞬。

 エトを含めた六人はすぐさま戦いに身を投じる。

 右翼の炎が何を意味しているのか——少なくとも悠久に利するものではないことだけは確か。

 しかし、わかるのはそれだけ。

 故に、彼らが武器を下ろす理由はどこにもなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 右翼で何かが起こった——どころか、シャクティの気配が瞬く間に弱まっていくのをフィラレンテは肌で感じていた。

 だが、言及する余裕は微塵もなかった。

 

「オ〜ッホッホ! オ〜ッホッホッホ!」

 

「めちゃくちゃ笑いながらめちゃくちゃなことしてくれますね! 最近の若い子はどうなってるんですか!?」

 

 ストラのトンデモ技術を見た時、フィラレンテはもう暫くは驚くことはないだろうとたかを括っていた。

 

 だが、その慢心は一瞬で覆される。

 

 リディア・リーン・レイザード。

 『魔剣世界』レゾナの首都、ガルナダルで栄える魔法学園の第一位。

 現在は剣と魔法の橋渡し役として尽力するために学園は休学中という扱いである。

 だが、あの日。レゾナが生まれ変わった日に間近で魅せられたストラの魔法は彼女の心に大火を灯していた。

 

 どれだけ忙しかろうと、彼女は常に研鑽を欠かさなかった。

 

 ストラの“概念模倣”を邪道中の邪道と断ずるなら、リディアの歩んだ道は正しく王道。

 

「うおおおおおお! お嬢を守れぇええええええ!」

「一体たりとも抜かせるんじゃねえぞお!」

「剣の本懐を! ここで! 果たせぇ!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 剣たちの頭上を灼熱の火球が乱舞する。

 

 一年の時を経て更に高みへと至った属性流転(カラースイッチ)の魔力効率は通常の魔法の50分の1にまで上昇した。

 更に、剣たちが前衛として“守ってくれる”という精神的安心はリディアに砲台としての役割を迷いなく遂行させる。

 

「オ〜ッホッホッホ! 私たち、今更人形なんかに屈しませんことよ!!」

 

 結果、ストラの“概念模倣”には及ばないものの、フィラレンテが目を見張るには十分な量の大火球が人形へと降り注ぐ。

 更に、剣たちが一糸乱れぬ連携で前線を完全に維持。

 足止めという目的に特化した剣の巧みな連携に、ストラとの激戦を経て疲弊したフィラレンテが操る55体の人形は突破力に欠けていた。

 

「魔法を使える奴はなんでもいい! 敵陣に放り込め!!」

 

 後衛に徹するヴァジラが大声で怒鳴り散らすように味方を鼓舞した。

 

「援軍の奴らにだけは当てんじゃねえぞ! それ以外ならもうなんでもいい!! 物量で押し込めぇ!!」

 

 威力、速度、完成度……全てにおいてバラバラな魔法がリディアの大火球と共に嵐となって『悠久世界』の陣地に突き刺さる。

 

 数だけで言えばストラ単独の時を上回る魔法の乱打、乱打、乱打!

 

「好き勝手やってくれますね……! というか、どうなってんですか!? 『魔剣世界』ってゴリッゴリに内紛してた筈でしょう!?」

 

 本領を引き摺り出した金級冒険者。

 銀三級に擬態した、自分への究極のカウンター。

 読めるはずのない援軍。

 あり得ない共闘。

 

 幾重にも重なった奇跡みたいな噛み合いが、本来数がものを言う戦争でこそ輝くフィラレンテを封殺した。

 

「〜〜〜〜っ! あ〜もう! 降参! 降参しますよ!!」

 

 フィラレンテは怒りのままに人形の制御を手放し、ついでに自分に降り注ぐ魔法を過剰防衛気味に吹っ飛ばした。

 

「正直ジリ貧なので! なんか左で同僚やられてそうですし! このまま居座っても勝てる気しないので!」

 

 フィラレンテは、堂々と敗北宣言をかました。

 

「それはつまり……(わたくし)たちに投降する、ということでよろしくて?」

 

 リディアの確認にフィラレンテは頑なに首を横に振った。

 

「それは嫌ですね、全力で逃げます。正直そこの茶髪の子と話す機会が失われるのは惜しいですけどね」

 

 フィラレンテは、後方で治療を受ける瀕死のストラに視線を送り、小さく『強かったですよ』とつぶやいた。

 

「……さて。私に負けを認めさせたことに賞賛を。それと同時に、()()()

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 仁王立ちから動く気配がないギルベルトが問い糺す。

 

「お前ら、俺たちを本隊だと思ってんじゃねえだろうな?」

 

 

 上空で撤退を始めたタルラーが舌打つ。

 

「俺らは……アレだ。()()()だ」

 

 

 海炎に包まれてなお、意識を保ったシャクティがせせら笑う。

 

「僕たちの目的は、初めから戦力の炙り出し」

 

 

 人形の回収を完全に諦め、被害総額にげんなりとするフィラレンテが告げる。

 

「言わば、威力偵察です。私たちは偵察部隊……()()()なんですよ」

 

 

 言っている意味がわからないと、誰もが困惑した。

 言葉の意味を飲み込めずにいるストラたちに、フィラレンテが助言をした。

 

「戦場で交わったよしみです。忠告を……今すぐに、中央から逃げてください」

 

「なにを……?」

 

 誰かがそう呟いた時。

 『魔剣世界』の剣の一人が、フィラレンテの後方に目を遣った。

 そして、愕然とした。

 

「なあ……おい。なんで、敵軍が一人もいねえんだ……!?」

 

『——はあ!?』

 

 男の言葉は真実だった。

 我先にと、フィラレンテの忠告文を意に介さずヴァジラたちが覗き見た敵陣は既にもぬけの殻だった。

 

「どうなってやがる……!?」

 

 フィラレンテが人形で視界を隠していた。

 忽然と大軍が消えたトリックの説明はつく。だが、戦争においては全く理解の及ばない光景だった。

 

 定石ではあり得ない。

 奇策も、兵がいなくては成り立たない。

 フィラレンテが敗北宣言し、人形の制御を完全に手放すことは、『悠久世界』は中央戦場を完全に放棄したことを意味する。

 

 理解の及ばない光景に混乱する中央から、フィラレンテは唯一制御を残していた人形に自分を担がせて撤退する。

 

「忠告はしましたからね。それでは……ごきげんよう」

 

 後退ではなく、わざわざ左翼後方へと向かう迂遠な撤退を選んだフィラレンテへ、ヴァジラは勘繰るような視線を向ける。

 

「……まあいいか。おい! 部隊を再編する! 中隊長以上は一旦集まって——」

 

 刹那、ヴァジラは自分の死を見た。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜!!?!?』

 

 否、ヴァジラだけではない。

 中央戦場にいた誰もが、自分の体が粉微塵にされる未来のイメージを叩きつけられた。

 

「〜〜〜っは! なん、だ!? 今のは——!?」

 

 無意識に止めていた呼吸を胸を叩いて励起させ、ヴァジラはイメージを叩きつけてきた根源に目を向ける。

 

「あんなの、何処、か……ら。ァ?」

 

 それは、遠く遠く。

 戦場を超えた遥か彼方。

 

 都市国家リーエンと隣接した、『海淵世界』アトランティスの終端から。

 

 ヴァジラたちの知覚範囲をあまりにも逸脱した場所から、それは、死のイメージを叩きつけてきた。

 

「——ッ!? 全員っ! 今すぐにここから逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 何かが迫ってくる。

 知覚の外から無理やり存在を報せてくる常軌を逸した何かが急速に戦場へと向かってくる果てしない恐怖に、全員が一斉に、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「右でも左でもいい! とにかく中央から! ここから離れろお!!」

 

 ヴァジラ、トイ、ストラを抱えたギルバート、リディアを抱えた剣たち、冒険者に海淵の兵士たち……誰もが等しく、血相を変えてその場から弾かれるように駆け出した。

 

「まっ……まってくれ! 置いて行かないでくれ!!」

 

「〜〜っ!! 怪我人は置いていけ! 自分が生き残ることだけ考えろ!!」

 

 絶望に表情を歪めた部下の悲痛な訴えから目を背けた隊長が唇を噛み切り逃げ出した。

 友や同僚、戦友に背を向けて逃げ出す。

 

 その中に、悲鳴を漏らさず、しかし離脱が遅れた男がいた。

 

「……ゔぁ、じらさん……!」

 

 ギルバートに雑に抱えられたストラが手を伸ばす先、自らの治療を後回しにしていたヴァジラがその場に立ち止まっていた。

 

「ちょっとヴァジラ!? なに止まって——」

 

 フィラレンテによって胸を穿たれていた。

 逃走に不可欠な心肺機能の欠損。更に、魔力ももう底をついていた。

 

「五月蝿え! 止まんな馬鹿野郎!!」

 

 立ち止まり、振り返ろうとするアリアンを制する。

 

「テメェと心中なんざ御免なんだよ……!」

 

 見るな、と言った相手に中指を立ててヴァジラは笑う。

 

 

 その時、()()()()()

 

 

 ノルンによって操られたのではない。

 純粋かつ強力無比なたった一つの力によって、都市国家リーエンから戦場までの海が真っ二つに両断されていた。

 

 

 別れの言葉を告げる暇もなく。

 アリアンたちの背後で、なおも勢い衰えないたった一つの斬撃がヴァジラを含む逃げ遅れた者たちを飲み込んだ。

 

『………………!』

 

 誰もが言葉を失ってなお、斬撃は止まらず。

 

 『海淵世界』の戦艦二つを粉微塵に斬り裂き、その背後の海の壁を両断——なおも突き進み、()()()()()()()()()

 

 

 斬撃はノアの正面装甲に阻まれようやく霧散……装甲の70%を損壊させるに至る。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 一掃された中央戦場に、一人の男が立った。

 簡素ながらも端々に職人の魂が込められた意匠の凝らされた鎧。

 それは、ただ一人が着ることを許された、継承されてきた()()

 

 身を包む男は、腰にただ一振りの剣を下げる。

 

 

 フィラレンテは言った。自分たちは先遣隊だと。

 であるのならば、本隊とは。

 

 

 潮騒が黒髪を揺らし、膨大な剣気が流れ込む大海を切り飛ばし、道を作った。

 

 

 戦場に降臨した、ただ一人の本隊。

 

 名は、アハト。

 

 数千年の歴史を刻む『悠久世界』エヴァーグリーン。

 

 その絶対なる守護者——歴代最強の〈勇者〉である。

 

 

 

 

 

 

       第七章 紡がれし最前線

 

       〈勇者〉vs 『海淵世界』

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